» なんの因果か,初代「ザ・シムズ2」からマツモト家をずっと運営/維持/管理してきた筋金入りのシム男,松本隆一氏が,シムズワールドに新たに加わった「ライフストーリー」をレビューする。“自由気まま”をテーゼとしてきたシムズの世界にストーリーを持ち込んだ本作は,彼の節穴のような目にどう映ったのだろうか。
他人の人生をとことん楽しんでしまおう
シムズシリーズの最新作はストーリーモードが追加された,「ライフストーリー」。主人公であるライリーとヴィンセントの夢や望みをどんどん叶え,彼らに幸福な人生を送らせてあげるのがプレイヤーの目標だ。「ザ・シムズ2」とほとんど同じシステムの「フリーモード」もあるので,リプレイ性に疑問を呈する向きも安心である |
トーマス・マンの「魔の山」の主人公,ハンス・カストルプ青年は善良なドイツ人であり,「あらゆる人のあらゆる話は拝聴する価値がある」という信条を持っている。4Gamerのハンス・カストルプと呼ばれる私もそうであり,人の話を聞くのがなんとなく好きである。インタビューなどでは,ついつい関係ない人生話にばかりに拘泥して原稿が書けず,偉い人に怒られたりするのでかなり照れくさいが,話の相手がたとえビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスでなくとも,人の人生には二つとして同じものはなく,それぞれに興味深く個性的であり,“拝聴に値する”と思う。
2月22日にエレクトロニック・アーツから発売された「ザ・シムズ ライフストーリー」(原題 The Sims: Life Stories)は,そんな「人生」を真正面から,と言いたいが,実は斜め45度ぐらいから鋭くかつやんわりと切り込んだシミュレーションだ。なにしろ,ひと様の人生をいいように遊べてしまうのだから,私のような人生拝聴マニアにとっては夢のような話である。強引ですか?
ご存じのように,ゲームシステムおよびグラフィックスは「ザ・シムズ2」のものを使用しており,画面写真だけ見るとちょっと区別がつかない。ただし,ザ・シムズ2と互換性はなく,追加データセットなどをインストールしたりはできないので,注意が必要だ。
さて,ザ・シムズシリーズの特徴は,その「どうにでも好きにしてちょうだい」という自由度の高さにあった。倒すべき敵もなく,救うべき王国もなく,プレイヤーは自分の分身であるシム人達の面白おかしい,ときに腹立たしい,たまにホロリとするように人生を演出していくわけだ。もちろん,彼らはプレイヤーの思ったとおりに動いてはくれず,独自のへんてこな個性や「おいおい」と言いたくなるような望みを持ち,その相克もまたゲームの面白さなのである。とはいえ,そうした自由度の高さがハードルの高さにつながっていたのもまた事実だ。分かりやすく言えば「なんでもできるので,何をしていいのか分からない」ということである。分かりますね。
「ホットナイト!」「キャンパスライフ!」など,矢継ぎ早に投入される追加データセットによってシム人達の世界はより豊穣になってはきたが,これもまたシムズビギナーにちょっとした混乱を招いているだろう。私にしても,「はて? デートシステムはどのデータセットからだったっけ? 車に乗れるようになったのはどれからだっけ? オオカミ男が出てくるのは,えーと……」という具合で,“素の”ザ・シムズ2がどんなシステムだったか,とんと記憶が怪しいのである。いや,実を言うと昨日の夕食に何を食べたかもよく思い出せないわけだが。とほほ。
そこで,このライフストーリーに導入されたのが「ストーリーモード」である。ストーリーモードには,ハルロー・ライリー(女性)とヴィンセント・ムーア(男性)という二人の主人公が登場し,プレイヤーはもっぱら彼らを操ることによってゲームを進めていく。そして,ゲームの折々に「目標」が出現し,これらを叶えることによって物語が次のステップに進んでいくというあんばいなのである。
プレイヤーは,つねに“果たすべき目標”を提示されるため,さしあたってそれらを実現するためにあの手この手を使うのだ。ストーリーは章立てになっており,いくつかの目標をクリアすることによって,次の章に突入する。さあ,これって,考えようによっては今までのシムズのゲーム性を大幅にひっくり返すシステムの変更ではなかろうか。どんなもんなんだろう?
ときどきこのような「目標」が表示されるので,その達成に向けて注力することでゲームが進んでいく。それにしても,「逆ナン」ってなんだ? | いくつかの目標をクリアすると一章が終わる。ストーリーは非常に長く,だらだら遊んでいたらなかなか終わらない。でもまあ,それもまた楽し | いちいちオブジェクトをクリックすることなくアクションできる「ショートカットキー」も用意された。また,ウィンドウモードも選べる |
「ノートPCフレンドリー」を謳ってはいるが,それなりのスペックのPCは必要だろう。グラフィックスはザ・シムズ2とまったく同じである | 「キャンパスライフ!」のカリスマメータや“生涯の願望”,「ホットナイト!」のデート機能など,初代ザ・シムズ2にはないシステムも満載 | 知り合いなどからさまざまなプレゼントをもらうことがあるのも特徴の一つ。もらったアイテムは飾るなり使うなりして有効活用できる |
物語は彼らのもの,でも遊ぶのはあなた
ストーリーモードでは,デフォルトで「加齢」がオフになっているので,安心して時間をかけ運命に挑める。なかなか達成が難しい目標もあり,あーでもないこーでもないとやってる間についつい出世してしまう場合も。なかなかミッキーとうまくいかないライリーは,思わずエンターテイメント業界の大物になってしまい,生涯の願望を果たしてしまった |
ストーリーモードといっても,話はごくたわいない「惚れたのハレたの毛が生えただの」的なものである。ライリーの物語のごくごくさわりの部分を書いてみよう。
シムシティでの仕事をなくし,生まれ故郷のフォーコーナーズに戻ってきた彼女は,シャロンおばさんの家に居候することになる。ところがおばさん,古い友達に会うとかなんとか言って出かけたきり,ちっとも戻ってこない。広い家にただ一人残されたライリーは,とりあえず就職したりスキルを磨いたりするのだが,ライリーの引越祝いに駆けつけた近所の人々の中に,ジョニー・デップ似の,ちょっと気になる彼を見つける。
男の名前はスミス・ミッキー。思い立ったら即実行がモットーのライリーは,さっそく猛烈アタックを開始するが,ミッキーに好意をよせるチョッチュケ・アゴラが出現し,ライリーの恋はたちまち三角関係に突入。喧嘩っ早いアゴラは,ライリーとミッキーがいちゃいちゃしているとどこからともなく飛んできて,どついたり往復ビンタをかましたりと,たいへん分かりやすい過激な女だ。
ここで負けたら「黒い瞳」のライリー・ハルローの名がすたるとばかりに,筆者とライリーが考えた“ドキドキお色気作戦”(命名筆者。内容は推して知るべし)を積極展開し,なんとかアゴラの目をかいくぐりつつミッキーといい仲になったライリー。
ところがここへ高校時代の同級生で元カレのキンケイド・ディランが登場するから話はややこしい。「あいつがろくでなしだってことは百も承知のはずなのに」とは思いつつ,ディランにも心惹かれるライリー。ついつい,ディランの甘いキスでメロメロになってしまうのである。二人の男の間で揺れ動く女心。ところがある日,ミッキーとデートをしているところへディランがやってきてしまうのだった……。
……なんちゅうか,アメリカのソープオペラ(つまり昼メロ)とかシットコム(「フレンズ」とか「デスパレートな妻たち」みたいなの)のシノプシスを書いているような気分になってくるが,ヴィンセント・ムーアのストーリーもだいたい似たようなもので,ぶっちゃけ,ありがちな話。だが,ありがちな話というのは,つまりは人の気をひくベーシックな物語であるからこそありがちなのであり,プレイしていると「ああ,きっとこうなるんだろうなあ」と思いつつ,一生懸命なライリーやヴィンセントを応援したくなってくるから不思議だ。ようするに,結構面白いのである。
もちろん,「こうなるんだろうなあ」と思っていてもそうならず,あっけにとられるほど話があさって方向に飛んでいってしまうこともある。想像するに「EA ザ・シムズ ストーリー制作チーム」の秀才スタッフ達(たぶん,ハーバードとかスタンフォード大学出身)が「ライリー,浮気させますか?」「いや,ここでは別の方向に一波乱あったほうがいいだろう」「うむ」みたいな検討を重ねたのであろうストーリーは適度にひねりが利いており,思わずプレイヤーの心をつかむ。
私はまったく未経験だが,だいたい恋愛のもつれなんてのは世の中の日常茶飯事であり,エイリアンと戦うスペースコマンドや,孤高の凄腕殺し屋の活躍などよりよほど感情移入がしやすいというものだ。まあ,何度も言うけど私は未経験だが。ちくしょう。
いやらしい三択クイズ,「職業上の選択」はときどき発生するが,その頻度はザ・シムズ2に比べてずっと少ない印象。正解はどれだ? | ミッキー篭絡のため筆者とライリーが考えたお色気作戦だが,ジョニー・デップ似で真面目な彼はなかなかひっかかってくれない | 筆者の得意技,というかそれしか知らないというか,愛のバスタブ攻撃。さあ,惚れろ。つべこべ言わずにさっさと惚れろ! 話が進まないだろ! |
ミッキーの結婚式に乱入して大暴れするライリー。直情径行にしてこのバイタリティがシム人達の持ち味。見ていて大変励まされる。いいぞ | 第三の男,ディランの登場で揺れる女心。私の目から見る限り,どっちも大したことない男のように見えるのだが,惚れっぽいライリーである | ライリーのストーリーを4章までクリアすると,ヴィンセントのストーリーがアンロックされる。ライリーの方が目標が多く,ビギナー向きだ |
ちょっと新しいシムズの形 これはこれで大変面白い
かなりエキセントリックな女,サマンサとベンチャーIT企業のヤンエグであるヴィンセントのストーリーも面白い。交際期間3週間(うち2週間,ヴィンセントは出張していた)で結婚する気まんまんのサマンサに思わず腰が引けるヴィンセント。オブジェクト類の充実した金持ちなので,そういう面では楽だが,目標の達成はライリーより難しい |
とはいえ,もともとそういうシステムではなかったところに物語を重ねたため,ときどき妙なことも起きる。
たとえば目標が「ミッキーをたらし込む」(意訳)だった場合,普通「さよならを言う」で帰ってくれるのだが,彼はシステムの都合により,たらし込まれるまで絶対に帰ろうとしない。確かにここで帰られちゃうと物語の展開が変になるわけだが,全然帰らないのもかなり変だなあ。
あるいは,彼女に逃げられたヴィンセントをなぐさめようと悪友がやってくる。彼らとボウリング場に出かけ,逃げた彼女が別の男とデートしているのを目撃。怒って「3人のシムを口説く」ことにしたヴィンセント,などというシチュエーションの場合,口説きそこなって家に帰ると,ふたたび悪友がやってきてボウリングに誘う。でまた,逃げた彼女が別の男とデートしているのを目撃して発憤するヴィンセント。ここでさらに3人の女の子を口説き損なって家に帰ると,またしても悪友がやってきてボウリングに誘うのである。
こうしたシステムとストーリーの齟齬はしかし,「こういうもんだ」とハナから思っていればたいした問題ではない。もともとリアリティを追求したゲームではないし,彼らだってそれほど理詰めで生きている連中ではないのだ。むしろ,息詰まるアクションの真っ最中,すぐそばにいる関係ないヤツがご飯作ったりトイレに行ったりしているという,すっとぼけた雰囲気はシムズならでは。もぐもぐメシ食ってる場合か。
それよりなにより,長らくシム人達と付き合ってきた私にとって新鮮だったのは,「彼らの考えが分かること」である。これまで,分かったような分からないような神秘的な吹き出しと日常の要求メータでしか彼らとコミュニケートできなかったのに,ストーリー進行の必要上,ライリーやヴィンセントの意志が伝わるのだから,これが意外なほど楽しい。
つくづく思うのが,やはりシム人達ってのはアメリカっぽいと言うかなんというか,とってもシンプルマインド。前からそうじゃないかな,とは思っていたんですけど,フられたら,フり返す。捨てられたら,即座に次の相手を探す。裏切られたら,殴り倒す。落ち込んだりひねくれたりしないし,そもそもそんな考えがほとんど浮かんでこないのは好感が持てる。日本的屈折もまあ,そんなに嫌いではないのだが,彼らの態度はプレイしていて元気づけられるほどだ。そう,「Life goes on」。大失敗しても,ひどい目にあっても,いつものようにお腹はすくし,トイレにも行きたくなるし,眠くもなる。
かくして,ギネスブックに載るほどン百万本も売れていて,さらに各種コンシューマ機にも移植され,すでに巨大なフランチャイズを築き上げているシムズワールドにもう一つのシリーズが付け加わった。正直なところ「シムズにストーリーなんて」なんて思っていた私も思わず引き込まれてしまった。
すでに,“Pet Stories”が夏に,“Castaway Stories”が冬にといったロードマップもできあがっており,「ペットの人生って,なんなのさ?」とか「離れ小島に流されて,買い物はどうするの?」とか,今から期待してしまったりして。今回はある意味,無難なストーリーに落ち着いているが,へんてこな話を作ろうと思えばいくらでも作れるはずで,今後たぶん,いろいろやってくれそうな気がする。ザ・シムズ2をバリバリプレイしている人はまあお任せだが,今までシムズって面白そうだけど難しそう,と思っていた人はぜひ試していただきたい一本だ。