― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年10月11日掲載

 今回は,アメリカにおけるゲーマーのドーピングと,“ADHD”という障害に絡んだお話。アメリカでは処方箋が必要以上に出されるケースが多く,さまざまな薬物の濫用が問題になっている。それはゲーマー達にとっても例外ではないが,その一方で,ゲームをセラピーに役立てようという研究も進んでいる。このところ,ゲームの社会的立場が多様化しているのがよく分かるだろう。

 

学習障害にまつわるゲームの話

 

ゲーマーの間に広がる薬物汚染

 

 少し前に筆者が知り合ったアンソニー(仮名)は,かなりのゲーマーであることを自認している。まだ20歳になったばかりで,仕事なり勉強なりに精を出さなければならない年頃なのだが,対戦ゲームの誘惑に逆らえない毎日であるという。そんな彼が漏らした一言が,「オレにもビタミンRが必要かな……」。
 一度でもオンライン対戦ゲームを遊んだ経験のある人なら実感できるだろうが,プレイ中は何十分間も気が抜けず,相当な集中力の持続が求められる。企業がスポンサーになっているメジャーなLANイベントなどでは,公式ドリンクとしてRed BullやRockstarといったカフェイン系の栄養ドリンクが並べられていることが多い。

 

“ビタミンR”や“R-Ball”とも呼ばれるリタリンは,常習性のない覚せい剤の一種。処方箋の必要な医薬品だが,診断も医師によってバラつきがあることから,意外と簡単に入手できるようだ

 栄養ドリンクならカワイイものだが,カフェインの効果だけでは物足りないゲーマー達が服用しているのが,アンソニーが話題にしていたビタミンRである。もちろん,このビタミンRはスラングであり,薬剤名を“リタリン”(Ritalin),正式には塩酸メチルフェニデートという,日本でもアメリカでも服用には医師の許可が必要な処方箋医薬品である。
 リタリンは,ADHD(注意欠陥/多動性障害)と診断された学童に処方される場合が多い。ADHD患者はさまざまな情報をまとめて一つの結論に導くのが苦手であるため,例えば授業に集中できず,授業中に歩き回ったり,騒いだりする。そんなADHD患者に対して鎮静効果があるのが,このリタリンなのである。
 簡単に言えば,リタリンとは服用者の中枢神経を刺激して興奮状態を持続させる一種の覚せい剤で,そこに目をつけたのが,トーナメントやLANパーティで徹夜でのプレイを続けるゲーマー達というわけだ。しかしリタリンは,“薬”としての効果こそ認められているが,その依存性の高さが問題視される危険な薬物であり,こうした目的に使われないように厳重に規制されなければならない。

 ゲームシーンにおける薬物の濫用は,対戦ゲームのプロスポーツ化など,ゲームがより競争心を煽るような遊び方へ変化していることも原因の一つだろう。たとえ賞金が懸かっていなくとも,ギルドの仲間達のためにがんばるとか,ラダーのトップランクを維持し続けるというような,名誉欲や達成感を満たすのが目的になっているプレイヤーも多い。
 もっとも,リタリンの問題を調べていると,株のブローカー,スーパーモデル,パイロットから複数のアルバイトで生計を立てている人まで,その職種に限らずかなりの範囲で濫用が広がっているのが分かる。簡単な診断で薬物が処方されるという,アメリカの社会的な問題であると見るべきだろう。

 

ADHD障害者のためのセラピーとして用いられる
家庭用ゲーム機

 

 一方で,ADHD/学習障害に対してゲームが役に立つのではないか,という研究も進められている。カリフォルニアをベースにするCyberLearning Technologyは,最近S.M.A.R.T. BrainGamesという子会社を設立し,「S.M.A.R.T.システム」の販売を開始した。これは,S.M.A.R.T.システムを頭にかぶりながらゲームをプレイすることで,使用者の脳波コントロールをトレーニングして集中力を高めようという機器である。
 このS.M.A.R.T.システムは,もともとはNASAとイースタン・ヴァージニア医学大学によって1980年代から研究が進められていたもので,NASAが登録していた技術を同社がライセンスし販売している。興味深いのは,S.M.A.R.T.システムは単独で起動するのではなく,プレイステーション2などの市販ゲーム機に接続して利用することだ。サポートされた80種類ほどのゲームを遊ぶだけで治療になるというのである。

 

既存のニューロフィードバック(上)と,ゲームを使ったニューロフィードバック(下)の結果。歴然とした差が見られる。ただ,CyberLearning Technologyでは「オルタナティブな手法としては有効だが,今後も既存の治療法との併用が望ましい」としている (画像:Smart BrainGames)

 ラインナップとしては「バーンアウト3:テイクダウン」「グランツーリスモ4」「ニード・フォー・スピード アンダーグラウンド 2」などのレーシングゲームが中心だが,「ラチェット&クランク2 〜ガガガ!銀河のコマンドーっす」のようなアクションゲームもある。
 S.M.A.R.T.システムでは,これらのゲームをプレイ中,プレイヤーが“ズームアウト”(集中力が散漫になること)状態になると,自動的にゲームが操作を受け付けなくなってしまう。楽しいゲームを続けたいばかりに, ADHDを持つ児童が自主的にセラピーに参加するわけで,すでにアメリカでは26州にわたって70ほどの医療機関が協賛するほどの広がりを見せているという。

 価格は595ドルで,今のところは1000台ほどのシステムが販売されたのみだ。カリフォルニア大学バークレー校の発行する「バークレー・メディカル・ジャーナル」に,このS.M.A.R.T.システムの研究結果が報告されているとはいえ,実際にこのシステムがどれだけADHD障害者に効果があるのかについては未知数な部分もある。
 S.M.A.R.T.システムの効果がどうであれ,最近ではゲームを単純に有害なものとする風潮は薄れ,よりポジティブに活用するような動きが大学機関や医療現場で見られるようになっている。ゲーマー達の薬物濫用問題もADHD障害者のためのセラピーも,社会におけるゲームが多様化しつつあることを物語っているのである。

 

 


来週は,「ゲームコミュニティ」について。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。1日に5〜6杯はコーヒーを飲むという奥谷氏。インスタントコーヒーでもなんでもいいというから,かなりのカフェイン中毒である。当然胃への負担が大きいようで,数年前には胃痙攣を起こして救急車で運ばれたらしい。と聞くとかなりの大ごとだが,実際には「最初こそ激痛で死ぬかと思ったけど,救急車が家に来た頃には収まってた」とのこと。とはいえ,せっかく救急車を呼んだので(?)サイレンも鳴らさないまま病院まで乗せてもらい,点滴を打って帰ってきたのだとか。ま,丈夫でなによりです。


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http://www.4gamer.net/weekly/kaito/098/kaito_098.shtml