製品名の長さがこの記事の1行分を優に超えることだけで,すでにインパクト十分な「そう,あたしたちはこんなにも理不尽な世界に生きているのだらよ」は,自転車創業の新作ノベルゲームである。
自転車創業といえば,X68000がすっかり廃れきった2000年(シャープから最後の機種が発売されたのが1993年。その後もX68000を支え,ゲーマーの最後の砦と目されていた満開製作所が事業撤退を発表したが2000年だ)に新作ゲーム「あの,素晴らしい をもう一度」を,X68000向けに出すという快挙で,話題を呼んだメーカーである。元FM TOWNSユーザーの筆者としてはうらやましい限りだ。
閑話休題。同社はその後も「空の浮動産」「ロストカラーズ」(+サントラ&ファンディスク「こねかけのうどんぶつける祭りがノルウェーの北の村の漁村で」)といった,個性的なテイストを持った作品群を,ほぼ隔年で送り出してきた。本作もそうした流れを汲んでおり,奇妙な味わいのある「アドヴァンスドノベル」である。

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カコは26歳だが,年齢のことには異常に敏感である。若い心を売りにすれば,当然ながら主人公の手痛いツッコミを受け,実力行使に及ぶ。大人気(おとなげ)ない…… |
本作はそのほとんどが登場人物達の会話で出来ている。その会話というのは,ボケとツッコミが理詰めかつ真顔でやりとりされるという,独特のノリになっている。なんというか,このノリがどんなものか総括的に述べるのはたいへん難しいのだが,「端(はた)から見ればどうでもいいようなことについてディベートを積み上げ,相互に突飛な発想や理屈が登場するのを楽しんでいる」という感じだろうか。
やや類型的な感の強いヒロイン達に対し,主人公はまるで黒柳徹子のように淡々と,丁寧かつ明快な会話の進行を心がけ,ときに容赦のないツッコミを披露し,相手を急かしたり切り捨てたりして,物語を進めて行く役割を担っている。
たわいのない日常描写やお約束の反復,状況説明的な会話が多い昨今のゲームのテキストと比べると,ボケやギャグも含め,無駄のないクレバーな会話の成立を目指して,各キャラクターが配置されている。
麻刈ノゾミ(マガリ ノゾミ)
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主人公,男性。自殺する前に丘を見ようと乗ったバスで爆弾騒動とカコに遭遇。自殺志願者で死に対する恐怖がないため,爆弾発見までの工程を見事にこなし,そのためにカコの所属する組織にスカウトされる。冷静で論理的な思考と発言,容赦ないツッコミと,ノベルものの主人公としては完璧超人で,状況説明もさりげなくこなす,多芸な人である。 |
蒔雉カコ(マキジ カコ)
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眼鏡っ娘の魔法使い。現世と結界を行き来でき,爆弾解体を担当するが,常に単純で,低い精神年齢による行き当たりばったりな発言を繰り返すので,パートナーとなった主人公の悩みの種でもある。年齢の話題には過剰に反応する26歳。「〜ら」「〜だらよ」という,特徴的な語尾を持つが,爆弾解体時は別人のように凛々しくなり,言葉遣いも共通語に変化する。 |
御子徒セツナ(ミコト セツナ)
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カコと同じ,先天性魔法使い。自称,図書委員のようなもの。カコたちの属する組織で,主に資料の検索を行い,主人公に必要な情報を提供できるよう,力を尽くしてくれる。基本的に人見知り,無口,無感情な綾波クローンだが,誉めると赤面するといった一面もある。名前はさん付けでなく呼び捨てにしろと要求してくるあたり,機械のような個性を自覚的にウリにしていると思われる。 |
高槻アキラ
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魔法協会所属第5種特殊魔法結界対策部総合責任者。男性。要するに,カコやセツナの上司である。カコに「マジメ馬鹿」と評されるおじさん。主人公をスカウトする際も無理強いはしない誠実な面がある一方,レトリックを駆使して物事を言いくるめようとする(現実から眼をそむける)フシもある。要所要所でサングラスの付け外しをするあたり,体面や外見にこだわる人間かも。 |
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銃を突きつけられてもまったく動じない主人公に,バスジャック犯が懇願を始める始末。「バトル・ロワイアル」の桐山みたいな,人格が欠落した人間でないのがプレイヤーにとっても救いである | カコの特徴は,眼鏡+ドジっ娘+遠州弁(静岡弁)らしき語尾。ちなみに「だらよ」でググると,本作の製品紹介ページがトップに出てくるあたり,「りゅん」よりすごいかもしれない |
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爆弾解体時には,本気モード(?)。眼鏡を取ると美人になるうえに性格や言葉遣いまで変わるという点は,ヒーロー/ヒロインの伝統芸能である。たぶん | 現場に駆けつけて早々,カコと漫才を始めるアキラ。たいそうな肩書きだが,その組織がとてつもなく脆弱なものであることを,主人公はまだ知らない |
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セツナは初対面時,主人公と距離を置いて本棚の陰から話しかけてくる。属性は綾波というか,無表情・無感情・無言に加え,「古葉監督」というあたりか | セツナも先天性魔法使いで,封印された「フォルダ」を開く能力を持つ。主人公には,力ずくでこじ開けているようにしか見えないようだが |

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本作の基幹となる,「ANOS」(Advanced Novel Operation System)。ゲーム内における位置付けとして,平行世界から来たこの石のかけらには,さまざまな機能が搭載されている |
本作には自転車創業独自の「ANOS」(Advanced Novel Operation System)のVersion.4が搭載されている。4と銘記されているように,同社の過去の作品群に搭載されて実績のある,ゲームの基幹を成すシステムである。
今作のストーリーは,おおむねこんな感じだ。昭和75年,あちこちに結界による閉鎖空間と爆弾が発生し,その中に閉じ込められた多くの人間が死傷,あるいはそのまま行方不明となっていた。しかし政府はそのことを表沙汰にしておらず,その対策を要求しようとする男によってバスジャックが決行され,折悪しくそのバスが結界の中に閉じ込められてしまう。
そこに居合わせた主人公・麻刈ノゾミと蒔雉カコは,この事件を契機に,現在発生している爆弾の処理に立ち向かうことになる。時代設定が昭和75年(「空の浮動産」の舞台となった「昭和74年」の1年後である),元素Maの発見による魔法の発明,といったあたりでいろいろとリンクしている設定もあるので,過去の作品のファンには入りやすいだろう。
プレイヤーが覚えるべき情報は多く,初心者が本作の世界を理解するには若干苦労するが,順を追って進められる説明に従えば,次第,次第に入り込めることと思う。
この作品の中で使われている重要なアイテム「ANOS」とは,主人公達がいる世界とは時間の流れの違う平行世界との接近によって生じた「結界」に,入るためには欠かせないアイテムである。結界には,さまざまな特殊なルールが設定されている。
例えば結界の中は時間の流れが特殊になっている。要は,ゲーム内で新しいキーワード(それは書類だったり,アイテムだったりする)を入手したら,それをANOSの「記憶管理」で「記憶」,つまりキーワードを指定(選択/マーキング)しておくことにより,それについてのトリガーが作動し,新しい展開が見込めるというものだ。その場で使えるものは少なく,とりあえず持ち帰ってセツナに関連情報を集めてもらい,改めてその「記憶」を持って現地に向かい,必要なタイミングで使う形になる。
例えばA地点に行き,何も発見できなければそのまま戻るしかないが,そのとき入手した「記憶」を調べて解決方法を見出し,再びA地点に行けば,新たな展開が開ける。しかし,そこでそのまま新たな「記憶」を設定すれば次の展開に……というように,多重階層を形成している物語に対し,「記憶」を駆使して新たな階層へと上って行く,というわけだ。
従来のノベルやアドベンチャーが選択肢とフラグで管理され,展開は受動的だったのに対し,ANOSはプレイヤーが入手した「記憶」を能動的に使わない限り一歩も前に進めないシステムとなっている。もちろんコマンド総当たりなんて手は効かない。自転車創業は公式サイトで「自力で物語の謎解きに挑み,「物語をただ読む」だけでなく,「アクティブに読み解いていく」事がこのゲームを楽しむ方法」と明記している。手取り足取りの攻略方法の紹介は避けてほしいというスタンスであり,プレイヤーには自力で思考することが要求されている。
実際,ただ読んでいけば簡単に終了する紙芝居的なゲームと違い,本作ではいろいろと試行錯誤を繰り返さなければならない。可愛らしい外見に惹かれて甘く見ようものなら,「萌え」どころか「泣き」を見ることは必至である。逆に,その障害を乗り越えて解法を見出すことに喜びを感じられ,冒頭は易しいのにいきなり難易度が上がる点も笑って許せるならば,実に楽しめる作品となるであろう。
インターネットどころかパソコン通信も普及していなかった時代,攻略本も攻略情報誌もなかったPCゲームに挑み,5インチFDDやカセットテープドライブを騒がせながら,何十層にもわたるダンジョンのマップやトラップ,シナリオ選択を,血を吐くような努力で記録していき,攻略方法を自分の手で築き上げていった先人の苦労を感じさせる,ある意味古式ゆかしいゲームである。
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赤く反転した文字が「記憶」となる。「記憶管理モード」に切り替えると,「結界内のルール」という記憶が新たに加えられているので,これを選択すると,右上の[憶]と書かれたアイコンが赤くなる。特定のタイミングでその状態にすると,新たなストーリーというか,階層に進める |