
悲劇の王子ファーガス・マクロイ 
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Illustration by つるみとしゆき |
ファーガスはアルスターの国王ロイの息子として生まれ,王位継承者として何不自由なく育った。だが,あるとき父の兄弟が反乱を起こしたことから,父を亡くしたばかりか,自身もアルスターを追われることになってしまった。ファーガスは復讐を誓うと,アルスターと敵対する国コノートへと亡命したのだった。
それから年月が過ぎ,ファーガスが亡命したコノートでは,アーリル王とその后のメイブがそれぞれの所有する,牛の優劣で争っていた。勝負はほとんど互角だったが,王の所有する牡牛「フィンヴェナフ」が優れていることを見たメイブは,これに勝つためアルスターのクーリーに居る牡牛「ドウン」が必要だと考え,貸し出してもらえるよう使者を送って交渉した。だが残念なことに,交渉は決裂してしまう。そこでメイブは力でドウンを奪い取るべく,軍を差し向けたのだった。このとき将を務めたのがファーガスだったのである。
クーリーの牛争い 
コノートのアーリル王と,その后のメイブが牛の優劣を競い,その結果アルスターとコノートの間で戦いが勃発してしまう。これをアルスター神話では,「クーリーの牛争い」という叙事詩として楽しめる。ただこのエピソードの主人公はアルスターの英雄ク・フリンで,彼の活躍にスポットが当たりがちなので,ここではファーガスにスポットを当てて紹介しよう。
アルスターを後にしてコノートに亡命したファーガスは,コノートの将軍となっていた。「クーリーの牛争い」では,コノートの将として参戦したが,祖国であるアルスターの兵や旧知のク・フリンと剣を交えることに,ためらいを感じていた。そこでク・フリンに連絡をとり,初戦はク・フリンが撤退し,第二戦ではファーガスが撤退。以後これを繰り返すことで無駄に血を流さずに済まそうと画策した。そうすれば,いつかはメイブも「ドウン」を諦めるだろうと考えたのである。
ケルト人にはゲッシュ(誓い)というものがあり,それを破ると破滅すると考えられていた。これは自分だけではなく,他人にも課することができたので,ク・フリンは4頭の馬の頭が刺さった枝を浅瀬に刺して,片手の指だけで抜かなければ川を渡れないなどのゲッシュを立てて,コノート軍を足止めした。もちろんク・フリンはこれらを楽にクリアして川を渡り,コノートの軍はクリアできず地団駄を踏むことになる。
「クーリーの牛争い」は最終的に多くの死者を出してしまうが,これらの行動を見ていると,ファーガスやク・フリンは,勇猛果敢に戦う戦士である半面,戦争を回避する心優しき面も持ち合わせていたのだろう。なお前述した交互に撤退するという動きは,昼と夜を象徴しているという説もある。
カラドボルグ 
ファーガス・マクロイが持っていたとされる剣は,カラドボルグと呼ばれている。いくつかの資料を調べてみたが,カラドボルグが活躍するシーンも,ファーガスがどうやって手に入れたか? なども不明のままだった。しかし,いくつかの要素から形状などを推定してみよう。
当時のケルト人は非常に軽装で,投擲用の槍と盾を持っていた。剣は両刃で大きさは片手剣程度であったらしい。そうしたことからカラドボルグは,両刃の片手剣であったと予想できる。また,カラドボルグとはアイルランド語で「硬い稲妻」という意味で,ウェールズ読みにすると「カラドヴルフ」となり,エクスカリバーのウェールズ名と同じになってしまう。おそらくカラドボルグをモチーフにエクスカリバーが生まれたのだろうが,そうであればカラドボルグの特性がエクスカリバーに受け継がれていてもおかしくはない。エクスカリバーの特徴といえば光り輝く剣であったことが思い出されるので,カラドボルグも非常に強い光を放っていたのかもしれない。
またファーガスはアルスターの王子であったことを考えると,カラドボルグが王権を象徴する意味合いを持っていても,おかしくないだろう。そう考えれば破壊力を誇るようなエピソードが少ないことも腑に落ちる。というのは天皇家の草薙剣しかり,イギリスのクルタナしかり,アーサー王が振るったエクスカリバーしかり,三国志で活躍した劉備玄徳の双股の剣しかり,国の歴史や王者を象徴する剣は,その存在や背負ってきた歴史が重要視されがちで,武勲を誇るエピソードは少ないことが多いからだ。ある意味,武勲を誇るような剣や武器は戦士などの個人レベルのものであって,枢要を占める国を象徴したり,王者が佩いたりするものではないのかもしれない。
色々と想像のもとに書き綴ってきたが,ファーガスはク・フリンとは旧知の間柄で互いに認め合うほどだったし,「クーリーの牛争い」では魔法使いに狙われたク・フリンをファーガスが救うシーンなども登場する。そうしたことを考えると,ファーガスは戦士としても一流だったのだろう。
ケルト民族のドルイド僧などは口伝が多かったこともあり,今日残されている資料は少ないが,ひょっとしたら見つかっていないだけでファーガスとカラドボルグの活躍するエピソードなどもあったのかもしれない。ファンタジーファンとしては,いつかそうしたエピソードが日の目を見ることを願いたいものである。





