剣と魔法の世界に生息するモンスターの中には，単なる冒険者の敵ではなく，門番や番人としての役割を担っているユニークなものもいる。その中でも一，二を争うほどメジャーな存在が，スフィンクス（Sphinx）だ。
　スフィンクスといえば，獅子の体，女性の顔と胸，猛禽類の翼を持つとされるモンスターである。テーブルトークRPGなどでは，獅子の体を生かした爪による直接攻撃のほか，視線による魅惑，咆哮による麻痺といった特殊攻撃を行うこともある。知性も非常に高く，人語を話したり，知恵比べに興じたりもする。運が良ければ（あるいは，スフィンクスの機嫌が良ければ）なんらかの神託や予言などをしてもらえるかもしれない。モンスターというよりも，神に近い存在としての神獣なので，戦うことは無謀といってもいいかもしれない。
　番人としてのスフィンクスに注目してみると，彼女の出題する謎かけ（リドル）に答えられなければ，そこを通過できないというケースが多々ある。謎かけで最も有名なのは，「（一つの声を持ち）朝は4本足，昼は2本足，夜は3本足で歩くものは何か？」というものだろう。ご存じの人も多いかと思うが，この謎かけはギリシャ神話に登場するスフィンクスが出題したもので，その内容は，人間の一生を一日にたとえたものとされている。赤子は四つんばいで歩き，成長すると両脚で歩き，老人になると杖をついて歩くことを示しているというわけだ。もちろん答えは「人間」とするのが定番となっている。

　前述の謎かけは，ギリシャの作家アイスキュロスが記した「エディプス王」で広まったもので，その中では，堕落したテーベの街の民を懲らしめるために，女神ヘラ（Hera）がスフィンクスを送り込んだとされている。
　スフィンクスはピキオン山に座して，近くを通りかかる旅人に謎をかけ，答えられない者を食い殺していた。これに挑んだのがエディプス（Oedipus）で，彼が見事謎かけを攻略すると，スフィンクスは崖下へと飛び降りて死んだ（あるいは，近くの岩に頭から体当たりして死んだ）といわれている。そしてこの功績が称えられて，エディプスはテーベの街の王として迎えられたのだ。
　ここで面白い話がある。前述の謎かけだが，老人になったからといって誰もが杖をつくわけではない，と思った人もいるはず。実は物語中で，スフィンクスと問答をしたエディプスは，謎かけの答えについて「人間」とは明言しておらず，自分を示しただけだった。これを後世の人は人間と解釈したわけだ。しかし異説として，晩年のエディプスは失明して盲目となり，杖なくしては歩けなかったので，スフィンクスは彼の未来を知ったうえで出題したのではないか，ともいわれている。答えは「人間」ではなく，「エディプス」だったというわけである。スフィンクスが語ったのはなぞなぞではなく，予言だったのではないかという考察は，実に興味深い。

　スフィンクスといえば，エジプト生まれだと思う人が多いだろう。だが前述したような容姿，謎かけ，スフィンクスといった名前は，ギリシャ神話によって確立されたもの。エジプトのピラミッドの横にある彫像は，現地ではスフィンクスではなく「生ける彫像」を意味するシェスプアンク（Shesepankh）と呼ばれていたし，顔についても女性ではなく，ファラオ（王）を模したモノとなっている。こちらはモンスターというよりも，神に近い存在で，決して死ぬことはない。ギリシャのものとは大きく異なっているのだ。ちなみにスフィンクスという名前には，ギリシャ語で「束縛する者」という意味があるらしい。
　色々調べてみたところ，エジプト，ギリシャだけではなく，多くの国で似たような存在が語られてきたようだ。古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは，自らの著書「歴史」の中でスフィンクスの分類を行っていて，女性の顔を持つものはアンドロ スフィンクス（Andro Sphinx），鷲の顔を持つものはヒエラコ スフィンクス（Hieraco Sphinx），羊の顔を持つものはクリオ スフィンクス（Crio Sphinx）としている。高い知性を備える有翼の獅子のうち，神に仕える神獣を，総称してスフィンクスと呼ぶ。そう考えるのが，幻想世界においては妥当なのかもしれない。