業界動向
Access Accepted第545回:予想を超えて進化するAI技術とゲーム
キャラクターAIのユニークさが際立つゲーム,「Hello Neighbor」をプレイしていたところ,テスラモーターズの創業者がAI開発の規制を訴えたというニュースが飛び込んできた。ゲームのAIといえば,コンパニオンや敵の人間的な動き,難度の自動調整といったところが思いつくが,そのほか,最近ではプロシージャルなマップ生成やバグチェックなど,AIの活用例は広がっている。今週は,そんなAIについての話題をお届けしたい。
同じ戦略は使えないユニークなお向かいさん
筆者がプレイ中の「Hello Neighbor」は,これまで何度か4Gamerで紹介してきたとおり,ロシアのDynamic Pixelsが開発したステルスアクションだ。引っ越してきたばかりの新居の向かいの家から,夜な夜な奇妙な叫び声が聞こえてきたことから,プレイヤーは真相を確かめるために潜入を試みるというユニークな設定になっている。のどかな雰囲気を持ちつつホラー要素もあり,誰でも楽しめるハードルの低さが魅力の作品だ。
発売は2017年8月29日が予定されているが,現在,予約した人ならβ版がプレイできる本作を成り立たせている基本的な技術が,隣人キャラクターのAI(人工知能)だ。向かいの男は,朝起きて庭に出て体操したり,花壇の手入れをしたり,テレビを見ながらゴロ寝したりといった普通の生活を送っているが,いったんプレイヤーキャラクターのたてる物音が聞こえたり,椅子の場所が違っていたり,扉が開きっぱなしなことに気づいたりすると,彼は不審に思い,周囲の探索を始めるのだ。
プレイヤーは,衣装ダンスの中に隠れたりベッドの下に潜り込んでやり過ごしたりするのだが,何度も同じ手を使っていると相手はそれを学習し,すぐにタンスに向かうようになる。
向かいの男は,無断侵入してきたプレイヤーを見つけると(当然ながら)追いかけてくるが,捕まってもゲームオーバーにはならずに,外に放り出されるだけで,ただちに次のプレイが始まる。このように何度も侵入を繰り返していると,隣人はその対抗措置を執るようになってくる。彼は,プレイヤーが以前に利用した玄関のドアに釘を打ち込んで開かなくしたり,窓の下にトラバサミを仕掛けたり,さらに警報器付きのトラップや監視カメラを設置したりする。かくして,ゲームを進めるにつれて侵入のハードルが上がっていき,そこが本作の面白い部分なのだが,以上からも分かるように,この隣人にはプレイヤーの行動を記憶し,応用する高度な能力が与えられているのだ。
同じ作戦が通用せず,何度も失敗を重ねながら新しい潜入方法を見つけ出そうと苦心するのは戦略的でもあり,やっていることを考えるとコミカルでもある。バグもまだ散見できるし,それほど大きな開発チームではないらしいので,作り込み不足も懸念されるところだが,優れたAIを活かした,これまでになかったシステムを持つゲームだ。機会があればプレイしてほしい。
AIが文明を脅かす前に,政府レベルでの規制が必要?
マスク氏は,PayPalの前身であるX.comで財を成し,現在は自動車会社テスラモーターズや民間宇宙産業スペースXの経営者として知られる人物だ。基調講演で登壇したマスク氏は,質問に答える形で「人工知能の急速な発展は,我々の文明の基礎を脅かす危険性があり,早急に規制やルール作りをするべきである」と警告したのだ。
いつもは研究開発に対する過度の規制に反対しているというマスク氏だが,自動運転の予想を超えた進化により,おそらく最も初めにAIが一般化するであろう運輸産業の代表として,「私は,AI技術の最先端をこの目で見ている」と述べた。そして,問題が起きてから対処するのではなく,AIについてはあらかじめ規制を行わなければ手遅れになると,会場に集まった政治家や政策立案者に訴えたのだ。テスラモーターズのライバルであるトヨタやホンダ,BMWなどが先を争うように自動運転の研究開発を進めている現在,すでに歯止めのきかない状態になっており,いずれは,会場に集まった誰よりも賢く正確な判断を行い,我々の仕事を奪うAIが出現するとマスク氏は述べたという。
この発言に対して反論したのが,Facebookのマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏だ。ザッカーバーグ氏はFacebookのストリーミングで,「私はもっと楽観視している。AIについて過度に危険視するのは無責任だ」とマスク氏を非難した。
このことに関しては,Google BrainでAIの研究を行うデイヴィッド・ハア(David Ha)氏も自身のTwitterで,「非論理的な人間の行動をカバーするAIを規制するより,統計分析の利用を乱用することのほうを先に対処すべき」と述べている。これに対してマスク氏は,「マーク(ザッカーバーグ氏)とはAIについて何度か話をしたことがあるが,この分野での彼の知識は限定的だ」と意に介していない様子だ。
AIはゲーム開発者の仕事を奪うのか
AIとコンピュータゲームの関わりについては,本連載の第519回「最強のAIが『StarCraft』に挑戦状を叩きつける」でも紹介したとおり。簡単に説明すると,「アルファ碁」でプロ囲碁棋士を破った研究チームのGoogle DeepMindが,対象を囲碁から「StarCraft」に広げたという話で,AIはまだゲームで人間に勝てるかどうか研究されているレベルにあるようだ。
古くは「Black & White」(2001年)や「F.E.A.R.」(2005年)など,当時としては優れたAIがゲーマーの話題になったことを思い出す筆者だが,「Forza」シリーズで敵車を操作する学習型AI「Drivatar」や,「Left 4 Dead」シリーズでプレイヤーのレベルを判断して難度を自動調整してくれる「AI Director」などは,多くの人が知っているだろう。「人喰いの大鷲トリコ」や「The Last of Us」など,プレイヤーキャラクターの邪魔をしない自然なたたずまいのコンパニオンキャラクターがアピールポイントになる作品も少なくない。とはいえ,分かりやすいグラフィックスや物理演算の進化と比べて,プレイヤーがAIの良し悪しを感じることは難しい。
ここで,少し無理やりだが,マスク氏の言葉とゲームをつなぐ作品として,オープンワールドのパズルアドベンチャー「The Witness」を挙げてみたい。「キャラクターの出てこないゲームでAI?」と思われるだろうが,本作では,開発段階でAIが活躍しているのだ。
デベロッパであるTheklaを率いるジョナサン・ブロウ(Jonathan Blow)氏は,広大なマップが舞台となるだけに,歩けないはずの場所を歩けたり,スタックしてしまったりする場所を見つけるバグ取りには,多くのテスターと予算が必要だと思っていた。そこで,テスターを使うことなくデバッグを行える効果的な方法を模索していた。
その要請を受けたフリーランスのプログラマー,ケイシー・ムラトーリ(Casey Muratori)氏は,自動的にバグチェックできるAIを制作し,それによって問題を解決してしまったのだ。詳細については公式ページのブログに記事が掲載されているので,気になる人は目をとおしてほしいが,もしかするとこれは,AIがQAテスターの職を奪った事例の1つとして長く記憶されることになるかもしれない。
ゲームでは以前から,プロシージャル(Procedural)にマップなどを自動生成する作品は少なくない。「The Elder Scrolls: Daggerfall」(1996年)では,広大なマップが自動的に作られたし,「The Sims」(2000年)では登場する多数のキャラクターに対して,自動的にパラメータが与えられた。考えてみると,これはある意味,マップデザイナーやキャラクターデザイナーの仕事を誰も気づかないうちにAIが奪ったことにもなるのではないだろうか。
少人数でゲームを開発する予算の乏しい独立系デベロッパでは,上記のようなAI技術に依存する割合がますます増えていくし,いずれ,ゲームデザインやストーリー制作にもAIが取り入れられ,人間ではなくAIが作ったゲームを我々が楽しむ日々がやってくるのかもしれない。マスク氏に代表されるAI脅威説,読者の皆さんはどう思うだろうか。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
来週の「奥谷海人のAccess Accepted」は,都合により休載します。
次回掲載は,8月14日を予定しています。
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