― 連載 ―


 フランスの叙事詩「ローランの歌」 

Illustration by つるみとしゆき
 「ローランの歌」は11世紀ごろに成立したフランスの叙事詩で,778年に勃発したロンスヴォーの戦いをテーマにした作品だ。といっても歴史的事実だけで構成されている話ではなく,吟遊詩人などの語り手によって脚色がなされており,一大悲劇として人々に愛されている。

 カロリング朝の初代王である小ピピンの子で,フランク国王のシャルルマ−ニュ(カール大帝。724-812)は,そのときイスパニアへと遠征していた。敵はイスパニア王マルシルで,このままいけばイスパニアの平定も時間の問題だろうと思われていた,そんな折,イスパニアの使者が和睦を申し入れてくる。その内容は,シャルルマーニュが撤退してくれるのであれば,人質や貢物を差し出すだけでなく,マルシルもフランスへと同行してキリスト教に改宗するというものだった。
 和睦に関して会議が開かれたが,シャルルマーニュ側では意見が真っ二つに分かれることになる。勇者ローランは,かつてフランク王国から2名の使者を出したとき,イスパニアに殺されてしまった例を挙げて和睦を信用すべきではないと主張するのに対し,ローランの義父ガヌロンは好条件なのだから受けるべきだと主張した。
 結局,多数決で,和睦を申し入れることに話はまとまるが,次に問題になったのは誰が使者としての任務に就くか? であった。というのは使者は命をかけた仕事であり,殺されてしまう可能性があったためである。
 そこでシャルルマーニュの12騎士から,ローラン,オリビエなどが立候補するものの,シャルルマーニュは「12騎士を使者として使うわけにはいかない」と断言し,ローランに誰かを推薦するようにと話す。そこでローランは,和睦推進派の急先鋒であり,義父でもあるガヌロンを推薦。が,これを知ったガヌロンは「このような任に私を推挙するとは,一生涯ローランを恨むであろう」とセリフを残し,使者として出立した。
 さてガヌロンは,使者として役目を果たす傍ら,イスパニアの将ブランカンドランに接近すると,「ローランを亡き者にすれば,フランク王国はイスパニアへの足がかりを失うだろう。一度降伏を受け入れ,撤退するシャルルマーニュ軍を背後から襲えば,ローランとてひとたまりもないはず……」と進言し,人質と貢物を持ってシャルルマーニュのもとへと帰っていった。
 無事シャルルマーニュに人質や貢物が届けられると,フランク王国への撤退が決定。そして最後尾を進軍する部隊を決めることになった。会議の席で「誰がしんがりを務めるのか?」とシャルルマーニュがあたりを見回したとき,ガヌロンはローランを推挙した。こうした形で推挙すれば,ローランは騎士道の精神に基づいて引き受けざるを得ないことを知っていたためであった。

 ロンスヴォーの戦い 

 撤退にあたって,シャルルマーニュはローランに2万の兵を貸し与えたほか,ローランを除く12騎士を,彼の下へと配属させた。だが,すでにこのときイスパニアの10万にも及ぶ軍勢が迫っており,ロンスヴォー峠でイスパニア軍とローランの軍は剣を交えることとなった。
 この戦闘でのローランの姿は,純金の鎧をまとった愛馬ヴェイヤンチーフに騎乗し,右手にはシャルルマーニュから与えられた聖剣デュランダル,左手には角笛オリファンを持っていたという。また戦闘の直前には,12騎士の一人であるチュルパン大僧正が神の名のもとに兵を祝福し,2万の兵達の士気を高めたそうだ。

 戦端が開かれると,12騎士の一人であるオリビエはローランに「5倍の兵力差があるような不利な戦いはすべきではない。角笛を吹いて救援を乞うべきだ」と進言するが,ローランはそのような行為は騎士道から外れていると拒み,イスパニア軍へと突撃を開始した。
 幸いにも兵士達の士気は高く,12騎士の活躍もあってローランは敵軍の撃破に成功。勝どきを上げるが,そのときイスパニア王マルシルの本隊が到着。今度は20万の兵を相手に戦うことになってしまった。勇猛果敢なローラン軍であったとはいえ,さすがに10倍の兵力差を覆すことはできない。死を覚悟したローランは,角笛を吹くと突撃を敢行したのだった。
 12騎士はことごとく戦死し,満身創痍となったローランは聖剣デュランダルを敵に渡すまいと近くの山頂にあった大理石に叩きつけたが,剣には傷がつかなかったばかりか,大理石が真っ二つになってしまった。剣を折ることを諦めたローランは,デュランダルと角笛オリファンを置くと,敵を見据えたまま絶命。天使ガブリエルによって天へと導かれたという。

 キリスト教の象徴,聖剣デュランダル 

 ローランが振るったデュランダルは,黄金の柄を持つ両刃の片手剣であったようだ。決して折れることはなく,大理石をも断ち切ったことから,かなりの名剣であることは推測できる。
 出典にはいくつもの説がある。シャルルマーニュがフランク王に即位したばかりの頃,ローランの前に天使が現れて「王にこの剣を授けよ」と剣を渡すと消えてしまった。ローランはこの事実を伝えるが,シャルルマーニュは「汝はこの剣を使って我を助けるがよい」と言ってローランに与えたとする説。デュランダルは妖精が鍛えた剣で,ローランがユトムンダスという巨人と対決したときに入手してシャルルマーニュに献上すると,その功績をたたえた王が,ローランに授けるという説。ほかにも,ギリシャの英雄ヘクトルの使っていた剣で,後世にアルモントという騎士とローランが対決して手に入れたとする説がある。
 このように,剣の入手経緯だけでも複数の説があることを考えると,ローランの歌は,本連載の第一回で取り上げたアーサー王伝説のように,複数の物語を組み合わせて創作されたのかもしれない。

 また信仰の歴史を考えると,キリスト教の流布に伴って,人々の信仰の対象は民間伝承などからキリスト教に移ったわけだが,実はデュランダルもそうした影響を受けており,最初は妖精が鍛えた剣とされていたが,のちのち天使の贈り物へと変化したのかもしれない。
 ちなみに天使説の場合は,デュランダルの黄金の柄の中には,聖バジルの血,聖ピエールの歯のほか,ローランの守護聖人である聖デュニの毛髪,聖母マリアの衣服の一部といった聖遺物が納められているとのこと。こうしたことから考えると,デュランダルはキリスト教を象徴する剣といえるだろう。



■■Murayama(ライター)■■
取材もこなせば司会もこなす,なんでもできちゃう便利屋ライター。そんな彼の最近の趣味は,なんと料理。料理にまつわるエピソードは数知れず,最近彼から聞いた話だけでも,鍋料理の作りすぎで土鍋を割ってしまったとか,クリスマスプレゼントにはフライパンをもらったとか,テレビはないけど燻製器はあるとか,枚挙にいとまがない。いいお婿さんになれそうである。