― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 最近,MMORPGの課金システムに変化の兆しがある。基本料金が無料というオンラインゲームは,韓国や日本ではもちろん,欧米でもカジュアルゲーマー層に拡大しつつある。最近では“無料ゲーム”と侮れない本格的なゲームも多く,NCsoftやSony Online Entertainmentのような大御所も進出し始めているのだ。しかし,ゲームが無料になって,一体ゲーム業界の誰が得をするというのだろうか。

 

無料MMORPGと貧富の差

 

■SOEが完全無料MMOゲームの構想を発表

 

旧Verant Interactiveを経て,今ではSony Online Entertainmentの舵取りを行うジョン・スメドリー氏。MMORPGの将来に影響力を持つ人物の一人である

 MMORPG市場に,大きな転機が訪れている。
 「EverQuest」「Star Wars Galaxies」,そして「Matrix Online」で知られるSony Online Entertainmentの社長John Smedley(ジョン・スメドリー)氏は,10月27日から28日にかけて行われていたAustin Game Conferenceで,「無料のMMOゲーム」なるものの計画を発表した。これまで同社は,ゲーム内データのトレードシステム「Sony Exchange」を通してオンライントレードの仲介者としてのビジネスモデルを模索しており,これを一歩進める形となる。
 このような基本料金無料のビジネスモデルは,韓国や中国ではすでに市場に浸透している。日本においても,「Red Stone」や「巨商伝」のように,いわゆる“アイテム課金”によって成立しているサービスが少なくないことは,4Gamerの読者ならよくご存じだろう。
 その一方で,本連載第53回「頭をもたげるカジュアルゲーム」でもお伝えしたように,韓国ゲーマー達の,(毎時間利用料金が発生する)PC-Bangでのゲーム時間は減少傾向にあり,金銭的負担に対する消費者の心理変化が見て取れる。

 

 では,アメリカはどうだろうか。従来の課金システムを持つサービスとしては,Blizzard Entertainmentの「World of Warcraft」がアメリカ国内で200万人という大台に乗ったものの,ほかは「ファイナルファンタジーXI」が70万人程度で追随しているくらいで,10年近くにわたる市場開拓の成果は,ほとんどないようにさえ思えてくる。
 「EverQuest」のプレイヤーが,「EverQuest II」に完全移動することがなかったという現実は,「Sony Station Access」という課金一律化の影響もあるのだろうが,“これまでのMMORPGがコアゲーマーのみに支えられてきた”ことを示しているともいえる。また,現在も続くThe Simsシリーズの爆発的な人気にもかかわらず,MMOゲーム「The Sims Online」の客足が伸びなかったという現実もある。The Simsのファン達は,つまり無料で広がるオンラインコミュニティを享受しているのであり,彼ら/彼女らはElectronic Artsの想定する“コアゲーマー”にはなり得なかった。つまり,「時間の投資」と「金銭の投資」は,消費者達にはまったくの別物だったのである。

 

 スメドリー氏が発表した無料MMOゲームは,2006年10月にサービスが開始されるとしか明らかにされておらず,プラットフォームさえも不明。PSPやプレイステーション3を想定しているものかもしれず,今の段階で結論を出すわけにはいかない。しかし,ビジネスとしての月額制MMORPGが敗北しつつあるのは疑いようがなく,Sony Online Entertainmentが方向転換に回ったと考えてもそれほど間違いではないはずだ。

■欧米でも台頭する無料MMORPGの潮流

 

 もっとも,欧米でのMMORPG無料化の流れは,今に始まったことではない。
 2001年6月にローンチされ,ヨーロッパでは初めてのMMORPGとなった「Anarchy Online」も,2004年12月からは期間限定での無料プレイが実施されている。数か月前には投資家による資金調達のメドも立ち,また新作「Age of Konan: Hyborian Adventures」へのファン達の期待も高いことから,この無料サービスは2007年度まで継続して行われることが決定している。無料サービス開始当時には10万アカウントを切っていたと思われるプレイヤー数も,今では40万人と発表されているほど盛況のようだ。

 

RunescapeはJava3DベースのMMORPGで,グラフィックス的に見劣りはするものの,手軽さと無料でのサービスが受けて40万アカウントを誇る。このようなソフトの台頭が,資本力のある企業をも突き動かしつつあるのだ

 またヨーロッパでは,イギリスのJadexが開発した「Runescape」(現在はRunescape Classicに改称)というゲームサービスもある。Java3DエンジンによるWebブラウザ専用のMMORPGで,当然グラフィックスはハイレベルとはいえない。しかし,アカウントさえ取得(無料)していれば,図書館やインターネットカフェなどのPCからでもプレイできる手軽さが受けているのか,小学生など低年齢層のファンも多い。
 2001年12月にリリースされたときは,広報能力の限界もあって数万人がプレイする程度だったが,2004年3月に同作のプレイヤーキャラクターや所有品を移行できる「Runescape 2」のサービスが開始すると,口コミによって爆発的にプレイヤー人口が広がり,今では約40万人が楽しむほどの人気を得ている。プレイ中に広告をフィードするというビジネスモデルは完璧ではないが,月額5ドルのプレミアメンバーも10万人ほどいることを考えれば,今後のMMORPGの方向性の一つではあろう。

 

 このようなトレンドを,早くからアメリカで敏感に察知していたのが,Blizzard Entertainmentから独立した開発者達が設立したArena.netだ。「Guild Wars」は,パッケージこそ39.99ドルで販売されているものの,オンラインプレイはいつまでも無料だ。無料でありながら,グラフィックスとゲームプレイの質の高さではトップクラスの競合ソフトに一歩も引けを取らず,現在までにアメリカと韓国の合計で100万アカウントを獲得している。発売元のNCsoftの発表によると,リテールパッケージとしては,2005年夏に最も売れたオンラインゲームだったとのことである。
 もう一つ面白い例として,2001年にスウェーデンのMind Arkが稼動させた「Project Entropia」がある。2003年に正式オープンしてからは,一定のゲーム内通貨が毎月プレイヤーに配分されており,それで足りないという人は,リアルマネーで購入できるというシステムになっている。この手法が少しずつ人気を呼び,現在では22万のアカウント数を記録し,かなりのコアゲーマー達で溢れている様子。以前当連載で,約284万円もの現金で新しいマップの所有権を獲得した人物について話題にしたことがあるが,2005年10月には,なんとゲーム世界で100万PED,実世界では10万ドル(約1180万円)というゲーム史上最大の金額でバーチャル不動産を購入したツワモノの富豪も現れたのである。

■バーチャル世界における貴族の誕生?

 

 基本プレイは無料で,特別なアイテムやサービスのみ有料にするという「アイテム課金」というシステムは,月額課金以後のしばらくの間主力になると思われる。例えばRedBedlamの「Roma Victor」も,基本料金は無料で,Project Entropiaのように必要であればゲーム内通貨を現金で購入できるシステムになる予定だ。
 ただし,1ドル=10PEDと決められたProject Entropiaとは異なり,Roma VictorのSesterceと名付けられたゲーム内通貨は,相場が変動するという。さらにゲームの資源やアイテムの,一切の需要と供給は,プレイヤーに任されるという。

 

ずいぶんと開発が遅れている「Roma Victor」だが,「Rome: Total War」風の大部隊による激突も楽しめそうだ。しかし,ゲーム世界の自由経済の導入により,ローマ市民と周辺部族のような階級社会さえ生まれそうな予感。それを逆手にとって楽しませてもらいたいものだが……

 注意しておきたいのは,このようなシステムでは,もはや既存の“ロールプレイング”という発想が無意味になってしまうだろうということである。お金に余裕がある人ならば,最初からキャラクターに10万円なり,100万円なりを投資できるわけで,そういう人ほど,ギルドへの貢献度が高かったり,レアアイテムを手に入れるチャンスが多かったりと,ゲーム世界においても優位な立場になるはずだ。
 “持てる者”と“持たざる者”が同時にプレイし始めた場合,ゲーム世界に費やす時間は同じでも,費やす金額が異なれば,おのずとゲーム内での体験も変わってくるはず。プレイ時間がそのままゲーム世界の価値に変化するWorld of Warcraftまでの「MMORPG旧世代」とは異なり,現実世界でより多くのお金を持っている人ほど,ゲーム世界でもお金持ちになるのである。
 輝くようなプレートアーマーを身にまとい,巨大な城に住む(キャラクターを操る)“持てるプレイヤー”を横目に,“持たざるプレイヤー”は,貧相な身なりのキャラクターでモンスターを追い回すか,さもなければ現実世界で働いて稼ぐしかない……。これではもはや,MMORPGは「村の小僧がヒーローになる」というような従来のファンタジーと異なり,「富豪が有り余る資金を使ってハンティングに興ずる」というような,実社会と同じ原理で動くことになりかねない。裏を返せば,実社会をゲーム世界に持ち込んでいるだけ,ということになってしまう。
 Project Entropiaに1000万円以上も投資するというプレイヤーが存在すること自体,すでにゲーム世界が階級社会化している証ではなかろうか。何せほかのプレイヤーには,富豪プレイヤーの土地を間借りし,定期的に賃貸料を納入する生活が与えられるのである。現実世界とまったく同じ立場のアバターで,一体何をロールプレイするというのだろか……。

 

 Roma Victorなどの「プレイヤーがゲーム世界の経済に直接介入できる」というシステムは,一歩進んだリアリティを感じるし,厳しくコントロールされているWorld of Warcraftとはまた違った魅力があるのは事実。資本投資に躊躇しないコアゲーマーと,遊べれば十分というカジュアルゲーマーが,「とりあえず」という条件つきながらも共存できる「基本料金無料」というシステムは,MMORPGがメインストリームとなるために,避けては通れない道なのだろう。
 しかし,その向こうにあるのは,これまで我々が愛してきた「ファンタジーRPG」の崩壊であるような気がしてならない。筆者の杞憂であることを祈るばかりだ。

 


次回は,最近買収されたあの開発メーカーの逸話をお届けします

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。アメリカでの生活が長い奥谷氏も,深夜のダウンタウンで道に迷うのはさすがに怖いらしい。つい先日,そんな破目に陥った奥谷氏は,進退極まって一番気の良さそうなホームレスに道を聞くことにしたという。ドキドキしながらも近づいてみると,相手は実にこざっぱりとしていて,おまけにノートPCまで持っていたそうだ。奥谷氏は「脱税とか訴訟から逃げているのかな」と想像しながらも,道案内の謝礼に5ドル紙幣を渡そうとしたところ,彼のものよりもはるかに分厚い財布を取り出し,中を見せながら丁重に断られたのだとか……。


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