業界動向
Access Accepted第351回:風雲急を告げる北米ゲーム業界
毎年夏から秋にかけて,多くのゲームイベントが開催され,さまざまなタイトルが発表される,北米ゲーム業界。おなじみとなった光景が今年も展開されているが,背後では,さまざまな変化が確実に起きている。大手メーカーの売却話や,トップ交代の噂,そして企業買収など,今回は,この数週間で起きたニュースをまとめてみよう。
突然飛び出してきた,Activision Blizzardの売却話
2012年のショッピングシーズンに発売されるというWii Uから据え置き型コンシューマ機の世代交代が始まりそうだという話は,本連載の第348回「ほのかに見えてきた次世代ゲーム」でも取り上げたとおりだ。新ハードの登場を機に,今後,ドラスティックな動きがありそうな北米ゲーム業界だが,そうした変化の兆しを感じさせる出来事が最近,次々に起きている。今回は,それらをまとめてみたい。
フランスの総合メディア企業Vivendiが,傘下のActivision Blizzard売却の準備を進めているというニュースが飛び込んできた。これは,業績の上がらない傘下企業を売ってしまうといった話ではなく,親会社であるVivendi自身の問題からだ。CEOのJean Barnard Levy氏が6月に更迭されるほど経営の悪化したVivendiは,彼らが保有するActivision株を売却して,約100億ドル(約7900億円)の資金を得ようとしているのだ。
Activision Blizzardは,2011年の利益が約10億ドルに達するなど,北米ゲーム業界の超優良企業であり,保有する35億ドル近い資産による無借金経営が続いている。その経営の根幹にあるのが,リリースされるたびに大ヒットを記録する「Call of Duty」シリーズと,世界中に1300万人のプレイヤーがいるという「World of Warcraft」だ。
2007年に行われたActivisionとBlizzard合併の際,Vivendiは約181億ドルでActivision株を買い取っているので,今回の100億ドルというのはリーズナブル(?)な価格。とはいえ,金額が金額だけに,買い手になれる企業はそう多くない。ロイターの報道によると,MicrosoftやTime Warner,中国のTencent,そして北米の投資会社KKRやBlackstoneなどが売却先の候補になっているようだが,これは“Vivendiが指定した銀行が候補に挙げている”企業というだけで,現時点で具体的な交渉が進んでいるわけではないようだ。
いずれにせよ,Activision Blizzardほどの企業が売りに出されるというだけでも驚きであり,どの企業が同社を手に入れるか(買い手がつかなかった場合,株式は公開市場で売られることになるという)によって,業界地図は大きく塗りかえられる可能性もある。
一方で,一見すると絶好調,業界トップの座は揺るぎないように見えるActivision Blizzardも,不安材料がないわけではない。考えてみると,VivendiがActivisionを買収した当時は,Call of Dutyシリーズのほかに「Tony Hawk's Pro Skate」と「Guitar Hero」という大きな柱もあったが,これら2つの柱は,どちらも時の移り変わりにうまく対応できなかった。
気になるのは,Blizzard Entertainmentがリリースした「Diablo III」だろう。発売初週に630万本というセールスを叩き出したものの,一般的な評価は,名作シリーズの最新作にふさわしいもとのとは言いづらいようだ。
また,Blizzardは現在,World of Warcraftの後継MMORPGとされる「Project Titan」の開発を進めているが,Free-to-Playの一般化やブラウザゲームの台頭など,多様化するMMORPG市場でWorld of Warcraftと同じ地位を確立できるかどうかは予断を許さない状況と言われる。「EverQuest」の人気が,必ずしも「EverQuest II」につながらなかったように,MMORPGを続けてヒットさせることは難しいことなのだ。
変化を続ける北米ゲーム業界
ゲーム業界の巨人として長く君臨してきたElectronic Artsにも,変化の兆しが見えている。同社の株価は,2012年に入ってから現在まで約40%もダウンし,10年ぶりの安値を記録してしまった。この重大事に,北米メディアの中には,2007年以来CEOの座にあったJohn Riccitiello氏が次の株主総会を境に退陣し,現在COOを務めるPeter Moore氏が新たなCEOに就任するのではないかと予想する人もいる。
ただ,2011年には「Battlefield 3」「FIFA 12」というヒット作をリリースしたものの,スポーツジャンル以外では安定的なヒットを望めるタイトルが少なく,ある意味そこが現在のElectronic Artsの泣きどころなのかもしれない。
興味深いのは,あるElectronic Artsの幹部が「近い将来,我々は100%デジタル化するだろう」と述べていることだ。現在のElectronic Artsがパッケージビジネスとの完全な決別を大きな目標としているのは間違いなく,将来の変化に対応する準備を周到に進めているという印象を受ける。Riccitiello氏の去就に関係なく,現在のデジタル化路線をさらに継続していくだろう。
Sony Computer Entertainment(以下,SCE)が,クラウドゲームをサービスする「Gaikai」を買収したことも,大きな変化を感じさせる出来事だ。
SCEはPlayStationシリーズで得た豊富な経験と,Gaikaiの技術力により,据え置き型のコンシューマ機だけでなく,携帯機,さらにはノートブックやタブレット端末を対象にした大規模なクラウドゲームサービスを展開しようとしているようだ。ただ,クラウドゲームサービスは,これまでのプラットフォームによるプレイヤーの囲い込みとは相反する考え方だけに,場合によってはゲーム業界を揺るがすドラスティックな変化が起きるかもしれない。
一方のMicrosoftもクラウドサービスには相当な投資を行っており(関連記事),Windows 8にXbox LIVEの機能が組み込まれることも明らかになっている。PCユーザーも,Xbox 360と同じインタフェースを使ってクラウドに用意された動画や音楽,テレビ番組の配信などが楽しめるようになり,PCとコンシューマ機の垣根は従来よりずっと低くなる。
こうしてみると,プラットフォームという概念は今後,ハードウェアではなくサービス全体を指す言葉になもなり得るだろう。
ハードウェアについて忘れてならないのは,99ドル(約7800円)で販売されるというAndroidベースの据え置き型コンシューマ機,「Ouya」だ。彗星の如く登場し,アメリカを中心にかなりの注目を集めている。一般からの投資を募る「Kickstarter」に企画を掲載したところ,わずか数日で必要額をはるかに上回る資金を集めてしまったことも記憶に新しい。
Ouyaでは開発者がメーカーにロイヤリティを支払う必要がなく,誰でも自由にゲームを制作/販売できるほか,ユーザーも自分の好みに応じて本体を改造できるという,従来の常識を打ち破る方向性を打ち出しており,ゲーマーや開発者にとって強い期待が感じられるのだろう。Ouyaの存在が既存のプラットフォームホルダーの地位を揺るがすとは,現時点では思えないものの,どれほどのポテンシャルを秘めているのかは分からない。
以上,ここ数週間の北米ゲーム業界の動きを追ってみたが,いつになく大きな出来事が重なったことが分かるだろう。ソーシャルゲームの台頭や携帯端末向けゲームの増加など,様変わりを続ける北米ゲーム業界。数年後にどのようなものになっているのか,正直なところ想像もできないが,大小を問わず,北米ゲームメーカー各社は変化に対応すべく準備を進めているようだ。しばらくは,驚くようなニュースが次々に飛び込んでくるかもしれない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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