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「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
Teslaの導入事例としては過去最大となるが,2008年12月2日に開催された,同大学の説明会には,NVIDIAの共同設立者であり,社長兼CEOを務めるJen-Hsun Huang(ジェンスン・フアン)氏が来日。併せて,「エンジニアの未来を語ろう」と題した講演を,同大学の学生に向けて行った。
“主役”がスーパーコンピュータなので,さすがに4Gamerの追いかけているテーマとは外れるが,NVIDIAのCEOが日本の学生に向けて直接語りかけるというのは,なかなかないこと。というわけで今回は,学生読者の刺激になることを願いつつ,本講演をまとめてみたいと思う。
3Dゲームグラフィックスに魅せられて
NVIDIAを創業したHuang氏
1993年というと,まだWindows 95が登場しておらず,DirectXなどは影も形もない時代。PC上での3Dグラフィックスなど夢のまた夢という雰囲気だった。そんな中で3Dグラフィックスアクセラレータの開発を目指していたわけだから,PCグラフィックスの先駆的存在といっていいだろう。
NVIDIAが初の製品,「NV1」(STG2000)をリリースしたのは1995年のこと。Diamond Multimediaの「Edge 3D」というグラフィックス製品に搭載されてマニアの注目を集めたものの,当時はDirectXが整備されていなかったこともあり,一般の耳目を集めるまでに至らなかった。
NVIDIAが大きく飛躍したのは「NV3」,「RIVA 128」という製品名の与えられた製品からだ。RIVA 128は,S3 Graphicsを始めとする当時のライバルを凌駕する3D性能を実現し,NVIDIAの名をPCユーザーに広く知らしめた。
それ以降の歴史は,ご存じの読者も多いことだろう。DirectX,3Dゲームの発展とともにNVIDIAは成長を続け,現在では工場を持たない(=ファブレスの)半導体メーカーとしては,世界最大級の存在となっている。
「私が1993年にNVIDIAを始めたときには30歳だったが,そのときから,最も重要なイノベーションはビジュアルコンピューティングだと思っていた。ビジュアルコンピューティングは有益で美しく,そして楽しい。その発展に尽くすことが我々のミッションであると考えた」
もちろん,4Gamer読者には説明するまでもないだろう。Yu Suzuki=鈴木 裕氏は,セガでバーチャファイターやアフターバーナーといった数々のビッグタイトルを生み出した伝説のゲームプログラマ/ゲームプロデューサーである。
Huang氏は,鈴木 裕氏を「ビジョンを持っている人,素晴らしいCGを開発した人だ」と讃え,「なぜスプライトでこんな動作ができるのだろうか? こんな小さなマシンで,なぜこんなに素晴らしいグラフィックスが動かせるのだろうか? 私は理解できなかった」と明かす。
その秘密を知りたかったHuang氏は「33歳にときに来日して,当時バーチャファイターを完成させたばかりだったセガのCEOに会った」のだという。残念ながらセガは多くを明かしてはくれなかったようだが,帰国したHuang氏の率いるNVIDIAは,やがてNV1をリリースし,PCグラフィックスの世界で第一歩を記すことになったという。
自分のビジョンを信じる
NVIDIAの創業を振り返ったHuang氏は,話題を現在に切り替えた。NVIDIAの最新グラフィックス製品である「GT200」シリーズのデモを紹介しながら「グラフィックスはビデオゲームだけではない。CGはとてもすばらしい媒体,唯一のインタラクティブな媒体でもある」とコンピュータグラフィックスの広がりを強調する。
だが,そこに至る道のりは決して平坦ではないとし,成功の鍵は「自身のビジョンに従ったものかどうか」にあるとした。
「6年ほど前,CGは頂点に達してしまったと考えられた時期があった。もう究極まで来てしまったと多くの人は思っていた」と語り始めた氏は,「この状況で,これまでと根本的に違うイメージを表現するのなら,そのためのGPUは完全プログラマブルでならない。その信念に基づいて,フルプログラマブルのシェーダユニットを開発したが,大失敗に終わってしまった(笑) 会社の存続も危なくなったほどだ」と続ける。
しかしHuang氏は「それでも私は,自分のビジョンを信じていた」と述べ,この信念が,GeForce 6〜7,そしてGeForce 8シリーズで,大きな成功につながったと強調する。「何かビジョンが生まれると,必ず,『儲からない』『成功しない』という人間が現れるが,ここで,君達の信念が試される。自分の信念に従い,それを行動で示すことが重要だ」(Huang氏)
今後のビジョンについて氏は,自動車への応用を一例として挙げる。
「GPUによる並列処理を使えば,道路標識を読みとることができるようになるだろう。時速200マイルで“ぶっ飛ばしている”ときに,制限時速70マイルという看板があれば,それをGPUが確認して我々を助けてくれる。コンピュータは世界のイメージをレンダリングできるが,逆にコンピュータが世界を見ることもできるのだ」
自動車のマーケティングに活用されているCG。リアルタイムに色などを変えて顧客にアピールできる |
自動車のダッシュボードにもグラフィックスが進出するとHuang氏。自動車への展開は目下の大目標のようだ |
自動車への応用は,Huang氏の大きな目標の一つであるようだ。GPUが自動車の外部状況を確認し,レンダリングを行い,その画像に付加情報を付け加えて表示してくれるという未来像を示す。そうした技術はすでに放送業界で使われており,決して夢物語ではないというアピールも忘れない。
膨大なデータを処理することができるGPGPU
氏は,「現在のCPUは命令レベルの並列性に最適化されている」が,そのようなCPUはデータ量が少ない計算に向いていると指摘。「例えば,NVIDIAの会社としての財務分析を考えてみよう。そのデータ量は大して多くない。財務データは人間が生成したデータだからだ。そのようなデータの処理にCPUは適している」とする。
「だが,データは世界中で作られている。ビジュアル,オーディオといった膨大なデータが収集されているのだ。それらをさばくためには,並列処理が必要になってくる」(Huang氏)。
膨大なデータの演算においては「従来のCPUに比べて25倍,50倍,100倍といった驚くべき加速が可能」とした氏は,「GPUもムーアの法則に従って発展している。CPUと同じように10年間で100倍速くなるいうことだ。だが,GPUをプログラマブルにし,並列計算を可能にしたことでムーアの法則を上回る加速が実現できた。GPUはタイムマシンを作ってしまったことになる」とその性能をアピールする。
だが,スーパーコンピュータ(=HPC)向けのプロダクトは大きな利益にはつながらないともHuang氏は述べる。「HPC向けのプロダクトは,それほど数は出ないが,それは重要ではない。正しい信念に基づいて社会貢献したいと願うなら,すばらしい偶然が起こりうる」のだという。その例として「スーパーコンピュータの民主化」を挙げる。
「GeForceは世界中のどこでも手に入る。GeForceを秋葉原で買ってくるだけで,自分だけのスーパーコンピュータを作ることができるのだ」(Huang氏)。
“自分だけのスーパーコンピュータ”なんてものが,果たして本当に必要か? そう疑問を持つ人もいるだろう。Huang氏はそうした疑問に,「Yahoo!が検索ビジネスを始めたときに,検索の需要はなく,重要だという認識もなかった。Googleが検索ビジネスを始めたときに,Yahoo!と,追随する何社かの検索エンジンがあれば十分で,新参者が成功するなんて誰も思っていなかった。同じことが,パラレルコンピューティング,スーパーコンピュータでも起こる可能性がある」と答えている。
前の世代が知らなかった何かを知っていることが重要
さて,講演も締めくくりに入り,Huang氏は学生へのアドバイスとして,自身の経験から,「タイミングがすべて」という言葉を贈った。
Huang氏は,自身が社会に出たとき,EDA(Electronic Design Automation:コンピュータを用いてハードウェアの設計や実装を行う技術)が大きく発展した時期であったことが自分にとって有利になったと振り返る。HDL(Hardware Description Language:ハードウェアを記述するための言語)を学んだ最初の世代だった氏は,「HDLによってハイレベルのデザインが可能になり,生産性が改善されたが,自分より一世代前のエンジニアはHDLを学んでいなかった。だから,20代だった私がエンジニアのリーダーになれた」のだという。
「前の世代が知らなかった何かを知っていること,新しい何かを学ぶこと,それを見付けることができれば,お金は後からついてくる」(同氏)
やや我田引水気味(というより強引すぎ?)のような気がしないでもないが,前世代のエンジニアが学べなかった新しい技術や知識を身につけていることは,新しい世代のエンジニアが飛躍するには重要だろう。それがパラレルコンピューティングであるかどうかは議論の分かれるところだが,Huang氏のアドバイスには説得力はある。
最後に,氏が学生に語りかけた内容をもって,本稿の結びとしたい。
確実に言えるのは,必ずPFLOPS級の計算が出来るようになっているということだ。コンピュータ技術によって,ガンをはじめとした疾病に対する治療法も見つかるだろうし,温暖化の精密なシミュレーションが可能になるに違いない。
コンピュータ業界は現在,エキサイティングな時期にある。君達は,本当にいい時期に学んでいるのだ」
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