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ゲーム音楽作曲家・中村和宏氏インタビュー。「タイムクライシス」「テイルズ オブ イノセンス」などを手がけてきたベテランが,初めてメディアで語る
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印刷2015/08/08 00:00

インタビュー

ゲーム音楽作曲家・中村和宏氏インタビュー。「タイムクライシス」「テイルズ オブ イノセンス」などを手がけてきたベテランが,初めてメディアで語る

中村和宏氏
画像集 No.002のサムネイル画像 / ゲーム音楽作曲家・中村和宏氏インタビュー。「タイムクライシス」「テイルズ オブ イノセンス」などを手がけてきたベテランが,初めてメディアで語る
 ナムコ(※現バンダイナムコエンターテインメント)で「エアーコンバット22」「タイムクライシス」「アルペンレーサー2」など,主にアーケードゲームのサウンド制作を手がけ,近年では「テイルズ オブ イノセンスR」(PlayStation Vita)や「スカイ・クロラ イノセン・テイセス」(Wii,以下 スカイ・クロラ)などのサウンドを担当した,作曲家の中村和宏(なかむらかずひろ)氏。“大物タレント”の集まっていたナムコのサウンドチームで活躍しながら,これまで一度もゲームメディアの前に姿を見せたことのなかった氏に,4Gamerは今回,氏の自宅スタジオで長時間にわたって話を聞くことができた。
 中村氏のこれまでとこれからを,余すことなく聞いたところ,トンデモない長さのロングインタビューになってしまったが,ゲームサウンド,そしてゲームサウンド史に興味があるなら,ぜひ目を通してもらえればと思う。


母親に教わったピアノで音楽と出会い,

学生時代には独学でギターを弾き始める


4Gamer:
 本日はよろしくお願いします。
 ゲームサウンドのファンからすると,中村さんといえば,ナムコ時代に活躍したサウンドクリエイターという印象が強いと思うのですが,まずは,いまどんな活動をしているのか聞かせてください。

中村和宏氏:
 ナムコからバンダイナムコゲームス(※1),モナカ(※2)を経て,2010年以降はフリーランスです。これまでどおり,ゲームや映像作品などの楽曲制作や効果音制作をやりつつ,(PCやモバイルデバイス,音響機器といったハードウェアの)メーカーさんが作った音響機器の音響調整をするという仕事もしています。

※1 現バンダイナムコエンターテインメント。本稿では,合併前を旧単独社名の「ナムコ」,合併後を「バンダイナムコゲームス」と表記している。
※2 アニメ,ゲームなどの音楽を手がける音楽制作会社。代表取締役を務める岡部啓一(おかべけいいち)氏が設立した(→公式ページ)。


4Gamer:
 中村さんがゲームメディアのインタビューを受けるのは初めてということで,「音楽に関わるきっかけ」の話から聞かせていただければと思います。
 音楽の道に進むことになった原体験というのは覚えてらっしゃいますか?

中村和宏氏:
 自分が5〜6歳の頃,母親が近所の子供を集めてピアノ教室の先生をやっていたんですよ。その影響で自分も(母から)ピアノを習い始めました。おそらくそれが原体験ということになるかと思います。

4Gamer:
 最初はピアノだったんですね。ピアノは中村さんの希望で始めたんですか。それとも母親から強制的に?

中村和宏氏:
 正直,そのあたりはまったく覚えていないんですよ。
 かなり後になって母に「ピアノなんてやらなきゃよかったね」なんて冗談で話したら,「何言ってんの,あんたが小さい頃から指で鍵盤をポンポン触ったりしてピアノをやりたそうだったから教えてあげたのよ!」なんて言われて。親はそう来るか,と(笑)。

4Gamer:
 いいエピソードですね(笑)。いずれにせよ,潜在的にピアノに興味があったんでしょうね。

中村和宏氏:
 興味はあったんでしょうね。
 あと,私は「ド」は「ド」ってすぐに分かったというか,幸か不幸か絶対音感があったんですね。なのでピアノを学ぶうえでの最初のハードルは,難なく越えられたのを覚えています。それでも,練習はしんどいことも多々ありましたけど。

4Gamer:
 実際,「最初がピアノだった」ことは,その後の人生に影響を与えましたか。

中村和宏氏:
 ベースになっていますからね。弦楽器から入った人と鍵盤楽器から入った人って,やっぱり違いますから。私は両方やってきましたが,最初は鍵盤で覚えたので,今でもコード確認するのは鍵盤です。
 ピアノをやってなかったら,この仕事もやっていなかったと思います。

4Gamer:
 中学,高校時代はいかがでしょう。

中村和宏氏:
 14〜15歳の頃になると,ラジオでエアチェックをするようになって,当時流行りの洋楽の曲を聴いていました。私が中学生の頃は,レンタルレコード店もありませんでしたから,FMラジオを聴くかレコードを買うかしかなく,まあ,お金もないですからね(笑)。
 当時は『Billboard』(ビルボード。売り上げやラジオのオンエア回数など,各種ランキングが掲載される,北米の週間音楽雑誌)が流行っていましたから,それを意識して聴いたり,ピアノで弾いてみたり。実家にあったクラシックギターを使って,独学でギターを学びだしたのもこの頃です。

4Gamer:
 その頃聴いていた曲って,具体的にはどんなものですか。

中村和宏氏:
 The Beatles(ビートルズ)とかThe Rolling Stones(ローリング・ストーンズ) とかですね。The BeatlesはBillboardと関係ないですけど。「この曲カッコイイから弾きたい!」っていう理由で聴いていました。そして17〜8歳の頃にはバンド活動も始めたりしています。

4Gamer:
 そのあたりが「最初に興味を持った音楽」でしょうか。

中村和宏氏:
 いえ,「最初」という意味ではクラシックですね。それも古典派系(※3)。エアチェックをし始めたときも,クラシックから入った影響だと思うんですが,最初に“引っかかる”のは映画音楽でした。
 ただ,映画音楽って当時から,ちょこちょことロック系の曲がサントラにも入るようになったじゃないですか。

※3 ハイドン,モーツァルト,ベートーベンの頃までのクラシック音楽のこと。

4Gamer:
 ええ。

中村和宏氏:
 そのあたりを「面白いな」と思って調べているうちに,ロックやポピュラーミュージックに入っていった感じです。

4Gamer:
 映画音楽のサントラで記憶に残る1枚ってありますか。

中村和宏氏:
 たとえば「The Godfather Part II」(ゴッドファーザー パート2)とかですかね。
 あとは「映画音楽に使われたアメリカンハードロック」でしょうか。当時はアメリカンハードロックが全盛で,TOTOやJourneyあたりがすごく売れていて,当時の映画音楽はぼちぼちアメリカンロックが挿入歌で使われはじめていたんですが,それに,中学生の自分は思いっきり影響を受けました。

4Gamer:
 映画音楽からロックに惹かれて,ギターに入っていったという感じでしょうか。

中村和宏氏:
 そうですね。

4Gamer:
 先ほど,ギターは独学で身につけたとおっしゃっていましたが,クラシックギターを使って練習されたんですか。

中村和宏氏:
 当初はクラシックギターでしたが,比較的早い時点で,エレクトリックギターを,友人から譲ってもらうことができました。これが初めての「自分のギター」ですね。Night Ranger(ナイト・レンジャー)の,Brad Gillis(ブラッド・ギルス)モデルのコピーでした。

4Gamer:
 どういう経緯で譲ってもらったんですか。Brad Gillisのファンだったとか。

中村氏のコレクションから,日本のカスタムギターショップCrews Maniac Sound製となる7弦ギター「AB’s 7」。レフティ仕様なので特別にカスタムオーダーしたとのこと。7弦ギターの重い響きが欲しいときに使うそうだ。スカイクロラ以降,テイルズ オブ イノセンスRやタイムクライシス5でも多用されているとのこと
画像集 No.015のサムネイル画像 / ゲーム音楽作曲家・中村和宏氏インタビュー。「タイムクライシス」「テイルズ オブ イノセンス」などを手がけてきたベテランが,初めてメディアで語る
中村和宏氏:
 そういうわけではないですね。どういう経緯だったかも,よくは覚えていないんですが,たぶん,余っていたものを譲ってもらったんだと思います。私は左効きなので,譲ってもらった右利き用のギターに,弦を逆に張って弾いていました。

4Gamer:
 左効き用のギターって数が少ないから,価格も高いんですよね。

中村和宏氏:
 そうなんですよ。だから高校生の途中までは機材を「買う」ところまで手が出なくて。
 最初に自腹で買ったのは「フライングV」でしたね。高2の時かな。アレは左効きでもハイフレットまで弾けるから(※4)。

※4 フレットとは,弦楽器の多くで,ネック(棹)の部分に決められた間隔で弦に対して垂直に埋め込まれた金属棒のこと。ギターのボディ(本体)に近いほど高い音が出るため、ボディ寄りのフレットを「ハイフレット」と呼ぶことが多い。

4Gamer:
 フライングVは左右対称ですもんね!
 ちなみに大学時代の音楽活動というのは……?

中村和宏氏:
 実は,ジャズ・フュージョンのサークルに入ったんですよ。で,そこでやっていたのはスタンダードなジャズとはちょっと違う「格闘技フュージョン」とでも呼ぶべきジャンルで。即興演奏を重視する16ビートの音楽でしたね。
 Mike Stern(マイク・スターン)やJohn Scofield(ジョン・スコフィールド)といったギタリストがインプロビゼーション(即興)でガンガンに煽っていくっていう(※5),それに近い音楽をやっていました。

※5 コード進行やメロディは決まっているが,演奏者の裁量で即興演奏を行い,それに応じて全体の演奏も変化していくスタイル。ジャズではこれが重視される。一方,クラシックは「書き譜」とも言われるほど,譜面に忠実に演奏することが(基本的には)求められる。

4Gamer:
 コピーがメインだった感じでしょうか。

中村和宏氏:
 オリジナル曲もやっていましたね。半々くらいかな。
 キーボードとギターのほかに,ボーカルもやりましたし,ボーカル&ギターもやりましたよ。

4Gamer:
 ちなみに作曲はいつくらいから始めたのですか。

中村和宏氏:
 最初の最初は14歳のときで,そのときはピアノでオリジナル曲を作って弾いていただけです。バンド用に“ちゃんと”作曲を始めたのは高校生の頃ですね。最初に買ったのはPCM音源に変わったドラムマシン「TR-505」。フルPCMが廉価版になって初めて手の届く値段になったって思って買ったんです。そのドラムマシンとカセットレコーダ2台を使って,あとは先ほどもお話した,自宅にあったピアノとクラシックギター,友人から借りたべースなどを使って,自宅録音を始めました。
 今でも,当時録音した曲はカセットテープに残ってると思いますよ。


音楽に関わる仕事を目指し,ゲーム業界を選択

機材の充実度が決め手となり,ナムコへ入社


4Gamer:
 では,どういう経緯でゲーム業界を選択することになったのでしょうか。

中村和宏氏:
 大学4年の5月頃に,友人が「プロミュージシャンをたくさん呼ぶ」と言って始めた,学園祭向けライブイベントを手伝っていたんですよ。
 私と同じ世代の人なら大きく頷いてもらえると思うんですが,90年代前半って,「大学4年の5月で就職活動してない」というのは,ほとんど「就職できない」とイコールだと言われていた時代なんですが,手伝っていたイベントが終わったら消耗しきってしまって,1か月くらいダウンしていたら,案の定大学から「もう就職先ないぞ」って言われてしまって(笑)。

4Gamer:
 いきなり就職がピンチに(笑)。

中村和宏氏:
 はい(笑)。さすがに少し目が覚めて,「どうしようかねえ……」なんて思いながら,大学に送られてくる企業の情報を見始めたりもしました。
 『サウンド&レコーディング・マガジン』って雑誌が今もあるのですが,当時そこに,いくつかゲーム系の企業が音楽制作のスタッフ募集を出していたんですよ。それを見て「ゲーム業界なら音楽制作として入れるんじゃないか」って思ったのが,たぶんきっかけではないかと思います。

4Gamer:
 ちょっと気になったのですが,中学高校から始めて,大学時代も本格的に音楽活動をしていたのなら,音楽業界とのコネというかツテというか,人脈もあったのではないですか。

画像集 No.003のサムネイル画像 / ゲーム音楽作曲家・中村和宏氏インタビュー。「タイムクライシス」「テイルズ オブ イノセンス」などを手がけてきたベテランが,初めてメディアで語る
中村和宏氏:
 ご指摘のとおりで,大学時代には,プロで音楽活動している人について,弟子みたいなことをやってはいました。でも「そっちに行っちゃうと,最初は“食えない”だろうな,と……」。
 実家暮らしならそちらを選択したかもしれませんが,私の場合,実家が大阪で,東京での一人暮らしだったということもあって,その選択肢は早々に消しました。

 でも,だからといって,音楽から足を洗って,一般的なサラリーマン生活ができるかというと,自分の性格的に難しい。

4Gamer:
 それはどういう自己分析によるものなんですか。

中村和宏氏:
 毎日決まった時間に決まっただけキチンと働くのが得意な方は世の中にたくさんいると思いますし,それは本当に素晴らしいことなんですけど,残念ながら私は子供の頃から一貫して,それができないんですよ。その代わり,差し迫った案件を受けたら寝ないでも頑張れるっていう,そういうタイプなんです。

4Gamer:
 フリーランスで生きていくために生まれたようなタイプですね……。

中村和宏氏:
 まったくです(笑)。
 まあ,そういう人間なので,“食べていける”前提に立ちつつも,何かしら自分に向いている業界のほうがいいんじゃないかと判断したというのも,(ゲーム業界を選んだ)理由だったりはします。

4Gamer:
 “食べていく”という意味では,確かに,ちょうどゲーム業界が大きくなってきているところでしたよね,90年代前半というのは。

中村和宏氏:
 私が業界に入ったのは1993年なんですが,いまのお話のとおり,そこそこ魅力的な業界になってきていましたね。そもそも長くゲーム業界で仕事ができるとも,やれるとも思っていなかったので,当面の間,音楽に携わりながら生きていければいいな,くらいの感覚ではありました。

4Gamer:
 それで,ゲーム業界にエントリーシートを送って……。

中村和宏氏:
 何社かからいい返事がもらえたんですが,そのうちの一社がナムコでした。

4Gamer:
 応募といっても,ただエントリーシート送ったわけではないですよね。そのとき提出したデモの曲とかって覚えていますか。

中村和宏氏:
 はっきり覚えています。デモテープを作って送ったんですけど,大学のサークルでやってたジャズフュージョン系の曲と,それからエスニック調の曲でしたね。
 それらの曲は,当時持っていたヤマハのシンセサイザー「SY99」やRolandのデジタルシンセサイザー「D-70」,Rolandのサンプラー「S-750」,「Macintosh Classic」,Mark of the Unicorn(MOTU)のMIDIシーケンサ「Performer」で作りました。
 オーディオを扱えるDAW(Digital Audio Workstation)として機能する(MOTU製MIDIシーケンサ)「Digital Performer」は,まだこの世に存在していませんでしたね。

4Gamer:
 ところで,数社から「いい返事」をもらったところで,ナムコを新卒での就職先として選んだ理由は何だったのでしょうか。

中村和宏氏:
 これは単純で,機材の充実度が業界トップクラスだったからですね。当時のナムコは,シンセは博物館かってくらいたくさんありました。ギターなどのパーソナルな楽器は,各自で私物を持ち込んでいることも多かったのですが,それも圧巻の種類と数で。


中村氏が振り返る「90年代のナムコサウンドチーム」

氏と「基板」との格闘が始まる


4Gamer:
 ナムコに入社して,最初に取りかかったことは覚えていますか。

中村和宏氏:
 社内にあるゲーム音楽を片っ端から聴くこと,ですね。
 先ほどもお話しましたが,私の場合,ずっと音楽ばかりやってきたので,ゲームをプレイした記憶って,お年玉で「アバロンヒル」とかのボードゲームを買って遊んだり,友人が持ってた富士通のFM-8で「信長の野望」を遊んだり,くらいなんですよ。今でいう完全なライトゲーマーでした。
 大学生の頃にファミコンを手に入れて,「PSG音源で音数も少ないし,これならゲーム業界でもなんとかなるぞ」って自信をつけたくらいです。

4Gamer:
 「なんだ,楽勝じゃん」的な。

画像集 No.004のサムネイル画像 / ゲーム音楽作曲家・中村和宏氏インタビュー。「タイムクライシス」「テイルズ オブ イノセンス」などを手がけてきたベテランが,初めてメディアで語る
中村和宏氏:
 まったくもってそんな感じでした。
 ただ,ナムコ入社後,最初は川田さん(※6)のグループに引っ張られたんですね。そこで川田さんの作っていたサウンドに度肝を抜かれてしまって……。
 グループにいた他の方々もすごかったんですが,とくに川田さんのサウンドは音響的な部分がトンデモなかったんです。「この音は基板で鳴らしてるよ」って言われて「ウッソー!?」って(笑)。ファミコンの音で安心しきっていたので,思いっきり殴られた感じ。これはちょっとマジメにやらないとやばいなって思って,社内の音をいろいろ聴くようになった,といったところです。

※6 川田宏行(かわだひろゆき)氏。「ワルキューレの伝説」「ウィニングラン」「エースドライバー」などを手がけたサウンドデザイナーで,いわゆる「ゲームサウンド・レジェンド」の一人である。

4Gamer:
 当時の基板だとシステムIIでしょうか。ナムコはサウンドの品質が高かったですものね。

中村和宏氏:
 システムIIは,私が入社したときの研修で使いました。スムージング(※7)が入ってるのがよかったですね。
 低ビットレートサンプリングだと,スムージングを掛けないと荒っぽい音になっちゃうんです。でもシステムIIにはスムージング機能が入っていたから,8bit,12kHzあたりでも違和感なく聞けるサンプル音源を作れたのを覚えています。

※7 8bitや4bitのオーディオ解像度だと“荒すぎ”てしまい,音響的に「いい音」に聞こえない。かといって現在のようにメモリもストレージも潤沢ではない。そこで開発された「ゲーム基板の内部でだけ解像度を高め,よりスムーズな音に聞こえるようにする技術」がスムージングである。この処理を行うと,もちろん原音とは異なる音になるわけだが,そこを原音とできる限り近くなるように作り込むのが,当時のサウンドデザイナーにおける腕の見せどころであった。

4Gamer:
 研修で初めて「基板で鳴らす音」を作ってみたわけですよね。そのときの印象ってどうでしょうか。

中村和宏氏:
 最初は「なんだこりゃ……」っていう曲ができあがりました。でも,これって,基板を使ったアーケードゲームの開発は会社に入らないとできないですからね。それだけでありがたかったですよ。
 しかも私の場合,学生時代の経験が生きた点もありました。

4Gamer:
 といいますと?

中村和宏氏:
 当時のサウンド制作って,最初に「基板で再生するための各楽器の音」――これをナムコでは「音源サンプル」と呼んでいましたが――を用意して,基板にデータ転送するところから始めるんですね。で,このデータ転送後に,先ほどお話したスムージング処理が強制的に入ります。
 そのあとで,MIDI風ですけれどもMIDIではない,テキストベースの独自フォーマットに従って,シーケンスデータ,つまりは「どのタイミングで,どの音を,どの高さで,どれくらいの長さで再生するか」の情報を書いて,楽曲を仕上げていくという流れなんですよ。

4Gamer:
 ちょっと難度の高い表現ですが……。

中村和宏氏:
 分かりやすく言い換えられているか自信はありませんが,「ゲームごとに,新しいサンプルを並べたパッチを作って,スクリプトで叩く」という作り方です。
 ほとんどの人は,入社後初めてサンプラーに接するため,たいていはそこで四苦八苦するのですが,私は幸い,先ほどお話ししたRolandのサンプラーと,Mac,あと,当時の定番だったPassport Design製のオーディオ編集ソフト「Alchemy」を学生時代から使っていたので,「録音した音源を波形編集ソフトで編集して,それをデバイスに転送する」ということの概念は理解しやすかったんですよ。これは助かりました。
 ただ,ある程度マシな音を出すには,やはり経験が必要でしたけども。

4Gamer:
 入社してしばらくは,ゲームの音を聴いたり,それを踏まえて制作の基本を学んだりしていたということですが,最初に手がけたタイトルは何だったのでしょうか。

中村和宏氏:
 実は,最初に関わったのはゲームではなかったんですよ。当時のナムコは「ワンダーエッグ」というテーマパークを運営していたのですが,そのBGM制作(※8)が最初の(音楽制作の)仕事でした。
 そのときに作った曲は,「THE ELDS STORY OF…」という,ワンダーエッグのサントラに入っています。

※8 実際にはBGM制作のうちの編曲を担当した。

4Gamer:
 ゲーム会社に入って最初に手がけた曲がテーマパーク関連というのは,相当に貴重な経験だと思いますが,なぜワンダーエッグだったのですか。

中村和宏氏:
 それは単純な話で,入社直後の上司だった川田さんから「ちょっと手伝って」って言われたからです。
 いま指摘もいただきましたが,「テーマパークのBGMを作る」というのは,いま思うと得がたい経験で,周りからもよくそう言われます。ただ,当時のナムコは全体で200人くらい採用していて,サウンド担当だけでも新人が私のほかに大塚隆功(※9),石川隆之(※10),佐々木宏人(※11)と3人いたんですよ。「同期の3人はビデオゲームのサウンド制作を始めているのに,自分だけMIDIでテーマパークのBGMを作っている」という事態に焦っていた1年めだったと記憶しています。

※9 サウンドデザイナーの大塚隆功(おおつかたかのり)氏。代表作は「ソウルエッジ」。
※10 サウンドデザイナーの石川隆之(いしかわたかゆき)氏。代表作は初代「アルペンレーサー」
※11 サウンドデザイナーの佐々木宏人(ささきひろと)氏。代表作はアイドルマスターシリーズ


4Gamer:
 「早く自分も基板でサウンド制作できるようにならないといけないのに……」的な。

中村和宏氏:
 ええ,そんな感じでした。
 で,2年めになると,「モスキートアタック」というエレメカ(※12)の開発に関わることになりました。これが最初のゲームの仕事ですね。楽曲と効果音をすべて1人で担当しています。

※12 「エレクトロメカニカルマシン」の略。ビデオゲームとメダルゲームを除くアーケードゲームのことを指す。最近の例だとクレーンゲームに代表されるプライズゲームが最も身近な例だが,モグラ叩きやパンチングマシンなど,往時のデパート(の屋上)や遊園地によく設置されていた,アナログ要素の多いゲームもここに含まれる。

4Gamer:
 エレメカだと,「ゲーム音楽」というよりは,派手な効果音をいろいろ作ったという感じでしょうか。

もともと鍵盤奏者のため,制作には主に鍵盤を使用しているという中村氏。。写真下側に見えるのはKurzweil製の「MIDI Board v3」という,1980年代に人気だったMIDIキーボードだ。上はMoog製,“伝説の”アナログシンセ「Model-D」。Model-Dはシンセベースやリードに使うそうで,いわく「自分でリアルタイム演奏して,後で加工しています」
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中村和宏氏:
 まさにそうです。「ピヨヨヨ〜ン」とか「バヒューン」みたいな音を,ローランドの「MKS-80」っていうアナログシンセで1つずつ作っていって,気に入ったらサンプリングして,それを(基板に)落とし込むって作り方を採用していました。
 BGMのほうは良くも悪くもエレメカって感じの曲になるよう作っていて,それは,ビクターからリリースされたナムコのエレメカタイトルをまとめたサントラ盤「エレメカ大百科」に収録されています。

4Gamer:
 効果音制作っていうのは,学生時代には経験していなかったことだったんじゃないかと思うんですが,そこに困難はなかったのでしょうか。

中村和宏氏:
 入社時に研修でも作りましたし,先ほどお話したとおり,学生時代に自前のサンプリングマシンで音をサンプリングしていたりという経験もあるので,最低限のコツみたいなものは掴んでいましたが,アナログシンセのノウハウがまったくなくて,そこは苦労しました。

4Gamer:
 そこで,アナログシンセの博物館の主達に教えを請うた,といった感じでしょうか。

中村和宏氏:
 川田さんや細江さん(※13)がたくさん機材を買い込んでいてすごい音を出していたので,とにかく面白かったのは確かです。上司の席にいくとシンセの壁ができてるっていう状態。
 でも,「この音どうやって作るんですか?」みたいな,ちょっとした質問とかをしても,返ってくるのは,「アナログシンセで作るんだよ」みたいな回答です。何の参考にもならない(笑)。

※13 細江慎治(ほそえしんじ)氏。ナムコを経て,現スーパースイープ代表取締役。代表作は「ドラゴンスピリッツ」「F/A」「リッジレーサー」など多数。「ゲームサウンド・レジェンド」の一人だ。

4Gamer:
 (笑)。

中村和宏氏:
 上司や先輩は,ノウハウ自体は教えてくれないんですけど,完成したすごい音だけは聴かせてくれるんです。で,「中村もがんばれよ」とだけ言われるという。

4Gamer:
 体育会系だったんですか?

中村和宏氏:
 いや,そうではなくて,おそらくは先輩の側でも,どう教えていいか分からなかったんだと思います。
 これは後年そう思うようになったんですが,効果音制作って一種のインスピレーションに近いものだと思うんですよ。「なんでここでアナログシンセ使ったんですか?」って質問しても「使ったほうがいいかなって思ったから」っていう程度のものだったと思うんです。

4Gamer:
 効果音制作は感性というか,感覚勝負みたいなものなんですね。

中村和宏氏:
 そうですね。楽曲の場合はクライアントの要望とかもありますが,効果音はそれと比べても,相当にクリエイティブな作業だとは言えると思います。

4Gamer:
 さて,モスキートアタックに続いて,ですが,その後はサントラも出たエアーコンバット22に関わっていますよね。純然たるビデオゲームとしては,エアーコンバット22が初ということになるのでしょうか。

中村和宏氏:
 はい。作曲は複数のスタッフで担当しましたが,ドラムとギターの波形はほとんど私が担当しています。
 ギターを自分で弾いて,それをZOOMのハーフラックエフェクタ「9050」を通して得られた音をサンプリングというか録音していって,後で波形編集ソフトから1ファイルずつ切り出して,その後ループを取る流れですね。「1つずつトリムしてループさせる」という作業が大変だったのを覚えています。

4Gamer:
 私は当時,エアーコンバット22のサントラを買って聴いていたんですけど,ギターのディストーションサウンドがカッコよくてしびれました! これを今日は直接お話したくて(笑)。

中村和宏氏:
 ありがとうございます(笑)。
 個人的には,エースコンバット22でやりたかったことは2つあるんですよ。1つはギターのミュート音で,もう1つは「格好いい『Top Gun』(トップガン)」です。

4Gamer:
 順に聞かせてください。ギターのミュート音というのを具体的に説明いただけますか。

ゲーム制作で長年使っているというGibson製ギター「Les Paul Standard ’93」。ギタージャムはもちろんのこと,近年の作品においても,「メインギター」の座を守っているとのことだ
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中村和宏氏:
 当時のゲーム音楽って,ギターのサンプリングを取り入れていても,ミュートの入ってないものが多かったんですよ。エアーコンバット22では,本格的なハードロックサウンドにこだわりたいという思いがあって,それでミュートを入れました。

4Gamer:
 ああ,合点がいきました。ミュートと言っても,いわゆる無音状態ではなく,弦に手を当てて音を切る動作,というか演奏法のことですね?

中村和宏氏:
 そうです。ミュートを組み合わせることによって,ハードロックやヘビーメタル,オルタナティブロックの醍醐味の1つである,独特の「ガーッガッガッガッガッ」といった,歯切れのいいサウンドを得ようと。

4Gamer:
 続いて「格好いいトップガン」というのは……?

中村和宏氏:
 はっきり言ってしまいますが,トップガンのサントラって,全体で聴くと,全然ぬるいんです。でも,空戦モノとしての方向性は間違いなくコレだろうとも思ったんですね。
 それで川田さんに「トップガンみたいな方向で作っていいですか?」って聞いたら最初は微妙な反応だったんですけども,「カッコよく作りますので!」って言ってOKもらったという経緯があります。なので,「格好いいトップガン」なんです。

4Gamer:
 前作の「エアーコンバット」は川田さんが担当でしたから,エアーコンバット22で結構雰囲気が変わっていて驚きましたが,そこには「格好いいトップガン」という,コンセプトの変更があったと。

中村和宏氏:
 エアーコンバット22では,音楽の方向性も私が決めさせてもらっているので,確かに変わっていると思います。

4Gamer:
 ハードロックサウンドにこだわって,「格好いいトップガン」を目指すにあたって,それまでのゲーム音楽で鳴っていたギターの音を研究されたりはしたのでしょうか。

中村和宏氏:
 サンプリングギターを使っているゲーム音楽は,いろいろ聴いて研究しました。ただ,「単なる真似は面白くない。これはほかの人がやってるからやらない」という感じで,聴いたものを参考にしたのではなく,聴いたものを消していったんですよね。それで,消去法でハードロックサウンドが残ったという。

4Gamer:
 ああ,それで,当時のナムコサウンドとしては相当に異色な音になったんですね。

中村和宏氏:
 社内的には空気を読んでなかったかもしれないですね。ただ,できあがったときに,「空戦マニアの人はこういう音,好きだろうな」という,確信めいたものはありました。

4Gamer:
 ちなみに,中村さんのスタジオにはギターだけでなく,ベースもかなりの本数がありますが,エアーコンバット22のベースの音は生音だったのでしょうか。

Crews Maniac Soundの5弦ベース,「Be Bottom 21L」。「そもそもゲームサウンドだと,重低音を利用することが非常に多いので,ゲーム音楽制作時のエレクトリックベースはほとんどこちらを使っていますね」(中村氏)とのことだった
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中村和宏氏:
 ベースはサンプリングした音を使っています。エアーコンバット22における生音はギターだけです。実際にベースも自分で弾いて録るようになったのは,「ギタージャム」からですね。

4Gamer:
 なぜギタージャムでベースを弾くようになったのですか。

中村和宏氏:
 ギタージャムの前に,アルペンレーサー2というタイトルを担当したんですが,そのときはタレントの建みさとさんに主題歌を歌ってもらうことになりまして,私が「その胸でギュッと抱きしめて」っていう曲を作ったんですよ。
 曲のフレーズやノリにはこだわりがあったんですが,そのとき,外部ミュージシャンを起用してみて,自分のイメージ通りの音をミュージシャンに出してもらうのは案外難しいことが理解できました。「こりゃ,自分で演奏したほうが早かったな」と。それがきっかけですね。
 それ以降は自分でベースも弾くようになって,その第1弾がギタージャムだったということです。

4Gamer:
 ベーシストデビューはナムコ入社後,しかもしばらく経ってからだったんですね。

中村和宏氏:
 最初はおっかなびっくりでしたけど,慣れたらずっと弾いてるようになっちゃいましたね。それに,これは自分の想像も入ってますが,当時のナムコのサウンドチームの人達は,私の演奏はギターよりベースのほうが好きだったような気がしています。

4Gamer:
 そうなんですか?

中村和宏氏:
 当時,社内で「中村さんはベースの音のほうがカッコイイですよね!」って,面と向かって言われたことがありまして(笑)。
 私はスライドでつなぐタイプの演奏をよくやるので(※14),そのあたりが好まれたのではないかと推測していますが。

※14 弦楽器では通常,ネック(棹)を左手で押さえながらボディ(本体)の弦を右手でピッキングすることによって音を出すのだが、一回ピッキングした後で,ネックに打たれたフレット間で指を移動させ、音程を変える方法のことを言っている。よくあるのは,ギターやベースの「ブーン」という音。


「タイムクライシス」チームに合流し,アーケードでは異例のハリウッドオーケストラに挑戦


4Gamer:
 エアーコンバット22の次に,ガンシューティングであるタイムクライシスのサウンドを手掛けていますね。

中村和宏氏:
 そうですね。エアーコンバット22のとき,会社から「サウンドのプロジェクトリーダー的なことをやりなさい」と言われ,続くタイムクライシスでは「サウンド制作だけじゃなく,声優のブッキングなども含め,全部担当して1本立ちしなさい」的なことを言われたのを覚えています。

4Gamer:
 それは川田さんから?

画像集 No.006のサムネイル画像 / ゲーム音楽作曲家・中村和宏氏インタビュー。「タイムクライシス」「テイルズ オブ イノセンス」などを手がけてきたベテランが,初めてメディアで語る
中村和宏氏:
 いえ,川田さんは「新しいプロジェクトがあるけど,やってみる?」的な感じでした。
 「全部1人でやれ」と会社から言われたタイミングで,川田さんからもそういう話がきて,会いに行ったのがタイムクライシスのチームだったっていう感じですね。

4Gamer:
 タイムクライシスは中村さんの代表作的な作品だと思いますが,開発チームの第一印象って覚えてらっしゃいますか。

中村和宏氏:
 海賊(笑)。

4Gamer:
 海賊……ですか。

中村和宏氏:
 当時のタイムクライシスのチームって,「俺達はガンシューティングが作りたいんだ!!」「『バーチャコップ』を超えるゲームを作るぞ!!」って顔に書いてあるような,血の気の多いスタッフが集まっていたんですよ。ポリゴンベースのガンシューティングを,ナムコでも作りたい,っていう人達ですね。
 そんな連中が10人くらいいたので,当時の開発部長だった人から,「そんなにガンシューティング作りたいなら,お前らだけで作ってみろ!」と,そのまま1つのチームにまとめられた感じです。

 私はそこにサウンド担当として合流したわけですけど,「なんか怖いところにきちゃったな……」と。

4Gamer:
 そんな血気盛んなチームに,まだ入社数年めの中村さんが行ったわけですから,それは怖いですよね……。

中村和宏氏:
 キャリアでは,私が間違いなくチーム内で一番か二番の若手でしたね。

4Gamer:
 どんなメンバーだったんでしょう?

中村和宏氏:
 メインの企画担当は,営業から企画に異動という,珍しい経歴を持っている上さん(※15)です。その後にヒットした「ファイナルハロン」も上さんの企画ですね。

※15 上 博文(かみひろふみ)氏。ゲーム企画者。代表作はファイナルハロン,タイムクライシスなど。

4Gamer:
 ナムコのガンシューティングっていうと「ゴーリーゴースト」など,コミカルなイメージがあったので,当時の私は最初,タイムクライシスを「ナムコっぽくないな」って思った記憶があります。

中村和宏氏:
 あのシリアスなテイストは,上さん以下,プロジェクトチームの好みですね。
 付け加えるなら,タイムクライシスは「誘拐された令嬢を救う」ストーリーですが,アレは,ストーリーを担当したスタッフが「ルパン三世 カリオストロの城」好きだったためですね。それを聞いたので,それなら音楽は「ルパン三世」の方向がいいかなって思って上さんに相談したら「いや,音楽はハリウッドオーケストラ(※16)がいい」と。

※16 クラシック音楽のオーケストラでは通常使われない,大太鼓やフレームドラムといった民族系パーカッション,場合によってはギターやシンセサイザーといった楽器を加えた,よりリズミックな劇伴オーケストレーションのことを指す。

4Gamer:
 「基板でハリウッドオーケストラ」というのは,難度的にどういうものだったのでしょうか。基板自体はエアーコンバット22と同じ「システム22」だったので,使い慣れてはいたと想像しますが……。

中村和宏氏:
 基板自体はご指摘のとおりでしたが,「オーケストラの音をサンプリングで録る」のが難しくて。しかもただのオーケストラではなく,「ハリウッドオーケストラ」ですからね。
 当時の流行りだと「The Lion King」(ライオン・キング)のHans Zimmer(※17)とか「Speed」(スピード)のMark Mancina(※18)。だからまずは,いろいろな映画サントラを集めて聴いてという感じで,勉強から始めることになりました。

※17 ハンス・ジマー。ドイツ出身の現役作曲家で,ハリウッドオーケストラの代名詞的存在。本名はHans Florian Zimmer。代表作は「Pearl Harbor」(パール・ハーバー)や「Pirates of the Caribbean」(パイレーツ・オブ・カリビアン),「Backdraft」(バックドラフト)など。
※18 マーク・マンシーナ。米国出身の現役作曲家で,Zimmer門下生。代表作は「BAD BOYS」(バッドボーイズ),「Tarzan」(ターザン)など。


4Gamer:
 たしかに言われてみると,英語音声の日本語字幕とか,ハリウッド映画っぽいところが多かったですね。

中村和宏氏:
 プロジェクトチームのメンバーは,皆それがやりたくて仕方なかったんですね。声優さんも全員外国人ですし。

4Gamer:
 乗り越えたハードルにはどんなものがありますか。

中村和宏氏:
 そうですねえ……。
 大変だったのは,あの音楽を同時発音数12個で鳴らさないといけなかったことですね。上司や先輩からは「そこも含めての『基板でのサウンド制作』だよ」と教えられました。

 あとはリバーブ(reverb,残響)がないことですね。
 ディレイ(delay,エコー)は擬似的にできるんですけど,リバーブがないと音が重なってこないんですよ。結果できあがった音は,いま聴くと荒っぽい部分もあると思いますが,当時としては相応にハリウッドオーケストラっぽく頑張れていたかな,と。

4Gamer:
 当時,アーケードでタイムクライシスのようなサウンドってすごくは珍しかったですよね。

中村和宏氏:
 そこは上さんのアイデアなんですよ。
 相原さん(※19)が「ギャラクシアン3」ですでにJohn Williams(※20)的なオーケストラはやっていたんですが,「でも,John Williams以降の,パーカッションとかを使ったハリウッド風のオーケストラサウンドが欲しいよね」って話をプロジェクトから聞かされていて。結果的に私がその穴の部分を埋めることになったというか。

※19 相原隆行(あいはらたかゆき)氏。「ギャラクシアン3」のほか,「F/A」「ソウルエッジ」など代表作多数。現在は山佐でサウンドディレクター兼サウンドデザイナーを務めている。
※20 ジョン・ウィリアムズ。米国の映画作曲家。本名はJohn Towner Williams。代表作はテレビシリーズ「Lost in Space」(宇宙家族ロビンソン)や映画・Star Wars(スター・ウォーズ)シリーズ。ほかにHarry Potter(ハリー・ポッター)シリーズなど多数。


4Gamer:
 「中村さんのゲーム音楽」のイメージというと,ロックとハリウッドオーケストラというイメージが強いですが,どちらも,学生時代から長らく培ってきたものというより,当時参加していた開発チーム内の影響のほうが大きいんですね。

中村和宏氏:
 そうですね。ユーザーの方に「ロックとハリウッドオーケストラの人」と理解していただいているとすれば,それはありがたいですし,正しくもありますが,「じゃあなんでそっちに行ったのか」というと,そのジャンルで突出する人がいなかったとか,そもそも誰もやってなかったとか,そんな理由でしょう。
 いまでこそ,映画音楽的なゲームサウンドって一般的ですけど,当時のゲーム音楽界隈では,相原さんを除くと,ほぼいないに等しかったですし。

4Gamer:
 しかも,声優さんのブッキングもされている。楽曲制作もやって音響監督もやってる,みたいな感じですよね。

中村和宏氏:
 ナムコでは,そこまでやって一人前だって言われたので,やむなく(笑)。

4Gamer:
 声優さんの収録に立ち会うのもナムコに入社してからだったと思いますが,どうでした?

画像集 No.005のサムネイル画像 / ゲーム音楽作曲家・中村和宏氏インタビュー。「タイムクライシス」「テイルズ オブ イノセンス」などを手がけてきたベテランが,初めてメディアで語る
中村和宏氏:
 「やっぱり立ち会わないと無理」というのが偽らざる感想ですね。思ったとおりのセリフかどうかは現場にいないと分からないので。「アクションッ!」っていう短いセリフすら,何回も録り直したのを覚えています。
 あと,声優さんの声は,基板に落とし込む時の加工が面白いんです。私の場合は,「DATでもらったデータをMacに取り込んで,自分でイコライザとコンプレッサをかけて音質と音圧を整える」という流れで当時は作っていたんですが,その頃は,エアーコンバット22も含め,実機で再生される声ってサンプリングレートが8kHzだったんです。でもタイムクライシスは当時としては異色で,ゲームにストーリー性があったので,声を大事にしたかったんですね。

4Gamer:
 どうされたんですか?

中村和宏氏:
 ボイス容量を計算して表にして,「声のレートを上げたいんですが」って要望を出したら,プロジェクトのほうから「ROMの容量が上がると原価が上がるから」と待ったがかかりまして。「32Mbitまでなら使っていいけど,中村の要望だと48Mbitになっちゃうよね。それだとコストが高くなるんだよ」的な。
 そこで,8kHzと12kHz,2種類のボイスを用意して,チームの皆に両方聞いてもらったんですよ。そうしたら,「こんなに違うのならしょうがない」ってことになって,結果12kHzでいけることになったんです。

4Gamer:
 相当違ったんでしょうね。やっぱり,実際の体験,体感って大事ですねえ。

中村和宏氏:
 もう,スタッフの反応が段違いでしたね。それがきっかけで,以後,ナムコのアーケード作品では,長いこと,音声は12kHz以上が標準になりました。「タイムクライシスのボイスは圧倒的にいい」っていろいろな方面からも褒めていただきまして。いやまあ,サンプリングレートが高いので当然なんですけど(笑)。
 もっとも,ただサンプリングレートを上げただけではなくて,当時出ていたオーディオプロセッサ(※21)もガンガン使っていたりはします。

※21 オーディオ業界の専門用語で,音声処理アルゴリズムのこと。CPUやGPUなどのようなハードウェアベースのプロセッサではない。

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