― 連載 ―


 主神オーディン 

Illustration by つるみとしゆき
 北欧神話には,強大な力を秘めた魔法の品々が登場する。第五回で紹介したミョルニル(「こちら」)もその一つで,雷神トールが投げれば百発百中で敵を粉砕するという,素晴らしい能力を持っていた。今回紹介するグングニルも,北欧神話ではミョルニルと並ぶメジャーな武器。興味深い逸話が多く残されているので紹介してみよう。

 北欧神話に登場するオーディン(Odin)は,片目で長い顎ひげを生やし,頭にはつば広の帽子,片手には槍を持ち,腕には金の腕輪をはめ,ローブを着た老人として描かれることが多い。ゲリ(Geri)とフレキ(Freki)という名の狼や,フギン(Huginn)とムニン(Muninn)という名のワタリカラスを従えた姿のほか,八本足の駿馬スレイプニール(Sleipnir)に騎乗した姿も多く見られる。ちなみに老人は知恵者,金の腕輪は王権,髭は嵐を象徴しており,目のない眼孔は冥界を見ることができたという。

 オーディンの特徴的な点は,成長し続ける神であり,冒険を重ねることでさまざまな知識や魔術を習得していったこと。トネリコの木に首を吊り,自分の脇腹を槍で突き刺すことで自分を死地に追い込み,冥界からルーン(魔力を秘めた文字)を持ち帰ったり(主神であったため誰にも祈ることができず,自分に自分をいけにえとして差し出してルーン文字を獲得したという説もある),巨人の国ヨテゥーンヘイムを冒険してガルドル(魔法の歌)を手に入れたり,智恵の泉を守護する老巨人ミーミールに自分の片目を与えることで,智恵の泉の水を飲ませてもらったりと,彼は貪欲に知識を求めた。
 実は当初のオーディンは主神ではなく天候神であったが,数々の冒険を重ねて成長したことで,天候神,智恵神,創造神,死神,戦神など,非常に多くの側面を持つことになった。そして主神へと成長したのである。
 オーディンの役目として大きなものは,戦乙女ワルキューレ達を使ってヴァルハラ(戦死者の館)に勇者を集めること。集められた勇者はオーデンの精鋭として,やがて勃発する巨人族との戦闘"ラグナロク"に参戦することになる。なおヴァルハラに集められた勇者達は,ワルキューレによってもてなされながら,日々戦闘訓練を行う。激しい訓練で死者が出たとしても,翌日の朝には生き返ってしまうそうだ。ヴァルハラは540以上もの扉があり,60万人もの勇者が生活できる空間があるらしい。

 魔槍グングニル 

 冒頭でオーディンの片手には槍と紹介したが,その槍こそ魔槍グングニル(Gungnir)である。グングニルはミョルニルの回でも少しだけ登場したが,製作者はイーヴァルディの息子達と呼ばれる二人のドワーフで,柄の部分は,北欧神話では聖なる木とされるトネリコの木で作られており,穂先(その材質は不明)には破壊力を増すルーン文字が刻まれているらしい。投擲用として使われることが多かったようで,オーディンの手を離れると敵に必ず命中し,ひとりでにオーディンの手元に戻ってきたという。
 北欧やケルトといった神話には,なぜか多くの魔法の槍,しかも投擲用が多数登場するが,実はこれには理由がある。はるか昔のバイキング達の戦いなどでは,戦闘の開始時には指揮官が敵軍めがけて投げ槍を投擲するという慣習があったらしい。そうしたことから槍という道具は戦端を開くものであり,特別視される傾向にあったようだ。こうした当時の慣習が神話に取り込まれたため,ケルトや北欧神話の多くの神や英雄が,槍を持つことになったようである。

 オーディンの最期 

 北欧神話には,世界を飲み込むほどに巨大で鼻腔から炎を噴き出すフェンリル(Fenrir)という狼が登場する。この狼は神々の最終戦争ラグナロクで,神々と敵対して災いをもたらすと予言されていたことから,神々の下でフェンリルを監視しようという話になった。だが,フェンリルを捕らえることは難しかった。神々はレージングという鎖を用意してフェンリルに見せると「この鎖が断ち切れるか?」と挑発してフェンリルを縛るが,レージングは簡単に粉砕されてしまった。そこで神々はレージングの倍の強度を持つドローミという鎖を用意し,「それだけ力が強いならこの鎖も断ち切れるだろう?」とフェンリルに挑戦。しかしこれもフェンリルが力をこめると破壊されてしまった。そこで神々はドワーフに頼んで,グレイプニルという魔力を秘めた絹の糸を作らせる。
 これは一見ただの絹の糸だが,猫の足音,女性の髭,岩の根,熊の腱,魚の息,鳥の唾液という六つの材料を使って作られた,魔法の品(グレイプニルの制作に使ってしまったので,現在はどの材料も存在しない)。さすがにフェンリルも絹の糸が登場したのを見て怪しいと考え,グレイプニルで縛られる代償に誰か自分の口に手を入れるようにと交換条件を出した。フェンリルを捕獲することが目的であるため,手を入れたら必ず食いちぎられることは明白。多くの神々が躊躇したが,その中で進み出たのが軍神テュールだった。彼は自分の手が食いちぎられることを承知で,右手をフェンリルの口に入れた。こうして神々はフェンリルの捕獲に成功するものの,軍神テュールは右腕を失うことになったのである。
 それから長い年月が経ってラグナロクが勃発すると同時に,フェンリルはグレイプニルを破壊し,予言どおり神々の敵となった。ラグナロクでフェンリルと戦ったのはオーディンで,グングニルを振るってフェンリルを突いたが,怒り狂ったフェンリルはグングニルもろともオーディンを飲み込んでしまった。ほかにも雷神トールは巨大な蛇ヨルムンガンドと戦って死に,軍神テュールも最強の犬ガルム(Garm)と相討ち。ほかにも多くの神々が巨人族と戦って命を失い,やがて世界は炎に包まれる。そして新しい世界が誕生するのだ。
 最後にこれは余談だが,英語のTuesday(火曜日),Wednesday(水曜日),Thursday(木曜日),Friday(金曜日)は,それぞれ軍神テュール,主神オーディン,雷神トール,女神フレイヤの名前が変化したものであるらしい。こんな身近なところに北欧神話のエッセンスがあることに驚きだが,ひょっとすると今回紹介しグングニルなどの魔法の武器も,我々の生活のどこかに溶け込んでいるかもしれない。



■■Murayama(ライター)■■
イベント屋であるMurayamaの毎年の恒例行事に,"花見"がある。今年も60人くらいの人を招いて盛大に花見を行ったらしい。幹事権限をフル活用して大勢の女の子と知り合いになろうと画策するも,実際は女性と知り合うどころか,幹事として缶ビールやジュースを運んでいるうちに花見は終了。おまけに次の日から激しい筋肉痛に悩まされたとのこと。でも,これも毎年のことなのだ。