― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 今回のAccess Acceptedで取り上げるのは,「ゲームを題材にした映画」というよりも,「ゲームを使った映画」と言うべき"マシニマ"だ。まだ日本ではほとんど知名度のないPCゲームのサブジャンルだが,アメリカではMTVのミュージックビデオになったり,専門の映画祭まで開かれているほど。しかも,その利便性やコストパフォーマンスの良さで,近い将来CGアニメーション業界にも一石を投じそうな勢いなのである。

 

ゲーム映画事情・2

 

■ゲームアニメーションを利用した"マシニマ"とは?

 

史上初のマシニマ「Diary of a Camper」(1996年)を制作した有名クランRangersは,コードのハッキングやMOD開発まで幅広く活躍(?)している。「Quake」初のCTF MODを制作したメンバーや,ニュースサイトBlue's Newsを立ち上げたメンバーもいるというツワモノ揃い

 ここ数年のPCゲームに絡むサブカルチャーとして,「マシニマ」が大きな話題になりつつある。これは,PCゲームを利用してリアルタイムでアニメーションを生成し,その録画イメージをつなぎ合わせることで映像を作り出す"遊び"である。
 テレビで放映されたり,短編映画のフィルムフェスティバルなどで評価を受けたりするにつれ,マシニマの知名度も上がり,2002年3月にはハリウッドの「映画芸術科学アカデミー」にならってThe Academy of Machinima Arts and Sciencesという学会まで設立された。

 

 マシニマとは,machineとcinemaを掛け合わせた造語だが,cinemaよりはanimationと呼ぶほうが正しいだろう。ゲーム内のマップやアートワークなどの素材を使用したり,自分で制作したものを挿入したりすることで,本来のゲームとは異なるストーリーや世界を作り出す。
 一般的な3Dアニメと違いフレームごとに調節できないため,大雑把なアニメーションにはなってしまうが,制作者が一人で監督や演出,さらにはカメラ操作やアニメータの仕事をこなせるというのは魅力的だ。
 ゲームエンジンのグラフィックス性能はどんどん向上してきているので,いずれはより本格的なマシニマも制作されるようになるだろう。

Diary of a Camperに対抗して制作された「Operation Baywatch」は,キャラクターの笑う声に合わせて体も揺れるなど,かなり凝った作りになっていた

発表当時は,「PCと30ドルのゲームだけで制作したCGコメディ」として話題になった「Hardly Workin'」。しかし実際には,第一作は6人がかりで8か月間を費やした大作だった

 マシニマの歴史は意外と古く,今から約10年前の1996年にWeb上で公開された「Diary of a Camper」にまでさかのぼることができる。
 このマシニマは,Quakeのコミュニティ育成に多大な功績を残したRangersというクランに所属していたプレイヤー,Uwe Girlich(ウーヴェ・ギルリッチ)氏らが制作したもの。「Quake」のマルチプレイで,キャンピング(ゲームに積極的に参加せず,相手の通り道やベースの近くで待機する行為)しながら,なぜか哲学的なチャットをし始めるというコメディのような映像クリップである。
 Quakeのマップやキャラクターを利用したもので,サウンドもないという未熟なものだったが,Quakeコミュニティの中では大きな話題となり,ダウンロード数が増えてサーバーがパンクしたこともしばしばあったという。

 Quakeがリリースされたのは1996年5月31日。その数か月後にDiary of a CamperがWeb上にアップロードされたことにより,この新しいサブカルチャーが誕生した。
 Quakeのリテール版には,ゲームエンジンのソースコードを変更して自由に自家製マップやMODを作れるように,"QuakeEd"と"Quake Source Code"も収録されていた。Diary of a Camperに触発されたプレイヤー達は,これらを使い,新しいスキンテクスチャを使ったり,アニメーションと音のシンク(同期)を図ったりなどさまざまな手を加えていった。
 しばらくすると,さらにカメラの位置をコントロールできる「remaic」や「Keygrip」などのツールが出回るようになり,「Quake Done Quick」のようにスピードラン(ゲームプレイのスピードを競い合う遊び)のムービーに応用されている。やがて一年ほどの間に,「Avatar & Wendigo's Blahbalicious」や「Operation Baywatch」,そして「Apartment Huntin'」のように,徐々にクオリティの高い作品も創作されることとなった。

■マシニマのシーンを担うキーパーソン達


「Anachronox:The Movie」(2003年)は,主人公スライ・ブーツと仲間達の物語を,ゲームストーリーの展開に合わせて追っていく

 このように,Quakeコミュニティと共に派生したマシニマも,いくつかの専門制作チームが登場することで,今世紀に入って大きく躍進し始めることになる。
 その一つは,Paul Marino(ポール・マリノ)氏がニューヨークを拠点にして運営している"The Ill Clan"だ。元々ゲーマーだったマリノ氏が上記のApartment Huntin'を制作したことから始まり,2000年にはマシニマとして初めてテレビで公開された「Hardly Workin'」を送り出し,その名を広めることになった。
 Hardly Workin'は,ラリーとレニーという二人のキャラクターが絶妙な絡みを見せるポリティカル・コメディだ。政治関連の話題をネタにシリーズ化され,映画専用テレビ局主催の賞や短編映画祭で受賞しており,マシニマの名前を一気に広めることになった。  本作はノイズリダクションソフトの「CLEAN」を使って1280×1024ドットでレンダリングされており,「Quake II」のゲームエンジンがベースとは思えないほどの高画質であったのも印象深い。

 

Fountainhead Entertainmentの制作したミュージックビデオ「In the Waiting Line Game」(写真・囲み)は,Quake MD3エディティングツールに,同社が制作した「trueSpace」などに対応するプラグインソフト「Machinimation」を利用して,テレビ放送されるほど品質の高い映像を作り上げた

 また,Hardly Workin'がリリースされたのと同じ頃には,テキサス州でFountainhead Entertainmentという会社が設立されている。同社の社長は,なんと元id Softwareの広報担当者で,後にJohn Carmack(ジョン・カーマック)氏と結婚したKatherine Anna Kang(キャサリン・アナ・カン)氏である。
 カン氏のチームは,やがて「Quake III Arena」エンジン用のマシニマ制作ツール「Machinimation」を開発して制作者のサポートを行うだけでなく,自らも映像制作を始めるようになった。

 その作品の一つが,イギリスのバンドグループZero 7の,「In the Waiting Line Game」(2003年)のミュージックビデオで,MTVを通して全国放映されることで,若いクリエイターからも支持を得た。このミュージックビデオは,主人を失ったロボットが,宇宙船の中で一人きりの生活を続けるという内容であり,Quakeの世界観の匂いは少しも感じられない内容だった。

 

Haloを使ったコメディ「Red vs. Blue」は,エピソードが公開されるたびに50万ダウンロードを記録するという,大人気のマシニマ作品

 このほかにも,ION Stormに在籍したJake Hugues(ジェイク・ヒューズ)氏は,彼が手がけた「Anachronox」のゲームエンジン(Quake IIベース)と世界観を利用した,2時間30分におよぶ長編マシニマを制作。また同時に,その制作ツール「Planet」も公開している。
 ヒューズ氏は,元々ハリウッドのCGアニメーションスタジオで視点移動を担当していただけあり,流れるようなカメラワークが魅力的だ。
 また,2001年から「Halo」を使ってショートコメディを制作し始めたRooster Teeth Productionsの「Red vs. Blue」は,2003年からゲーム専用のケーブル局G4で放映され,第3シーズンまで続くほどの人気を誇っている。  さらに,1997年にQuakeベースの「Eschaton」を発表するなど,古くからスコットランドを拠点に活動していたStrange Companyのヒュー・ハンコック(Hugh Hancock)氏も,マシニマ界の大御所といえるかもしれない。ハンコック氏は,マシニマ制作者達が集うWebサイト「Machinima.com」のホストもしており,そこには世界中からマシニマ作品が出品されるようになった。

■CG映像を誰でも作れる時代がやってくる!


 The Academy of Machinima Arts and Sciencesが主催する本年(2005年)度のMachinima Film Festivalは,ニューヨークで11月12日に開催される予定だ。ケーブル局のIFCや,NVIDIAがスポンサーとなっており,年々本格的になっている。

11月12日にニューヨークの映像博物館で開催される予定のMachinima Film Festival。毎年エントリーが増え,質も飛躍的に向上している。2005年にはどんな作品が登場するのか,期待がかかる

 NVIDIAのCEO,Jen-Hsun Huang(ジェン=スン・ホワン)氏は,以前から何度も「やがてピクサーなどの作品に劣らないほどクオリティで,リアルタイム・レンダリングが可能になる時代が訪れる」と話している。2001年当時,同社のハイエンドモデルだったGeForce 3 Ultraを使って劇場レベルのCGアニメーションをリアルタイム生成する実験が行われているが,CG映画「ファイナルファンタジー」(2001年)のキャラクターのみをリアルタイムレンダリングするだけでも,数フレームのカクカクしたものに過ぎなかった。
 しかしハードウェアやソフトウェアの性能は,4年余りで飛躍的な進歩を遂げている。前出のカン氏も,「マシニマは,表現力だけでなく技術的にも,まだ自分の存在を証明できずにいる子供のような立場であるに過ぎません。しかし,いずれアニメーションのビジネスに大きな改革をもたらすのではと私は信じています」と話す。

 カン氏は,マシニマを"新しいアートの形態"と位置付けているようだ。ここ数年のPCゲームでは,開発ツールを公開するのが当たり前のようになってきているし,マシニマの「ゲームエンジンを使ってリアルタイム生成する映像」という定義は,多くのゲーム中で見られるシネマティクスにもそのまま当てはまる。
 「Ghost Recon 2」のように,シネマティクスの開発に並々ならぬ力を注ぐメーカーも少なくない。事実,Machinima Film Festivalには「ゲームトレイラー部門」もあり,そのあたりは大いに評価されている。
 問題は,カン氏も指摘するように,多くのマシニマが,使用するゲームの世界観や作風に依存していることだ。また劇場映画レベルのCGクオリティに近づいたとはいえ,ユーザビリティや制作者の時間的制約,さらに通信の帯域幅など技術的な点でもハードルが高く,今後どれだけ一般社会に浸透していくのかは分からない。短編コメディが多いのも,今はこの状態に甘んじているからだろう。

 

The Ill Clanのポール・マリノ氏による「I'm Still Seeing Breen」では,G-Manが官能的に歌っているのを堪能できる

 しかし,それでもマシニマは,さまざまな可能性を持っている。例えば「Half-Life 2」のSourceエンジンでは,リップシンクや筋肉の動きはもちろん,眼球を動かすことで3Dキャラクターが"目の演技"をできるようになっているのである。今後,このようなゲームテクノロジの進化を,マシニマは直接甘受できるわけだ。
 そう思って検索してみると,すでにSourceエンジンを使ったマシニマは存在しているようだ。その中でも「I'm Still Seeing Breen」(著作権的に問題があるので,見てみたい人は自分で探してほしい)はなかなかの出来栄え。Breaking Benjaminの「So Cold」という曲に合わせてCity-17のカットが挿入され,G-Manの絶叫が交差するのだ。
 制作したのは,上で紹介したThe Ill Clanのポール・マリノ氏だ。彼一人のプロジェクトらしいが,ゲームの知識がまったくない人には,このミュージックビデオの制作資金がゼロに等しいとはとうてい思えないだろう。このコストパフォーマンス一つとっても,マシニマが今後右肩上がりで成長していくのは想像に難くない。

 

モリニュー氏率いるLionhead Studiosの期待作「The Movies」は,基本は映画スタジオの経営シム。しかし,西部劇やホラーなどのマシニマを簡単に制作/公開できるという部分で注目されている

 最後になるが,このマシニマの可能性を信じるもう一人のゲーム業界実力者が,イギリスの鬼才Peter Molyneux(ピーター・モリニュー)氏である。11月初頭にリリースされる彼の新作「The Movies」は,ソースコードへのアクセスやゲームエディタに対する知識がなくても,かなりの規模の映像を制作できると言う。
 "お茶の間クリエイター"が,突然世界に知られるCG映像作家になる……。そんな日がやってくるのも,意外と近いのかもしれない。

 


次回は,とある"ゲーム記録保持者"についてお伝えします。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。ここ数日,DSL回線の調子がおかしいと話す奥谷氏。配線の点検もまだ来てもらえていないらしく,今回の原稿は無線LANアクセスポイントのあるコーヒーショップに入りびたって仕上げたという。彼のようなゲームライターにとっては死活問題のはずだが,「雑踏の中でも,なぜか妙に集中できた」と満更でもなさそうな様子。しかし,ちょっとコーヒーショップに戻るのが面倒臭いからって,いまどきアナログモデムでファイルを転送するのはやめていただきたいものだ(締め切りまでに無事に画像が届いて良かった……)。


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