― 特集 ―
[GC 2006#番外編]ムンスター「Deutsches Panzermuseum」収蔵の戦車を4Gamerに掲載ですって?

Text by 松本隆一,Photo by banana 

4Gamerではほぼ初登場ではないかと思われるムンスター戦車博物館だが,なにしろ戦車はでかい。でかいとは聞いていたが,さすがである。とりあえず,どのくらいの大きさか測ってみる

 「ドイツ」とは「戦車の国」という意味である。違うような気もするが,そういうことにしてもらうと話が早く進んで私が楽なので,ぜひそれでお願いしたい。そんなドイツでGames Convention(GC)が開催されたのだから,ゲームだけでなく戦車の取材を同時に行うのは,PCゲーム総合情報サイト4Gamer.netとしてはもはや避けられない話といえるだろう。さいわい,GC会場となったライプチヒにほど近い,ニーダーザクセン州リューネブルガーハイデの小さな街,ムンスターにドイツ最大と言われる戦車博物館「Deutsches Panzermuseum Munster」(以下 ムンスター戦車博物館)があったので,ちょっと寄って行くことにしたのである。

 DBことDeutsche Bahn(ドイツ鉄道)に揺られること約4時間。2度も列車を乗り換え,ようやく我々取材班はムンスターの街にたどり着いたのだ。どこらへんが「ちょっと寄って行く」のかよく分からないが,根拠なくライプチヒと近いんじゃないかと思っていたのは,何を隠そうこの私なので,誰にも文句を言えない辛い立場である。ムンスターは,普通の旅行ガイドにはまず載っていない街だ。北ドイツの田園地帯に緩やかに広がる,隅々までよく手入れされた典型的なドイツの田舎街といった風情である。ドイツ初体験の私が言うのだから間違いない。

 

 到着した日はあいにくの雨で,低く垂れ込めた雲の合間から雷鳴が一発,二発。やがて連発。時間をおいてまた連発。あれ? よく聞くと雷鳴ではなく,155mm榴弾砲の発射音である。そう,旅行ガイドにこそ載っていないが,このムンスターの街は「ドイツ戦車の故郷」と呼ばれる基地の街なのである。いや,いつものように思いつきで言っているのではなく,各種資料にそう書いてあるから,本当にここは「ドイツ戦車の故郷」。本当ですよ。それにしても,なんとなく,実家に帰ってきたような気がするのは私だけではあるまい。だけ?

 

ムンスターアクセスガイド

 よほど変わった航空会社を使わない限り,日本からの直行便はフランクフルトに到着するため,そこからDB,もしくはレンタカーで行かなくてはならない。DBには都市間を結ぶ特急IC(Inter City)が走っているが,ムンスターはローカル線の田舎駅なので,もよりの大きな都市(ハンブルク,ハノーバー,ブレーメン)での乗り換えとなるはずだ。我々は,ハノーバー,ウェルツェン(Uelzen)経由でムンスターに到着している。ウェルツェンからは,ガラガラの列車で約35分といったところ。
 ちなみに,ムンスターとよく似た「Münster」(ミュンスター)という街があるので,電話で問い合わせるときなどはウムラウトの発音に気をつけていただきたい。間違ってミュンスターに行ってしまうと,三十年戦争(1618〜1648)ゆかりの後期ルネサンス様式の市庁舎や有名な天文時計などを見ることができるが,戦車は見られないので要注意だ。

 

 

 ムンスター戦車博物館は,ムンスター駅からタクシーで5分程度。
 実を言うと,我々取材陣はどういうわけだか大歓迎されているのである。もともとGCついでにこっそり取材に行こうと思い,4Gamerの偉い人に内緒で博物館にメールを出したのだが,その内容は,自己紹介に続いて「ムンスターが地図に乗っていないので,行き方を教えていただきたい」というもの。ところが博物館からは「わかりました。では,館長とのインタビューの席を用意しましょう」という返事。ちょっと勘違いしているのかと思って,「我々はPCゲームの情報サイトで,けっして珍しい者ではない」と送ったのだが,その返事が「それから,新聞社も呼びましたので,いいですか?」。うーむ。なんだか断ると悪いような気がしたので,「オッケーです」と返したところ「ホテルも予約しておきましたので,お待ちしております」とのこと。なんというか,恐ろしいほどの親切さが不安な取材陣なのである。なにしろ取材陣と言ったところで,私とカメラマンが一名。それぞれ,カバンにしまえるようなデジカメを持っているだけだ。私の英文ライティングは確かにやや独創的ではあるが,どうしてそんな大掛かりな話になっちゃったのかしら?

 

Auuns中佐,次期町長候補のKöthe氏らと談笑する4Gamer編集者。「なぜ戦車博物館を取材するのか?」と聞かれて「えーと,戦車が好きだから?」と答えてしまったのは秘密だ

 果たして……。博物館(だけでなく,ムンスター市の各公共施設も)の広報を担当するNadine Fuchs嬢は,メールのイメージとはちょっと違って歳若いドイツ美人。彼女と一緒にわざわざ玄関先まで出迎えてくれたのは館長のSiegfried Birkeneder氏である。さらに面談場所のカフェテリアに行くと,次期ムンスター町長は確実とされる(町は現在,選挙中なのである)ドイツキリスト教民主同盟のAdolf Köthe氏,さらにムンスター戦車学校からはCristian Auunß中佐,おまけにムンスターの日刊紙「Böhine Zeituug」の記者まで来ていて,えらいことである。小さな町の主要な人々が集まっている感じがひしひしとして,思わずしどろもどろになる私なのだが,Fuchs嬢が一言「えーと,で,テレビクルーの人とかはいるんですか?」。明らかにちゃんと伝わっていなかったのである。

 

 

ムンスター戦車博物館小史

 というわけで,「テレビクルーは来ない」ことをよく分かってもらったうえで関係者に聞いたムンスター戦車博物館のお話を少々。
 戦車博物館の設立は1985年というから,それほど古い話ではない。もっとも,1893年にはカイザー(ドイツ皇帝)の士官学校が置かれており,現在もドイツ連邦軍の戦車学校があるので(大砲の音は,その学校からしてくる),軍隊との結びつきはその頃から強かった。戦車博物館は,街とドイツ連邦軍とのジョイントベンチャーとして設立されたものである。なにしろ,ムンスターの人口は1万8000人だが,それ以外に軍関係者が7000人も暮らしているのだ。Auunß中佐によると,戦車学校に加え,近々,対空学校,偵察学校が開校される予定だ。この田園の田舎町ムンスターは,まさに基地の街なのである。

 

 展示車両は約120両で,うち60%は可動状態にあるという。加えて,ドイツ最大を誇るヘルメット,個人携行火器,軍装などのコレクション,そして現用ドイツ軍の使用する車両のビデオ展示など,ミリタリーマニアなら一日いても飽きないだろう(体験談)。屋内展示がメインなので,保存状態も非常に良好だ。ただ,第2ホール以降はやや狭く,戦車がぎゅう詰め状態。私はうっかりレオパルト1の主砲に頭をぶつけて目から火花を出したが「L7系の105仞鐚嵋い貌をぶつけるなんてめったにできることじゃないぞエヘヘヘ」と思ってしまうのが悲しい性だ。嬉しいなあ。

 

 

戦車との正しい接し方

 戦車博物館の初心者は,なんというか,「日常」から戦車のいる「非日常」の空間に投げ込まれると,「はあー」とか「ほおー」とか言いながら戦車を眺めるだけで終わってしまいがちだ。それはそれでかまわないが,ここでひとつ,そんなビギナーの諸君に正しい戦車との接し方をレクチャーしよう。

 

測る

まずはおもむろに巻尺を取り出して,戦車の寸法を測る必要がある。「いやー,でっかかった」などと感想を述べるのは初心者の証だからだ。とはいえ,日本から持って行った最大1m50cmの巻尺はどう考えても短すぎるような気がしてならない。

 

 

スケッチする

写真もいいが,撮ったらそれで安心してしまうのが人の常というもの。スケッチをすることで,「お,上部装甲板と下部装甲板の間に,スペーサーがあるな」というようなことが意識でき,理解度も高まるのである。リベットの数など,正確に描き込んでおくと後々重宝するだろう。どう重宝するのかはよく分からないが。

 

もぐってみる

車体下部の写真など,普通の資料にはまず出てこない。「もぐれるところへはもぐれ!」というのが戦車博物館での鉄則だ。エスケープハッチやエンジン点検ハッチ,あるいはエンジンオイルを抜く穴などさまざまなものを見られるだろう。おまけに雨宿りもできて一石二鳥といえる。

 

ひかれてみる

戦車にひかれてみるなど,一生のうちに一度も体験できない人がほとんどだ。実際にひかれると非常に健康に悪いので,気分だけでも味わってみたい。旧東ドイツの旧ソ連製戦車の履帯(いわゆるキャタピラ)は鋳物なので当たりが強いが,最近の戦車にはゴム製のパッドがはまっているので背中に優しい,などといった貴重な体験ができるだろう。

 

展示された戦車の数々

 さて,ためになる話もそろそろ終わりにしよう。昔から「戦車は戦車をして語らしめよ」という言葉もある。ムンスター戦車博物館に展示されている戦車の写真をまとめて掲載するので,驚くなり感動するなりぜひ好きにしていただきたい。ここに紹介するのは,展示物のほんの一部であり,ムンスター戦車博物館はまさに戦車マニアにとって夢のような場所であることは言を待たないだろう。ああ,できることなら住んでみたい!

 とはいえ,展示車両の大部分は,さほど広くない建物内に所狭しと並べてあり,引いたカットが少ないのはご容赦願いたい。また,当日は雨模様で外も暗く,光が十分に回っていない写真もある。合わせてご了解願いたいところです。

 

■第二次世界大戦の車両

 ムンスター博物館の白眉といえば,やはりティーガーIIやパンター,3号,4号戦車など充実した第二次世界大戦の戦車群であろう。とくにケーニヒス・ティーガーことティーガーII,またの名をキングタイガーなど,ファンにはもうすっかりおなじみの車両とはいえ,あらためてその小山のような実車を見上げると,その迫力に圧倒される。そのごく一部を紹介しよう。

 

パンターA型。D型に続く,2番目の量産型で,75mm砲搭載。ムンスターに原隊があった「戦車教導師団」のマークを付けている

パンターA型後部。カバーがないため,排気管の配置がよく分かる。後部雑具箱は薄い鉄板で出来ているが,もしかしたらダミーかもしれない

ムンスターの誇り,ティーガーII。88mm砲を搭載する重量約70tの無敵戦車だ。近寄ってみると,まさに「鉄塊」である

ムンスターに保存してあるのは,ポルシェ型砲塔に比べて避弾経始に優れるとされるヘンシェルタイプ

わずか18両しか生産されなかったシュトルム・ティーガーもムンスターにある。手前にある38cm61式ロケット砲弾はめちゃくちゃでかい

ドイツ軍のワークホースといわれ,最も数多く生産されたのがこの4号戦車。見ての通りのG型で,75mm砲を搭載する

こちらは3号戦車M型。アフリカ軍団での活躍は,おそらく小学生でも知っていることだろう。機構的には4号戦車より近代的

第一次世界大戦末期に開発されたA7V戦車はジオラマ仕立てで展示されていた。残念ながら,これは実物ではなくレプリカ

4号戦車の車体を利用して作られた4号駆逐戦車。駆逐戦車と突撃砲はどう違うか? について書くスペースはもうない

ティーガーII正面に残る被弾痕。前面装甲厚が10cmもあるうえ,避弾経始が付けられているので,連合軍戦車は歯が立たなかった

事実上のメインである第1ホールに並べられた戦車。戦車に登るのは禁止だが,それ以外,あらゆる角度から眺められる

ヤークトパンターや3号突撃砲など,掲載できなかった有名車両も多い。機会があれば,いずれ紹介しちゃいたい

 

■戦後の車両(1961年頃まで)

 第二次世界大戦終了後,新生ドイツ連邦軍はアメリカからの供与兵器でスタートする。その頃の車両のコレクションには,ほかでは見られない貴重なものが多い。第二次世界大戦中の戦車のような有名アイテムはないが,マニアなら見逃せないだろう。ああ,見逃せない。

 

敗戦直後,ドイツ陸軍の主力を勤めたM48パットン戦車。塗装とマーキング以外,ほぼ無改造のようだ。M41とM47もあった

フランス,Hotchkiss(ホチキス)社から輸入したKurz軽装甲車アンビュランスタイプ。実に可愛い車両である

旧西側で「機械化歩兵戦闘車」という車両カテゴリを生み出したマーダー。点検ハッチを開いた展示スタイル

戦後広く使われた(2000両以上も生産)にもかかわらず,ちっとも有名でないHS30のディテールを心ゆくまで眺められる

「ヤークトパンツァーカノーネ」の名前でよく知られるJpz4-5。戦後ドイツで作られた唯一の無砲塔タイプ戦車である

Jpz4-5を改造してTOW対戦車ミサイルを搭載したヤグアル2。ほかにSS-11やミラン対戦車ミサイル搭載タイプもある

 

■東ドイツ人民軍の車両

 1989年,東欧民主化の波に乗ってベルリンの壁が壊れ,東ドイツ(ドイツ民主共和国)は西ドイツ(ドイツ連邦共和国)に編入された。それに伴い,東ドイツ人民軍の戦闘車両も連邦軍に渡され,そのほとんどが退役した。NVA(ドイツ人民軍)エリアには,そうした旧東ドイツ軍の戦車がコレクションされている。そのほとんどが旧ソ連製だ。

 

第二次世界大戦中に登場したT-34/85は,戦後も東側各国で長く使われた傑作戦車だ。搭載する85mm砲の威力は現在でも優秀

旧ソ連のBMP-1戦闘兵車。それまで無兵装の兵員輸送車しか持っていなかった西側各国は,この車両の登場に慌てふためいた

東ドイツバージョンのT-55戦車。1950年代から60年代にかけての主力戦車であり,一説では10万両以上生産されたとか

地雷原を啓開するためのアタッチメントをつけたT-72。外見からは分かりづらいが,射撃管制装置などが改良された東ドイツ版

 

■新鋭車両とプロトタイプ

 レオパルト2のプロトタイプなど,数多くの珍しい車両が見られるのもムンスター戦車博物館の特徴。外国製の車両としてStrv103などがある。掲載しなかったが,Kpz-70や主砲が二本あるテスト車両など,通をして唸らせるコレクションだ。うーん。

 

ドイツ連邦軍だけでなく,現在,ヨーロッパ各国で使用されている主力戦車,レオパルト2の初期生産型。かなり大きい

つい最近までスウェーデンの主力戦車だったStrv103。「Sタンク」という名前のほうが有名だろう。無砲塔で3人乗りだ

ヤークトパンツァーカノーネのプロトタイプ。基本になったHS30の特徴を色濃く残しているのが興味深い

これはただのM48だが,写真からも分かるように中に入れる。あまりの狭さにぜひびっくりしていただきたい

 

マニアな写真

 マニアは「ティーガー」や「パンター」などには目もくれず,「ホチキス装甲車のカーゴタイプ」だの「HS30兵員輸送車」だのを撮影するうえ,全体はともかく,誘導輪のディテールだの,リアパネルの蝶ネジだの,つまんないところばかり撮影して悦に入るのだ。誰のことかというと,驚いたことに私のことであり,東京に帰って「な,なぜ3号戦車を一枚も撮影していないのだ!」と青ざめるのである。

 

 

 わずか一日半という短い滞在だったが,その間も多くの人々が訪れ,ムンスター戦車博物館の人気はかなりのものと思われた。我々のような,ちょっとおかしな方面のファンだけでなく,親子連れや老婦人の一団など,来場者層も幅広い(もちろん,必死で撮影している“その筋の人”もいるわけだが)。
 確かに戦車は戦争の道具,人殺しの道具であり,それを眺めて楽しむことに異論を持つ人もいるだろう。とはいえ,それがもう動くことなく博物館にある,という事実を積極的に受け止めてもいいんじゃないかとも思う。事実,館内に並ぶ戦車の数々は,間違いなく「遺物」であり,まるで巨象の墓場を思わせる。その間をめぐり,二度と火を吹くことのない大砲や赤くさびたキャタピラを見ながら平和な時代に思いをはせるのである。

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https://www.4gamer.net/specials/gc2006_extra/gc2006_extra.shtml