― 連載 ―


 魔法の鉄槌ミョルニル 

Illustration by つるみとしゆき
 ギリシャ神話や北欧神話は,日本でも比較的メジャーな神話で,オーディン,ワルキューレ,ドワーフ,フェンリル狼,世界樹ユグドラシル,ラグナロク……それぞれが何を指しているかを知らなくても,これらの単語を誰しも一度や二度は耳にしたことがあるに違いない。どれも北欧神話のキーワードといえるもので,ちょっとした"神話ツウ"であれば,心を躍らせてしまう単語である。
 さて今回はそんな北欧神話にスポットを当てつつ,ミョルニル(Mjollnir)という魔法の武器について紹介しよう。

 トール(Thor)にはシヴという名前の美しい妻がいた。女神フレイヤには及ばずともなかなかの美貌で,とくにその髪の毛の美しさといったらフレイヤでもかなわないほどだった。ところが,いたずら好きで変身能力に長けたロキという神の仕業で,シヴの頭髪はすべて刈り取られてしまう。もちろんシヴの夫であるトールは激怒し,ロキを捕まえると締め上げた。あまりのけんまくで怒るトールを見て,このままでは殺されてしまうかもしれないと考えたロキは,シヴの髪の毛の代わりとなるものを必ず探し出すと約束した。
 ロキは"イーヴァルディの息子達"というドワーフの兄弟のもとへと向かい,シヴの髪の毛の代用品を制作してほしいと頼んだ。彼らは快く引き受け,自然に成長する黄金の頭髪を作り上げてくれたばかりか,女神フレイヤにはすべての神々を乗せられるほど巨大で折りたためる船スキーズブラズニル,主神オーディンには魔法の槍グングニルを作成するとロキに手渡した。
 だがロキはすぐにトールのもとへとは帰らずに,今度はブロックとエイトリというドワーフに会うと,先の三つの宝を見せびらかして,これよりも凄いものが作れるか? と挑発する。職人として誇りを持っている二人は,この挑戦を受けることにした。そして,もしもイーヴァルディの息子達の宝物よりも優れたものができなかったら完成した宝はロキに無料で渡すが,優れたものができた場合はロキの頭をもらうという賭けが成立する。
 こうしてブロックとエイトリは,主神オーディンには9日ごとに同じ重さの指輪を八つ生む黄金の指輪"ドラウプニル",女神フレイヤには全身が光り輝き,どんな場所であっても非常に素早く走るイノシシ"グッリンブルスティ",トールには魔力を秘めた鉄槌"ミョルニル"を作り上げた。ただし制作途中でアブに変身したロキの邪魔にあったため,ミョルニルの柄は短いものとなっている。
 オーディン,フレイヤ,トールによる協議の結果,とくに鉄槌ミョルニルは神々に敵対する巨人族への決定打になるとの判断が下されたことから,ブロックとエイトリはロキとの賭けに勝利した。しかしロキは,「頭をやると言ったが,誰が首をやる(切っていい)と言った?」とへりくつをこねると逃げてしまった。

 ミョルニルとトール 

 ミョルニルの所有者であるトールは,ソール/ドナール/ドンナーなどさまざまな名前で呼ばれており,どれも落雷を語源としたものである。トールは非常に力が強く性格は豪胆,敵には正々堂々と対するタイプで,人を騙したり策をろうしたりする主神オーディンとは対照的。そのあたりを比較しながら神話を読んでみるのも面白いだろう。ちなみにオーディンは,トールのことを"戦うことしか知らない男"と評しており,それほど仲は良くなさそうである。

 トールが手に入れたミョルニルは,大きさを自由自在に変えられ,圧倒的な破壊力を持つ鉄槌で,その名には"粉砕するもの"という意味がある。興味深いのが,戦槌でありながらも,前回紹介したブリューナクと同様に,投擲用の武器であるという点だ。トールは,ミョルニルを使うときには力を倍増するベルト"メギンギョルズ"と鉄の手袋を装備しており,ひとたびトールがミョルニルを放てば百発百中,どんな敵であっても一撃で粉砕。しかもミョルニルは即座にトールの手元に戻ってくるという。
 ちなみにトールの鉄の手袋は,戻ってきたミョルニルを受け止めるために必要であるとする説や,柄の短いミョルニルを投げやすくするものであるとする説がある。

 ミョルニルというと,どうしてもその破壊力ばかりに目がいってしまうが,掲げて祈ることで,子供には健やかな成長を,花嫁には子宝を,死者には安らかな死を与えるなど,"清め"の能力を発揮するシーンも存在し,単なる武器ではないことがうかがえる。北欧では,ハンマーには特殊な意味合いがあるということの象徴なのかもしれない。

 なお北欧神話にはミョルニルやトールにまつわるエピソードが多く,巨人との一騎討ちなどの武勲には,心が弾む人も多いだろう。筆者が個人的に気に入っているのが,巨人に盗まれたミョルニルを取り戻すために,(卑怯なことはしないはずの)トールが女神フレイヤに扮し,ロキが侍女になりすまして巨人を欺く話。魔力による変身ではなくあくまでも"変装"しているトールと,それをごまかすために巧みな話術を披露するロキの名コンビぶりは必見といえよう。ぜひ一読あれ。

 神々の黄昏ラグナロク 

 北欧神話における世界は,巨人ユミルの死によって生まれ,神々と巨人族の小競り合いを経てラグナロク(Ragnarok)という最終戦争に突入する。やがて世界は炎や水で覆い尽くされて死滅するが,これが新しい世界への始まりとなる……。
 神話にはよくある永劫回帰のパターンだが,最終戦争のラグナロクにおける,神々の壮絶な戦いは興味深い。ここですべてを解説するわけにはいかないので,ミョルニルとトールに関係する部分を中心に紹介しよう。

 神々の最終戦争であるラグナロクの始まる前から,予言によって,トールは自分が世界蛇ヨルムンガンド(Jormungand)と対峙し,殺されることを知っていた。
 ヨルムンガンドは,ロキと巨人族アングルボダとの間に生まれた蛇で,生まれてすぐに海に捨てられるが,人間の住むミッドガルドを取り巻くほどに成長したことから世界蛇と呼ばれている怪物。トールはラグナロク以前にヨルムンガンドと何度か対峙したものの,決着がつくことはなかった。ちなみにミョルニルの一撃で倒れなかったのは,このヨルムンガンドくらいである。
 北欧神話では,ヘイムダルの角笛ギャラホルンによる合図で,ラグナロクは幕を開ける。巨人族との最終戦争が始まったのを知ったトールは,死を恐れることなくヨルムンガンドと戦った。ミョルニルを振るって戦い,なんとかヨルムンガンドを倒したトールだったが,そのときすでにヨルムンガンドの毒が体に回っていて,9歩退くと絶命してしまう。オーディンもフェンリル狼に殺され,ロキとヘイムダルは相討ち,ほかの神々や巨人族達も数を減らしていった。この戦いで最後に残ったのは巨人族に味方したムスペルヘイムの王スルト(Surt)で,彼は世界を焼き尽くすと,どこかへと姿を消してしまったという。

 ラグナロクには続きがある。やがて水中からは新しい土地が現れ,ミョルニルを継承したトールの息子達や,オーディンの息子が蘇るのだ。そしてリーヴとリーヴスラシルという二人の男女によって,世界は新しいスタートを迎える……。
 ちなみに北欧神話によればラグナロクはこれから起こることで,戦乙女ワルキューレは,来たるべきラグナロクに向けて,英雄的な死を迎えた勇者をヴァルハラに連れていき,もてなしているという。



■■Murayama(ライター)■■
将来はファーブルのようになりたいと思っていたというMurayamaは,とにかく生き物を飼うのが大好きな少年だったらしい。試しにこれまでに飼育した動植物を聞いたところ,ネコ,トカゲ,フナなど比較的普通のものから,食虫植物,アナゴ,ヘビ,ミズカマキリなど(少なくとも彼が少年だった20年以上前では)非常にレア(?)なものまで,40種類以上に及ぶという。さすがに社会人である今は,あまり生き物を飼っていられないと彼は話すが,現在マングローブを育成しつつ,観賞用フグを飼っているというのだから,十分なんじゃないだろうか。