― 連載 ―


 ク・フーリンの誕生 

Illustration by つるみとしゆき
 以前,ケルト神話のダーナ神話に触れつつ,魔槍ブリューナクについて「こちら」で紹介したが,そのときに「ルーの息子であるク・フーリンが活躍するアルスター神話なども,機会があれば掘り下げて紹介したい」と書いた。そこで今回は公約どおり,ク・フーリン(Cu Chulainn)とその武器について紹介しよう。
 アルスター神話は,ダーナ神話,ファイアナ神話と並び,ケルト神話を代表する物語。アイルランドを舞台に,主にク・フーリンの活躍が描かれている。
 光の神ルーを父に持つだけのことはあり,彼には英雄らしい数々の逸話が残されている。まずは奇妙な出生について紹介してみよう。

 ある冬のこと,アルスターの王であるコノールは,妹のデヒテラ姫と共に,穀物を荒らす鳥の退治に向かう。鳥を追い払っていると,時間があっという間に過ぎていき,やがて雪が降り始めた。そこで一行は,妖精の丘と呼ばれる場所に建っていた民家に泊めてもらうことにした。
 民家には,親切な夫婦が住んでいた。コノール一行が宿泊した晩,この夫婦の間に,子供が生まれる。また同じ夜,小屋では馬が2頭の子馬を出産していた。ところがコノール達が目を覚ますと,宿泊したはずの家や親切だった夫婦の姿はなく,一人の赤ん坊と2頭の馬のみが残されていた。不可解な出来事であったが,コノールとデヒテラ姫は子供と2頭の馬を連れて帰り,育てることにした。
 しかしこの赤ん坊は,間もなくして死んでしまう。そのことで嘆き悲しんでいたデヒテラだったが,グラスに入った水を飲むと,そこには一匹の奇妙な虫が入っており,デヒテラの身体に宿った。その晩,デヒテラの夢に光の神ルーが現れると,「デヒテラよ,おまえが可愛がっていた赤ん坊は,私の子供だったのだ。残念なことに死んでしまったが,再び生まれるべく,今はおまえの身体に宿っている。生まれたらセタンタと名付け,2頭の馬はセタンタの戦車を引く馬として育てよ」と告げた。夢のお告げのとおりデヒテラは妊娠し,やがて一人の赤ん坊を出産。赤ん坊は,お告げに従ってセタンタと名付けられた。

 セタンタが7歳のときのこと。アルスター王がクランの館で開催される晩餐会へ向かっていると,途中でハーリング(ホッケーやラクロスの前身とされている球技)で大活躍するセタンタの姿が目にとまった。これに感嘆したアルスター王は,その褒美としてセタンタに,試合が終わってから晩餐会に出席せよと伝えた。
 が,晩餐会が始まるとセタンタが来ることをすっかり忘れてしまったアルスター王は,館の主人であるクランに,番犬を放せと命令してまう。この番犬はクランの自慢の番犬で,"普通の犬100匹に匹敵する力を持ち,10人の戦士がかかっても倒せない"という犬だったのだ。
 晩餐会が中盤に差しかかった頃,庭から犬の鳴き声が聞こえた。晩餐会の出席者達が驚いて庭を見ると,そこには,素手で犬を倒したセタンタの姿が。セタンタは「もしもこの犬に子犬がいるなら,私はこの犬と同じような素晴らしい番犬に育てるつもりです。そしてその番犬が一人前になるまで,クランの館の警備は私が行いましょう」と話した。この振る舞いに感心した出席者達はセタンタを称え,ク・フーリン(クランの猛犬)と呼び,以後セタンタはク・フーリンと名乗るようになった。

 魔槍ゲイ・ボルグとスカハサ 

 やがてク・フーリンは青年になり,フォーガルの領主の娘エマーに恋をした。だがエマーは,ク・フーリンにもっと強い戦士になってほしいと言って,彼の求愛に応えてくれなかった。またエマーの父フォーガルは,ク・フーリンを嫌っており,彼を亡き者にしようと企んで「影の国へ行って魔女スカハサのもとで修行してはどうだろうか? 成功を収めれば,エマーも認めるだろう」と,ク・フーリンをそそのかした。
 これを聞いたク・フーリンは,魔女スカハサの城へと単身で向かった。途中,誰もが通れない底無し沼では,光の神ルーが現れて火を吹く車輪を与えたので沼地を乾かして渡り,渡ろうとすると跳ね上がる不思議な橋では,素晴らしいスピードと跳躍力を見せて橋が跳ね上がる瞬間に飛び越え,さらにスカサハの城では数々の魔物をものともせずに倒してしまった。
 ク・フーリンの活躍を見た魔女スカハサは彼を気に入り,魔術や武術を教えただけではなく,帰国時には魔槍ゲイ・ボルグ(Gae Bolg)を与えるのだった。こうして無事帰国したク・フーリンは,エマーに一流の戦士として認められて,(フォーガルには反対されたものの)二人は結婚した。

 魔槍ゲイ・ボルグとは? 

 ク・フーリンは"赤枝の騎士団"のリーダーとなり,この槍を使って数々の武勲を立てた。
 ゲイ・ボルグというネーミングの由来は,ga bool'ga(ぎざぎざの投擲武器)であり,稲妻を示しているらしい。詳細は不明だが,スカハサが海獣(何かは不明)の死骸を使って作ったといわれている。
 なお投擲用の槍というと軽量な印象があるが,ゲイ・ボルグは非常に大きく,心身ともに鍛錬したク・フーリンだからこそ扱えたようだ。

 戦場でゲイ・ボルグが使われるときは,槍は敵めがけて飛ぶだけではなく,先端から30もの矢じりが飛び出し,盾や鎧を貫通したという。まるでショットガンのような武器だ。さらに足を使って投げる(蹴るのだろうか?)と,その威力は倍増するとも伝えられている。
 ちなみに威力倍増のために足を使って投げるという独特の投擲方法であることから,"ゲイ・ボルグ"は槍の名称ではなく,魔力を使った槍の投擲術の一種であるとする興味深い説もある。

 神話のエピソードには,コノート国の王と,后のメイヴがおのおのの所有している牛の優劣で争い,王に負けまいとしたメイヴがアルスターのクーリーにいるドウンという牛に目をつけて攻め込んでくるというとんでもない戦争が描かれているが,この戦いの中でク・フーリンは勇猛果敢に戦った。一日に100人もの敵兵を倒したのは,ゲイ・ボルグあってのものだろう。

 ク・フーリンの最期 

 ケルトの戦士達は"ゲッシュ"と呼ばれる誓いを立てて生活をしており,それを破ると破滅すると信じていた。ク・フーリンにも「犬の肉は口にしない」「目下の者からの食事の提供を断らない」「詩人の言葉には逆らわない」などのゲッシュがあり,メイヴはこれを利用した。目下の者を使ってク・フーリンに犬の肉を食べさせ,ゲッシュを破らせたのである。またク・フーリンに父を倒された吟遊詩人のレウィを使って,ク・フーリンにゲイ・ボルグを手放させるように仕向けた。
 ゲッシュを破って力を失い,ゲイ・ボルグも手放してしまったク・フーリンに対し,レウィは「この槍は,王に!」と呪いの言葉をつぶやきながらメイヴが用意した3本の槍を投げた。すると1本めは御者の王であるレーグを,2本めはク・フーリンの愛馬で馬の王たるマッハを,そして3本めはク・フーリンを貫いた。ク・フーリンは内臓を撒き散らしながらも絶命せず,近くにあった石柱に自らを縛り付けると,立ったまま息を引き取ったという。



■■Murayama(ライター)■■
ファンタジーの伝道師兼便利屋。時節柄,卒業式についての思い出を聞いてみたのだが,あまり良い記憶はないようだ。思い出せるのは,卒業生代表として学校側が用意した文章を読むことになったのだが,その文章に自分の名前がないのが気に食わず,本番当日に自分の名前を入れるなどアドリブを織り交ぜて学校中を騒然とさせたとか,卒業式後に,気になっていた女の子に呼ばれたと思い喜んでそっちに向かったら,実は後ろにいた別の人物を呼んでいただけで落ち込んだとか,"ありそうで,あまりない"話のオンパレード。つくづく,マンガのような人生を送っている人だなぁ,と思った次第。