レビュー
新世代フラッシュメモリ「3D V-NAND」の採用でSamsungのSSDは何が変わったのか
Samsung SSD 850 PRO
およそ1年半ぶりの登場となった「PRO」モデルの新作は何が変わったのか。128GBと256GB,512GB,1TBの4ラインナップ展開されるSSD 850 PROのうち,4Gamerでは容量128GBのレビュー用サンプルを入手できたので,その仕様と性能を明らかにしてみたいと思う。
3D V-NAND技術による最新世代のフラッシュメモリを
搭載したSSD 850 PRO
ざっとおさらいしておくと,最近のSamsungは,前出のSSD 840 PROと,2013年7月に国内発表された「SSD 840 EVO」の2製品を,一般PCユーザー向け市場で展開していた。
対するSSD 840 EVOは,メモリセルあたり3bitを記録させるTLC(Triple Level Cell)仕様のNAND型フラッシュメモリを採用して容量あたりのコストを抑えつつ,一部の領域をSLC(Single Level Cell)として機能させることで,一定容量内の読み出しや書き込みなら上位モデルと遜色のない性能が得られるようにしてあるという,ユニークな仕様のSSDとなっていた。また,SSDコントローラは,動作クロック400MHzの「MEX」に変わっている。
では,SSD 850 PROはどんなSSDなのか。
気になる内部構造をチェックする前に,スペックを表1にまとめておいたので,チェックしてほしい。冒頭で紹介したとおりではあるが,SSD 840 PROになかった容量1TBモデルが用意されるのは,新要素の1つといえそうだ。
一般にSSDは,小容量モデルほど搭載されるNAND型フラッシュメモリチップ数が減り,結果として接続されるメモリチャネル数が減るため,速度性能のスペックは低下する傾向にある。たとえばSSD 840 PROの場合,容量512GBモデルと同256GBモデルは最大の速度性能スペックを持つが,容量128GBモデルは逐次・ランダムの読み書き性能でおおむね低めのスペックになる,といった具合だ(表2)。
SSD 850 PROで,容量128GBモデルが上位容量帯のモデルとそれほど変わらない速度性能スペックを実現できている理由として,Samsungは,2つの要素を挙げている。1つが,完全なる新要素である「3D V-NAND」(Three-Dimensional Vertical NAND)の採用,もう1つがSSD 840 EVOと同じMEXコントローラの採用だ。
MEXは,SSD 840 PROで採用されるMDXよりも,動作クロックが33%高い。それが性能を引き上げているというのは分かりやすい話だろうということで,本題ともいえる3D V-NANDの話を詳しめにしておきたい。
NAND型フラッシュメモリでは,絶縁体に挟まれた,「浮遊ゲート」と呼ばれる電極の一種にキャリア(=電子)を注入して記憶を行う。MLCならキャリアの量に応じて2bitを,TLCではキャリアの量に応じて3bitを記憶できる仕組みだ。
NAND型フラッシュメモリのプロセス微細化が難しいのは,浮遊ゲートが小さくなると注入できるキャリアの量が減り,また,隣接したセルとの距離が短くなって,隣り合ったメモリセルが影響を及ぼし合うようになるためだと言われている。
そうなると,たとえば「隣りにあるセルの影響を受けてデータが“化ける”」といった問題が生じやすい。さらに,NANDフラッシュの経年劣化は浮遊ゲートを絶縁する酸化膜の劣化が原因だが,プロセスが微細になるほど酸化膜が小さくなり経年劣化も起きやすくなる。つまりは,製品寿命も短くなるといった問題もあるのだ。
こうしたことから,よく,「より微細化されたプロセス技術のフラッシュメモリを使うと信頼性が落ちる」といったことが指摘され,実際にエンタープライズ市場向けSSDでは大きめのプロセス技術を用いて製造されたフラッシュメモリを採用するケースが多かったりする。
3D V-NANDでは,浮遊ゲートを含むメモリセルの電極を縦型に形成し,さらにそれを積み重ねる構造を採用している。
すると,縦型に形成したメモリセルの内側にゲートなどが設けられるる関係で,隣り合うセルの影響を受けにくくなる。つまり,より集積度高めることができるようになるのだ。また,2次元的に形成するよりも浮遊ゲートに余裕が生まれ,信頼性も向上する。そしてもちろん,チップあたりの容量も大きくできると,まさに良いことづくめでなのある。
また,積層化によってチップあたりの帯域幅を大きくできるため,リードライトの性能向上にもつながると,Samsungはアピールしている。
ちなみに,3次元的にNANDフラッシュメモリを形成する技術は次世代フラッシュメモリの本命とされ,東芝やSamsungなどが開発を競ってきた技術だ。東芝は2014年上半期に「BiCS」(Bit-Cost Scalable)と呼ぶ3D NANDフラッシュメモリの量産を開始するとアナウンスしたが,2014年に入ってやや計画を先送りし,2014年中にサンプル出荷を行うことになった。
ならSamsungはというと,東芝に先立つ2013年半ばに,3D V-NANDフラッシュの量産開始をアナウンスしていた。発表時点のチップは24層の3D V-NANDだったが,今回SSD 850 PROに採用されているのは32層の3D V-NANDとされているので,当初発表されていたものと比べて,さらに積層していることになる。
■分解して3D V-NANDなどをチェックしてみる
いずれにせよ,SSD 850 PROにおける最大の特徴が3D V-NANDの採用にある点は押さえておいてほしい。
ただ,同時に踏まえておく必要があるのは,今回入手したSATA 6Gbps接続タイプだと,3D V-NANDによる性能向上効果を期待できるのは容量128GBモデルくらいだということだ。上に示した表1&2を見比べてもらうと分かるが,SSD 850 PROとSSD 840 PROとで,スペック差自体はさほど大きくない。SATA 6Gbps接続型モデルについていえば,SSD 840 PROで当たった“6Gbpsの壁”の影響を,今回も受けているということになるだろう。
むしろ3D V-NANDを採用することの恩恵は,性能よりも耐久性や信頼性にありそうだ。MTBF(平均故障間隔)はSSD 840 PROの150万時間からSSD 850 PROで200万時間に向上し,また製品寿命を迎えるまでの総書き込み容量は73TBから150TBへと2倍以上に増えている。結果,製品保証は,一般PCユーザー向け製品としては破格の10年となった。SSD 840 PROも5年と長かっただけに,この変更はインパクトが大きい。
もう1つ,Samsungは,3D V-NANDの採用によって,SSD全体の消費電力が大幅に低減できたとしているが,これは先ほど示した表だと少し分かりにくい。というのも,SSD 840 PROでは公式スペックとして通常使用時の平均消費電力が採用されているのに対し,SSD 850 PROでは読み出し&書き込み時のピーク消費電力がスペックとして採用されているからだ。
ちなみに,SSD 850 PROの公式のスペック表には全モデル共通の最大消費電力が記されており,先の表1にはその値を書き入れたが,レビュワー向けの資料には書き込み時における容量別の消費電力が記されており,それによると128GBモデルでは2.8Wだという。また,容量512GBモデルの場合,SSD 840 PROが同5.7Wなのに対してSSD 850 PROは3.5Wとのことだ。大容量モデルほど,3D V-NANDの低消費電力効果による恩恵を受けられるようである。
DEVSLPというのはSATA電源コネクタにある端子名で,PCがディープスリープモードに入るとき,DEVSLPがアサート(assert)される。それをSSD側で検出すると,SSD側もディープスリープに入ることができるのだが,SSD 850 PROではディープスリープ時消費電力は0.5mWにまで下がるというわけだ。
ちなみに,SSD 840 PROもDEVSLPには対応しているが,公式のデータシートにスペック情報はなく,SSD 850 PROのレビュワー向け資料に「10mW以下」とあるだけなので,実際にSSD 850 PROが従来製品と比べてどれくらいDEVSLPの低消費電力化を実現できたのかは分からない。ただ,「0.5mW対10mW以下」である以上,省電力性が向上しているのは確かとは述べてもいいのではなかろうか。
DEVSLPはPC側の対応が必要なので,基本的にはディープスリープを積極的に活用するノートPCで意味のある新要素ということになるだろう。
RAPID Mode有効/無効を切り替えつつ従来製品と比較
PCMark 8ではSSD 840 PROに軍配が?
概要を把握したところで,3D V-NANDを採用するSSD 850 PROの性能を見ていきたい。
本稿の冒頭で述べたとおり,今回入手したのは容量128GBモデルなので,比較対象としては順当に,SSD 840 PROの容量128GBを用意してみた。そのほかテスト環境は表3のとおり。CPU側の自動クロックアップ機能「Intel Turbo Boost Technology」は有効化している。
テストに用いたSSD 850 PROファームウェア「EXM01B6Q」は,レビュワー向けサンプルに入っていたものそのままだ。これまでの例からすると,最終の量産版ではアップデートが入る可能性が高いが,テスト時点の最新版という理解で問題ない。対するSSD 840 PROのファームウェアも,テスト開始時点での最新版「DXM06B0Q」にアップデート済みだ。
というわけで,今回のテスト対象は2製品となるが,最近のSamsung製SSDでは,専用ユーティリティ「Magician」から「RAPID Mode」を有効化できることを知っている読者も多いだろう。
筆者の手元にはそのβ版となる「Magician 4.4b」があるので,これを使ってSSD 850 PROおよびSSD 840 PROのRAPID Modeもテストしたいと思う。RAPID Modeを有効化した状態は以下,「SSD 850 PRO+RAPID」といった形で表記して区別する。
さてまずは,Futuremark製のシステム総合ベンチマークテスト「PCMark 8」(Version 2.0.228)に用意された「Storage」テストから。グラフ1は,その総合スコアをまとめたものだ。
PCMark 8は,「実際にリリースされているアプリケーションを実行したときのストレージアクセスを再現する」というワークロードを3回繰り返す,負荷の高いテストである。それだけにスコアの揺らぎは極めて小さいのだが,一方,最新世代のSSDでは十分な性能が得られるため,スコア差がほとんど出ないテストでもある。そしてご覧のとおり,ここでのスコア差は非常に小さい。RAPID Modeを有効化すると5000を超え,無効化すると下回るというのはなかなか面白いが,実スコア差は最も大きなところでもわずかに約1.2%しかないのが分かるだろう。
ただ,テストを通じてのディスク平均転送速度を見ると,相応の違いが表れる(グラフ2)。しかも,SSD 850 PROのほうがSSD 840 PRO比で約90%のスコアにまで落ち込んでいるのだ。RAPID Modeを有効化すると,SSD 850 PRO+RAPIDのスコアがSSD 840 PRO+RAPID比で約88%と,スコア差が広がっている点にも注目しておきたい。
もちろん,RAPID Modeはメモリキャッシュを用いた動作モードなので,この結果だけをもって何か有意義なことを言えるわけではないのだが,先の表1&2で明らかになっているとおり,スペックではSSD 850 PROがSSD 840 PROを上回る。にもかかわらず,PCMark 8で逆の結果が生じたのは気になるところである。
PCMark 8はテスト結果に揺らぎの出にくいテストなのだが,それでも念を入れて2回実行し,各テスト対象のスコアがほとんど変わらないことは確認しているので,テスト結果自体に間違いはないはずだ。
個別のテスト結果も見ておこう。「World of Warcraft」と「Battlefield 3」におけるディスクアクセスパターンを模したテストの結果がグラフ3である。
ここではアクセスの所要時間を見ているので,グラフのバーは短いほど高速ということになるが,その断り書きは不要かもしれない。いずれのテストにおいても結果はほぼ完全に横並びで,RAPID Modeの効果もまずもって認められないからだ。
RAPID Modeの効果はほぼないのは,キャッシュから溢れるようなデータのやり取りが,ここで取り上げられている2タイトルでは中心になっているからかもしれない。
CrystalDiskMarkの結果は“まだら模様”
SSD 850 PROとSSD 840 PROが拮抗
続いては,ストレージデバイスが持つ素の性能をチェックできる定番のベンチマークツール「CrystalDiskMark」(Version 3.0.3b)で,テスト結果を見ていきたい。
今回のテストではテストサイズ「1000MB」,テストパターン「デフォルト(ランダム)」,テスト回数「5回」という,CrystalDiskMarkの標準設定を採用するが,この設定ではスコアの揺らぎがかなり大きい。そのため今回は,このテストを5セット繰り返して平均と取ることで,スコアのゆらぎを抑えることにした。5回連続実行するテストを5セット回せば,試行回数は25回となるので,揺らぎはほぼ無視できるレベルになると考えている。
最初は,逐次読み出しおよび書き込み性能のスコアからだ。公式スペックだと,容量128GB版SSD 850 PROの逐次読み出し性能は550MB/s,逐次読み出し性能は470MB/sで,容量128GB版SSD 840 PROの同530MB/s,390MB/sと比べると,とくに書き込み性能で大差が付いてもおかしくないのだが,見やすさを重視し,RAPID Mode無効時と有効時で分けたグラフ4,5を見る限り,そうはなっていない。
グラフ4で面白いのは,スコア差が付くべき逐次書き込み(Sequential Write)で2製品が互角となり,逆に逐次読み出し(Sequential Read)でSSD 850 PROがSSD 840 PROより約5%高いスコアを示しているところだろう。グラフ5はほぼ横並びだが,これはメモリキャッシュ効果なので,当然といえば当然といったところである。
512KB単位のランダムアクセス性能を見るグラフ6,7だと, RAPID Mode無効時は,書き込みだとほぼ横並びだが,読み出しはSSD 850 PROがSSD 840 PROの約82%というスコアに留まった。今回のテスト方法からして,スコアのゆらぎというのは考えにくいので,「何か」があるのだろう。
2割近いスコア差というのは正直,不思議としか言いようがないのだが,この結果だけを持って何かを結論づけるのは難しい。
RAPID Mode有効時だと,スコアは完全に横並び。メモリキャッシュが素の性能を覆い隠した結果なので,逐次アクセスのときと同じく,妥当といえば妥当だ。
4KBのランダムアクセスをQD(Queue Depth)=1で実行したときの結果がグラフ8,9で,Rapid Mode無効時のスコアは,読み出しで約6%,書き込みで約5%,SSD 850 PROがSSD 840 PROを上回った。小さな単位のデータを読み書きするにはSSDコントローラの性能が効いてくるので,より高クロックで動作するMEXコントローラ採用の効果が出ているということなのだろう。
Rapid Mode有効時のスコアでは,SSD 850 PROが書き込み時にスコアを大きく落とした。SSD 840 PRO比では実に約半分なので,これには何か理由があるように思われる。ハードウェア的に,ここまでの大差が付く要因は思い当たらないので,RAPID Modeを司るMagician 4.4b側で最適化が完了していないとか,そういった原因によるのではなかろうか。
グラフ10,11は4KB単位のランダムアクセスをQD=32で実行したときのテスト結果である。RAPID Mode無効時のスコアはSSD 850 PROにとって景気のいいものになっており,読み出しでは約18%,書き込みでも約7%,SSD 840 PROより高いスコアを示している。
一方,RAPID Mode有効時においては,やはり書き込みでスコアの低下が確認された。QD=1ほど極端ではないものの,約3割ほど落ち込んでいる。
ここまでのテストから,RAPID Mode無効時のテストは,512KB単位のランダムアクセスにおかしなところが見られるのを除けば,ほぼ順当と言えそうだ。「SSD 850 PROとSSD 840 PROとの間で,素の性能に大きな違いはないものの,4KB単位のランダムアクセスでは前者がわずかに上回り,IOPS(I/Os Per Second。1秒あたりのI/O数)が向上した気配を感じさせている」といったところか。
RAPID Mode有効時のスコアは4KB単位のランダムアクセスで少しおかしいが,これはドライバソフトウェア(かファームウェア)がβ版であることに起因する可能性が高いように思われる。
Iometerでは
大幅な性能向上を確認
SSDのテストでは常に実行している「Iometer」(Version 1.1.0-rc1)を,今回も実行してみよう。
Iometerはストレージに高い負荷をかけて性能をテストするベンチマークツールで,とくにI/O性能を見ることができるのが特徴だ。
テストは,4KB単位のランダム読み出しと書き込みを50%ずつ混在させた状態でディスクアクセスを5分間実行し,その間のIOPSを取得するというものにした。テストサイズは1GBで,QD=32となる。
ちなみにこの設定は過去のレビューから踏襲しているもので,直近ではIntel製SSD「Solid-State Drive 730」のレビューでも同じテストを行った。参考までに,設定した状態のスクリーンショットを下に示しておきたい。
その結果がグラフ12だ。総合スコアの「IOPS」,そしてスコアの詳細となる読み出しと書き込みの全項目で,SSD 850 PROはSSD 840 PROに約50%高いスコアを示した。コントローラの動作クロックはSSD 840 PROより33%高いだけなので,この“17%部分”が,3D V-NANDの搭載効果ということになるのかもしれない。
なお,ここではRAPID Modeのテストは省略するが,これは,メモリキャッシュをIometerでテストしてしまうと,ほとんどCPUとメモリのテストになってしまい,あまり意味がないだろうという判断による。
最後に,「HD Tune Pro」(Version 5.50)を使ったテストの結果も掲載しておきたい。
本稿の序盤でも簡単に紹介したとおり,SamsungはSSD 840 EVOでちょっとしたトリックを使って性能を向上させていた(関連記事)。なので,SSD 850 PROでも同じようなことがないかどうかを確認したのだが,さすがは上位モデルといったところで,下に示したスクリーンショットからも分かるとおり,おかしな挙動は確認されなかった。
スクリーンショットは連続書込みの結果だが,先頭セクタから終了セクタまで安定した性能が得られている。
体感性能はSSD 840 PROと大差なし
最大の魅力は「10年保証」
その意味において,SSD 850 PROが真に魅力的なのは,3D V-NANDの採用による耐久性の向上と,10年という,一般PCユーザー向け製品では異常なほどに長い保証年限のほうだろう。また,地味ながら,上位モデルたる「PRO」で容量1TBモデルが用意されたのも,歓迎する人は多そうだ。
原稿執筆時点でSSD 850 PROの価格は明らかになっていないため,価格も踏まえた結論は出せないのだが,仮に3D V-NANDの採用で集積度が上がり,大容量モデルの低価格化が実現されているとすれば,性能と信頼性を併せ持ったSSDとして,SATA 6Gbps接続型SSDの市場で一定の立ち位置を確保できるのではなかろうか。
ITGマーケティング(Samsung製SSD販売代理店)
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