Turbine社との契約により,MMORPG「Dungeons & Dragons Online: Stormreach」(以下,DDO)の日本におけるマーケティング/配信/運用権を獲得した,さくらインターネット。純粋なゲーム関連企業ではなく独立系のインターネット事業者が,世界的に注目を集めているファンタジーMMORPGを日本展開するというニュースには,耳を疑った人も少なくはないだろう。
さくらインターネットはなぜ,DDOの日本展開を行う気になったのか。日本展開における勝算はどこにあるのか。そして,Turbine社との契約にはどのような展望やメッセージが込められているのか。今回,さくらインターネット代表取締役CEOの笹田亮氏にインタビューをする機会が得られたので,そのあたりを中心に話を聞いてみた。
4Gamer:
さっそくですが,まずは根本的な質問から。これは業界もゲーマーも最初に思ったことでしょうが,なぜ,さくらインターネットがオンラインゲーム運営事業に参入しようと考えたのでしょうか。
笹田亮氏:
さくらインターネット代表取締役CEO 笹田亮氏。起業と同時期に遊び始めた「EverQuest」は,週末プレイヤーながら約8年かけてレベルをカンストしたという。D&Dに関しても,学生時代にTRPG版をプレイした経験があるとのこと。かなりのゲーマーである。
今回のTurbineとの契約に驚いた人も多いでしょうね。でもオンラインゲーム,とくにMMORPGの運営/運用の現場を見てみると,開発以外の仕事は,大半がデータセンターとしての仕事に終始していると思うんです。
さくらインターネットはゲーム会社ではないので,ゲームを開発/販売するとなると,畑違いでしょう。しかしオンラインゲームに関しては,数百台のサーバーとその運営ノウハウ,大規模な回線とネットワーク技術が不可欠です。さくらインターネットは,それらすべてを備えているわけですから,今回のTurbineのように,本格的に日本に進出したいと考えるデベロッパがまず話をするべきなのは,日本のゲーム会社ではなく,実はデータセンターである当社のほうが適していると思ったのが発端です。
4Gamer:
確かに,MMORPGを運営するときにネックとなるのは,そういったインフラ面のマンスリーコストなどが大きいですからね。
笹田亮氏:
ええ。当社はデータセンターとして,すでにいくつかのゲームメーカーさんと取り引きをさせてもらっていますし,海外産オンラインゲームの国内運営に関しても,数社から話がきています。もちろん,Turbineのほかのタイトルについても協議を進めています。
国内運営については,世界展開を前提に開発されたタイトルで,かつ当社に適したものであるなら,前向きに検討していきたいと考えています。
4Gamer:
なるほど。約6000台の自社サーバーと46Gbpsものバックボーンを持っているわけだから,インフラ面でのパートナーとしては実に頼もしいですね。
とはいえ,MMORPGのローカライズ/運営には,ほかにもさまざまなノウハウが必要だと思うのですが。
笹田亮氏:
そうですね。しかしDDOは,もともと世界展開を前提に制作されたタイトルなので,最初から2バイト文字にも対応していて,ローカライズは比較的容易でした。最大の問題である言語の日本語化については,昨年子会社化したイクスフェイズという会社がノウハウを持っています。
開発はTurbine,サーバー/回線は当社,ローカライズはイクスフェイズということで,作業は実にスムースに進行していますよ。
4Gamer:
運営に関してはどうでしょう? たとえばGMの問題とか。
笹田亮氏:
GMに関しても,イクスフェイズのほうで育成/手配します。実はイクスフェイズの社長自体が,オンラインゲームや海外のゲームに長く携わってきた人物なんですよ。
4Gamer:
そのイクスフェイズという会社は,ローカライズのノウハウも持っているということですが,具体的にはどのような会社なのでしょうか?
笹田亮氏:
イクスフェイズの社長はもともとセガ出身の方で,海外のゲームを日本に持ってくるという仕事をしていました。なので,海外のデベロッパにも顔が利くし,ローカライズ作業にも明るいというわけです。もちろんイクスフェイズだけでなく,その他の関連会社も含めて,DDOの日本展開に必要なノウハウは,一通り持っているといえます。
4Gamer:
セガで海外ゲームというと,「ネヴァーウィンター・ナイツ」や「バルダーズ・ゲート」などがすぐに浮かんできますね。
笹田亮氏:
具体的なタイトルの公表はちょっと勘弁してください(笑)。
4Gamer:
なるほど(笑)。でもまあ,そういう意味では,実に頼もしいパートナーといえそうですね。
さくらインターネットが,DDOの日本展開に必要なインフラと運営/ローカライズノウハウを持っていることは理解できました。では逆に,なにか足りないもの,というか困っていることはありますか?
笹田亮氏:
唯一困っているのは,日本とアメリカの時差の問題ですかね。だいたい日本の朝方がアメリカの夕方なので,そのタイミングで定期的にミーティングをしています。まぁでも,困っているというほどのことではないですね(笑)。
4Gamer:
笹田さん自身はMMORPGをプレイしていたりするんですか?
笹田亮氏:
はい。「Diablo」や「EverQuest」の時代から,オンラインゲームを遊んでいます。とくにEverQuestに関しては,週末プレイヤーながら8年ほど遊び続けていて,少し前にレベルをやっとカンストしました。
4Gamer:
なんと! 8年間も同じ作品をプレイし続けたというのは,すごいですね。ちなみにクラスはなにを選んでいたんですか?
笹田亮氏:
エンチャンターです。当時は日本語の攻略サイトなんてほとんどなく,最初は何をする職なのかも分からずに,手探りでプレイしていました。しばらくして「あぁ,俺はモンスターを寝かせる人なのか」と。
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これは笹田氏が,8年かけてレベルをカンストしたという,EverQuestのメインキャラクター。とくに身分を隠さずプレイしていたそうなので,「ああ,見たことあるかも!」という人もいるかもしれない |
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4Gamer:
当時はほとんどのプレイヤーがそうでしたよねぇ。
笹田亮氏:
ちょうどEverQuestを始めた時期と,起業した時期が同じくらいなのですが,当時から身分を明かしてプレイしていましたし,自分のブログでも公開していました。忙しくてほとんどプレイできない時期もあったので,たまにゲームに接続すると「レアポップ」などと言われたものです。実は,ギルドのメンバーの半数くらいが,社内の人間だったりするんですけどね。
4Gamer:
ずる休みして遊んでたら即バレですね(笑)。
笹田亮氏:
むしろ,「おい,そろそろ帰らないと,レイドの時間に間に合わないぞ!」なんてことを社内で言っていましたよ(笑)。
そんな感じで,起業時にはすでにMMORPGに触れていたわけですが,「その運営に必要なのはデータセンターのノウハウだよね」ということは,常々思っていました。先ほどもいったように,ゲーム会社さんとの取引は数年前から行っているので,今回のDDOに関しては,ライセンスを当社で取得するかどうかの違いですね。
4Gamer:
コアなMMORPGプレイヤーであること,そして日本でも有数の独立系インターネットサービス事業者であるという強みを鑑みても,強豪ひしめくMMORPG市場に参入することには,結構なリスクがあると思うのですが。
笹田亮氏:
逆にいうと,MMORPGというジャンルを運営するにあたって,今までのゲーム会社さんで一番リスキーだったのは,固定費として回線費やデータセンター利用費が発生するということだったと思うんです。
当社としては,それらを自社でまかなえるので,ストレスのない環境をユーザーに提供しつつ,非常に低原価でサービスできる。通常,損益分岐点が高くなるサービスを,当社がライセンスを取得することで,損益分岐点を低いところからスタートできる。それが最大の強みです。
4Gamer:
固定費はホント厳しいですよね。インフラコストとGMなどの人件費,それで大半のお金が出ていってしまう。
笹田亮氏:
私は,「オンラインゲームのインフラ費用はゲームの利用料以上になってはいけない」と考えています。プレイヤーが増えれば増えるほど,運営が厳しくなるという現状こそが,ゲーム大国であるはずの日本の,オンラインゲーム市場の発展を阻害していると思うんです。
4Gamer:
ザッと思い浮かべてみても,純国産のオンラインゲームって,体力のあるいわゆる大企業しか運営できていませんからね。
笹田亮氏:
ええ。本来インフラ面の資金問題は,国やデータセンターが何とかしなければならない。例えば,月額1000円のサービスならば,当社は300円でインフラ面での協力をしますよと,そういう展開が理想的です。今回のTurbineとの契約には,「さくらインターネットはそういった展開に対応できるデータセンターですよ」というメッセージを込めたつもりです。
国内でそういった事業に踏み出せるデータセンターは,当社くらいだと思いますけれど,「サーバー/回線は用意する。儲けたら利益分配してね」というビジネスモデルを,なんとか定着させてみたいですね。
4Gamer:
いやいや,お世辞抜きで,すばらしい考えだと思います。
笹田亮氏:
国内のオンラインゲーム市場の低迷をデータセンターのせいにされたくないですからね。ゲーム大国・日本のオンラインゲーム市場を活性化させる第一歩として,「大企業じゃなくてもMMORPGを作っていいんだよ」という環境を作りたいんです。さくらインターネットの社長として,そして一人のゲームファンとしてね。
4Gamer:
国がやらないならウチがやってやろう,ということですか。
笹田亮氏:
ええ。「先行投資して儲からなかったらどうするんだ」という声もあると思いますが,さくらインターネットはそれくらいで赤字になる会社ではありません。それに,オンラインゲーム市場には,そういった冒険をするだけの価値と魅力があると考えています。
4Gamer:
なるほど,非常に今後の展開が楽しみです。こちらも一人のゲームファンとして,大いに応援させてもらいます。