インタビュー
ゲーム音楽作曲家・中村和宏氏インタビュー。「タイムクライシス」「テイルズ オブ イノセンス」などを手がけてきたベテランが,初めてメディアで語る
ギタリストとしての才能を発揮したら死にかけた!?
転換点となったギタージャム
4Gamer:
中村さんは,タイムクライシスシリーズ以外にも,ナムコでは多数のタイトルでサウンドを担当されていますが,ほかに印象に残るタイトルを挙げるとしたら何がありますか。
中村和宏氏:
いろいろなタイトルに関わったなかで大変だった割に報われなかった一方,ノウハウが一番溜まったタイトルとして印象的なのは,先ほど名前を出しましたけども,ギタージャムですね。
4Gamer:
ギターを弾いてる気分になれるゲームですよね。あれはギターだったら中村さんということで声が掛かったんですか?
中村和宏氏:
いやもう,本当にそんな感じです。
作曲は複数でやっているのですが,収録曲のギターは全部私が弾いていますね。一部の曲ではボーカルもやっていたりします。
4Gamer:
それは結構ノリノリで?
中村和宏氏:
それが全然(笑)。ギタージャムは,企画の人が「音ゲーを作りたい。本格的なギターの音ゲーをやりたい」と言って始めたんですが,その話がきたとき「それは無理筋だよ。売れないよ」と企画担当者に答えたくらいです。
ただ,結局は「ギターなら中村だろう」と,サウンドチームでも,開発チームでもコンセンサスができあがっていて,ほとんど私の意志とは無関係に,自動的に担当が決まっていました。
4Gamer:
ただ,そこまで請われて参加となると,当然,サウンドだけでなく,「ギターをゲーム性に取り入れる」ところでのアドバイスも期待されていたのではないですか。
中村和宏氏:
ご指摘のとおりで,ギタージャムではゲーム性の部分に若干関わっています。
ギタージャムにはフレットがあったんですね。私は最初「ボタンでいいんじゃないの?」って提案したのですが,企画側は「もっと奥深いゲームにしたいからボタンじゃ嫌だ」と譲らず,結局フレットを導入することになって。でも「さすがにゲームで6弦分作るのは『ない』と思いますよ」(※22)と言い,さらに,さすがにピックで弾くわけにもいかないからストリングスイッチを弾く仕様にして……(※23)。
そういったことを,ハードウェア担当とバトルしてましたね。
※22 ギターは通常,弦が6本張ってあり,最大6本を一度に鳴らすことができるが,それでは本当にギターを弾くのと同じ労力となるため,弦を弾く本来の動作に代えてスイッチを用意することになったそうだ。
※23 このスイッチを上下に弾くことで「音が鳴るタイミング」を決定できるシステムにしたという意味。
4Gamer:
バンドメンバー同士の言い争いみたいな(笑)。
中村和宏氏:
そんな感じです。しかも,ギタージャムの場合はそれで終わりじゃないんです。一番大変なのは楽曲制作でしたね。
4Gamer:
ゲーム音楽というより,普通のロックミュージックでしたよね。
企画側もそういうゲームにしたかったみたいですからね。ただ,これってサウンド担当の立場からすると,全部テーマの異なる曲を20曲作るようなものなんです。一般的なアーティストの,いわゆる「アルバム」だと,何か路線があって,それに沿って10曲とか15曲とか作りますが,ギタージャムの場合は,「20曲全部違うミュージシャンの曲」って感じに仕上げないといけなかった。
4Gamer:
1人でオムニバスアルバムを作るような感じですか。
中村和宏氏:
ですね。いまギタージャムを作るなら,きっと,既存の楽曲を使ったり,いろいろなアーティストやミュージシャンから曲を提供してもらったりすると思うんですよ。でも,当時は,私と三角由里さん(※24),矢野義人くん(※25)とか,数人で20ジャンルの異なる曲を仕上げたっていう(笑)。
しかもギタリストは私1人。自宅にも帰らず,会社と録音スタジオ,それからミックススタジオをひたすら行き来する,トライアングル状態でした。
※24 サウンドデザイナーの三角由里(みすみゆり)氏。ナムコを経て,現在はモナカ取締役。代表作は「太鼓の達人」「エースドライバー」など。
※25 バンダイナムコスタジオ所属のサウンドデザイナーである矢野義人(やのよしひと)氏。代表作はソウルキャリバーシリーズ,鉄拳シリーズ,太鼓の達人など。
4Gamer:
それは死ねますね……。
中村和宏氏:
それがまた,全然冗談にならない。ギタージャムを“チカラワザ”で作ったら,プロジェクト終了後から偏頭痛に悩まされて,1年くらい直らないんですよ。けっこう本気で死兆星が見えていて,これはまずいと(笑)。
この作り方で続けたら確実に死ぬな,さすがに仕事で死ぬのは嫌だなと思って,どうしようか考えた結果,チカラワザに頼るのは止めて,もう少し論理的に作ろうと決めたんです。
4Gamer:
そういう意味で「ノウハウが溜まった」と。何というか,ギタージャムが転換点になったわけですか。
中村和宏氏:
そうですね。転換点ですね。
以降のタイトルだと「デス バイ ディグリーズ」とかかな,ここでは「転換点後」の作り方で取り組んでいます。「ファイナルハロン2」とかも,そういった作り方で作ったタイトルです。ギタージャム以前と比べて,いまの私の音に近いともいえますね。
4Gamer:
こうして関わられたタイトルを振り返ってきましたが,全体として,中村さんはアーケードの大型筐体のサウンドに関わられることが多かったんですね。
中村和宏氏:
そうですね。コンシューマ部門と統合される前はずっとアーケード部門にいたのもありますし。(大型筐体モノではない)普通のビデオゲームっていうと「ダンシングアイ」とかかな。あとは「鉄拳」の打撃効果音とか。
サウンドクリエイターであり続けることにこだわり
バンダイナムコゲームスを退社
4Gamer:
そんな中村さんが2006年に退社されました。バンダイナムコゲームスを退社された理由やきっかけを聞かせていただけますか。
当時はバンダイとの合併もあり,大きい会社になっていって,業務もだんだんと“会社会社”してくるわけですよ。
私はバンダイナムコゲームスになった翌年に辞めているんですが,きっかけは,会社から「マネージャー職をやってほしい」という話がきたことですね。マトモにサラリーマンができるわけないと思ってナムコに入ったのに,どう考えても柄じゃないなと。
あと,もう少し音楽を作っていたいっていう,自分なりの欲もありまして。
ただ,そうは言っても,私が若い連中に混じってヒラでやってるというのも,会社組織としては「違うかな」と。若い子たちも偉くなりたいだろうし,偉くなるんだろうし。また,そういう状況になっても,私は全然気にならないんだけど,若い子達は気にするだろうしということで,潮時を感じてはいました。
4Gamer:
同年代の方々はもう管理職になっていたとか,そんな感じですか。
中村和宏氏:
先ほどデス バイ ディグリーズの名前を出しましたけども,私の年代と,それより上の世代で,1タイトルの曲を全部担当して作っているようなスタッフは,もはや社内にはいない状況でした。
4Gamer:
置かれている立場としては,現場に居られるような感じではなくなってきたけれども,中村さんとしてはサウンドクリエイターであり続けたい。なので退社したと。
中村和宏氏:
そうですね。
たとえば,ざっくり40歳で「一部上場企業の管理職」になったとして,リタイアまでの約20年,その仕事をやり続けられるかというと,自分には無理だなというのがありました。もちろん,マネージャー職にはマネージャー職なりのやりがいがあるんですけどね。
……最初は「ちょっと音楽に携わりながら仕事できればラッキー」と思っていたのが,13年も在籍できたので,もう充分かなって。
4Gamer:
退社後は,モナカへ移籍されました。
中村和宏氏:
バンダイナムコゲームスを退社する前年くらいに岡部くん(※26)がモナカを立ち上げたんです。
まだ神前 暁くん(※27)が「涼宮ハルヒの憂鬱」(以下,ハルヒ)でブレイクする前で,モナカもまだ方向性も恐らくあまりはっきりしてなかったと記憶しているんですけど,お互いもともと同じ会社だったのだから,ひとまず一緒にやってみればいいかなってことで,モナカに所属することになりました。
ただ,私とご縁のある会社ではなかったかもしれません。
※26 ※2で登場した岡部啓一氏。ナムコを経て現在はモナカのCEO。ナムコ所属時の代表作は「アルペンサーファー」やエースドライバー,鉄拳シリーズなど。
※27 神前 暁(こうさきさとる)氏。ナムコを経て現在モナカ所属の作編曲家兼プロデューサー。涼宮ハルヒシリーズ,物語シリーズ,「らき☆すた」など代表作多数。
4Gamer:
それは,思うようにサウンドクリエイターとして活躍できなかったということですか?
中村和宏氏:
いえ,そういうわけではないんですよ。
私が合流してすぐ,神前君が“ハルヒ”で大当たりして,社内では神前君関連の仕事でみんな一気に忙しくなってしまったんです。モナカも“ハルヒ”のおかげで一気に有名になったので,そういう意味ではとてもよかったんですが,そういう状況の結果として,モナカでは,私が以前から持っていたコネクション以外に,「モナカの中村」として仕事の場を広げていくことができなかったんですね。
4Gamer:
そうだったんですか。となると,モナカ時代の代表作はやはり,もともと所属していたナムコ系の仕事がメインということになるのでしょうか。
中村和宏氏:
そうですね。モナカ時代だと「テイルズ オブ イノセンス」が一番の代表作になります。あとはスカイ・クロラ。テイルズ オブ イノセンスは,ニンテンドーDS版も悪くないんですが,PlayStation Vita版の「R」は,音楽的にもかなりいいところまでいったかなと,自分でも思っています。
4Gamer:
テイルズ オブのシリーズといえば,桜庭 統さん(※28)とか,最近では椎名 豪さん(※29)が思い浮かびますよね。
※28 作曲家の桜庭 統(さくらばもとい)氏。テイルズ オブシリーズで知られる。
※29 サウンドデザイナー兼作曲家の椎名 豪(しいなごう)氏。代表作はテイルズ オブシリーズやGOD EATERシリーズ,アイドルマスターシリーズ。
ですね。なので,テイルズ オブのシリーズでいうと,私はどちらかといえば「第三の男」的な立ち位置でしょうか。
「テイルズ オブ イノセンスでは,桜庭さんのテイストとは違う,エスニック系でいきたいね」って話になったので,そっちの方向でBGMを作っていって,グリークブズーキ(※30)とかを使ったりもしました。だからテイルズ オブ イノセンスでは,桜庭さんの作風とは違う雰囲気になっていると思います。桜庭さんはエスニックぽさを出さない方なので。
※30 ギリシャに起源を持つマンドリン属の4弦楽器。各弦の隣に「ドローン(共鳴)弦」と呼ばれる弦が1本ずつ付けられていて,一度に主弦とドローン弦を同時に演奏する。よく知られる「アイリッシュブズーキ」とは別モノで,明るく華やかな音が特徴だ。
4Gamer:
テイルズ オブ イノセンスだと,通常戦闘曲の評価がとくに高いですよね。
中村和宏氏:
実のところ,テイルズ オブシリーズで注文が細かいのは,まさに通常戦闘曲なんですよ。テイルズ オブ イノセンスでも,最初に私なりの解釈で作ったら,「そうじゃない」って言われて。
それで,シリーズ過去作の通常戦闘曲データをもらって,それを参考にして作ったものがあの曲です。そういう意味では,私の“芸風”とはかなり異なる曲なのですが,ファンからは気に入っていただけているようなので,それはよかったと思っています。
4Gamer:
ちなみに,モナカ時代の音楽制作って,どこでやっていたのですか?
中村和宏氏:
ここ(=中村氏の自宅兼個人スタジオ)ですね。モナカに入った年に,ここへ引っ越してきて,以後はずっとここで作っています。そういう意味では,バンダイナムコゲームスを辞めた時点で,ほとんどフリーランスだったとはいえるかもしれません。
モナカを退社し,フリーランスへ
「タイムクライシス・イズ・バック!」
4Gamer:
モナカには実質的に4年間在籍されていたという理解ですが,ここまでのお話からすると,モナカからフリーランスになっても,中村さんを取り巻く環境はとくに変わっていない,という感じでしょうか。
中村和宏氏:
そうですね,何も変わってないです。基本的に自宅のスタジオで作っていますから。
ただ,フリーになったことで,1つだけ大きく変わったことがありますね。ちょっと表舞台から消えちゃったというか。自分ではとくに変わらず動いていたつもりなんですが,モナカ時代はモナカが告知してくれていたのが,そういうのもなくなってしまって。
4Gamer:
ああ,確かにフリーランスだと,そういう告知活動も自分でしないといけませんよね。
中村和宏氏:
こういう言い方で逃げてしまっていいものかどうか分かりませんが,私の世代の人間って,自己プロデュースが苦手な人が多いと思うんですね。私もその一人で,表だって活動状況をお知らせする機会が何もなかったなと。
ナムコ時代は,サントラが出れば楽曲担当したことが分かっていただけますし,モナカ時代は,モナカの公式サイトに実績が掲載されましたが,フリーランスになって,そういう機会が――自分のせいなんですけど――なくなってしまった。
4Gamer:
最近だと,ゲームが出たからといって,必ずしもサントラが出るわけでもありませんし。
中村和宏氏:
そうなんですよ。また,ゲーム音楽を手がけても,必ずしも音楽担当の名前が出るわけでもありません。
4Gamer:
それで「表舞台から消えた」状態になってしまっていたわけですか。中村さん自身の活動は何も変わっていないのに。
フリーランスになってから数年経って,「あれ,自分ではいろいろ楽曲制作に関わったりしてるのに,それを知ってもらうための努力を何もしてないぞ」と。
それで昨年,「audioworkshop」というページを立ち上げて,今後はいろいろと活動状況をお知らせできたらなと思っているところです。
4Gamer:
インタビューに先立って拝見しましたが,使っている楽器の情報に交じって,アーケードの新作である「タイムクライシス5」の楽曲を担当しているとの告知がありました。あれが,発表できるものでは最新のタイトルということになりますか。
中村和宏氏:
はい。これはサウンドディレクターが渡辺 量さん(※31)なんですが,彼は,私がバンダイナムコゲームスを退社する2〜3年くらい前に入社した方で,そんな渡辺さんから今回お声がかかって,お引き受けすることになったんです。
タイムクライシスシリーズって,タイムクライシスの後,「タイムクライシス2」「クライシスゾーン」までが「3部作」と呼ばれているんですね。その後の「タイムクライシス3」と「タイムクライシス4」は外部開発でして。
※31 渡辺 量(わたなべりょう)氏 バンダイナムコスタジオ所属のサウンドデザイナー兼サウンドディレクター。代表作はアイドルマスターシリーズ。
4Gamer:
ええ。
中村和宏氏:
それに対し,タイムクライシス5ではバンダイナムコ内部の開発チームに戻すことにしたそうなんですが,そこには,3部作に関わった開発メンバーも何人かいて。「じゃあ音楽は中村だよね」という話になって,音楽制作の依頼をいただいた,という経緯があります。
4Gamer:
新作でも,初代風味のハリウッドオーケストラサウンドになっていますね。
中村和宏氏:
路線そのものは初代タイムクライシスや「2」を踏襲しているのですが,音響的には,本格的なハリウッドオーケストラとあまり変わらないものになっていますね。
タイムクライシス5では,最初に(制作すべき)曲リストをもらったとき,私が音楽を手掛けるのならアレンジ曲を入れたほうがいいと思ったんですよ。「旧作を遊んだユーザーさんも多数遊んでくれると思いますよ」と聞いていたので,これはもうお馴染みのテーマをアレンジするしかないなと。
4Gamer:
そのときの開発側の反応はいかがでした?
中村和宏氏:
当時の曲のアレンジと聞いて,当時のアーケードゲーム風の,レトロな感じのもののが上がってくると思っていたみたいで,初めはちょっと難色を示されたんですが,「いや,そんなわけないでしょう,今の品質と今のアレンジで出しますよ」と。
最終的にアレンジのほうでOKをもらえまして,自分でも調子に乗ってきて「ワイルド・ドッグのテーマ」とかも新たにアレンジしちゃったりしましたね。
4Gamer:
ちなみに,中村さんの立場からすると,タイムクライシスに関わることになったのは十数年ぶりとかではないかと思うのですが,「5」を作ることになって,あらためて感じたことというのはあったりしますか。
中村和宏氏:
感慨深いものがありましたね。それこそ「タイムクライシス・イズ・バック!」ですよ。「戻ってきたぜ!」「また日本で作ったぜ!」「当時のテーマ曲を今風に仕上げたぜ!」っていうのがあって,とても面白い仕事でした。
とくに,自分はモチーフを使いまわしていくタイプの作家なので,そういう意味では,旧作の音楽を引っ張ってきてそのモチーフで仕上げていくってのは,楽しかったですね。
開発側からも好意的なフィードバックをもらえて,またおかげさまで,当時楽しんでくれた方たちがまた遊んでくれていると聞いてまして,ありがたいことです。個人的には,アレンジを直球でやって,あまり奇をてらわないようにしたのがうまくいったかな,なんて思ったりもしていますね。
新井里美さんのニューアルバム「Friday Night Show」では自身初のプロデュースも
4Gamer:
長くなりましたが,そろそろまとめに入らせてください。
今後,中村さんがやっていきたいことを聞かせていただけますか。
もちろん,ずっとやってきている,ゲーム音楽の楽曲制作は,今後も変わらずやっていきたいと思いますが,それとは別に,アニメ作品の音楽にも関わってみたいですね。ピンチヒッターで「遊☆戯☆王ゼアルII」を担当したりもしているのですが,もっと数を増やしたいというか。
日本のゲームの場合,最後までクリアした人じゃないとスタッフクレジットで名前を見てもらえないことが多いですが,アニメだと観てくれた人に「中村が音楽やってるんだ」ってのが比較的伝わりやすいと思うので……。
ただ,ゲームだろうがアニメだろうが,劇伴をやってる限りはクライアントありきの仕事ですから,音楽を作るっていう意味でのスタンスは同じです。
4Gamer:
劇伴以外のお仕事はどうでしょう。最近では声優の新井里美さんが自主制作されたアルバムに関わってらっしゃいますよね。
もちろん,機会があれば歌モノもどんどんやっていきたいですね。
今年リリースした新井里美さんのアルバム「Friday Night Show」では,初のプロデュースもさせてもらいました。
4Gamer:
すでにAmazon.co.jpなどで買えますが,どんなアルバムになっているのでしょうか。
中村和宏氏:
全曲歌モノです。私に対して,ゲーム音楽の印象しかない人が聞いたら,驚くと思うんですが,60年代の,The Rolling Stones風の曲を,新井里美さんのボーカルで仕上げてあります(笑)。いまどきそんな組み合わせで曲を作る人もいないだろうし,面白いかなって思って。
4Gamer:
路線は中村さんと新井さんのどちらの意向が強く出ているんですか。
中村和宏氏:
新井さんですね。「どんな感じの曲を歌いたいですか」って聞いたら,「声優だからといってアニソンっぽいものではなくていいです。普段はSheryl Crow(シェリル・クロウ)とかを聴いているので,そういう曲をやってみたいです」って回答をもらったんですよ。それで,それならってことでSheryl Crowを意識したカントリー風の曲を作ってみたりね。
「日本やアニメ業界の売れ線ではないですけど,本当にいいんですか?」って確認したら「いいですよ!」と。男前ですね新井さんは。お陰様で,「今の私がやってみたいこと」がたくさんできました。
4Gamer:
アルバムを聴かせていただきましたが,いわゆる声優さんのアルバムっぽさが全然ないですよね。仕上がりがまったく違う。
中村和宏氏:
古いギターとかを使って弾いて,ビンテージ風のサウンドにしています。ゲームで使っているギターとは全然別のを使ってますね。
今回スタジオにお邪魔して,なんでここにはこんなに弦楽器が山ほどあるんだろうと思っていたんですが,ゲーム用だけではなく,それ以外で使うためにいろいろ用意されているというわけなんですね。
中村和宏氏:
同じことばっかり長いことやってると飽きるんですよ(笑)。本当に「ただの仕事」をやるなら,ギターもおそらくは3本くらいでいいんです。でも私の場合,それだと息苦しくなっちゃうんですよね。
私の場合,ハードロックとハリウッドオーケストラというイメージが強くて,あと先ほどテイルズ オブ イノセンスのところで出てきたエスニックも自分のジャンルになっているんですが,そのためにブズーキとか12弦ギター(※32)を用意したり。
まあ,ギターは使い方次第と言ってしまえばそれまでなんですが,「中村はヘヴィなロックサウンドだけ」じゃないというところも出していきたいというか。
※32 通常のアコースティックギターは6弦だが,各弦の隣に,ブズーキ同様のドローン弦が張られており,全部で12弦となるため,このように呼ばれる。ドローン弦のおかげで,一般的な6弦アコースティックギターよりも響きの豊かな,独特の音色を持つ。
4Gamer:
新井さんのアルバムでは,さすがにエスニックさは出ていませんが,ビンテージ感は,ギターの音だけではなく,全体から醸し出されていますよね。
中村和宏氏:
モデリングっていうオーディオプロセッサのジャンルがあるんですが(※33),これを使っています。「これぞビンテージ」って音にできるんですよ。モデリングのオーディオプロセッサはタイムクライシス5でも使ってますね。
※33 モデリングとは,アナログの音響機器が持つ音響特性やノイズ特性,実際にコントローラを動かしたときの挙動と音色変化などを,コンピュータ上で仮想的に再現できるオーディオプロセッサのこと。近年では,貴重なビンテージオーディオプロセッシングデバイス(≒オーディオ制作用ハードウェア)の音をソフトウェアで再現するために使われたりすることが多い。
4Gamer:
こうしたアーティストのプロデュースは,今後もやっていかれるのでしょうか。
ご縁があれば,今後もやっていきたいです。私って結局,自分でなんでもやっちゃう方が性に合うんですよ。ギターもベースも鍵盤も全部自分で弾くし,コーラスもやるし,マスタリングも自分でやるし。
新井さんのアルバム制作も,全部自分でオケ作って,新井さんがときどきここに歌いにくるっていう(笑)。録音後の作業も全部自分でやって,それを新井さんに確認してもらってOKもらえれば完成。アーティストと私の2人いれば作れちゃう感じです。
4Gamer:
自分で何でもやる,それが中村さんのたどり着きたかった場所だったのかもしれない,と今思いました。
中村和宏氏:
子供のころからそうだったわけではないですが,あるときからは,マルチミュージシャンのTodd Rundgren(※34)みたいになりたいと思っていますね。バンドもやる,プロデューサーもやる,ソロミュージシャンもやる,自分で歌も歌う……。私がやりたいのは,まさにそれなんです。
※34 トッド・ラングレン。米国を拠点とする現役の音楽家で,作曲家,プロデューサーとしても知られる。自分ですべての楽器を演奏し,ヴォーカルも担当するマルチプレイヤーとして有名。
4Gamer:
フリーランスになって,かなり近いところまで来ているような気もします。
中村和宏氏:
ただ,モナカの高田龍一(※35)の名言に「でも日本にTodd Rundgrenはいらないんですよね」ってのがあって(笑)。
日本はみんなで仕事回してシェアしてって意識が強くて,一人でなんでもやっちゃうタイプの人は好かれない傾向がありますからね。
※35 バンダイナムコゲームスを経て現在はモナカ所属の作曲家,高田龍一(たかだりゅういち)氏。アイドルマスターシリーズや涼宮ハルヒシリーズなどが代表作だ。
4Gamer:
でも中村さんはそれをやりたいと。
中村和宏氏:
そこがバンダイナムコゲームスを辞めた話にもつながるんですが,他の作家に制作を任せて,「参考になる曲も渡しているのに,なんでそうなるのかな」って曲が出てくることってのは誰にでも往々にしてあると思うんですよね。ただ,そこでマネージャー,あるいはディレクターとして作り直しの指示を出すより,自分のイメージにあった曲を自分で作っちゃうほうがいいと,どうしても思ってしまうんですよ。
4Gamer:
ああ,確かに,中村さんはマネージャータイプではないですね(笑)。
中村和宏氏:
まったく(笑)。マネージャータイプとは対極なんですよね。もちろん,人からもらう面白さっていうのがあるのは理解しているつもりなんですが,自分がキャリアを重ねて,色々できるようになってみると,前よりも人に要求する品質のレベルも上がってしまって。
4Gamer:
そうすると,もう自分でやったほうがいい,と。
中村和宏氏:
あと,自分の経験値として,エンジニアのスキルが増えていったというのがあります。若いときからサウンドを基板に落とし込む作業に慣れ親しんで,ナムコに入って数年後からは,機材だったりオーディオプロセッサをはじめとするソフトウェアだったりの選定作業もやっていたような人間ですからね。
たとえば,「このホールのこの場所で楽器が鳴ったら,こういう音が鳴ります,こういう残響になります」っていうのを,最近のオーディオ制作アプリケーションのなかには全部シミュレートできるようになっているものまであるんです。「マルチコンボリューションリバーブ」って言うんですけど(関連記事),これですとか,先ほどお話したモデリングとか,「最先端ではないかもしれないけれども,最近メジャーになってきた技術」を使うのであれば,別途サウンドエンジニアにお願いする必要性をあまり感じないんですよ。そういうこともあって,人に頼むっていうのはなかなかしづらいというか。
4Gamer:
作曲家でありながらエンジニアとしても動けるという人は,なかなかいないですよね。
中村和宏氏:
そういう人間になろうと,明確な目標を持って動いていたわけではないんですけどね。
ただ私のなかで,エンジニア側としても,最近,いろいろ面白くなってきたところがあります。「昔から出したかったあの音が出せるようになった」というのがあるんですよ。
4Gamer:
どういうことですか?
中村和宏氏:
たとえば,これは新井さんのアルバムでも結構使っているんですが,Waves Audioの「TG12345」っていうモデリングのオーディオプロセッサは,ビートルズのレコーディングで使われていたコンソールをシミュレートできるんですよ。
以前,アビー・ロード・スタジオのチーフクラスのエンジニアと話す機会があったんですが「ちゃんとチェックしたけど挙動は完全に同じだよ」と言っていました。
4Gamer:
ビートルズのレコーディングで使ったコンソールで,サウンドを仕上げられるわけですか。しびれますね。
中村和宏氏:
そういったサウンドが好きな人にはたまらないですよね。
で,こうしたモデリングを上手いこと使えば,フルデジタルプロセッシングなのにすごいなまり方してる,ってこともできます。それで,だいぶ「やりたいこと」ができるようになった感じ。
結局,子供の頃に聴いた「素敵なアナログサウンド」が理想なんだと思います。それが実現できるようになったことで,ここにきて音楽制作が俄然面白くなってきてますね。
4Gamer:
中村さんが面白がって音楽制作活動していたら,リスナー側も楽しんで聴ける可能性ってきっと高くなりますよね。
そう思ってもらえると嬉しいですね。
私自身は,ゲームを遊んだ方やアニメ作品を観た人が,音楽や音ではなく,その作品自体にいい印象を持ってくれたらそれでいいと思ってるんですよ。作品のデキが良くて音楽含めた演出がよければ,面白かった,楽しかったっていうポジティブな感想が出ると思うんです。本来はそれが得られればよくて,「作曲家の名前が表に出ること」なんていうのは,実はどうでもいい。
でも,最近は状況が変わってきていて,世間的にも,ある程度話題になっている人に,優先的に仕事が回っていく傾向が強くなってきたんです。黙って職人的にこつこつやっていると,ほとんど「いない人」扱いされてしまうんですよね。今回はこうやってお話をする機会をいただいてますが,中村のことを知っている人も,ほとんどは「あの人は今」みたいな感じで見ているのだろうと思いますし。
それもあって,今後は,自分自身で表に立つタイプの活動もしていければなと。
4Gamer:
いろいろな活動を通して,ゲームファン以外にも広く,中村さんの存在や活動状況を知ってもらいたいですよね。最後になりますが,こうして今まで音楽活動を振り返ってみてどう感じていますか?
中村和宏氏:
気が付いたら常にはみ出したスタンスでいるというか。何ひとつ王道を歩んだことがないという。これからもないのかもしれないですけど(笑)。完全なアウトサイダーというかオルタナティブですよね。
4Gamer:
そこが中村さんの魅力ですよ!
中村和宏氏:
それはうまいこと褒めていただいている感じで,くすぐったいですけどね(笑)。
4Gamer:
いえいえ,今後も中村さんが業界をかき回してくれるのをの期待しています! 今日はありがとうございました。
中村和宏氏公式Webサイト「audioworkshop」
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