― 連載 ―


 草薙剣の元になった剣,天叢雲剣 

Illustration by つるみとしゆき
 草薙剣(くさなぎのつるぎ)といえば,八咫鏡(やたのかがみ),八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)と並んで,皇室に伝えられる"三種の神器"の一つである。多くの書物だけでなく,RPGなどでもその名を目にする機会は多く,日本では非常に名の知れた剣なのは間違いない。とはいえ,この剣に関するエピソードが紹介される機会はあまりなく,草薙剣(もしくは元になった天叢雲剣)というネーミングだけが利用されているという現状は,非常に残念でならない。今回は,この草薙剣にスポットを当てて紹介していこう。

 草薙剣を語るには,まず天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)について語らなければならないだろう。天叢雲剣が初めて登場するのは,「日本書紀」や「古事記」の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)伝説である。
 神々が住む高天原(たかまがはら)に,須佐之男命(すさのおのみこと)という神がいた。しかし,彼は気性が荒く乱暴者であったことから高天原を追われてしまう。そんな彼が出雲(いずも)の国,斐伊(ひい)川のほとりに降り立ったとき,悲嘆に暮れる老夫婦に出会った。老夫婦によると,毎年,八岐大蛇という怪物が現れては生贄として村の娘を食べてしまうとのことで,今年は奇稲田姫(くしなだひめ)の番だという。そこで須佐之男命は,奇稲田姫を救うべく八岐大蛇と戦う決心をしたのだ。
 なお「古事記」によれば,八岐大蛇はほおずきのような赤い目を持ち,頭も尾も八つある大蛇で,その体は八つの丘,八つの谷を越えるほど巨大なもので,背中には樹木が茂り,腹には血がしたたっていたという。

 須佐之男命は奇稲田姫の姿を櫛(くし)に変えると髪に差し,八つの瓶に酒を注いで八岐大蛇の登場を待った。そして娘を食らうべく八岐大蛇が現れたが,須佐之男命の用意した酒を飲んでしまったことから酔ってしまい,十握剣(とつかのつるぎ)によって討ち倒されてしまう。
 ところで,須佐之男命が八岐大蛇の尾を切断したときに,十握剣が欠けてしまっていた。不思議に思った須佐之男命が切断した尾を調べると,そこから一振りの剣が……。八岐大蛇の頭上には常に雲が立ち込めていたことから,この剣は天叢雲剣と名付けられた。その剣……天叢雲剣は,のちに天照大神(あまてらすおおみかみ)に奉納され,その後,皇室に授けられた。

 天叢雲剣から草薙剣へ 

 次に天叢雲剣が登場するのはずっと後のことで,時代は12代景行天皇(紀元前13〜紀元後130年と伝えられている)の頃。その息子の日本武尊(やまとたけるのみこと)は,父の命によって東方平定に向かわなければならなかった。そのときに叔母であり,伊勢神宮の斎宮でもある倭比売(やまとひめ)から渡された剣が,天叢雲剣だったのである。

 日本武尊が駿河(するが)の国を訪れたときのこと。日本武尊は現地の役人に謀られ,草原で火攻めの危機にさらされる。火に囲まれて絶体絶命となったとき,日本武尊は天叢雲剣で周囲の草を薙ぎ倒すことで,燃え盛る火の手をかわすことに成功。彼は無事難を逃れたのだ。このことから,日本武尊は天叢雲剣を草薙剣と改名。こうして草薙剣が生まれたのである。
 なおこのとき焼き討ちに遭った場所は現在の焼津であり,そのネーミングにはこのエピソードが大きく関係しているという。また地名といえば,焼き討ちの難を逃れた日本武尊は次に水難に遭うが,これを静めるために仲間の弟橘比売(おとたちばなひめ)は自らを犠牲として入水。この行動に心を痛めた日本武尊は,その地方をなかなか去ろうとしなかったため「君去らず」と言われ,それが変化して現在の木更津になったという。
 話が大きく脱線してしまったが,日本武尊は東方平定を成功させると尾張に戻って美夜受比売(みやずのひめ)と結婚した。だが,次の任務である伊吹山の悪神との戦いで病気になり,大和へ戻る途中で命を落としてしまう。伊吹山での戦いには草薙剣を持っていかなかったとのことで,これが彼の最期につながってしまったのだろうか。ただ,日本武尊はこのとき大白鳥に姿を変えて天空へと飛び立ったという話もあるので,単に死んだのではないのかもしれない。
 その後,彼を惜しんだ美夜受比売は,草薙剣を祭った。それが「熱田神宮」の始まりであるそうだ。

 さらにその後の草薙剣については,壇ノ浦の戦いで平家と共に沈んでしまったとする説,宮中に保管されているとする説,熱田神宮に保管されている説などがある。

 草薙剣とはどんな剣か? 

 皇族ですらも自由に目にする機会がないとのことで,形状について考察するのは非常に難しいが,江戸時代の書物「玉籤集」には,草薙剣を盗み見た僧侶(神官?)の記述がある。それによると,刀身は白く,両刃の剣であるらしい。長さは二尺七寸〜八寸。刃先は菖蒲の葉に似ていて中程に厚みがあり,柄のほうの八寸は節くれ立って魚の背骨のようだとの記述がある。ちなみに,これを見た僧侶は原因不明の死を遂げたという話もあり,なんらかの魔力が秘められていると考えられている。

 また刀工,羽山円真翁が草薙剣を模造したときに記したところでは,剣身は両刃で白く,鍔も鉄の一体型。柄は扁平中抜きであったとのことだ。白いという表現から,ひょっとすると錫(すず)を混ぜた銅剣ではないかという説もあるが,須佐之男命の十握剣が欠けてしまったことを考えると,鉄剣である可能性が高いのではないだろうか。
 神話ではそれほど派手な活躍はしていないが,実在している(していた)という意味では,非常に貴重な剣であるといえる。見ることはできなくとも,国内に存在している(かもしれない)と思うとわくわくしてしまうのは筆者だけだろうか。いつの日か,実物が公開されることを願いつつ,今回は終わるとしよう。



■■Murayama(ライター)■■
週刊連載コーナーだけで「大型Sim千夜一夜」「DAoCクラス選択ガイド」「剣と魔法の博物館」と三つめ,さらに以前には「ダーク・エイジ・オブ・キャメロット」のプレイ日記を週に2回のペースで連載していたなど,何かと4Gamerの連載と縁のあるライター。連載への貢献度といえば,松本氏の「ザ・シムズ2 幸せ家族計画」の第7回「こちら」や,奥谷氏の「Access Accepted」の第4回「こちら」の著者紹介にまで彼は名前を出している。なんていうか,4Gamerの連載ページに欠かせない存在のライターである。