液晶ディスプレイで液晶テレビクオリティの動画再生を実現する技術
Splendid
Text by 坪山博貴
2005年9月15日

 ASUSTeK Computer(以下ASUSTeK)は,同社製グラフィックスカード向けに「Splendid」という機能の提供を開始した。これは2005年6月に行われたCOMPUTEX TAIPEI 2005のレポート(「こちら」)でお伝えしたとおり,動画再生時に限定してダイナミックにコントラスト補正や色補正を行うことで,動画の見栄えを向上させる技術だ。ASUSTeKの子会社が行っている液晶テレビや関連技術の研究開発結果をPC向けに転用したもので,ASUSTeKはSplendidを映像エンジンと位置づけている。

 有り体にいえば,ゲームとは直接関係のない機能なのだが,グラフィックスカードの機能としては特異であり,注目している人も多い。また,高価なグラフィックスカードを購入するに当たっては,ゲーム以外の"効能"があったほうがお買い得というものだろう。そこで今回は,このSplendidなる技術にどれだけの価値があるのかを,ちょっと見てみることにしたい。

 既報のとおり,ASUSTeKは今後,Splendid機能をグラフィックスカード上にハードウェアとして搭載していく予定だが,2005年8月時点では「ドライバソフトウェア」として提供されている。ドライバとして提供されるので,基本的に「対応アプリケーションでないと画質向上機能は有効になりません」などといった制限はない。

■グラフィックスカードの画質調整機能とSplendidの違い

 2大グラフィックスドライバといえる,ATI TechnologiesのCatalystとNVIDIAのForceWareは,いずれも標準で動画再生時のコントラストや色合いの調整機能を備えている。また,一般にディスプレイ側でも画質調整機能は用意されているので,これらと何が違うのか疑問に思う人もいると思う。

Splendidがどう動作するかを示すスライド(ASUSTeK提供)

 まず,これらの画質調整機能とSplendidの最大の違いは,Splendidがリアルタイム動作する点にある。Splendidのエンジン部「Splendid Engine」は,動画の表示内容を再生しながら適宜解析し,表示内容に応じてコントラストや色合いをダイナミックに調節するようになっている。このため,グラフィックスドライバから調整したときに特定のシーンで明るすぎる,あるいは暗すぎるといった画面の破綻を来す場面であっても,Splendidであれば正しく調整してくれると期待できる。
 一般にPC向け液晶ディスプレイの表示は液晶テレビと比べ,用途の違いから,階調表現(=コントラスト),発色ともにダイナミックレンジが抑えめの傾向にあるため,有効に働きさえすれば,映像の見栄えを改善してくれるはずだ。

 もう一つの大きな特徴は,画面全体でなく,映像内のオブジェクト単位で行える点にある。既存の調整方法では色合いの調整,例えば青の発色を調整すると,映像内にある青色成分すべてに調整の影響が及んでしまう。簡単にいえば,青空をより青く調整すると,画面全体が青っぽくなってしまい,人肌が不健康そうに見える,といった弊害が起こる。だが,Splendidは空と人物といったように,オブジェクト単位で色補正を行うようになっているため,映像全体の発色への影響は最小限に留めつつ,特定のオブジェクトだけを的確に色補正できる,というわけである。

 また,簡単に利用できるのも特徴といえるだろう。色合い調整は多くの人にとって難解な作業だが,Splendidには液晶テレビと同じように,いくつかのプリセットが用意されており,選択するだけで好みの画質に調整できるようになっている。また,Splendidはオーバーレイされる動画再生ウインドウ(フルスクリーン表示時のみ画面全体)にしか適用されないから,WindowsのGUIやゲームへの悪影響を考慮しなくて済む

■動作には専用の拡張ドライバが必要

 以上,スペックから注目すべき点をピックアップして書いてきたが,このままでは宣伝くさいというそしりを免れ得ない。ここからは実際の試用結果に基づいて評価していくことにしよう。

動作確認済みドライバとASUS Enhanced DriverはASUSTeKのWebサイト(「こちら」)からダウンロードする必要がある

 SplendidはCatalyst,もしくはForceWareに対する拡張ドライバとして機能するので,まずASUSTeKのWebページで提供されている動作確認済みCatalyst/ForceWare(以下ASUSTeK版Catalyst,ASUSTeK版ForceWare)をインストールしてから,同じ場所で公開されている「ASUS Enhanced Driver」をダウンロードして導入すれば利用できる。導入すると,ディスプレイの詳細プロパティに「ASUS」というタブが追加され,Splendidの設定を行えるようになるはずだ。
 2005年9月中旬現在,ASUSTeKのWebサイトで公開され,Splendidの動作保証が行われているのはASUSTeK版Catalyst 5.6とASUSTeK版ForceWare 71.89。CatalystとForceWareの公式最新版はそれぞれ5.8,78.01なので,ともに2世代以上古いことになる。GeForce 7800 GTX専用としてはASUSTeK版ForceWare 77.77が公開されている(それでも1世代古いが)ものの,ゲームとの互換性を考えると,最新版を利用できないのがマイナスポイントなのは間違いない。もっとも,自己責任で最新版のCatalystやForceWareを利用すること自体は可能だが。
 なお,ASUS Enhanced Driverは9月中旬現在,V1.18が公開されている。

■実際のテレビ画面でその効果を確認

デスクトップのプロパティに追加されたASUSタブからSplendidの設定を行うが,項目は極めてシンプルだ

 ここからが本番。Splendidの効果を確認してみよう。グラフィックスカードは,Radeon X700 LEを搭載する「Extreme AX700-X/TD/128M」(以下EAX700-X)とGeForce 6600 GTを搭載する「Extreme N6600GT/TD/128M」の,両PCI Express x16カードを用意した。そのほかの環境は表1のとおりだ。
 使用した番組はスカイパーフェクTV!・スカパー!110・ケーブルテレビで放送中のディスカバリーチャンネルより「土星探査機 カッシーニ」。動画再生に当たっては,Splendidから,ウインドウの左半分のみで動画調整機能が有効になるよう設定し,画質プリセットは標準設定「Enriched」を選択した。ソースは実際のテレビ番組を録画したMPEG-2ファイルで,これをWindows Media Player 10からオーバーレイ再生し,シェアウェアのキャプチャツール「HyperSnap-DX v5.63.00」でキャプチャ。再生したMPEG-2とキャプチャした静止画の印象にほとんど差がないことは目視で確認している。

左:Extreme AX700-X/TD/128M。Radeon X700 LEを搭載し,実勢価格は1万円前後とコストパフォーマンスに優れる
右:Extreme N6600GT/TD/128M。GeForce 6600 GTを搭載するミドルレンジ向けの製品だ。実勢価格は2万円前後
問い合わせ先:ユニティ コーポレーション(販売代理店)

Splendidが動作すると,デスクトップの右上部にロゴがスプラッシュ表示され,動作を確認できる。もちろん,このロゴは数秒で姿を消す

 まずは,EAX700-XとASUSTeK版Catalyst 5.6,ASUS Enhanced Driver V1.18の組み合わせで検証した結果を以下に示す。テストスケジュールの都合上,グラフィックスドライバが古い点は勘弁いただきたい。1番上にある惑星の映像では,左半分でコントラストや発色が大幅に改善されつつ,暗い部分で表現の変化や黒浮き(本来黒く沈むべき部分が,単純なコントラストや輝度補正などで白っぽく映ってしまう現象)がほとんどない。一方,探査機の映像では必要性がないと判断されたのか,補正はほとんどかかっておらず,左右で画質に差がない。これは,動的な画質補正がかかっている証拠といえるだろう。

画像は,スカイパーフェクTV!・スカパー!110・ケーブルテレビで放送中のディスカバリーチャンネルより「土星探査機 カッシーニ」(c)2004 Discovery Communications Inc. 問い合わせ先:0120-777-362

 比較的明るめのシーンで見てみよう。左右で発色の傾向ははっきり異なり,左半分が右半分と比べて明らかに色鮮やかなのが分かる。とくにパラボラアンテナが映っている映像では,空がより青く,緑もより鮮やかになっているのがはっきりと見て取れる。コントラストの改善も明確だ。

 続いて,EN6600GTとASUSTeK版ForceWare 71.89,ASUS Enhanced Driver V1.18の組み合わせで検証した結果を以下に示した。EAX700-Xのキャプチャ画面と比べて全体的に若干明るめなのを除けば,Splendidの効果はほぼ同じと見てよさそうだ。明るさの違いに関しては,単にディスプレイドライバやグラフィックスチップ固有の傾向と見ていい。

今回はCGや建造物,風景を利用して違いを見てみたが,人間の肌の色や,あるいはアニメーションのセル塗りのような映像にもSplendidは有効だったことを付記しておく。ただし,黒い髪などは,ソースによっては黒つぶれする現象を確認した。"見栄えがいいように思わせる"意味ではもちろんアリなのだが,"無条件で画面が綺麗になる"わけではないことは,認識しておく必要がある

 Splendidには,標準プリセットであるEnrichedのほか,「Vivid」「Theater」というプリセットが用意されているので,EAX700-Xからこれらを選択してみた結果を以下に示しておこう。Vividでは色鮮やかさがさらに向上し,Theaterだとコントラストをそれほど強調せず,同時にこってりとした色使いになる。いずれもEnrichedとは明らかに異なる傾向の画質であり,動画や再生環境に合わせて使い分ける意味はありそうだ。ちなみにプリセット項目に並んでいる「Crystal Clear」は,ユーザーが任意に暗い部分の再現性を変更できる項目なので,画質評価には利用していない。

左がVivid,右がTheaterプリセットを選択した結果。Vividでは,空の青さがかなり強調されているのが分かる。また,Theaterでは追加で色が乗っている感じだ

■再生互換性はまだまだ。互換性に関する情報も少ない

 さて,ここまでは録画したMPEG-2ファイルでテストしてきたが,ほかのフォーマットでもSplendidは有効になるのだろうか。
 結論からいうと,ソースによる。ASUS Enhanced Driver V1.18をインストールした状態から,さまざまなソースと再生ソフトの組み合わせでテストしてみた結果を表2にまとめたが,WMV形式とDivX形式のビデオで有効にならないのは問題だと思う人が多いのではないだろうか。逆に,DVD-Videoならまず間違いなく有効になると見ていい。

 問題は,この互換性情報がまったく公開されていないことだ。ASUSTeKはWMVファイルでSplendidが有効にならないことを認識しているようで,実際に内部ではWMVファイルの再生互換性を改善した新バージョンのASUS Enhanced Driverをテストしているようだが,それが公開されるのか,されたとして,どこがどの程度改善するのかは分からない。この状態では,「Splendidは面白いからASUSTeKのグラフィックスカードを買おう」とは,とてもいえないのである。ASUSTeKには,この問題に対する早急な対応を望みたい。


2005年11月6日追記
 2005年11月上旬時点で,ASUSTeKのWebサイトからダウンロードできる「ASUS Enhanced Driver 1.21」を利用すると,DivX 5.05形式のビデオにおいて,Splendidが有効になったことを確認した。テスト環境は基本的に表1と表2のとおりだが,グラフィックスドライバだけは,ASUSTeK版ForceWare 71.89と,NVIDIA公式のForceWare 81.85の,両方でテストしている。
 一方,WMV形式では,未だSplendidの有効化は確認できなかった。本誌読者の報告によれば,WMV形式でSplendidが有効になる例もあるようだが,依然としてASUSTeKはこういった互換性情報を提供しておらず,本誌の問い合わせに対しても明確な回答がないため,正確なことは分からない。この件については,何か続報が入り次第,またお知らせしたいと思う。

■CPU負荷率は高くなるが,今時のPCであれば問題ないレベル

 前述したように,2005年夏時点でSplendidはドライバソフトウェアとして提供されているので,当然だが動画再生時のCPU負荷は高くなる。デコーダを介して動画ファイルを静止画として展開してから,リアルタイムで画像の内容を解析して補正するのだから,CPU負荷も決して無視できない。

 そこで,録画したMPEG-2ファイルに対してEAX700-XとEN6600GTの両方で同じシーンを再生し,Splendidの有効/無効でCPU負荷率を確認してみたが,どちらのグラフィックスカードでもSplendidを有効にするとCPU使用率は高くなった。普通に動画を再生するときと比べると,CPU負荷は1.5〜2倍になっている印象を受ける。

左上:EAX700-X,Splendid無効  右上:EAX700-X,Splendid有効
左下:EN6600GT,Splendid無効  右下:EN6600GT,Splendid有効

 もっとも,よりCPU使用率が高かったEN6600GTでも平均30%前後。今回使用したCPUがPentium 4 540/3.20GHzであることから推測するに,MPEG-2ムービーなら,2GHzクラスのCPUでも大きな問題なく再生できるはずだ。Xvid形式ファイルなどのデコード処理におけるCPU使用率は高まるが,それでも3GHz/3000+前後のCPUなら大きな問題はないだろう。少なくとも,最新最速のCPUが必須というレベルではない。

■グラフィックスカード選択の新たな基準となるか

 4Gamerではこれまでも何度か指摘しているが,ATI,NVIDIAを問わず,最速クラスのグラフィックスチップを搭載するカードはほとんどがリファレンスどおりのカード設計を採用しており,動作クロックくらいでしか差別化しにくくなっている。オリジナルデザインのカードが存在するミドルクラス〜ローエンドまでの製品も,せいぜいこれにファンレスかどうか,Low Profile対応かどうか,デュアルDVI-Iかどうか,といったあたりがせいぜい。あとは,ブランドイメージで選ぶくらいしかできないわけで,全体的にハードウェアスペック以外では差別化しづらくなっているのが現状だ。

 このような状況にあって登場したSplendidは,グラフィックスカードの差別化という意味で,一つの試金石となり得る存在といえる。本命は今後搭載されるだろうハードウェア版になると思うが,それでも,現在流通しているグラフィックスカードで上に挙げたような効果が得られるのは評価に値する。再生互換性の問題がネックとなり,100%の信頼が与えられるわけではなく,また,告知も十全でないのは残念だが,ASUSTeK製品を持っている人にとって意味のある機能なのは間違いない。

 また,PCでゲームだけでなく,映像も楽しむような人にとってのメリットも大きいはずだ。現在は動画再生に重きを置いた液晶ディスプレイが多数販売されているが,このような製品はパネルに"テレビ風"の光沢処理が施されているのがほとんど。光沢パネルは見栄えの良い映像表現には向く一方で,室内があまり明るくないことを想定して作られている多くの欧米製ゲームでは,映り込みや光の反射が邪魔で画面が見づらくなる弱点を抱える。もちろん,Windows GUIの細かい文字も見づらい。
 こういった事情で,光沢パネル搭載液晶ディスプレイを選択しない人は多いだろう。しかし,映りこみ防止のノングレアコートを施した液晶ディスプレイを選択すると,今度は長時間利用しても目が疲れないよう,抑えめの発色になっていたり,発色がある意味忠実すぎて動画再生時などは見栄えに欠ける製品もあるのだ。
 Splendidは,後者――Windowsやゲームプレイ時の見やすさを重視して,ノングレアコート処理液晶ディスプレイを利用している場合――において,有効な回答の一つになると思う。(坪山博貴)

 

タイトル Splendid
開発元 ASUSTeK Computer 発売元 ASUSTeK Computer
発売日 2005年内 価格 無料
 
動作環境 ASUSTeK Computer製グラフィックスカード専用