レビュー : IL-2 シュトルモヴィク 1946 日本語マニュアル付英語版

東部戦線,南太平洋,そして仮想戦,苛烈な航空決戦がここに

IL-2 シュトルモヴィク 1946

Text by 松本隆一
2007年3月2日

 

»  第二次世界大戦の東部戦線を題材とする正統派フライトシミュレータの,シリーズ第3作「IL-2 シュトルモヴィク 1946」。本作のレビューを担当するのは,歴代シリーズのレビューを常に執筆してきた4Gamerの松本隆一だ。歴代シリーズを持っている人は「買う前」に一読してほしい,そのレビューとは?

 

まさにIL-2シリーズの集大成といえる一本がついに登場

 

硬派といえばこれ以上硬派なコンバットフライトシムはない,と筆者が勝手に思っているIL-2 シュトルモヴィクシリーズ。その集大成となる「IL-2 シュトルモヴィク 1946 日本語マニュアル付英語版」が2月2日,フロンティアグルーヴから発売された。これまで発売された3作に,1946年に大活躍したかもしれない機体や,戦ったかもしれない戦場データを追加したお得パックだ。コンバットフライトシマーがこれをほうっておくはずはない!

 この世の地獄でおなじみ,第二次世界大戦下の東部戦線。どのくらい情容赦がないかというと,激戦中,軍曹が新兵を集めて丘を指さし,「あそこに迫ってくるドイツ軍戦車まで走っていって爆弾を仕掛けてくるんだ。うまくいったら,もう一台プレゼント」「わーい!」と,そのぐらい厳しいのである。いやもう,マジで。
 そんな東部戦線の空の戦いを描いたコンバットフライトシミュレータ「IL-2 Strumovik」(邦題 IL-2 シュトルモヴィク)が登場したのは2001年のことだ。開発したのはロシアに本拠を置くMaddox Games。会社を率いるOleg Maddox氏(芸名だと思うのだが)はロシアのコンバットフライトシマーのカリスマとして君臨する人物だが,「ロシアのコンバットフライトシマーのカリスマ」がどれくらい偉いのかよく分からないのが玉にキズといえる。1999年頃にロシアの大手パブリッシャである1C Companyの傘下に入っているので,正確な社名は1C: Maddoxとなる。
 IL-2の発売当時は,今よりもうちょっとだけフライトシミュレータが元気で,Microsoftの「Combat Flight Simulator 2: Pacific Theater」がその前年(2000年)に登場し,さらに西部戦線中〜末期の航空戦を描く「Combat Flight Simulator 3」の開発がアナウンスされていたため,第二次世界大戦ものフライトシムのファンは,今日は太平洋戦線,明日は東部戦線,そしていずれは西部戦線と,それなりに幸せな日々を送っていたのである。まあ,悪くはない暮らし向きだったわけだ。
 初代IL-2は意外にも,と言ったら失礼かもしれないが,なかなかのヒットを飛ばし,続編である「IL-2 Sturmovik: the Forgotten Battles」(邦題 IL-2 シュトルモヴィク フォーゴットンバトルズ ソビエト攻防戦 日本語版)が2003年に登場。また,2004年には戦域を太平洋に移した「Pacific Fighters」(邦題 Pacific Fighters 日本語マニュアル付英語版)と“the Forgotten Battles”の拡張パック,「Ace Expansion Pack」(日本未発売)がリリースされ,なかなか順調にそのフランチャイズを広げてきたのである。
 現在,ライバルのCFSシリーズが,“3”を最後に沈黙を続けているため,本格派(カジュアルなフライトシムならば,それなりに発売されているが)の大戦モノとしてはほぼ市場を独占状態。7年前,ショップの片隅で初代IL-2を見つけ,「うわ,東部戦線のフライトシム! こんなの出してメーカー大丈夫か? オレは買うけど」と思ったものだが,私の余計な心配は本当に余計だったようである。言うまでもなく,いつものことである。
 そして,2007年2月2日,フロンティアグルーヴから発売された「IL-2 シュトルモヴィク 1946」(原題 IL-2 Sturmovik 1946)は,そうしたシリーズに連なる最新タイトルだ。とはいえ,完全な新作というわけではなく,初代IL-2を除く3作品をひとまとめにして2006年6月に発売された「IL-2 Complete Edition」(邦題 IL-2 COMPLETE EDITION 日本語マニュアル付英語版)に,「46」や「Strumoviks Over Munchuria」などのアドオンを加えた,オールインワンの一本である。
 したがって,これ一本で,東部戦線と太平洋戦争と1946年を背景にした仮想戦をカバーしており,登場する機体も実に300種類(うち搭乗可能な機体229種類),9本のキャンペーンも追加され,それらを構成するミッションの総数がいくらになるのか誰かに計算してほしい,頼むよというほどである。このへんの圧倒的な物量は,大戦中,カチューシャロケットを軽く一億発は撃ち込んだロシアならではのスラブ的重厚さである。違うかな。しかしあなた,登場可能機体229機ということは,これから毎日一機ずつに慣熟していっても,全部乗りこなせるようになるのは落ち葉の舞い散る頃だ。いや,だからどうしたと言われても困るのだけど。

 1946で追加された機体は全32種で,「第二次世界大戦が1946年まで続いていたら……」という本作のモチーフに沿い,ごくわずかの期間/機数が実戦に投入された機体や,そもそもペーパープランで終わったものなどが次々に登場する。具体的には,ソ連初のジェット戦闘機であり,エンジンの空気取り入れ口に機関砲を配するというとんでもない欠陥を抱えたMig-9。全翼機に取り憑かれたホルテン兄弟畢生の機体,Go-229。さらには後退翼とジェットエンジンという現用機さながらのコンセプトを持つものの,低速飛行ではてきめんに失速するやっかいなフォッケウルフTa-183。そして,カッコいいというよりは明らかに珍機体の範疇に属する史上初のVTOL(垂直離着陸)機,“Heinkel Lerche III”(ハインケル レルフェ III)など,「ああ,乗ってみたい。たぶんいろんな意味でダメだろうけど,ともかく乗ってみたい」と思わせるラインナップが魅力的なのである。
 今回,基本的にお得パックということで,グラフィックスに大きな変更はなく,細かい修正はいろいろと施されてはいるものの,描画エンジンはIL-2のままである。インタフェースに関しても,その点は同じだ。
 そのため,プレイヤーは購入前にちょっと考える必要がある。つまり,すでにthe Forgotten Battlesを購入済みで,直輸入版のAce Expantion Packを導入してしまった人にとって,追加要素はPacific Fightersと「46」などの新データとなる。Complete Editionを購入した人には,1946の新機体と新キャンペーン/新マップのみが手に入るというわけだ。個人的には,Ace Expantion Packを除く2タイトルのうち,一つでも持っていないなら価格に鑑みて買う価値は十分にあると思うのだが,どうでしょうかね? チタン製の筋金が5,6本入ったシュトルモビク野郎なら,問答無用でゲットかもしれないが,正直,これはあなたの本シリーズへの入れ込み具合次第といえましょう。

 

「IL-2 Sturmovik:The Forgotten Battles」,同「Ace Expantion Pack」,そして「Pacific Fighters」がひとまとめになり,さらに新たなデータが多数追加された本作は,まさに第二次世界大戦の空の戦いを(ほぼ)独占状態。ひとりじめして嬉しいかどうかは別の問題だが,こと物量に関してはまさに「空前絶後」と言えるだろう

 

コクピットのディテールもいつもながらのハイレベル。計器一つ一つがちゃんと状況に応じて動いているところも,こだわりポイントだ シングルミッションのブリーフィングなどは英語のままだが,バックグラウンドなどあまり気にしなければ,爆撃か空中戦をするだけ 登場する各機体,艦船,地上兵器などをテキストとビジュアルで確認できる。ただ,登場全機が収録されているわけではないのが残念

 

 

傑作機から珍機体まで,
フライト魂をくすぐる追加機体の数々

 

ハインケル162,通称“ザラマンダー”。写真は実機の飛行に成功したA型だが,ゲームには計画のみに終わったC型も登場する

 さてそこで,購入の最大のモチベーションとなるであろう新機体である。これまでのシリーズに登場したレア機体,例えばドイツの双発ジェット戦闘機,Me-262“シュワルベ”などを操縦した経験があるなら,だいたいはお分かりだろうが,ジェット戦闘機がその本領を発揮するのはミサイルとセットになったときである(ゲームには誘導式の空対空弾なども登場するが)。
 ジェットと機関銃の世代ではかえってその最大速度が仇となり,攻撃中にうっかり標的を追い越してしまうオーバーシュートが頻発するし,旋回半径が大きいため,レシプロ機に内懐に入られて撃墜されることもあった。朝鮮戦争(ジェット+機関銃の世代)では,北朝鮮の複葉機An-2“コルト”(仔馬)があまりに低速なため,アメリカ空軍のジェット機,F-8セイバーではこれを捕捉できず,攻撃にはフラップを離陸モードまで下げ,それでも足りず車輪まで降ろしたという記録が残っている。また,かなりの数のMe-262がアメリカ軍のP-51“ムスタング”に撃墜されてもいる(もっとも,離着陸時を狙われたケースも多いが)。そういう歴史的事実をゲームで追体験できること自体はとても貴重ではあるが,ちくしょう,また追い抜いちゃった。
 ジェットエンジンの操作もなかなか魅力的だ。ルール工業地帯に迫る連合国第8空軍の戦略爆撃機群を迎撃するため滑走路上に並んだGo-229。第三帝国の安寧は諸君の双肩にかかっているのである。離陸開始! エンジン始動! スロットル全開! エンジン爆発! 機体炎上! ありゃりゃ! という感じだ。ドイツ空軍の場合,当時のジェットエンジンは半ば使い捨てで,しょっちゅう火を噴いたり,燃料漏れを起こしたりするのである。十分に暖気しないでスロットルを開きまくると,てきめんに爆発だ。こうした歴史的事実をゲームで追体験できること自体はとても貴重であるが,空に上がれもせずにミッションが失敗するのはとても悲しい。
 もともと,かなりリアル寄りのフライトモデルを採用している本作は,たとえレシプロ機であっても離着陸はかなりの練習を要する。これがジェット機だのロケット機だの全翼機だのになったのだから,その難度の高さは想像するだに恐ろしく,まっとうに空中戦をこなせるまでには,まず丸一日はかかるだろう(当社比)。うふふ。チュートリアルは例によって,ムービーを黙って見ている式で,必要なことはちゃんとメモっておかなければならないなど,いろんな意味でベテランを唸らせるのである。
 と,いろいろ書いたが,これを読んで「わー,ダメだ!」と思ったパイロットなどいないはずだ。むしろ,そんなに難しいならかえって飛ばしてみたい,というチャレンジスピリットがふつふつと沸いてきたはず。大変結構である。そうでなくちゃね。
 それでも,こりゃ大変だと思ったらオートパイロットがあるし,リアリティの変更で,“イージー”を選べば,ゲーム展開ははかなり容易になってくれるはずだ。

 

レシプロエンジンに加え機体後部にジェットエンジンを搭載した,ちょっとヤケッぱちな雰囲気が漂うソ連のLa-7R ソ連初の実用ジェット戦闘機MiG-9(I-300)。ドイツの技術を使って開発され,のちの傑作機MiG-15,MiG-19へつながっていく 飛行場の爆撃に悩むドイツ軍は,滑走路のいらない戦闘機を開発。それがこの史上初の垂直離着陸機ハインケル Lerche IIIだ。うーむ

 

Ar-234,通称“ブリッツ”。当初,偵察機として開発され,後に爆撃機に転用された。プロペラ機では絶対に追いつけない最大速度が強み Ta-183。通称,フッケバイン。計画で終わった機体だが,ジェットエンジンと後退翼という現用機に通ずるコンセプトを持つ 史上初の実戦ジェット戦闘爆撃機Me-262“シュワルベ”。従来作にも登場しているが,今回はMe-262HG-II。V字の尾翼が特徴だ

 

 

その気になれば一生遊んでいられるボリューム

 

爆撃や護衛もいいが,空中戦の華はなんといってもドッグファイトだ。ミサイル以前の時代,空中戦は個人の技量と技量の命を賭けたぶつかり合いであったのだ。とはいえ,ゲームのAIはさほど強くないので,操縦を誤らなければ勝利は難しくない。シングルプレイで実力を蓄えたら,次はマルチプレイで正々堂々と散華しよう。敵はめちゃくちゃ強いはずだ

 シングルプレイは相変わらずシンプルで,飛び上がる→目的空域まで飛行→空中戦,あるいは爆撃などのミッション実行→帰る→着地,といった一連の流れは同じで,どのミッションもほとんど同じといううらみはあるものの,前後が面倒なら,オートパイロットにしてしまってもいい。しかし戦闘以外のシチュエーションを楽しむのもまたコンバットフライトシマーの喜びだ。茫々たるロシアの大地や,果てしない太平洋の海原を,遙かな空にシミのように浮かぶ敵影を追い求め,あるいは,白い航跡を引く敵機動部隊を探し求めることこそ,エースパイロットのロマンなのである。空中警戒管制機なんか存在しなかったのである。あればいいと思うけど,なかったのである。
 シングルプレイで腕を磨いたら,IL-2シリーズの本領ともいえるマルチプレイに挑戦するしかない。サーバーを検索するソフトなどそれなりの小道具が必要で,これまたビギナーにはややハードルが高いかもしれないが,世界の空には,やや問題のあるAIなんかとは比べものにならないベテランパイロット達がひしめき合ってあなたを待っているのだ。

 そんなこんなで,約7年にわたってリリースが続けられてきたIL-2シリーズも,ここでひとまずカーテンがひかれるようだ。パッケージに同梱されているボーナスDVDを見れば分かるように,1C: Maddoxは現在,次のコンバットフライトシム「Storm of War: Battle of Britain」をPC向けに開発している。いよいよ,「バトル・オブ・ブリテン」という王道中の王道航空戦をモチーフに,これまで(たぶん,あえて)手をつけてこなかった西部戦線の空の戦いを描こうとしているのだ。DVDに収められたアルファ版のグラフィックスからでも,そのコクピットの緻密さや雲のディテールなど,最新鋭テクノロジーを使ったハイレベルなグラフィックスがうかがえ,我々エースパイロットの空戦魂を揺さぶってくれる。いやまあ,“自称エース”なのだが。
 さらには,長年沈黙していたMicrosoft Combat Flight Simulatorにも,まだ今のところ噂の域はあまり出ていないものの,水面下でわずかながらも動きがあるようだ。
 ガチガチの硬派フライトシム,「IL-2 シュトルモビク 1946」がプレイヤーを選んでしまうゲームであることは間違いない。だが,本気で挑めば十分に応じてくれる懐の深さを持ったゲームであることもまた間違いないのだ。PCに要求されるスペックも今となっちゃさほど高いものではなく,その点のハードルも低くなった。歴戦の勇者ぞろいのマルチプレイにも,ときどきは私のようなパイロットがよたよた飛んでいていいカモになってくれるはず。パイロット諸君,奥深いシュトルモビクの世界へ,ようこそ。

 

当時のジェットエンジンは途方もなくデリケート。ちょっと操作を間違えただけで,このように爆発してしまう。うう 相変わらず,押すボタンが多くて困る。滑走路上,ついうっかり「緊急脱出」してしまったの図。このあとのことは言いたくない IL-2 1946では,満州を舞台にしたミッションも追加された。最新鋭機のIL-10が登場し,日本軍相手の戦いを演じることになる

 

アメリカ軍機動部隊に決死の攻撃。南太平洋の戦いもまた苛酷だ。海面の様子,雲のディテールなど,グラフィックスは雰囲気満点 マップはいつでも呼び出せるが,方位計と地上目標(町や空港,川など)だけを頼りに目的地にたどりつければ,もう一人前だ IL-2シリーズに続くタイトルも現在開発中。フライトシムが盛り上がる予感もちょっとあり,2007年は嬉しい年になるかも

 

 

■■松本隆一(4Gamer編集部)■■
ゲームメディア歴18年の大ベテラン。ロシア戦車好きで,ミリタリー全般に通じている。1996年頃に「DOOM II」に出会って以来,FPSを精力的にプレイしている。4Gamerでの主なレビュー作はバトルフィールドシリーズ,ザ・シムズ2シリーズ,トム・クランシーシリーズ,コール オブ デューティーシリーズなど多数。海外のアドベンチャーゲームにも造詣が深い。もともとはお笑い記事が大得意で,レビューにもくだけた雰囲気が漂いがちではある。
タイトル IL-2 シュトルモヴィク 1946 日本語マニュアル付英語版
開発元 1C 発売元 フロンティアグルーヴ
発売日 2007/02/02 価格 7140円(税込)
 
動作環境 OS:Windows 2000/XP(+DirectX 9.0c以上),CPU:Pentium III/1GHz以上,メインメモリ:512MB以上,グラフィックスメモリ64MB以上搭載[128MB以上推奨],サウンド:DirectX 8.1互換,HDD空き容量:4GB以上


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