業界動向
Access Accepted第487回:Electronic Artsがブース出展を取りやめたE3 2016
「バトルフィールド」シリーズや「FIFA」シリーズなど,日本でも非常に知名度の高いタイトルを多数抱えるアメリカの大手パブリッシャ,Electronic Artsが,「ゲーム業界の最重要イベント」とも言われるE3でブース出展を行わないことが明らかになった。その代わり,E3 2016に会期を合わせて会場近くのイベントスペースで独自の発表会を開催するという。これまで全面的にE3をサポートしてきた同社がE3から手を引くという驚きのニュースになるわけだが,果たして同社の真意はどこにあるのだろうか? 北米ゲーム産業の急速なデジタル化・多様化に対応しきれなくなっている最近のE3を中心に,このことを考えてみたい。
EAの独自イベント「EA Play」とは?
少々気の早い話だが,第22回を迎えるゲームイベント,E3が現地時間の2016年6月14日〜16日,ロサンゼルスのコンベンションセンターで開催される。以前は,Electronic Entertainment Expoの頭文字をとってE3と呼ばれていたが,最近ではイベントを主催する北米の業界団体ESA(Entertainment Software Association)自身が“E3 Expo”と表記しており,E3は固有名詞として我々ゲーマーの間でも定着している。
E3 2016のテーマは「Inspiring New Worlds」(新たな世界を触発する)というものになる。関係者の間では,今年は任天堂の新たなコンシューマ機「Nintendo NX」を始め,「PlayStation VR」などのVR(仮想現実)対応ヘッドマウントディスプレイ,MicrosoftのAR(拡張現実)デバイスの「HoloLens」といった新しいハードウェアが出展されるのではないかと言われている。PlayStation 4とXbox Oneに牽引される現在のコンシューマ市場に,その枠に留まらない,新しい形のゲームが提唱される可能性があると,メディアやユーザーの視線も熱い。
発表によれば,同社はE3 2016開催前の6月12日〜14日,コンベンションセンターに隣接するイベント施設Club NOKIAでファン参加型の独自イベント「EA Play」を開催し,E3 2016会場でのブース出展は行わないという。
「EA Play」では,新作タイトルの試遊に加え,トーナメントや特別ゲストによるトークといったライブイベントが行われ,さらに6月12日には1日限定ではあるが,イギリスのロンドンで同様のイベントを開催する予定になっている。
ただし,E3の出展者リストにはEAの名前があるようで,ブース出展はなくとも,プレスやビジネス関係者とのミーティングルームは用意されるのではないだろうか。状況は未だ,流動的だ。
Rockstar GamesやBlizzard Entertainment,Valveなど,知名度の高い大手でありながら,E3にほとんど顔を出さないメーカーも少なくない。また,その年に出展タイトルがないなどの理由があってブース出展を見合わせるケースもよく見る。
しかし,EAはESA発足の時期から北米ゲーム業界の中心に存在していたメーカーであり,これまでずっとE3をサポートしてきた経歴がある。それだけに,業界関係者にとってきわめて大きなニュースなのだ。
関係者向けのトレードショーであることの問題点
EAのタイトルラインアップが,例年より“ショボい”ために出展を取りやめたわけではない。「FIFA」や「Madden NFL」といった人気の高いスポーツ系タイトルの新作に加え,BioWareの「Mass Effect: Andromeda」が2016年末から2017年初頭にかけて発売される予定であり,さらに,「タイタンフォール」の新作の情報が出てきてもおかしくないタイミングでもある。
同社のCOOで,昨年末に新設されたe-Sports部門を率いるピーター・ムーア(Peter Moore)氏は,クレディ・スイスが主催した投資家向けのイベントで,「バトルフィールド」シリーズの新作が用意されていると述べるなど,ラインナップは充実している。
そのような状況にありながら,EAはなぜ,絶好のアピールチャンスになりそうなE3でブース出展を行わないのだろうか?
E3 2015閉幕直後に掲載した本連載の第464回,「変革期を迎えた『E3 2015』を総括」でも書いたことだが,ゲームイベントとしてのE3は現在,その存在理由が各方面から問われている。東京ゲームショウやドイツのgamescom,あるいはPAXのようなファン参加型のイベントとは異なり,E3は第1回からゲーム業界関係者のためのクローズドなトレードショーであり。22年前に袂を分かったConsumer Electronics Expo(CES)と同じ形式のままであり続けている。
そうした性格上,ゲームそのものに関心の薄い販売店の仕入れ担当者や,個々のタイトルについて詳しい記事を書かない一般メディアのジャーナリストなども多数E3に参加する。ゲーム開発者が時間を割いて新作の説明を行っても,来場者から驚くほど初歩的な質問が返ってくるようなことも多く,出展社の努力がどれだけ成果を上げているのかを疑問視する声は強い。
ファンイベントなら,参加者のほぼ100%が潜在的顧客であり,発売前の新作にとっては,会場で得られるフィードバックが改善の貴重な材料にもなり得る。
最近はまた,「YouTube」や「Twitch」のようなブロードキャスティング/ストリーミングサービスが一般化し,メディアを介することなく,メーカーが直接ゲーム情報を発信できるようになった。ゲームのローンチ以前から,開発者達がデモプレイと共にゲームをじっくり解説するという動画が頻繁に公開され,それをゲーマーがチェックするという光景は,もう当たり前になっている。
ゲーム開発者以外でも,プレイの模様をキャプチャして動画サイトに公開するファンは多い。かつては「ネタバレ」として批判の対象にもなった「ゲーム実況」も,現在は購買者の意欲を誘うマーケティング手法として広く認められており,欧米各メーカーとも有名ゲーム実況者の協力を積極的に仰ぐようになってきた。
問われるゲームイベントの意義
またEAは,e-Sportsを担当する新たな部署,「EA Competitive Gaming Division」設立の際,抱負として,「FIFA」や「バトルフィールド」を使った国際的なゲームトーナメントを開催すると述べており(関連記事),今回の「EA Play」が,そのお披露目,またはテストとしても最適であることは間違いない。
ちなみにE3の展示ブースは,一番小さい600平方フィート(55平方m)規模で3万ドル,大手パブリッシャの設置する規模なら25万ドルほどの費用がかかると言われている。これはESAに支払う出展料であり,ここにさらに,試遊台やミーティングルームの設営費用,コンベンションセンターが指定する作業員への支払い,物資の輸送費,社員やコンパニオンの宿泊費などが追加で必要になり,すべてを合わせると,大手メーカーの場合なら数億円規模のコストがかかる。加えて,開発者達はE3で公開するデモを制作するという,本来の業務とは別の作業に追われることになる。
EAは上記のようなまざまな状況を勘案したうえで,E3ではなく,新たなイベントでファンへ直接アピールを行う方法を選んだのだろう。
上記の記事にも詳しく書いたように,現在のE3は「開幕直前」に各プラットフォームホルダーやゲームメーカーが開催するプレス向けカンファレンスの段階で事実上,終わっている。EAのE3離れは今後,各ゲームメーカーが独自イベントをバラバラに開催するという動きを加速するかもしれない。E3の開催に合わせて,各社がファンを巻き込む形のイベントやカンファレンスをロサンゼルス周辺で実施する姿も想像できる。いずれにせよ,この先のことは,今回の「EA Play」がどう評価されるかにもかかっているだろう。
学生時代から運良く(?)E3に参加しており,20年以上にわたる変化を見てきた筆者としては,情報発信のデジタル化やユーザーの多様化の波に,E3が大きな変革を迫られているのは間違いないと思う。サウスホールのど真ん中,EAが巨大なブースを出していたスペースがE3 2016でどうなるのかは分からない。だが,もしそこがカフェテリアや休憩スペースになっていたとしたら,E3の未来に関するなにごとかを無言で語る光景になることだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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