紆余曲折を経て完成した,
3D Realmsプロデュースの最新FPS
「Duke Nukem Forever」に劣らないほど長い歴史を持つ「Prey」だが,途中でいったん開発を中断しながらも,ゲームエンジンや設定,ストーリーなどを大幅に変更してリリースされることとなった。重力を変えたり幽体離脱したりなど,興味深いギミックが満載だ |
本作「Prey」をプロデュースした3D Realmsといえば,Buildエンジンを使った「Duke Nukem 3D」で,草創期のFPSシーンで大活躍したデベロッパである。しかし,現在制作中の「Duke Nukem Forever」(以下,DNF)は,発売日を何度も延期しながら現在なんと開発9年めに入っており,ファンを心配させている。最近の同社は「Max Payne」のプロデュースなどといった,裏方的な仕事のほうが多いようだ。
Prey自身にも,DNFに負けないほどの歴史がある。3D RealmsによってPreyの企画が公にされたのは,なんと「Duke Nukem 3D」のリリース直前である1995年のことで,Duke Nukemの新作(つまりDNFのこと)と並行して開発されることになっていたのだ。当時は,Talon Braveなるアメリカ先住民の若者が異星人に誘拐され,その星でランボーばりに暴れまわるというゲーム内容となるはずだった。
しかし,「Rise of the Triad」を完成させたばかりのデザイナー,Tom Hall(トム・ホール)氏が開発初期段階に退社してid Software創設に加わったり,ゲームエンジンがたびたび変更されたりと,何度も暗礁に乗り上げることになる。3D Realmsの資金的な問題もあって,1999年にはいったん「半永久的な開発の停止」が同社社長Scott Miller(スコット・ミラー)氏によって発表されている。
そんなPreyが再スタートしたのは,2002年頃らしい。2001年にUnrealエンジンを使った「Rune」というFPSを開発したばかりのHuman Head Studiosが,アメリカのファンサイトのインタビューを受けて,再スタートしたPreyのプロジェクトについてうっかりリークしてしまったのである。もっとも,公式に発表されたのは2005年で,世界最大のゲームショウであるE3(Electronic Entertainment Expo)直前に販売元である2K Gamesのプレスリリースで発表され,ついに“オフィシャル”となった。
このような紆余曲折を経て,2006年7月11日,ついにPreyが欧米でリリースされたのだ。
チェロキー族の若者トミーに与えられた過酷な使命
トミーらが拉致されたスフィアとは,小型の惑星を覆う形で,その惑星自体の何十倍もの大きさに成長してしまった巨大な単体の生物。内部には高度な文明を持った“ハンター”や獰猛な生物が共生している。宇宙を浮遊して獲物となる惑星を探し,そこの生物や資源を根こそぎさらってしまうのだ |
Preyのストーリーは,「ヒーローが幾多の困難を乗り越えながら,最愛の女性を救出する」という,典型的な「プリンセス救出型」だ。アメリカ先住民族の民話を,“ゆるく”ベースにしているということだが,それがどれだけゆるいのかは,異星人にさらわれるという設定を抜きにしても,ゲームを進めていくうちに理解できるだろう。
プレイヤーが操作する主人公は,トミーという兵役体験もある自動車修理工だ。「Domasi Tawodi」という民族名も持つチェロキー族の若者だが,オクラホマにあるネイティブアメリカン保護区での平凡な生活に飽き飽きしており,いつかは大都会で成功したいという,漠然とした夢を持っている。実際に何がしたいのかはトミー自身も分かっていないようで,それはトミーの祖父のエニシや,ガールフレンドのジェンも知るところだ。エニシもジェンも保護区でのスローライフを送りながら,トニーにもチェロキーとしての誇りを持って生きてほしいと願っている。
ゲームスタートはジェンの働くバーのトイレ,トミーの独白から始まる。ジェンと一緒に保護区から逃げたいのだが,それもできない。ジェンに愛しているとさえ言えない。流れる血に誇りを持てず,仕事にも身が入らず,祖父の話はうっとうしいばかり。まったくの閉塞状況だ。
ジェンに呼ばれてバーに戻ると,カウンターに座っていたバイカー風の二人組がジェンにカラみ始める。それにキレたトミーが二人を殴り倒してしまうあたりから,話は急展開していく。遠くで犬が吠え,テレビが不意に消え,灯りが消えたかと思うと,突然天井を破って降り注いできた緑色の光に包まれ,トミーとジェン,そしてエニシ,さらにはバーにあったゲーム筐体やジュークボックスともども宇宙船へと引き上げられてしまうのだった。
彼らが連れて行かれたのは,「スフィア」(球体)という「生きた惑星」だった。オクラホマ中の人間が拉致されたのか,人々が絶叫しながらベルトコンベアで運ばれていく。実際には,スフィアの中心部にはコアとなる小型惑星があり,その周りを巨大生物が覆っているという構造だということが,ゲームを進めるにつれて分かる。
スフィアは,その中に寄生するさまざまな生命体を維持するために宇宙を徘徊し,「獲物」(prey)となる惑星を見つけると,そこに住む生物や金属物質を根こそぎ吸い込んでいくのだ。そこは,吸い込まれた生物は蛋白資源として食料にされたり,戦闘や労働用に改造されたりするという,とんでもない惑星。エニシも,「すべては予言されていたことだ」と遺言して,あえなく惨殺されてしまうが,謎の一団「The Hidden」に助け出されたトミーは,ジェンの行方を追ってスフィアの奥に侵入していく。
このスフィアは,マザーと呼ばれる謎の知的生命体によってコントロールされており,やがて,トミーとテレパシーで対話することになる。
こうして,アイデンティティの確立に悩む青年を描いたドラマのような雰囲気で始まったゲームは,突如として血まみれのスペースホラーSFに変容するのだ。粗筋だけ書くと妙な話に聞こえるかもしれないが,それを説得力あるものにしているのが,迫力あるグラフィックスと,スフィア内部に仕掛けられたさまざまなギミックである。
まるでベルトコンベアのように,誘拐されたオクラホマ市民達が運ばれていく。自由の身になってスフィア内を探索していると,エイリアンらが天井を歩いていくのが見える。このゲームでは,前後左右だけでなく上下からの攻撃にも備えなければならないのだ |
グラフィックスは普通のレベルだが
さまざまな点でプレイヤーのイマジネーションを誘う
Preyには,いくつかのボスキャラも登場する。画面は,両手に装着された機関銃やグレネードランチャーで,しつこく攻撃してくるセンチュリオン。どういうアルゴリズムなのか,ハンターや犬型生物のフォッダーにも見境なく攻撃する |
Preyで使用されているのは,公式リリースからすでに2年近くが経過した「DOOM 3」のゲームエンジンの改良版。ステンシル・シャドウボリューム技法によるクッキリとした影や,スペキュラー・ハイライトでヌメヌメとした生物的なオブジェクトの演出にDOOM 3の系譜を感じられるが,一つ一つのマップはコンパクトにまとめられている。DOOM 3エンジンが食べごろに成熟したのか,はたまたXbox 360版のために改良されたのか,ゲームの途中でフレームレートが極端に落ちるような場面はほとんどない。
しかし,DOOM 3ほど「黙々とダンジョンを突進していくだけ」といった印象を受けないのは,ときおり見られる巨大空間のなせる業かもしれない。狭い管のような場所を歩いていたかと思うと,多くの人々が運ばれていく肉体解体工場や,青い地球を見渡せる部屋,さらには小型シャトルを乗り回すようなマップもあり,メリハリが利いている。とくに,スフィアに吸い上げられたジャンボジェットが,そのまま内部に墜落していくシーンは圧巻だ。
3D Realmsの開発者が強調するのが,ゲームエンジンに追加された「Portal Technology」という独自技術である。これまでのように,例えばエレベータに乗って階層を移動し,次のマップがロードされるのを待つのではなく,マップの中に別マップのデータを組み込んでおくことでジオメトリをワープさせ,ポータルドアをくぐるとまったく別の空間にシームレスに移動する,といったことを実現する技術だ。ポータルの向こう側が見えたり,そこにいる敵と交戦できたりする,ちょっとした新技術である。ポータルだけでなく,途中で見かけたミニチュアの箱庭のようなものの中にいつしか立っている,というような使われ方もされている。
テクスチャやオブジェクト,照明効果なども,今となってはとくに凄いわけではなく,全体として“普通”のグラフィックスではあるものの,プレイヤーのイマジネーションを刺激する仕掛けの組み込まれた,印象的な作品に仕上がっているといえよう。
ちなみに,Preyでは実在のオカルト系ラジオ番組「Coast to Coast AM」のホストとして知られるArt Bell(アート・ベル)氏を起用し,スフィアが傍受する地球からの信号の一部として,あるいは吸い上げられたラジオなどから,彼のトークを聞ける。もっぱら,オクラホマやテキサスの人々が電話で彼に状況を伝えているという内容で,ゲーム中,今,地球がどのような状況になっているのかが分かる。
音楽といえば,ジュークボックスからはなぜか,1980年代のロックやヘビメタが流れてくる。ハートの「バラクーダ」など日本でも知られる名曲もあり,全体では20曲ぐらいだろうか。お好きな人は,ちょっと気にしてほしい。
暗いダンジョンが多いものの,「DOOM 3」ゲームエンジン使用のFPSにしては,かなり色彩が豊かだと感じた。スペキュラー・ハイライト効果で,オーガニックのヌメヌメした光沢や,メタリックな反射がうまく表現されている |
重力の変更を利用した興味深いゲームプレイやパズルの数々
スフィア内部の歩兵部隊「ハンター」は,Preyで最も遭遇することの多い敵。それほど賢いAIではないが,Wall Walkingの途中で突然現れてコンソールのスイッチを切ったりする,イヤなヤツ |
事前にリリースされたデモやムービー,プレビューなどで大きく紹介されていたことだが,Preyのユニークさは「重力を制御できる」というところにある。宇宙に漂う半分生物,半分人工の構造物であるスフィアは,重力を人為的に制御できるらしいのである。それを部分的に変更できるのが「Gravity Flipping」なる装置だ。
これは青白く光る大型のボタンのような形状で,マップ中に点在しており,手の届かないような壁や天井にあっても,これを銃で撃つことにより重力の方向を変化させられる。用途としては,天井に開いた通路へ向かうなどの簡単なパズルに利用されることが多く,行き詰まったらGravity Flipping装置を探してみるといいかもしれない。
重力制御で楽しいのは,「Wall Walking」という機能である。こちらは,壁や天井の一部分を歩行可能にする通路といったところで,部屋を縦に半周することで,さっきまで歩いていた部分が天井になったり,敵が頭上や横方向から攻撃してきたりと,意表をついた展開になることがしばしばだ。ついジャンプしたり敵の攻撃を受けたりしてプラットフォームから離れると,本来の重力方向に落ちてしまう。筆者の場合,倒した前方の敵が突然目の前に“降ってくる”ようなこともあった。
とはいえ,熱中してプレイすると方向感覚が狂ってしまい,気持ち悪くなる人もいるかもしれない。このあたりは制作者も意識しているのか,重力を何度も切り替えていると,トミーが嘔吐してしまったりする。まあ,3D酔いをしやすいという人は,小刻みに休憩を取ったほうがいいだろう。
ゲームシステムの話ではないが,Preyを個性的に見せている要因として「ネイティブアメリカンのスピリチュアルな文化をフィーチャーしている」ことが挙げられる。ゲーム序盤,トミーは「黄泉の国」へ渡ったエニシに出会い,自分の守護神となる鷹のスピリットを紹介され,さらに「Spirit Walking」と「Death Walking」という能力が開眼するのだ。
Spirit Walkingとは,プレイヤーの魂を肉体から遊離させることで,バリアなどを一時的に通過できる能力である。例えば,電磁波で遮られたドアを通過してWall Walking機能を作動させるためのスイッチにアクセスするとか,大きな谷間の向こうにあるアイテムを入手するような場合に使える。弓で攻撃することもできるので,敵に不意打ちを食らわせる場合にも有効だ。難点としては,Sprit Walkingを使うべきパズルがどれも単純なため,何度も使っているうち,実世界と精神世界をフリップするのが面倒になることだろう。
ゲーマーの間で賛否両論のあるDeath Walkingは,簡単にいって「死んでも生き返れる」機能だ。死後の世界を飛ぶ不気味な「ライス」(Wraiths of Fallen Spirits)と対決し,ヘルスを回復する赤いライスとスピリットを回復する青いライスをどれだけ倒したかによって,ある程度のパラメータを持って復活できるのだ。しかも,死んだ場所と同じ場所に復活するため,要するに「トミーは絶対に死なない」わけで,これがファンから“ゲームが簡単すぎる”と批判される要因になっている。
とはいえ,考え方によっては,ほかのゲームのようにマップの開始地点やセーブポイントまで戻る必要がないことで,ゲームの難度よりストーリーの継続性を重視しているともいえる。このあたりの評価は難しいが,個人的には理解できる試みだ。
Preyには,キラリと光る意外性が感じられる
鎌の手を持つエイリアンと双頭のミュータントは,見た目のインパクトもさることながら動きも俊敏で,図体が大きい割にダンスを踊るような身のこなしで,軽やかに攻撃してくる |
グラフィックスは,生物の内臓のようなオーガニックな場所と,そこに構築されたメカニカルな基地の雰囲気が不気味にまとめられている。暗闇や思わぬ方向から突然敵が襲い掛かってくるような場面がしばしばあり,ホラームードも色濃い。
人間の悲鳴が遠くから聞こえてきたり,なんとか逃げ出したものの,スフィア内部の異様な光景に気が触れて,パンツ一枚でうずくまっている人がいたりと,狂気に満ちた世界観が演出されている。途中で何度か登場する子供達のスピリットは,白い影に黄色い目という気味の悪い外観で,彼らのリーダーは,壁に血で落書きされていた「Francine」という女の子だろう。トリビアだが,アート・ベルのトークに「目が黄色く光って奇妙な行動を取る女の子」の父親が電話しているクリップがあり,なんらかの関係があるのは間違いない。
ところで,どうしても否定的になってしまうのが,キャラクターのデザインだ。人間的なアニメーションが標準になりつつある「Half-Life 2」以降の世代で,エニシやジェンはどこかマネキンのように見える。ヘルメットやマシンなどでは冴えるDOOM 3エンジンだが,生身の人間の表現には限界があるのかもしれない。
敵となるエイリアンやモンスターの異様な風貌も,DOOM系のモンスターを,そのまま踏襲したかのような印象を受ける。頻繁に登場するのは,歩兵戦士型のHunter(ハンター)や,クモ型の歩行機や浮遊デバイスに乗って襲い掛かるHarvester(ハーベスター),映画「エイリアン」のゼノモーフを連想させる獰猛な生物Hound(ハウンド),そして奴隷化してゾンビのように働くMutilated Human(ミューティレイテッド・ヒューマン)など。ほかにも,人間と異生物が組み合わせられた生物で,片手に大きな爪を持つMutate(ミューテイト)や,空中に浮かぶクラゲのようなGasbag(ガスバッグ)などが登場し,複数のボスキャラも用意されている。
モンスターAIは,「DOOM 3」からの改良点はほとんど見られず,ただ突進してくるだけのものが多い。ハンターにしても,左右に移動したり,Wall Walking機能のスイッチをオフにしてプレイヤーを混乱させたりという行動が見られたが,あまり優れたAIだとは感じられなかった。
武器も生物と機械が合体したようなユニークなものが登場するが,種類はそれほど多いわけではない。弾薬の補充には気をつけたいが,ピンチになればSpirit Walkingで切り抜けることができるし,そもそもDeath Walking機能により,最初に手に入るHunter Rifleのような武器でも,うまくいけばボスキャラを倒すことも可能だ。全体に戦闘はまずまずやさしめの部類に入るだろう。
Preyは,シングルプレイモードで15時間程度。ざっくり分ければ,前半は武器や重力系の諸機能に慣れ親しむため難度が低くなっており,後半でより複雑なパズルや仕掛けを見せてくれる。宇宙空間における主人公の奮闘という,やや月並みな設定や,好みの分かれそうなグラフィックスながら,ネイティブアメリカンの文化,重力装置やラジオトーク番組など,さまざまなギミックを挿入することで,十分に楽しめるレベルを維持している。Human Headや3D Realmsのプロっぽい仕事ぶりは高く評価できると思う。
ごく個人的にPreyを評するなら,DOOM 3から「Quake 4」への流れは,どことなく中古車を買わされている印象を受けたが,DOOM 3からPreyでは,明らかに“新車のレザーシートの匂い”を嗅ぎ取ることができる。それが高価なレザーなのか安物かなのかはともかく,あちこちに意外性の感じられるPreyは,多くのFPSゲーマーにとって満足できる作品といえるだろう。