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「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
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印刷2008/12/03 16:18

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「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート

講演の会場となった,東京工業大学70周年記念講堂
画像集#002のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 東京工業大学は,国内最大規模のスーパーコンピュータ「TSUBAME Grid Cluster」(以下,TSUBAME)にNVIDIA社のGPU「Tesla」を680基搭載し,ピーク性能77.48TFLOPSを実現した。
 Teslaの導入事例としては過去最大となるが,2008年12月2日に開催された,同大学の説明会には,NVIDIAの共同設立者であり,社長兼CEOを務めるJen-Hsun Huang(ジェンスン・フアン)氏が来日。併せて,「エンジニアの未来を語ろう」と題した講演を,同大学の学生に向けて行った。
 “主役”がスーパーコンピュータなので,さすがに4Gamerの追いかけているテーマとは外れるが,NVIDIAのCEOが日本の学生に向けて直接語りかけるというのは,なかなかないこと。というわけで今回は,学生読者の刺激になることを願いつつ,本講演をまとめてみたいと思う。


3Dゲームグラフィックスに魅せられて

NVIDIAを創業したHuang氏


画像集#003のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 はじめにHuang氏とNVIDIAの経歴を振り返っておきたい。Huang氏は1993年にChris Malachowsky(現NVIDIA副社長)とともにNVIDIAを創業した人物だ。
 1993年というと,まだWindows 95が登場しておらず,DirectXなどは影も形もない時代。PC上での3Dグラフィックスなど夢のまた夢という雰囲気だった。そんな中で3Dグラフィックスアクセラレータの開発を目指していたわけだから,PCグラフィックスの先駆的存在といっていいだろう。

 NVIDIAが初の製品,「NV1」(STG2000)をリリースしたのは1995年のこと。Diamond Multimediaの「Edge 3D」というグラフィックス製品に搭載されてマニアの注目を集めたものの,当時はDirectXが整備されていなかったこともあり,一般の耳目を集めるまでに至らなかった。

 NVIDIAが大きく飛躍したのは「NV3」,「RIVA 128」という製品名の与えられた製品からだ。RIVA 128は,S3 Graphicsを始めとする当時のライバルを凌駕する3D性能を実現し,NVIDIAの名をPCユーザーに広く知らしめた。
 それ以降の歴史は,ご存じの読者も多いことだろう。DirectX,3Dゲームの発展とともにNVIDIAは成長を続け,現在では工場を持たない(=ファブレスの)半導体メーカーとしては,世界最大級の存在となっている。

Jen-Hsun Huang氏(Co-Founder, President, and Chief Executive Officer, NVIDIA)
画像集#004のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 まさに立志伝中の人物といえるHuang氏だけに,東京工業大学の講堂に集まった将来のエンジニアに向けて夢を語るのに,これほど適切な人物はいないといっていいかもしれない。登壇した氏は「私はいつも大学生の方々の前で講演することを楽しみにしている」と切り出し,NVIDIAを創業した経緯を次のように語り始めた。
 「私が1993年にNVIDIAを始めたときには30歳だったが,そのときから,最も重要なイノベーションはビジュアルコンピューティングだと思っていた。ビジュアルコンピューティングは有益で美しく,そして楽しい。その発展に尽くすことが我々のミッションであると考えた」

1993年に発表されたバーチャファイター。当時としては画期的な3Dグラフィックスを採用していた。Huang氏が感銘を受けた一作
画像集#005のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 Huang氏は,自身でも認めるように,コンピュータゲームに“ハマった”,最初の世代でもある。グラフィックスが重要という考えの裏にはゲームがあったようだ。なかでもセガのタイトルには感銘を受けたそうで,会場に集まった学生達に「Yu Suzukiを知っていますか?」と問いかけた。
 もちろん,4Gamer読者には説明するまでもないだろう。Yu Suzuki=鈴木 裕氏は,セガでバーチャファイターやアフターバーナーといった数々のビッグタイトルを生み出した伝説のゲームプログラマ/ゲームプロデューサーである。

 Huang氏は,鈴木 裕氏を「ビジョンを持っている人,素晴らしいCGを開発した人だ」と讃え,「なぜスプライトでこんな動作ができるのだろうか? こんな小さなマシンで,なぜこんなに素晴らしいグラフィックスが動かせるのだろうか? 私は理解できなかった」と明かす。
 その秘密を知りたかったHuang氏は「33歳にときに来日して,当時バーチャファイターを完成させたばかりだったセガのCEOに会った」のだという。残念ながらセガは多くを明かしてはくれなかったようだが,帰国したHuang氏の率いるNVIDIAは,やがてNV1をリリースし,PCグラフィックスの世界で第一歩を記すことになったという。


自分のビジョンを信じる


 NVIDIAの創業を振り返ったHuang氏は,話題を現在に切り替えた。NVIDIAの最新グラフィックス製品である「GT200」シリーズのデモを紹介しながら「グラフィックスはビデオゲームだけではない。CGはとてもすばらしい媒体,唯一のインタラクティブな媒体でもある」とコンピュータグラフィックスの広がりを強調する。

(広義には)95%の工業製品にNVIDIAの技術が使われているとアピールされた
画像集#006のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 「例えば自動車,航空機,建物,それにホームセンターに並んでいる電動ノコギリ……。こうした製品はすべてNVIDIAの技術を使って設計されている。おそらく(※編注:設計環境の)95パーセントに,NVIDIAの技術が入っているだろう」と述べ,その例として自動車のマーケティングにCGが使用されている例を紹介。ゲームから始まり,幅広く利用されるようになったグラフィックスには持続可能性があると,Huang氏はNVIDIA社の技術の成功をアピールする。

 だが,そこに至る道のりは決して平坦ではないとし,成功の鍵は「自身のビジョンに従ったものかどうか」にあるとした。
 「6年ほど前,CGは頂点に達してしまったと考えられた時期があった。もう究極まで来てしまったと多くの人は思っていた」と語り始めた氏は,「この状況で,これまでと根本的に違うイメージを表現するのなら,そのためのGPUは完全プログラマブルでならない。その信念に基づいて,フルプログラマブルのシェーダユニットを開発したが,大失敗に終わってしまった(笑) 会社の存続も危なくなったほどだ」と続ける。

画像集#007のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 氏は具体的な製品名を挙げなかったが,これが何のことを指すのかは明白だ。そう,GeForce FXである。GeForce FXはDirectX 9をサポートする,世界初のフルプログラマブルシェーダアーキテクチャ採用GPUだったが,ドライバの開発に手間取ったことや,ハードウェア的な制約などから,高い支持を集めることができなかった。
 しかしHuang氏は「それでも私は,自分のビジョンを信じていた」と述べ,この信念が,GeForce 6〜7,そしてGeForce 8シリーズで,大きな成功につながったと強調する。「何かビジョンが生まれると,必ず,『儲からない』『成功しない』という人間が現れるが,ここで,君達の信念が試される。自分の信念に従い,それを行動で示すことが重要だ」(Huang氏)

 今後のビジョンについて氏は,自動車への応用を一例として挙げる。
 「GPUによる並列処理を使えば,道路標識を読みとることができるようになるだろう。時速200マイルで“ぶっ飛ばしている”ときに,制限時速70マイルという看板があれば,それをGPUが確認して我々を助けてくれる。コンピュータは世界のイメージをレンダリングできるが,逆にコンピュータが世界を見ることもできるのだ」

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自動車のマーケティングに活用されているCG。リアルタイムに色などを変えて顧客にアピールできる
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自動車のダッシュボードにもグラフィックスが進出するとHuang氏。自動車への展開は目下の大目標のようだ

 自動車への応用は,Huang氏の大きな目標の一つであるようだ。GPUが自動車の外部状況を確認し,レンダリングを行い,その画像に付加情報を付け加えて表示してくれるという未来像を示す。そうした技術はすでに放送業界で使われており,決して夢物語ではないというアピールも忘れない。


膨大なデータを処理することができるGPGPU


画像集#010のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 Huang氏は,TSUBAME――GPUを用いたスーパーコンピュータ――は,グラフィックスが正常に発展した結果としてここにあると,話を続ける。
 氏は,「現在のCPUは命令レベルの並列性に最適化されている」が,そのようなCPUはデータ量が少ない計算に向いていると指摘。「例えば,NVIDIAの会社としての財務分析を考えてみよう。そのデータ量は大して多くない。財務データは人間が生成したデータだからだ。そのようなデータの処理にCPUは適している」とする。
 「だが,データは世界中で作られている。ビジュアル,オーディオといった膨大なデータが収集されているのだ。それらをさばくためには,並列処理が必要になってくる」(Huang氏)。

膨大なデータ量を計算する処理では,GPUにより20倍,25倍,100倍といった高速化が可能と謳う
画像集#011のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 並列処理,パラレルコンピューティングを実現するためには,フルプログラマブルなGPUが最適と考えた氏は,CUDAは必ず受け入れられるとの信念から,目立ったマーケティング活動(※編柱:ここでは“宣伝”とほぼ同義)を行ってこなかったという。CUDAを浸透させるためにHuang氏が行ったのは,「今日こうして皆さんに対して行っているように,各所で講演をすることだった」(同氏)。そして,多くの人にCUDAをダウンロードして使ってもらい,体験してもらうことで「新しいアプリケーションが生まれるということを分かってもらえた」という。
 膨大なデータの演算においては「従来のCPUに比べて25倍,50倍,100倍といった驚くべき加速が可能」とした氏は,「GPUもムーアの法則に従って発展している。CPUと同じように10年間で100倍速くなるいうことだ。だが,GPUをプログラマブルにし,並列計算を可能にしたことでムーアの法則を上回る加速が実現できた。GPUはタイムマシンを作ってしまったことになる」とその性能をアピールする。

TSUBAMEに採用されているものと同じGPUを会場に持ち込んで紹介されたデモより,流体力学のナヴィエ・ストークス方程式を用いた乱流のシミュレーション。リアルタイムで偏微分方程式を解いているにも関わらず,滑らかにアニメーション表示される
画像集#012のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 ここでHuang氏は「私が話しているだけではつまらないだろう」と東京工業大学の教授を招きデモを紹介。そのうえでHuang氏は「仕事の仕方,抜本的に変わる技術を提供できることはたいへんな喜びだ。GPUは我々の夢が具現化されたものだ」とし,TSUBAMEの開発にあたった関係者を讃えた。
 だが,スーパーコンピュータ(=HPC)向けのプロダクトは大きな利益にはつながらないともHuang氏は述べる。「HPC向けのプロダクトは,それほど数は出ないが,それは重要ではない。正しい信念に基づいて社会貢献したいと願うなら,すばらしい偶然が起こりうる」のだという。その例として「スーパーコンピュータの民主化」を挙げる。
 「GeForceは世界中のどこでも手に入る。GeForceを秋葉原で買ってくるだけで,自分だけのスーパーコンピュータを作ることができるのだ」(Huang氏)。

 “自分だけのスーパーコンピュータ”なんてものが,果たして本当に必要か? そう疑問を持つ人もいるだろう。Huang氏はそうした疑問に,「Yahoo!が検索ビジネスを始めたときに,検索の需要はなく,重要だという認識もなかった。Googleが検索ビジネスを始めたときに,Yahoo!と,追随する何社かの検索エンジンがあれば十分で,新参者が成功するなんて誰も思っていなかった。同じことが,パラレルコンピューティング,スーパーコンピュータでも起こる可能性がある」と答えている。

GPUにより家庭でも構築可能になったスーパーコンピュータ。スーパーコンピュータの民主化は将来,大きなビジネスに繋がるかもしれないとHuang氏は指摘していた
画像集#013のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート 画像集#014のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート


前の世代が知らなかった何かを知っていることが重要


 さて,講演も締めくくりに入り,Huang氏は学生へのアドバイスとして,自身の経験から,「タイミングがすべて」という言葉を贈った。

 Huang氏は,自身が社会に出たとき,EDA(Electronic Design Automation:コンピュータを用いてハードウェアの設計や実装を行う技術)が大きく発展した時期であったことが自分にとって有利になったと振り返る。HDL(Hardware Description Language:ハードウェアを記述するための言語)を学んだ最初の世代だった氏は,「HDLによってハイレベルのデザインが可能になり,生産性が改善されたが,自分より一世代前のエンジニアはHDLを学んでいなかった。だから,20代だった私がエンジニアのリーダーになれた」のだという。
 「前の世代が知らなかった何かを知っていること,新しい何かを学ぶこと,それを見付けることができれば,お金は後からついてくる」(同氏)

画像集#016のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 そのうえで「今,ちょうどいいタイミングで君達は勉強している。科学全般がパラレルコンピューティングで飛躍しようとしているのだ」と,パラレルコンピューティングを学ぶことで前世代に差を付けることができるとHuang氏は強調してみせた。
 やや我田引水気味(というより強引すぎ?)のような気がしないでもないが,前世代のエンジニアが学べなかった新しい技術や知識を身につけていることは,新しい世代のエンジニアが飛躍するには重要だろう。それがパラレルコンピューティングであるかどうかは議論の分かれるところだが,Huang氏のアドバイスには説得力はある。

 最後に,氏が学生に語りかけた内容をもって,本稿の結びとしたい。


13年前,バーチャファイターが動作したNV1は80万トランジスタだったが,GeForce GTX 200シリーズで採用されるGT200は12億(※当初,14億とされていたので,これは55nm版のデータか?)。表では15年間となっているが,Huang氏は正確に,13年と述べていた
画像集#015のサムネイル/「重要なのは,自分のビジョンを信じること」――NVIDIAのHuang CEO特別講演レポート
 「NV1は100万トランジスタで構成され,わずか12人が,2年未満という短期間で作り上げた。開発コストは200万ドルくらいだったと思う。それから13年が過ぎ,ここまで来ることができた。次の13年に何ができるだろうか?

 確実に言えるのは,必ずPFLOPS級の計算が出来るようになっているということだ。コンピュータ技術によって,ガンをはじめとした疾病に対する治療法も見つかるだろうし,温暖化の精密なシミュレーションが可能になるに違いない。
 コンピュータ業界は現在,エキサイティングな時期にある。君達は,本当にいい時期に学んでいるのだ」
  • 関連タイトル:

    CUDA

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