ナムコのXbox 360専用オリジナルタイトル「フレームシティ」は,国内作品としては初めてEpic Gamesの「Unreal Engine 3.0」(以下UE3)を用いて開発された作品だ。「Unreal Tournament 2007」が2006年の発売予定であるなど,PC向けのUE3採用ゲームの発売はまだ先になることを考えると,Xbox 360と同時期の発売が予定されているフレームシティは,初のUE3採用ゲームタイトルとなる可能性が高い。
今回はそんなフレームシティが,UE3を用いてどのように開発されているのか,ナムコの開発スタッフに聞いてみることにした。今回は,ナムコの中目黒クリエイティブセンターで,同社CTカンパニー プロデューサーの川島健太郎氏と,CTカンパニー CTクリエイターグループ ディレクターの国森将生氏に,フレームシティとUE3の現在について,お話を伺った。

ナムコ CTカンパニー プロデューサー 川島健太郎氏
西川善司(以下(善)):4GamerはPCゲームサイトなので,Xbox 360のゲームタイトルについて詳しくない読者もいます。そこでまずは,フレームシティとはどんなゲームなのか,教えていただけますか。
川島健太郎氏(以下川島):ゲームジャンルは「ハードボイルド・エクスペリエンス」と謳っています。
国森将生氏(以下国森):カッコ付きで「アクションアドベンチャー」としていますが(笑)
(善):現在公式サイトで公開されている画面ショットなどを見ると,「Grand Theft Auto 3」のような,町の中を自由に動き回ってミッションをこなしていくゲームに見えますが。
国森:むしろ,あえてイメージの近いゲームを挙げるとすれば,任天堂の「ゼルダの伝説」でしょうか。フレームシティという大きな街があって,ゲームは,そこに単身潜入した主人公,工作員クロウにプレイヤーが扮し,さまざまなミッションをこなしていくことになります。ゲームの目的は,フレームシティでテロを計画している,正体不明のテロリスト「カーン」の野望を阻止することです。
ただし,フレームシティにはいろいろな人々が暮らしていて,それぞれ問題を抱えています。フレームシティの中で巻き起こる細かな事件に首を突っ込んでいくことで,少しずつカーンの正体に近づいていくことになるのです。
川島:小クエストによるサイドストーリーが,メインとなる大きなシナリオを進めていく形態になりますね。
あまりユーザーをストーリーで縛りたいとは思ってはいませんが,ゲームとして考えた場合,自由すぎても困るのです。ある程度はストーリーでプレイヤーを導きつつ,フレームシティの中で好きなこともできるよ,というスタイルにまとめています。
(善):フレームシティの世界観はどうでしょう。これまでに公開された情報からは,欧米の近代都市のように感じられますが。
国森:舞台は中国です。「上海沖にある経済特区として開発発展を遂げた架空の無人島」がフレームシティという街になっています。アメリカ,イギリス,EU諸国,中国,日本などが中心になって開発を進めた結果,東洋と西洋が折り混ざった多国籍な雰囲気が漂った街ですね。
どこの大都市でもそうですが,ここにも裏の世界があって,多国籍な背景が事態を複雑にしています。中国,ロシア,イタリアのマフィア,日本のヤクザなどが裏社会の覇権争いをしています。
川島:アメリカの都市でもそうですよね。例えばサンフランシスコだと,日本人街や中国人街があったり,治安面においても「3ブロック先に行ったら危険」と注意されたりしますよね。ああいった雰囲気をフレームシティでは再現しています。設定は「近未来」ですが,我々が住む現代の延長線上にある近未来ですから,身近に感じてもらえるはずです。
(善):ナムコ製で,Xbox向け,三人称視点のハードボイルドアクションアドベンチャーというキーワードだと,私は「デッド トゥ ライツ」を連想してしまいます。私は購入したのですけども,相棒のワンコ(筆者注:警察犬シャドウ)と連携してのガン・アクションがユニークでしたね(笑)。あれは米国法人のNamco Hometek主導で開発されたと聞いています。今回のフレームシティも,どちらかといえば同じようなハードボイルドに見えますが,開発は米国主導なのですか?
川島:今回は,日本のナムコ主導で開発しています。今も裏で,マスターアップに向けて100人近くが作業していますよ(笑)

ナムコ CTカンパニー CTクリエイターグループ ディレクター 国森将生氏
国森:「日本で求められているゲームと,欧米で求められているゲームは違う」っていうのが,一般的な見解だったと思うんですね。しかし,我々が調査をしてみると,「どんなキャラクターになって,どんな体験をしたいのか」ということに重きを置いてゲームを遊んでいるという意味で,日本のプレイヤーと欧米のプレイヤーの間に,それほど大きな違いはなかったのです。
川島:私たち作り手は,どうしても技術やエフェクトの凄さに意識が行ってしまうんですが,ユーザー最も気にしているのは「誰になりきってどんな体験ができるの」という部分なんですね。日本でも欧米でも。「ゲームシステム」とか「グラフィックス」とかは,優先度でその下になるんです。日本用と欧米用,みたいに,作り分ける必要などないんだと気づかされました。
ちなみにフレームシティでは,コーディングなどの実作業は日本で行いつつ,ストーリーラインはNamco Hometekと連携して作ってきています。日本だけでなく,世界市場に通用するタイトルとして,いい作品に仕上がったと自負していますよ。
いや,ほんと,裏でまだ作業やっているんですけどね(笑)

ガンアクションだけでなく,体術を駆使したプレイも求められる
「ハードボイルドをプレイヤーが自ら体験する」というのがテーマとなっているフレームシティ。与えられる数々の「殺し」の任務をどのように遂行するかが,まずはプレイヤーの判断に委ねられる。そして,その「殺し」の行い方により,フレームシティ内の情勢が徐々に変化していく。
プレイヤーは,クロウを操作し敵を倒していくことで得られる直接的なカタルシスのほかに,フレームシティという架空の町に対して自分がどういう影響を及ぼしているのか,ある意味,架空の社会性シミュレーションを楽しむこともできるわけだ。
そして,そのフレームシティにおける「行動原理力」として与えられるのが小クエストであり,その積み重ねが,打倒カーンに向けたストーリーラインを紡ぎ上げていくわけである。
(善):フレームシティは,UE3を活用して制作されたゲームとして注目されています。UE3の開発元であるEpic Gamesの自社タイトル,「Unreal Tournament 2007」や「Gears of War」の発売は2006年の夏以降になるようですし,フレームシティは,商業ベースで世界初のUE3採用タイトルになりそうですね。
ゲームファンにとっては「ナムコがUE3を使う」ということ自体がセンセーショナルなできごとだと思うわけですが。
川島:UE3に対する研究,検討というのは,実はゲームシステムの検討とほぼ同時に行われていたんです。ですから「UE3のこういう機能を使おう」という考えからゲームが生まれるといったような,技術主導の作りにはなっていません。まずはフレームシティというゲームをどういうものにするか,どんなゲームにするのかというのが最初にあって,それに牽引されてUE3の研究が始まりました。

Unreal Editor(UnrealED)に含まれる,屋外シーンの作り込みに適した地形エディタ。土地を盛り上げたり,植物をパラメトリックに生成させたりできる。見てのとおり,FPSやMMORPG風の画面を作るのに向いている
国森:UE3には,多ポリゴンで制作した地形を動的LOD※処理して,低ポリゴンで表示するようなエンジン仕様があります。あれは,MMORPGやFPSといった,比較的見通しのいい屋外シーンで効果を発揮します。我々は,それを重々理解したうえで……。
川島:街を作っちゃいました(笑)。これはフレームシティというゲームがそういうゲームだからですね。もちろんUE3は汎用のゲームエンジンですから,色々な機能が用意されてはいます。しかし,その中で,自分達のプロジェクトにおいて使える機能と使えない機能があるわけです。「UE3はあくまで手段であって,フレームシティを実現するうえで用いてみたに過ぎない」という感じです。

フレームシティの世界を彩る街並み。右上の画像で野原を作っていた,あのUnreal Editorで作られている
※LOD:Level of Detailの略。3Dモデルは,視点からの距離が離れれば離れるほど小さく描画される。ならば,遠くの3Dモデルについては,距離に応じてポリゴン数を適宜減らしていけば,描画負荷を軽減できる。LODは,この処理を行うものである。

Material Editorのスクリーンショット。これは,法線マップとハイト(高さ)マップを参照して,平面ポリゴンにマイクロポリゴンクラスのディテールを付加する「視差マッピングシェーダ」の例だが,「どういう効果になるか」をプレビューしながら部品を組み合わせるだけでシェーダプログラムを設計できる
(善):実際の開発において,使いやすいツールや機能はどんなものでしたか。
国森:まずはシェーダをGUIベースで作り込める「Material Editor」ですね。もう,これは,本当に使いましたね。
あとは根幹となる「Unreal Editor」(UnrealED)です。これは非常に使いやすい。Mayaのデータを簡単に取り込めたりとか,我々が制作したオリジナルツールなどを組み込めたりとか。データの作成とゲームエンジンへの組み込みは,これまでと比べて圧倒的に楽になりました。
これからのゲーム制作っていうのは,グラフィックスはもちろん,さまざまなコンテンツ部分(筆者注:ゲームの内容そのもの)の作り込み作業が膨大になります。このシームレスなGUI統合開発環境は,グラフィックス部分の制作が楽になるという意味で,武器になりますね。
川島:シェーダの設計というのは,誰かがやる気になれば我々のチームにいるプログラマーなら誰だってできてしまうわけです。ただ,「統合化された開発環境の中で,パラメータをいじって,トライアンドエラーを繰り返しながらシェーダの設計が行える」というのは,UE3の利点です。
国森:実は,フレームシティの開発チームに特殊効果(エフェクト)専任プログラマーっていないんですよ。もちろん,ナムコ内にもシェーダのエキスパートはいて,彼にフレームシティ専用のシェーダを書き下ろしてもらったりはしましたが,チーム専任のシェーダプログラマーは設定しませんでした。
(善):それでも,プログラマブルシェーダベースの最先端ビジュアルは実現できた,というわけですね。
これまで,まったく新しい材質(マテリアル)表現を行おうとすると,「その材質の物理的な反射現象を簡易モデル化してシェーダプログラムを書く」という作業が必要だった。
こうした作業は通常,実際にグラフィックスを設計,あるいは描くデザイナーの要求仕様に合わせてグラフィックスプログラマーやシェーダプログラマーが担当していた。この作業形態だと,シェーダプログラマーとデザイナーは頻繁にコミュニケーションをとりながら作業する必要があり,開発効率としてはあまりよろしくない。

Material Editorで作成したシェーダプログラムはストックしておくことが可能だ。「実際の3Dモデルの,どことどこにどの材質表現を行うのか」といったシェーダ選びが,プレビューを見ながら,その効果をリアルタイムで確認しつつ行える
そこで,UE3開発キットには,本当ならば専門的な知識が必要で難易度の高いシェーダプログラムの設計を,デザイナやアーティストが直接行えるようにする,Material Editorが付属している。Material Editorでは,あらかじめ用意された基本反射モデルシェーダや,ベクトルデータを格納したテクスチャを組み合わせて,基本的な演算子(≒命令)を設定するだけで多様な材質表現のシェーダプログラムを作り込める。さらに,作ったシェーダプログラムはゲームエンジンに直接適用可能だ。
なんといっても特徴は,その実作業がGUIベースで行えるという点にある。以下は,Epic GamesのWebサイトにあるUE3開発キットのスクリーンショットだが,画面を見れば「キーボードを叩いてシェーダプログラミング」という作業とは,まるで異質であることが分かってもらえる。
Material Editorで作り込んだシェーダを適用し,UE3のランタイムで実行したデモ

レベルエディタでUE3デモのマップを制作している例。フレームシティも同じような方法で制作されていた(いる)と思われる
川島:フレームシティの場合,アクションアドベンチャー系のゲームなので,ゲームのボリュームは非常に大きい。なので,Xbox 360の開発キットがナムコに届いてから開発を始めていたとしたら,とても年内発売など無理なわけです。
UE3の場合,クロス開発プラットフォームですから,PC上で作業できます。しかもレベルエディタ(ゲーム内のマップ作成ツール)を使えば,ゲームのミッションを作りつつ,その場でゲーム性の検証もできますからね。こういう部分で,UE3は優れていると感じましたよ。
国森:ゲームって,実際に触ってみてどんな感じになるか,どういうプレイ感が得られるかっていのが重要じゃないですか。詳細なグラフィックスができていなくても,「地面があって,そこに階段があって……」といったような企画書や仕様書から,とりあえずレベルデザインができるから,プロトタイプを短時間に作りやすい。
(善):そのシーンが,ゲームとして面白いか,練り直しが必要かの判断を短期間に行えるわけですね。
川島:そうです。新世代ゲーム機の本体発売に合わせて作られたゲームタイトルって,技術デモ的なものになりがちですよね。でも,我々はやはり次世代機における「ゲームとしてのエクスペリエンス」,ゲーム体験の提供を重視したかったんです。でも,現実問題として,時間はそんなにないわけで。
フレームシティって,最初から最後まで,一直線にプレイしてもクリアまでに20時間かかるんです。もちろん,寄り道していたらもっとかかります。
これだけの物量のゲームを比較的短期間に,しかもXbox 360本体と同時期に発売する。これができたのは,UE3,とくにUnreal Editorの力が大きいと思いますよ。
国森:いや,まだ,開発終わってないでしょ(笑)

Unreal Edtitor上で作り込んだコンテンツは,制作途中であってもその場でテストプレイできるようになっている。このスクリーンショットでは,パーティクルアニメーションエディタ「Unreal Cascade」で作り込んだアニメーションをゲーム内イベントで正しく発生するかどうかをチェック中のもの。見やすさを重視して,拡大画像は実寸(3520×1200ドット)なので,開くときはご注意を
UE3の中核的存在となっているUnreal Editor(UnrealED)は,徹底したWYSIWYG(What You See Is What You Get)実現を目指した設計になっており,「画面に見えているモノが,ユーザー(この場合は開発者)の思うままに動かせる&作り込める」がウリになっている。
例えば,レベルエディタで作り込んだマップに敵出現イベントを設定したとしよう。このとき,Unreal Editorなら,そのエディタ内で簡易的なテストプレイが可能なのだ。基礎的なゲーム性の作り込みであれば,その場でトライアンドエラーを繰り返しつつ検証できるわけで,確かに開発効率は上がるだろう。
(善):Epic Gamesとナムコの間には,どういった交流があったのでしょうか。