連載 : 剣と魔法の博物館 〜モンスター編〜


剣と魔法の博物館 〜モンスター編〜

第23回:フェンリル(Fenrir)

 魔法の武器や個性的なモンスターの宝庫ともいえる北欧神話は,ファンタジーファンの間で,ギリシャ神話と並んで知名度の高い神話である。今回はその中から,北欧神話の神々を震撼させたフェンリル(Fenrir)という狼を紹介してみたい。
 フェンリルという名は,ゲームや小説でも頻繁に見かけるが,モンスターとしてのフェンリルは,残念なことにそれほど多くは登場しない。これは,フェンリルが種族名ではなく,個体を指すことと,北欧神話において圧倒的な力を持ちすぎていたことが理由だろう。つまり,頻繁に登場させられないほど強力な存在というわけである。
 よく知られるフェンリルのイメージは,鼻から炎を吹いている巨大な狼,といったところ。北欧神話では,その大きさたるや,あごを開けば天地に届くほどだったという。 しかし,これ以外に目立った特徴がないためか,小説やゲームに登場する場合,その姿は作品ごとに異なっている(炎をまとった狼として表現されていることもある)。
 また,種としてではなく個としてのフェンリルを表現しているのだろうか,ゲームでは,敵としてではなく,強力な召喚獣として登場することもある。
 さて,フェンリルといえば北欧神話でも重要な役割を担っているので,以下に北欧神話での有名なエピソードを紹介しておこう。

 

 その絶大な力を振るい,神々と巨人族の最終戦争“ラグナロク”で大暴れするフェンリルは,奸智の神ロキを父に持ち,女巨人アングルボザを母としている。また兄弟には,人間の住むミッドガルドを取り巻くほど巨大な蛇ヨルムンガンド(Jormungand)や,死者の国を統治する女神ヘル(Hel)がいる。とまあ,実に由緒正しい(?)血統の持ち主である。
 フェンリルといえば,次のエピソードが有名だ。主神オーディンや雷神トールを筆頭とした北欧神話の神々は,将来フェンリルが災いをなすとの予言を得たことから,フェンリルを捕らえて封印しようと考えた。そこでフェンリルに「この鎖が引きちぎれるか?」と挑戦するふりをして,そのまま捕獲してしまおうと考えた。
 最初に用意されたのは,「革の戒め」という意味を持つ鎖,レージング(Loejingr)。しかしフェンリルは,これを簡単に引きちぎってしまう。そこで,レージングの倍の強度を持ち,「筋の戒め」という意味のドローミ(Dromi)を持って挑戦したが,これもあっさりと引きちぎられてしまった。
 困った神々はドワーフ族に力を借り,「飲み込むもの」の意を持つ,グレイプニル(Gleipnir)を作ってもらった。ちなみにグレイプニルは,猫の足音,魚の息,女の髭,熊の腱,山の根,鳥の唾液を材料にして製作されたという。その設定からして,不可能を可能にする力が秘められていそうである。

 見た目が鎖ではなく,ヒモのようなものだったために,グレイプニルを見たフェンリルも,何か違和感を抱いたのだろう。引きちぎれなかったときの保険として,「誰か私の口に手をいれていてもらえないか?」と神々に交渉した。この申し出に,フェンリルを騙して捕獲しようとしていた神々は動揺した。捕獲するということは,すなわちフェンリルの口に入れた手を失うからである。
 果たして,戦神テュールが名乗りを上げたのだが,結局フェンリルはグレイプニルを破壊できず,テュールは右腕を失うことになった。フェンリルの捕獲に成功した神々は,グレイプニルで縛られたフェンリルを,さらに鎖を用いて大岩に縛り付け,かみ切らないようにと口に剣を刺した。さらに巨大な穴を掘り,そこに大岩もろともフェンリルを投げ込むと,そこに巨石でふたをしたという。
 これらの表現から,神々はフェンリルを相当恐れていたことが理解できるだろう。なお剣によってふさがらないフェンリルの口からは,止めどなく涎が流れ続け,それがヴァン(Van)という川になった。ちなみに,ヴァンは希望という意味を持つ。川が流れている間は,フェンリルの封印が万全だと安心できるために,神々がそう命名したのだろう。
 こうして封印されたフェンリルだったが,最終的には,予言通り神々に災厄をもたらすことになる。神々と巨人族の最終戦争で封印を破壊したフェンリルは,神々の主神であるオーディンを襲い,飲み込んでしまった。後にオーディンの息子ヴィーザルに倒されてしまうが,主神を倒されたというだけでも,神々にとっては大きな痛手となったに違いない。なおラグナロクに際して,フェンリルの兄弟であるヨルムンガンドは,雷神トールと相討ちになった。ヘルは,死者を率いて神々の住むアースガルドに攻め込んでいる。
 最後に余談を。日蝕や月蝕は怪物の仕業だとする伝説が世界中にあるが,北欧神話では,フェンリルの子供であるスコルとハティがそれぞれ太陽と月を追いかけていて,追いついたときに日蝕や月蝕が起こるとされている。

 

次回予告:ワルキューレ

 

■■Murayama(ライター)■■
2006年末あたりから,PCの不調が原因(言い訳)で,仕事が思うようにはかどらないことに頭を悩ませていたMurayama。先日,マザーボードやグラフィックスカードを換装したらしいのだが,それでもPCの不調が続いた。これはおかしいと思い,あれこれ調べてみた結果,不調の原因は,CPUのヒートシンクにつまったホコリだったという。さすがMurayama,無駄遣いにかけては天才的な才能を発揮する。


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http://www.4gamer.net/weekly/sam_monster/023/sam_monster_023.shtml



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