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印刷2008/05/26 16:25

連載

ゲーム業界伝説の名士録 / 第2回:リチャード・ギャリオット

ゲーム業界伝説の名士録
ファイルナンバー002:リチャード・ギャリオット

 

 

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ベテランゲームファンは懐かしさを感じる,「Ultima VIII: Pagan」や「Ultima Online」をリリースした10年ほど前の写真。この当時は「ロード・ブリティッシュ」と呼ばれていたが,今では,「ジェネラル・ブリティッシュ」に名前を変えてTabula Rasaに登場している

 Richard Garriott(リチャード・ギャリオット)氏といえば,コンピュータRPGの基礎を築き上げた,世界的に有名なゲーム開発者であり,「もっとも歴史があるコンピュータRPG」といわれているUltimaシリーズの生みの親である。

 Ultimaシリーズは,コンピュータRPGというジャンルにおいてゲームシステムや技術面で,その当時の最高レベルを追求しており,その過程で生み出されたものが,その後のスタンダードとなった。ゲーム中でプレイヤーにモラルの選択を課すという“徳(Virtue)”システムも人気を得て,ギャリオット氏は“ロード・ブリティッシュ”として,業界人やプレイヤー達から敬愛されるようになったのだ。

 ギャリオット氏は,1961年にイギリスのケンブリッジで,工学博士であり米国海軍のパイロットでもあった父,オーウェン(Owen Kay Garriott)と,アーティストの母ヘレン(Helen)の間に生まれた。“ロード・ブリティッシュ”というあだ名から誤解されることがあるが,生粋のアメリカ人であり,父がケンブリッジ大学に短期赴任していたときに生まれたのである。生まれてすぐに帰国し,カリフォルニアなどを転々とした後,父がスカイラブ計画に携わるNASA宇宙飛行士に選ばれたことから,1964年にテキサス州へ移り住み,そこに落ち着いた。この後オーウェン・ギャリオット氏は,1973年にスカイラブ3号へ搭乗。2か月近く無重力空間で過ごすという経験をした。

 ギャリオット氏とコンピュータの出会いは,高校在学中にまで遡る。学校に設置されていたテレタイプ式の端末機を使って,卒業までに28作ものゲームを作り上げたのだ。これらの作品のタイトルはすべてテーブルトークRPGの「Dungeons & Dragons」をコンピュータ化したものであり,最後の28作目を,卒業後に作り直し「Akalabeth」として発売した。

 ロード・ブリティッシュというあだ名が付けられたのも高校時代だ。クラスメイトがテキサス訛りのないギャリオット氏の話し方を,イギリス風と勘違いしたという理由らしい。もっとも,ギャリオット氏本人は,このあだ名を気に入ったようで,大学のフェンシング部でヨーロッパ風の作法を学んだり,徳多き王として,同名キャラクターをゲームに登場させたりしている。

 

 

 

 

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「コンピュータRPGのあり方を変えた」といわれるほど,当時のゲーム開発者やファンから高い評価を受けた「Ultima IV: Quest of the Avatar」。「ウィザードリィ」とともに,その後のゲームに大きな影響を与えた

 ギャリオット氏が,ゲーム業界でスポットライトを浴び始めたのは,「Ultima III: Exodus」(1983年)あたりだ。複数のキャラクターを使って進めていく“パーティシステム”が取り入れられており,敵と遭遇したときに,武器による物理攻撃と魔法を使い分けて戦うシステムは,この作品の成功もあり,現在でも数々のRPGで使用されている。また,キャラクターアニメーションが取り入れられるなど,斬新な試みも多かった。

 さらに一皮剥けたといえるのが,「Ultima IV: Quest for the Avatar」(1984年)だろう。この作品は,プレイヤーキャラクターがゲーム内で敬愛される人物“アバタール(Avatar)”になれるかどうかという,キャラクターの成長にスポットが当てられていた。八つの徳の中から,プレイヤー自身が重視するものを選び,その徳の規範にそってキャラクターを成長させていくというシステムは絶賛され,古参ゲーマーの中には本作を,「名作中の名作」という人も少なくない。

 ギャリオット氏の活動の基盤になったのが,1983年に地元テキサス州オースティンに設立したOrigin Systemsである。“We Create Worlds(我々が世界を作る)”という標語をかかげ,ストーリーやディテールに凝った作品を輩出。Chris Roberts(クリス・ロバーツ),Andy Hollis(アンディ・ホリス),Starr Long(スター・ロン),Paul Steed(ポール・スティード),Warren Spector(ウォーレン・スペクター),Raph Koster(ラフ・コスター)氏など,現在でも業界内外で活躍する開発者達が次々と旅立ったことから,今では“オリジン大学”ともいわれている,伝説的なデベロッパだ。

 1992年には,「Ultima VII: The Black Gate」をリリース。本作は斜め見下ろし視点へと生まれ変わった「Ultima VI: The False Prophet」を技術的に受け継ぎながら,プレイヤーがマウスを使って自由にキャラクターを移動させられるというシステムを作り上げた。
 また,ペーパードールが取り入れられ,アイテムのドラッグ&ドロップやスタッキング(積み重ね)が可能になるなど,2D型RPGの基礎は,本作で完成したといえる。商業的にも成功し,Ultimaシリーズの熟成を感じさせた作品だった。

 

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Ultima I: The First Age of Darkness

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Ultima IX: Ascension

 

 

 

 

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はじめて商業的な成功を収めたMMORPGであるUltima Online。最盛期には,23万アカウントほどを獲得していた。Ultima Onlineによって生み出されたゲームデザインやシステムは,現在も脈々と受け継がれている

 ギャリオット氏は,Ultima VIIを発売した1992年に,Origin SystemsをElectronic Artsへ売却することを決断。その直後からギャリオット氏が取り掛かったのが,Ultimaシリーズと複数のプレイヤーがオンライン上で楽しむMUD(Multi-User Dungeon)をかけ合わせるという壮大なプロジェクト,つまり「Ultima Online」(1997年)だ。
 開発には相当な試行錯誤が繰り返されたようだが,結果的には史上初めて商業的に成功したグラフィカルなMMORPGとなり,現在のオンラインRPGに決定的な影響を与え続けている。

 MMORPGを初期から知っている古参の読者であれば,Ultima Onlineに初めてアクセスし,オンラインの向こう側にいる人達と冒険をした興奮は,今でも忘れられないはずだ。
 1998年に日本でも正式サービスが開始され,自動翻訳機能を用意するなどして,最盛期には世界中で23万人のプレイヤーを獲得。現在でもElectronic Artsによって運営されており,2007年には10周年を迎えた。

 もちろん成功ばかりではなく,ほぼ他人任せにしてあった「Ultima VIII: Pagan」(1994年)はアクションゲーム寄りだったこともあり,シリーズのファンからは悪評を買ってしまった。ギャリオット氏はゲーム雑誌などに登場して釈明し,その責任を一身に負うことになったが,会社の会計期日の都合で,無理やり出荷されたというのが真相だったようだ。
 ただ,このことがギャリオット氏自身のトラウマとなったのか,作品の開発に時間をかけるようになり,シリーズ最終章の「Ultima IX: Ascension」(1999年)は,Ultima Onlineと同時進行ながらも,5年という歳月を開発に費やした。

 Ultima Onlineは成功していたが,前代未聞のジャンルだったために,設備投資に巨額を投じることになり,Origin Systemsの経営はギャリオット氏の手に負えなくなってしまった。結果として,業界の重鎮として自他共に認める存在であったギャリオット氏を,Electronic Artsは勘当同然で手放す決定をしたのである。
 かくして,Ultimaシリーズの版権は,生みの親であるギャリオット氏の手から完全に離れ,すぐさまOrigin Systemsが開発していたといわれている「Ultima Online 2」や「Privateer Online」といったプロジェクトも中止された。

 

 

 

 

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「業界の重鎮」と呼ばれることがあるとはいえ,まだ40代のリチャード・ギャリオット氏。宇宙飛行士の血を引いた影響か,無重力体験が可能な日帰りツアーを企画している,Space Adventuresという会社の役員にもなっている。2008年中に,念願の宇宙へ旅立つ予定だ

 ギャリオット氏は,数々のゲームをヒットさせてきただけでなく,Origin Systemsの売却や,Ultimaシリーズの知的財産権の譲渡で相当な収入を手に入れていたらしく,1999年以降はゲーム作りからしばらく離れることとなる。彼に近い人物が,「もうリチャードはゲーム作りに飽きてしまったのかも知れない」などと周囲に漏らしていたのもこの時期だ。当時のギャリオット氏は,アフリカや中国に旅行して自分の邸宅“British Manor”にある博物館の珍品コレクションに励むなど,非常にエキセントリックな行動を満喫していたので,そう考える人がいても不思議ではなかった。

 そのギャリオット氏が,1年半ほどのブランクを経て,カムバックの発表をしたのが2001年5月のことである。当初は,それまで名称だけが知られていた彼の新しい開発会社Destination Gamesの本格的な始動のアナウンスと思われていた。だが,この年のE3(Electronic Entertainment Expo)で,電撃的にNCsoftとの提携がアナウンスされたのだ。そこには,Origin Systems時代には最後までギャリオット氏の片腕としてUltima Online 2の開発を続けていたStarr Long(スター・ロン)氏,長く裏方として経営面でギャリオット氏を支えてきた兄ロバート(Robert Garriott)氏の顔もあった。

 当時のNCsoftは,韓国で「Lineage」を大ヒットさせており,それで得た潤沢な資金で北米市場の開拓を模索していた。世界的に一目置かれる存在のギャリオット氏は,その顔役として適任だったというのはいうまでもない。ギャリオット氏にとっても,彼の求めるゲーム作りに賛同し,そのバックアップをしてくれるパブリッシャは必要であり,すでにアジア市場のオンラインゲームで成功しているNCsoftは,願ってもない相手だったといえる。

 この2001年5月の時点において,すでにMMORPG「Tabula Rasa」の名称がアナウンスされていた。当初は,1年以内にプロトタイプを仕上げ,2年から3年ほどでリリースするという計画だったのだが,足掛け6年の歳月を費やすことになった。
 その間にゲームエンジンの変更や組織の改変なども行われていたが,肝心のギャリオット氏は,南極に探検旅行に出かけたり,お抱えボクサーのスポンサーとなってリング際での世話をしたりと,“道楽癖”は直っていない。マジシャン組合の会員になったかと思えば,将来的に宇宙旅行をパッケージツアー化させるのが目的である会社,Space Adventuresの副会長になるなど,そのエキセントリックさは相変わらずのようだ。

 そのあだ名をロード・ブリティッシュから“ジェネラル・ブリティッシュ”へと変えたギャリオット氏の旅は,Tabula Rasaのリリースで一息ついた形になる。だが,再び我々を驚かせる“何か”を仕込んでいるのではないだろうか。これからも,我々を楽しませてくれることに期待したい。

 

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Richard Garriott's Tabula Rasa

 

 

 

1980年 Akalabeth: World of Doom

1980年 Ultima I: The First Age of Darkness

1982年 Ultima II: The Revenge of the Enchantress

1983年 Ultima III: Exodus

1985年 Ultima IV: Quest of the Avatar

1988年 Ultima V: Warriors of Destiny

1990年 Ultima VI: The False Prophet

1990年 Worlds of Ultima: The Savage Empire

1991年 Ultima: Worlds of Adventure 2: Martian Dreams

1992年 Ultima Underworld: The Stygian Abyss

1992年 Ultima VII: The Black Gate

1993年 Ultima VII: The Forge of Virtue

1993年 Ultima VII Part Two: Serpent Isle

1993年 Ultima VII Part Two: The Silver Seed

1994年 Ultima VIII

1995年 Bioforge

1997年 Ultima Online

1998年 Ultima Online: The Second Age

1999年 Ultima IX: Ascension

2004年 City of Heroes (監修のみ)

2005年 City of Villains 2005 (監修のみ)

2007年 Richard Garriott's Tabula Rasa 

 

■■奥谷海人(ライター)■■
当サイトの連載「奥谷海人のAccess Accepted」や,E3 Media and Business Summit,Games Conventionといった海外取材記事でお馴染みのライターで,本誌海外特派員。人生の半分近くをアメリカで過ごしているために,すっかりアメリカ人化している様子で,“日本人的な感覚”を失いつつあるのが最近の悩みらしい。
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