業界動向
Access Accepted第403回:ソーシャル機能と盗聴疑惑
先週掲載した当連載の第402回「新たなハードの登場で変わる北米のゲーム販売」でもお伝えしたとおり,いわゆる“第8世代”と呼ばれる新世代のコンシューマ機が欧米でついにリリースされた。その最大の特徴の一つとして「ソーシャル機能」の充実を紹介したが,オープンなコミュニケーションには,やはりそれなりのリスクも付きまとうようだ。今回は,現在Xbox LIVEユーザーの間で話題になっている規制と,その背景となる,アメリカ社会に広がる企業や政府に対する不信感を紹介しよう。
ゲームでダーティワードを使用するときには
細心の注意を
2013年11月22日にアメリカを含む世界13か国でローンチされた,「Xbox One」。アメリカで11月15日に発売されたPlayStation 4と同様,ゲーム仲間とチャットしたりコミュニティに参加できたりといったソーシャル機能が豊富に用意されていることが特徴の一つだ。
Xbox Oneで新たに用意されたソーシャル機能の中に,「Upload Studio」というサービスがある。これは,プレイヤーがゲームを遊んでいる様子を撮影し,その動画をXbox OneのDVR機能を使って編集/アップロードできるというもので,Kinectと連動しているため,プレイ中のユーザーの音声をマイクで拾い,驚いたり勝ち誇ったりしている様子を動画にかぶせることもできる。
2014年にはFacebookやYouTubeと連動し,プレイヤーがアップロードした動画を広く公開することも可能になる予定だ。
このUpload Studioについて,現在Xbox LIVEユーザーの間でちょっとした問題が起こっている。
「あなたのUpload StudioやSkypeでの過去の言動のため,現在利用できない状況になっています」とのメッセージが表示され,Xbox LIVEのアカウントを一時的に停止されてしまった人が続出しているのだ。バグや負荷などでサーバーに支障が起きているわけではなく,Upload Studioでダーティワード(卑語)を使ったということが理由になっている。
英語に限らず,世界のほとんどの言語には性行為や排出物に関連した「卑語」が存在する。自分が怒っていることを強調したり,他人を罵倒したり,誹謗中傷したりする場面で利用されることもあるため「卑罵語」などとも呼ばれるようだが,激高した人物が「f○○k」や「s○○t」 などと叫ぶ場面は,よほど子供向けの作品でない限り,ハリウッド映画には必ずといっていいほど出てくる。
もっとも,卑罵語は文脈や状況によって意味合いが違ってくることも多く,例えば「バカ」や「ボケ」などは必ずしも相手を罵倒するだけではなく,ときには親愛の情を込めて使用されることがあるのは,オンラインゲームのプレイヤーならよくご存じだろう。
海外在住の筆者だが,日本のスポーツもののアニメを息子のための購入したところ,「チクショウ」や「くっそー」という言葉がそのまま翻訳されて字幕に出てきて,遊びに来た息子の友達をビックリさせたという経験を持っている。
こうした「卑罵語」は,英語の場合,例えば「You’re f○○kin' Awesome」(おまえって,本当にスゲエ奴だな)などと,強調のためだけに使用される場面が最近増えてきた。高校生や大学生だけでなく,大人達の間でも普通に使われるようになり,こうした「言語の破壊」はアメリカでもしばしば話題になっている。
当然ながら卑罵語の使用は「放送法」などで規制されており,テレビを始めとする不特定多数の利用者がいるサービスでは,「Code of Conduct」(利用規範)が定められ,少なくとも建前上は禁止されている場合がほとんどだ。
思い出されるスノーデン事件
こうした「卑罵語」が一般化しつつある経緯から,アメリカのXbox LIVEのユーザーの中には,他人を罵倒したり中傷したりする意図はなかったのに,アカウントを停止されてしまった人が多いようだ。いいところで操作ミスをしたら,声援を送っていた友達に「なにやってんだバカ」と笑われる。こういうことは普通にあるだろう。
この件についてMicrosoftは,CNNの取材に対し「我々は,Upload Studioでの利用規範を真剣に考慮しています。すべての利用者のために,クリーンで安全な環境を維持するつもりです」と述べており,今のところ現在の方針を変更するつもりはないようだ。
同様の対応は,PlayStation Networkでも以前から行われている。2011年秋頃には利用規約に明確に書かれるようになり,違反したユーザーの中には,アカウントを停止された例もあるという。
こうしたルール作りは,さまざまな価値観を持つ利用者が集うサービスにはやはり必須のものだろうが,ヘイトスピーチなどとの明確な線引きは難しい。
Skypeは,日本でも多くのユーザーを持つサービスで,2011年にMicrosoftが8500億円という高額でSkype Technologiesを傘下に収め,自社のサービスに組み込んだ。
ビデオや音声,文字でのコミュニケーションが可能だが,基本的には1対1の通話を前提としたもので,Upload Studioのように不特定の人に見聞きされることは,意図的に録音したものをアップロードでもしない限りない。それを考えると,Xbox LIVEの利用規約はリアルタイムの監視ではなく,アップロード後の取り締まりを意図したものなのだろう。
しかし,アメリカ人の巨大企業への不信感は以前から根強く,とくに,アメリカ中央情報局(CIA)と国家安全保障局(NSA)が,電話会社やインターネットへハッキングを行い,極秘かつ広範囲に情報収集活動をしていたことが明るみにでた「スノーデン事件」以来,その傾向は強くなっている。スノーデン氏によれば,GoogleやFacebook,YouTube,Yahoo!,そしてAppleなどと並び,Microsoftや買収される以前のSkypeも政府機関の不法侵入を黙認していたという。
数か月前,ニューヨークの中年夫婦が,購入を考えていた「バックパック」と「圧力鍋」をGoogleで検索したところ,FBIからの要請を受けた地元警察に家を取り囲まれてしまったというニュースが大きな話題になった。バックパックと圧力鍋は,2013年4月に起きた「ボストン・マラソン爆発事件」で爆発物の製作に使用されていたものだ。
スノーデン氏による暴露で政府による盗聴行為が広く知れわたっていた頃の話であり,テロ活動の防止対策として,今でも日常的に政府に監視されているのではないかと考えているアメリカ人は少なくない。
Upload Studioにまつわる問題にしても,Microsoftが盗聴したりデータを悪用するというより,政府の諜報活動に利用されるのではないかと心配している人が多いようだ。昨年の夏,新型Kinectが常時起動していることについてヨーロッパを中心に「監視機能ではないか」と問題視されたのも,このような背景があったからだろう。
Xbox LIVEユーザーの不安に対してMicrosoftは,「Skypeでのやり取りを盗聴することはない」と念を押しているが,巨大なネットワーク関連企業でさえ政府の盗聴を阻止できなかった可能性がある以上,不用意なことはなるべく言わないほうが良いのかもしれない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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