業界動向
Access Accepted第336回:欧米ゲーム業界の広告にまつわる話
Twitterやブログなど,「口コミ」をベースにして情報を広めるバイラルマーケティングだが,メーカーとの関連を明示せずにこれを行う「ステルスマーケティング」の横行が依然として問題になっている。あの手この手のプロモーション活動を繰り広げ,自社タイトルを少しでも知ってもらおうとするのは,欧米に限らず,また今に始まったことでもないが,それが行き過ぎてしまうこともあるようだ。今週は欧米ゲーム業界の,広告にまつわるいくつかの話題を紹介したい。
欧米ゲーム業界におけるバイラルマーケティング
ブログやEメール,さらにFacebookやTwitterなどを使い,商品やサービスについての情報を「口コミ」ベースで広めることを,「バイラルマーケティング」と呼ぶ。テレビ,雑誌の広告や見本市への出展など,不特定多数の消費者を一度に対象にするのではなく,情報が人づてに広がっていく様をウィルスへの“感染”(Viral)に例えているのだ。
「お友達にこの商品を紹介すれば,さらに10%割引」などというインセンティブを用意し,情報を拡散させる手法は昔からあり,バイラルマーケティングの概念自体はことさらに新しいものではない。自分がプレイしているゲームに友達を招待すれば,いろいろな特典がもらえるという,ZyngaなどがFacebookのゲームでよく行っている手法にしても,基本は昔からあった考え方だ。
しかし,最近のインターネットの発達によって個人の情報発信能力が格段に向上し,その威力も以前に比べて無視できないほど大きくなった。欧米の企業がそこに注目し,ネットに親和性の高いゲーム産業などがプロモーション活動に取り入れてきたのだ。
バイラルマーケティングは,テレビや雑誌の広告に比べて,相対的に安価に行うことが出来るため,小さなゲームメーカーにとって有効な方法となる。だが,それだけにどのメーカーも手をつけやすく,過剰な競争の末,詐欺まがいの行為が行われることもある。金銭の授受など,メーカーとの関係性を明示せずに広告を行うのは,バイラルではなく「ステルス」マーケティングの範疇に属する行為だ。
最近,AppleはiOS向けアプリの開発者に対し,「人気チャートのトップを保証するというふれこみのサービスは使わないように」という短い警告を出した。この出来事の発端は,アプリ開発者であるというwalterkaman氏が,iOSゲームの情報サイト,TouchArcadeのフォーラムで行った書き込みにある。walterkaman氏がアプリのプロモーションを請け負ってくれるという,ある企業に連絡して話を聞いたところ,自動的にダウンロードを繰り返すBOTプログラムを使い,walterkaman氏が開発したゲームをトップ25にランキングさせるという手法を提案されたのだ。
この企業は,自分達の行為が詐欺まがいであることを十分に承知しており,walterkaman氏に対し,Appleに止められる前に儲けたいから格安でサービスするという話までもち出したという。そして,その時点でトップ25にランキングされているゲームアプリのうち,8つが自分達のマーケティング活動の成果だとも話した。
こんなことがあったというwalterkaman氏の書き込みに対し,ほかのフォーラム参加者は「AppStoreがオープンした頃から行われていること」「Appleはこの問題に対して動かない」などという発言を繰り返した。これを憂慮したAppleが,先の警告を発したというわけだが,これはあくまで事態を沈静化させるための警告であり,今のところ具体的な対応策などは発表されていないようだ。
個人的には,「トップ25入りした人気作」という評価に見合わないゲームに投資するのはゲーマーにとって不利益なことなので,こうしたステルスマーケティングに対しては,しかるべき処置が行われてほしいと思っている。北米の業界団体であるWOMMA,いわゆるクチコミマーケティング協会が,バイラルマーケティングのガイドラインを定めているが,筆者を含め,一般に浸透しているかと言われれば必ずしもそうではなく,また合法,非合法の線引きを含め,法整備もまだまだ不十分だろう。
大手メーカーがやらかした,広報戦略のミス
もちろん,契約したアーティスト達が,使用許可を取ったビルなどの壁面に描いたのだが,これを見た地元のグラフィティアーティストの反応はマーケティング会社の予想とは違ったものだった。彼らは,「商業活動」によって自分達のアートが貶められると主張し,PSPを持つキャラクターを描いたグラフィティをことごとく赤いスプレーで塗りつぶし,さらに,「この街から出て行け」といった落書きを氾濫させたのだ。話題作りを狙って,思わぬところから反感を買ったという形だろう。
ちなみに欧州のSony Computer Entertainment Europeは2007年,「God of War II」のプロモーションで,トップレスの女性が運び込んだ山羊の頭を,蛮族の酋長風の男性が切り落とすというとんでもないパーティー(山羊はすでに死んだものだった)を行い,最終的にSCEEが謝罪するという出来事を起こしている。これは,地元の広告会社にプランを丸投げした結果であるようだ。
北米では最近,Ubisoft EntertainmentがYouTubeなどにアップしたコマーシャルが物議を醸している。これは,2012年3月にヨーロッパで発売される予定のWii専用ゲーム「We Dare」のプロモーションムービーなのだが,ぶら下げられたリモコンを男性と女性が両側から食べる,というか,なめたり,女性がスカートに入れたリモコンを,男性が上から叩いたりといったシーンが続き,それがセクシーすぎると北米で話題になったものだ。
もともと北米では発売される予定のなかったタイトルで,消費者の抗議を受けたUbisoftは,北米では視聴できないようにYouTubeの設定を変更することになった。ターゲットは20〜25歳の男女で,セクシーなパーティーを楽しもうというコンセプトであるため,方向性は間違っていないかもしれないが,とはいえ,ゲームの説明はわずかで,話題作りを先行させたムービーがもたらした結果であるのは間違いないだろう。
本連載の第261回「ゲームにまつわる,ちょっと笑える“笑えない話”」でもお伝えしたように,Ubisoftは「Tom Clancy's Splinter Cell: Conviction」のプロモーションで銃を持った怪しい役者をうろつかせ,人々を混乱に陥れるという出来事をニュージーランドで起こしたこともある。
2008年11月28日に掲載した本連載の第197回「疑問符を付けたくなる広報戦略」で,Eidos Interactive(現 Eidos)の行ったマーケティングについてを紹介したが,その後も,広告にまつわるいろいろなことが起きていることが分かる。
バイラルマーケティングにステルスマーケティング,そして過激なプロモーションなど,欧米の各メーカーは自社のゲームを売るために,あの手この手の戦略を繰り出している。新たな技術も次々に投入され,過熱の度合はより高まっているという印象だ。我々ゲーマーは,こうした情報の洪水から自分に合ったタイトルを適切な価格で購入するリテラシーを要求されているわけだ。もっとも,「Minecraft」など,優れたゲームが大規模なプロモーションもなくヒットしている状況を見る限り,ゲーマーのリテラシーには(今のところ)楽観していてもいいのだろう。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるはず。
来週2012年3月5日の「奥谷海人のAccess Accepted」は,筆者取材のため休載します。次回の掲載は,3月12日を予定しております。
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