― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年6月21日掲載

 ファーストフードの代名詞として知られるマクドナルドは,世界中でその名を知らない人を見つけるのが難しいほど。そんな大企業を親会社にするというMacDonald's Interactiveが,先日行われたゲームカンファレンスに登場した。しかし,その公演内容は,欧米のゲーム関係者だけでなく,マクドナルド本社まで驚かすものだったのだ。今回は,その詳細をお伝えしよう。

 

マックと嘘とビデオゲーム

 

地域や文化を超えて世界に広がる
巨大ファーストフードチェーン

 

 ご存じマクドナルドは,世界118か国に約3万店舗,雇用者数45万人にも及ぶファーストフードチェーンの巨大企業である。一日に5000万食をさばくフードビジネス界のリーダーであり,経済専門誌では国際購買力の評価に“ビッグマック指数”を利用するほどだ。ちなみに,“ビッグマック指数”とは,各国で販売されているビッグマック一個の価格を比較するというもの。
 その一方,マクドナルドはアメリカの資本主義やグローバリゼーションの代名詞として取り上げられがちで,ナショナリズムや反米運動の標的にされることも少なくない。環境保護団体から「ハンバーガーに使う飼料育成のためにアマゾンの森林が破壊されている」と非難されたり,裁判や書籍,ドキュメンタリー映画などで,マクドナルドの不健康さやビジネス戦略の問題点が指摘されたりするのを,我々も数多く耳にしている。最近では,ヘルシーなメニューを投入したり,ポリエステルなどの化学製品の利用を減らすプロジェクトに積極参入したりしてイメージチェンジを図っているが,マクドナルドの「業界に君臨する巨大企業」というイメージを大幅に改善するには至っていない。

2006 FIFAワールドカップの公式スポンサーとして,現在何かとテレビで目にすることの多い“ゴールデンアーチ”。商品の品質や企業責任には気を配っており,ブログサイトまでを開いて消費者との対話努力をしている

 マクドナルドの成功の理由の一つに,以前から子供向け市場を開拓していたことが挙げられる。ちょっとした遊び場を併設している店舗も多く,子供用メニューの「ハッピーミール」を用意するなどして,低年齢から消費者のハートをガッチリと掴んできた。ハッピーミールのおまけのオモチャはアメリカで非常にポピュラーであり,シーズンごとにディズニー映画などとライセンス契約することで売り上げを伸ばし,意外なことに,同社は今や世界最大の玩具メーカーの一つになっているのだ。もちろん,ここ5年ほどはゲーム産業とも本格的な連携を進めており,その活動はなかなか興味深い。
 2001年には,まずCompaqと共同出資して,複数のゲームをプレイできるMcMaginationというゲームキオスクを店内に設置しているし,2003年にはハッピーミールのオモチャとして,セガの「ソニック」や「スーパーモンキーボール」を題材にしたゲームウォッチ型の簡易ゲームをリリースしている。また,この頃にはElectronic Artsと提携し「The Sims Online」のエネルギー回復用のメニューとして“ビッグマック”が加えられたし,Microsoft Game Studiosの「Project Gotham Racing」やRockstar Gamesの「Grand Theft Auto 3」などにもゲーム内広告が登場した。さらに,現在では任天堂とタッグを組んで,全米6000店舗でニンテンドーDS用のWi-Fiサービスを展開するに至っている。

マクドナルド系列のゲーム会社が,環境問題を告発?

 

 さて,映画界を凌ぐほどの巨大産業に成長したゲーム業界。当然ながら,企業や団体とタイアップし,ゲームを楽しみながらその企業の内容や製品を理解してもらうためのタイトルも近年増えている。プレイステーション2で発売されたサクセスの「吉野家」などと同様,ハンバーガーチェーンと協賛したゲームがあってもおかしくはないはずだ。
 そこで今回話題にしたいのが,「未来のファーストフード市場を睨んで,ハンバーガー世代の良き理解を得ることを目的に設立された」というMcDonald's Interactiveである。McDonald's Interactiveは,6月8日から9日にかけてイギリスで開催されたThe International Serious Games Event 2006という小規模な会合に参加し,同社のディレクターを名乗るAndrew Shimery-Wolf(アンドリュー・シメリー=ウルフ)氏が講演者の一人として登壇した。
 この会合は,ゲーム業界と大学研究機関が連携できるような土壌を作ろうという目的のもと,“シリアスゲーム”という新しい概念をさまざまな角度から検証するため,今年初めて開催されたものだ。参加者が100人程度というローカルな会合であったが,マクドナルドという巨大企業の参入は,かなりのインパクトをもって迎えられたに違いない。

The International Serious Games Event 2006でマクドナルドの環境破壊を訴えるシメリー=ウルフ氏。マクドナルドの子会社の代表のはずなのに,と誰もが思ったが,実は……

 しかし,シメリー=ウルフ氏のスピーチは,とんでもない方向へ急旋回していくことになる。なんと,この講演で,シメリー=ウルフ氏はMcDonald's Interactiveを親会社から分離させると発表したのである。「地球の崩壊を助長するマクドナルドの経営戦略に,もはや同意できなくなった」というのが理由だ。
 公式サイトで公開されている声明文によると,McDonald's Interactiveはハンバーガー経営の世界的影響をシミュレートする「McMarketplace」を開発。どのようなビジネスモデルにすると成功するのかを,遊びながらトレーニングしていくことを目的に作られたもので,プレイすることによって自分の企業を徐々に大きくできる。ところが,どんな設定に合わせてプレイしても,2050年ごろまでには環境破壊による気象変化で多くの人々が死に始めるという。シミュレーションによると,商品の販売によるビジネス拡大を続ける限り,大規模な森林破壊で大気汚染が止められなくなってしまうのだ。講演では,シメリー=ウルフ氏が,この驚くべき結果と親会社からの離反を発表し,「本社がこのシミュレーションに満足するはずもなく,この内容はうやむやにされかねない」と糾弾した。このことが,一部のゲームファンの間で大きな話題になったのである。

ゲーム業界前代未聞の事件は,現在もリアルタイムで進行中

 

 ところが,その直後からMcDonald's Interactiveの存在そのものが,どこかうさんくさいという話が浮かび始めた。ドメイン検索を行うWHOISで調べても,母体であるはずのマクドナルドとの関連はなさそうだし,ゲームイベントで行われたスピーチに使用された画像ファイルは,彼らの作ったというシミュレーションソフトのものではなく,マサチューセッツ工科大学などから無断借用し,それに細工を加えたものであることが暴露され始めたのである。
 現在分かっている範囲では,彼らの背後にいるのはRT Markという団体。反企業・環境擁護で知られる過激な団体であるらしい。イギリス政府の援助で開催されたThe International Serious Games Eventの運営者をまんまと騙してスピーカーとして参加しただけでなく,その講演の中でマクドナルドはもちろんのこと,BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)やノキアなどの大企業のあり方を批判するなど,「遅すぎるエイプリルフール」では済まされないような“大事件”を起こしたことになる。

これは,本文にあるMcDonald's Interactiveと直接関係はないが,今年始めにイタリアのMolleindustriaが開発した,マクドナルドを皮肉ったフラッシュゲーム「McDonald's Videogame」。マクドナルドは,その規模の大きさから政治団体の標的にされることが多いようだ

 ゲーム業界,マクドナルド,そしてイギリス政府まで完全に騙した,とんだスキャンダルだったわけだ。筆者もこの公式サイトにあったメールアドレスにコンタクトをとってみたものの,当然のごとく何の反応もなかった。The International Serious Games Eventの主催者側にも連絡してみたが,こちらも音沙汰なし。もっとも,主催者にとってはまさかの出来事だったわけで,事前のバックグラウンドチェックが十分でなかったとはいえ,この事件に関して責められるべきではない。
 唯一,マクドナルドの広報は「McDonald's Interactiveは,当社とは何の関連もありません。詳細については我々も調査中ですが,皆さんもご存じのように,当社は環境問題やビジネスの実施に関しては,常に前向きに努力をしています」と紋切り型の声明を出している。McDonald's Interactiveの公式サイトがまだ閉鎖されていないことから,マクドナルドもどのような対処をすべきが検討中というところだろうか。
 なお,The International Serious Games Eventに参加していた人の証言によると,シメリー=ウルフ氏は,これが誰もが顔馴染みの規模の小さなイベントなのにもかかわらず,ほかの参加者と交わる光景は見られず,その割にはビデオカメラのクルーが常にライトを照らしながら彼を追いまわっていたという,妙な状況だったらしい。実際,今回の大芝居を元に,RT Markは,マクドナルドを糾弾するドキュメンタリ映画を制作中のことで,まだまだファーストフードチェーンの受難は続くことになりそうだ。

 

 


次回は,「シスの逆襲」をテーマにお届けする。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。アメリカでは,齢八十に届こうかという老人がファーストフード店に通っているのをよく見かけると語る奥谷氏だが,彼自身は,30代後半にしてすでに「フライドポテトの油の匂いだけで吐き気がする」アンチファーストフード状態だそうだ。だが,アメリカでは先週から夏休みに突入しており,二人の子供のために昼の食事の支度を行うか,はたまたファーストフードにお世話になるか葛藤しているとのこと。ちなみに「奥さんが仕事にでかける前に昼食を用意しておく」というオプションはないらしい。アメリカだなあ。


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http://www.4gamer.net/weekly/kaito/083/kaito_083.shtml