― 連載 ―


村雨丸(むらさめまる)
 「南総里見八犬伝」 

 日本にも世界に誇れる伝奇が多々残っている。その中でもとくに有名なのは,「南総里見八犬伝」だろう。これは曲亭馬琴(滝沢馬琴)が,1814年(文化11年)から1842年(天保13年)の29年間にわたって執筆した物語で,全98巻(106冊)からなる大作である。ちなみに後年の馬琴は失明したが,口述筆記によってこの大作を完成させたという。

Illustration by つるみとしゆき
 物語の舞台は室町時代。足利持氏(あしかがもちうじ)は反乱を起こして将軍家に滅ぼされ,その子(春王丸,安王丸)を引き取った結城氏朝(ゆうきうじとも)もまた,将軍家に滅ぼされてしまった。敗戦に際して結城氏に加勢していた里見家基(さとみいえもと)は,「いつか里見家を再興してほしい」と息子の義実(よしざね)に伝え,その生涯に幕を閉じた。
 落ち延びた義実は,三浦浜まで逃げたところで,白龍が安房国へと飛んでいくのを目撃し,これにあやかって安房国へと向かった。
 安房国では山下定包(やましたさだかね)と玉梓(たまづさ)が悪政を働いており,義実はこれを討伐し,その二人を処刑した。処刑に際して玉梓は呪いの言葉を吐き,これが後々,里見家に陰を落とすことになる。
 その後,義実は伏姫(ふせひめ)と義成(よしなり)の一男一女に恵まれ,安房国の北部を拠点とした。しかし伏姫は,三歳になっても泣くだけで言葉を発しなかったので,霊験あらたかな洲崎の役行者(えんのぎょうじゃ)の洞窟に参拝した。すると不思議な老人から「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の文字が浮き出た八つの珠のある数珠を授かり,以後伏姫はすくすくと育っていった。

 ある年のこと。領土が不作に見舞われたために,安房国の南部を治める安西影連(あんざいかげつら)に,義実は救援を求めた。だが,これを併合の好機と見た影連は,兵を派遣して里見家を滅ぼそうと画策する。この戦いで窮地に陥った義実は,伏姫の愛犬・八房に「もしもお前が,影連の首を取ってきたら伏姫をやってもいい」と口にした。しかし実は,八房にはかつて殺した玉梓の怨霊が宿っており,八房は影連の首をくわえて戻ってきたのだ。これにより里見家は形勢を逆転。見事,勝利を収めた。
 こうして伏姫は,約束にしたがって犬の妻となり,義実は愛娘である伏姫との仲を引き裂かれ,伏姫は富山の山中の洞窟で読経する日々を送った。
 やがて洞窟で暮らす伏姫のもとを一人の行者が訪れ,伏姫に8人の子供が宿っていると告げる。伏姫は身に覚えがないことを恥じて自害を決意。また同時期に,伏姫を八房から救出しようとした侍が銃を手にやってきて,八房を射殺する。だが流れ弾が伏姫にも命中し,伏姫が数珠を掲げると,「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の珠は各地へ飛び散っていった。
 飛び散った玉は各地の子供に宿り,やがてその子供は八犬士として活躍する。こうして物語は八犬士を中心に展開していくのだ。  さすがに超大作であるため,ここではほんの触りのみの紹介にとどめておくが,興味のある人は全編を通して読んでみよう。

 個性豊かな八犬士達 

 「南総里見八犬伝」には,約400人もの人物が登場するので,全員を紹介することはとても無理だ。そこでここでは,主役ともいえる八犬士にスポットを当てて紹介してみよう。

・犬江 親兵衛 仁(いぬえ しんべえ まさし)
 物語後半の主人公といえる犬士。神隠しにあって伏姫に武術を学んだとされており,水練は苦手(後に克服する)だが,馬術/剣術/弓術/格闘術を得意とする万能の武芸者。義実から名刀「小月像」(こつきがた)と駿馬「青海波」(せいかいは)を贈られたほか,伏姫神授の短刀(銘はない)を履く。脇腹に牡丹のアザがあり「仁」珠を持つ。

・犬川 荘助 義任(いぬかわ そうすけ よしとう)
 主君に不興を買ったことから父親は切腹。母の従兄弟を頼って安房国に来たが,母親が途中で行き倒れに。これを大塚家が母の埋葬をしてくれたことから下男として信乃の世話をするが,信乃と同じアザを背中に持っていたことから義兄弟となる。信乃と共に研鑽を積んだと思われ,おそらく剣術は独学。父の形見の刀「小篠」(おささ),「落葉」(おちは)を用いて戦う。「義」の珠の所有者。

・犬村 大角 礼儀(いぬむら だいかく まさのり)
 父親になりすました化猫に虐待されながら育ち,やがて母方の伯父の犬村家の養子となる。養父・犬村儀清が武芸者だったこともあり,刀,槍,棍など多くの武器に通じているが,実は泳ぎは苦手。左胸に牡丹のアザがあり,「礼」の珠を持つ。

・犬阪 毛野 胤智(いぬさか けの たねとも)
 千葉氏の重臣であった粟飯原首胤度(あいはらおおとたねのり)の妾腹の子。信乃同様に女装で育てられ,女田楽の一座にいたこともあって身のこなしは軽い。八犬士の知恵者でもあり,右肘から二の腕に牡丹のアザ。「智」の珠を持つ。

・犬山 道節 忠與(いぬやま どうせつ ただとも)
 扇谷定正(おうぎがやつさだまさ)に滅ぼされた豊島一族の一人。名だたる武家の出身であり,剣術を得意としている。また別名を寂寞道人肩柳(じゃくまどうじんけんりゅう)といい,火遁の術を使う。左肩に牡丹のアザがあり,「忠」の珠の所有者。ちなみに信乃の許嫁,浜路の異母兄。短気な性格が災いしてしばしば問題を起こす。

・犬飼 現八 信道(いぬかい げんぱち のぶみち)
 二階松山城介という武術の達人の高弟で,捕縛術の名人。刀や槍などの武器を巧みに使って戦う。後述する小文吾とは乳兄弟。右頬に牡丹のアザがある。「忠」の珠の所有者。

・犬塚 信乃 戍孝(いぬづか しの もりたか)
 前半での主人公。父は犬塚番作,母は手束(たつか),許嫁は浜路。幼少期を逆の性別で育てると丈夫に育つという伝承にあやかって,15歳まで女として育てられる。そうしたことから美青年剣士として描かれることが多い。村雨丸のほかに桐一文字という刀を持ち,左腕には牡丹のアザがある。「孝」の珠の所有者。

・犬田 小文吾 悌順(いぬた こぶんご やすより)
 幼少期から家族に内緒で鍛錬に励んでおり,数々の師匠に学んだ。剣術や体術を得意としており,物語では刀を振るって戦うことが多かった。また怪力であったことから相撲の腕も相当なものとされ,小文吾に弟子入りを志願するものも多かったという。尻に牡丹のアザがあり,「悌」の珠を持つ。

 村雨丸 

 村雨丸は,「南総里見八犬伝」において信乃が振るったというイメージが強いが,かなりの遍歴を持っている名刀である。ちなみに妖刀という記述も見られるが,原作においてはそうした表記はなく,おそらく村正と混同しているのか,1954年制作の映画「里見八犬伝 妖刀村雨丸」の影響だと思われる。
 遍歴があると前述したが,元々村雨丸は足利氏の所有で,資料によれば初代の関東管領・足利基氏(1340−1367年)以来,関東足利家に伝わる宝とされている。おそらく基氏直系の満氏,満兼,持氏と伝わったと思われる。やがて持氏の敗戦により,その次男である春王丸に渡るが,後に春王丸は捕まり打ち首。このとき村雨丸を預かっていたのは近習の大塚匠作三戍で,村雨丸を息子の大塚番作一戍(信乃の父親で後に苗字を大塚から犬塚へ改名)に預けると,処刑場で奮戦し死亡した。さらにこれを受けた番作は,武蔵の国に落ち着き,元服した息子の信乃に村雨丸を託して,「村雨丸を足利成氏(春王の弟)へ献上して仕えよ」と伝える。
 「南総里見八犬伝」では,犬塚信乃は村雨丸を足利成氏に返すべく奔走するが,これがなかなかうまくいかない。物語序盤ですり替えられるなどのトラブルもあり,網乾左母二郎→浜路→道節といった手を経て再び信乃の手に戻るのは,物語中盤のことである。そして,物語の終盤で無事に成氏のもとへと返却されるのだ。
 もちろん村雨丸は架空の刀なので,長さや作りを紹介するのは難しいが,村雨丸の最大の特徴は,名文句の「抜けば玉散る氷の刃」がすべてを表しているといえる。一般的に刀で人を切ると,脂肪や血糊によって切れ味は悪くなるが,鞘から抜かれた村雨丸の刀身は水分を帯びているために血糊などが付着せず,切れ味が落ちないというのだ。
 ほかにも,こうした水の力を感じさせる逸話があり,信乃の父親である番作は村雨丸の力によって付近のかがり火を消して逃亡したし,信乃も戦いの中で村雨丸の力を使って炎を退けている。日本の神話伝承では,水といえば龍神の力が関係していることが多いが,村雨丸にもそうした加護が宿っているのかもしれない。

 

ロンギヌスの槍

■■Murayama(ライター)■■
先日,マザーボードのコンデンサが破裂し,PCが起動しなくなったというMurayama。やりかけの仕事が残っている状況だったため,かなり焦ったそうだが,PCは無事復活したらしい。ちなみに当連載の原稿は,PCの故障前に仕上がっていた。「本当にPCが故障したのに編集者が信じてくれない」という,筆者(編集者)とMurayama(ライター)の立場が逆の時代にたびたび遭遇していたシチュエーションをぜひ味わってもらいたかったのだが,残念である。

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