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Supercellを生んだフィンランド・ヘルシンキ市はゲーム産業とどのように向き合っているのか。Slush Tokyo取材記
そんななか,ヘルシンキ市が出展しているブースでは,市内をVRで観光できる「Virtual Helsinki」のほか,多数のゲームデベロッパも出展,作品を展示していた。またメディア向けには,ヘルシンキ市におけるゲーム産業の現状を紹介するトークイベントも実施されていた。
本稿では,「ヘルシンキ市発祥のゲーム・テクノロジー企業で何が起こっているのか」と題されたトークイベントの模様と,ヘルシンキ市ブースで見つけた面白い作品を紹介したい。モバイルゲームの世界的デベロッパであるSupercellを生んだヘルシンキ市は,ゲーム産業に対してどのような取り組みを行っているのだろうか?
若者に「信じて,任せて,一緒にやる」のがフィンランド流
「ヘルシンキがモバイルゲーム市場において傑出している」と言われても,ピンと来ない人もいるかもしれないが,冒頭に触れたとおり,ヘルシンキは「Crash of Clans」(iOS / Android)などで有名なSupercellの本拠地だ。同社は今も好調を維持しており,「Boom Beach」(iOS / Android)が累計売上10億ドル超えタイトルの仲間入りをしたほか,5番目の作品となる「Brawl Star」(iOS / Android)が50か国でストアで1位になった。
また,「Angry Birds」シリーズのRovioもヘルシンキの企業(子会社であるHatchがNTT Docomoの出資を受けた)だし,Zyngaが7億ドルで買収したSmall Giant Gamesも拠点はヘルシンキだ。最近ではEpic Gamesもヘルシンキオフィスを開いている。
Epic Gamesの動向にも象徴されるように,モバイルだけがヘルシンキのゲーム産業ではない。XR分野においてはVarjoが人間の目の解像度に近いHMDを開発,Zoan VRは市と協力して「Virtual Helsinki」を制作している。「Virtual Helsinki」はヘルシンキへのバーチャルな観光客100万人を目標にしているという。
もちろん基礎研究にも力が入れられており,メトロポリア大学にはXRセンターが開講し,さまざまな技術研究を行っている。
同様にインディーズゲームスタジオの育成にも注力しており,ヘルシンキ市の中心部にあるビルをリフォームして,40社近い有望なスタートアップ企業を招聘し,1つのビルの中で自分たちのゲームを開発しているとのことだ。
ヘルシンキ市がスタートアップ企業にとって有利という評価には客観的指標も存在し,Startup Genomeではヘルシンキが上位に位置している。加えて,今回のイベントがまさに示しているように,市政とスタートアップ企業との連携もフレンドリーかつ緊密だ。
ヘルシンキを拠点とするNokiaが世界で初めて「携帯電話で遊べるゲーム」をリリースしたのが,携帯電話をプラットフォームとしたゲーム市場の始まりという歴史的背景はさておき,今もなおヘルシンキが「ゲームに強い」こと,そしてそれを市政が重視していることがよく分かる。
続いては,tldr consultingのFounder,Wilhelm Taht氏だ。
Taht氏はまず,1997年にNokiaが発表した「Snake」というゲームの画面を見せた。これは世界で初めての「携帯電話で遊べるゲーム」だが,「このゲームが発表されたとき,誰もこの分野がこんなにも大きな産業になるとは思っていなかった」というのは,ゲーム産業に関わる人ならば皆感じていることだろう。
これはPCゲームと比較したときにも言えることで,1998年から2007年までの間,トータルで10億ドルを売り上げたPCゲームは18タイトルが確認できる(同じ期間,モバイルで10億ドルを越えたタイトルはゼロだ)。しかし2008年から2018年の間,10億ドル超えを果たしたタイトルはPCで6本,モバイルで21本にのぼる(ちなみに計27本中,23本が基本プレイ無料のタイトルだ)。
この21本の多くは日本で作られたゲームだが,スカンジナビア地域で生まれたゲームも8本存在する。しかるに,そのうち5本はヘルシンキであるというところから,ヘルシンキにおけるモバイルゲーム産業の「強さ」がはっきりと見て取れる。
もちろん,この数字に対して「ヘルシンキがすごいのではなく,Supercellがすごい」と評価することもできる。
だが,ヘルシンキのモバイルゲーム産業は発展が著しく,Supercellの業績を除いた場合でも2015年〜2018年(予測)で29%の成長率を示しているほか,ヘルシンキのゲーム産業トータルで10億ドル以上の売上が見えてきている(もっともSupercellは10億ドル超のタイトルを4つ持っているが)。
また,ヘルシンキのゲーム産業には2900名近くが従事しているが,女性の比率は20%。これは世界平均の10%を大きく上回る。同様に20%は外国人労働者となっており,国際色も豊かだ。
3番手に登場したのは,SlushのFounderであるPeter Westerbacka氏だ。
これまでの発表にあったように,ヘルシンキの(あるいはフィンランドの)ゲーム産業は,明らかに「うまくいっている」と評価すべき状況だ。こと,ヘルシンキの人口がたった50万人に過ぎないことを鑑みると,「何かがとてもうまくいった」と言わざるを得ないだろう。
フィンランドでは,子供も大人と同じように扱われ,また子供自身も早い時期から独立心が旺盛な傾向にある。そして教育の現場でも,子供たちの独立心やクリエイティビティをできるだけ殺さないように配慮されている。Westerbacka氏はこのことを非常に重要なポイントだと指摘した。
言うまでもなく,ゲーム産業においてクリエイティブであることは重要だ。だがそれだけではなく,フィンランドでは「何か違った形に作りあげる」「他人と違った形に作る」ことを恐れないように教育が行われるという。
実際,Slushというイベントは若いスタッフの主導によって始まり,第1回から一定の成功を収めた。このため「トップに経験豊富な年長者を迎えることで,より大きなイベントへと成長させられるのではないか?」という意見も出たという。
だが「我々は若者が素晴らしいことを起こせる,ということを信じなくてはならない」という信条のもと,2年目も若者たちが主導する形でSlushは継続された。これを指してWesterbacka氏は「信じて,任せて,一緒にやる」ことが重要だと語った。
またもうひとつ,「他の人と協力して働く」ということもフィンランドでは重視される。
フィンランドは人口が少なく,大きな問題に対しては皆で協力して解決しなくてはならない。このことはビジネスにおいても同様で,今回のSlush Tokyoに出展している開発会社10社は,もちろん互いに競争関係にあるが,同時に協力もしているという。
この協力体制は企業の規模の大小を問わない。RovioやSupercellといった大企業が持つノウハウをインディーズデベロッパが学ぶこともできるし,逆にインディーズデベロッパ側が得た知見を大きな開発会社と共有するということもあるそうだ。フィンランドでは,このような「互いに教え合う」環境が構築されているのである。
こんにち,ゲームは小規模なチームで開発することも可能だが,それでもなお一人で何もかもを作るのは難しい。ここにおいて「一緒にやっていく」という姿勢は,大きなプラスとなっているとWesterbacka氏は語った。
そしてまた,ヘルシンキ〜東京間には1日3本の直行便が出ており,かつ「東京から最も早く到着できるヨーロッパ圏の首都」はヘルシンキであるとWesterbacka氏は指摘。「フィンランドと日本が協力し合えば,もっと良いものができるのではないか。これからも日本とフィンランドのコラボを見ていきたい」と語ってトークを終えた。
最後にマイクを握ったのは,TribeRedのJani Järvinen氏だ。
Järvinen氏がCEOを務めるTribeRedは,スタッフが6人という小規模な開発会社だが,現在「Moomin Move」というゲームをサービスしている(日本ではまもなくリリース予定とのこと)。これは「Pokémon GO」(iOS / Android)のようないわゆる「位置ゲー」だが,世界観がムーミンに沿ったものとなっているそうだ。
ゲームとしては「あらゆる都市がムーミン谷となる」「100以上のキャラクターとインタラクションできる」だけでなく,「ストーリーの要素が強い」という特徴も持っているようだ。またソーシャル要素も強めで協力要素が大きく,「皆で集まって本を読む感覚」で楽しめるという。
ヨーロッパで人気が上昇しつつある「Moomin Move」だが,やはりSupercellやRovioといった大きな会社と知見を共有できたことが大きなプラスになったとJärvinen氏は語った。
TribeRedのCEO,Jani Järvinen氏 |
TribeRedのCOO,Kirsti Koppelo氏 |
最後に質疑応答の時間が(かなり長めに)取られていたので,その模様も簡単にお届けしよう。
モバイルゲームはレッドオーシャンを越えてパープルオーシャンと呼ばれるような過当競争に至っており,また開発にあたって要求される技術水準も上昇し続けている。これに対してどのような対策があるか。
Koivusalo氏:
海外に打って出たいという会社には,ヘルシンキ市が資金援助を行っている。具体的にはゲームイベントなどで海外に行きたいといったプランに対する援助となる。今回のSlush Tokyoにも10社が来日しているが,これもヘルシンキ市が援助している。
また開発拠点として,ヘルシンキのダウンタウンのビルを1棟,何百万ユーロもかけて改装し,そこをゲーム開発会社のための拠点として提供している。現在,いくつものゲーム開発会社がそのビルでそれぞれ開発を進めているところだ。
指摘のとおり,世界のモバイルゲームのレベルは非常に高くなっており,乗り越えるべき壁も高くなった。実際,「Moomin Move」にしても最初に超えるべき壁はとても高かった。だが,ヘルシンキ市には「壁を超えた」成功例に事欠かないし,その成功例やノウハウを共有する仕組みもできている。これはとても有利な環境だと思う。
Järvinen氏:
小さなチームであればこそ,イノベーティブである必要がある。また,プレイヤーが何を楽しいと感じ,何を重視しているかを徹底して理解する必要がある。
また,新しい技術は次々に発表されるが,ゲームの楽しみとは無関係な技術も多い。そこを取捨選択しながら,新技術を採り入れることではなく,ユーザーがより楽しめるゲームを作ることに注力するのが大事だと思っている。
そのうえで,すでに存在するリソースやアセットを活用するのも大事だ。すでに「うまくやれている」ものがあって,それが公開ないし販売されているのであれば,そのまま使ったり,あるいは自分たちのゲームに向けてカスタマイズして使うというのは,小さなチームにとって確実な方法だと考えている。
質問:
日本で開発されたインディーズゲームやミドルウェアをヘルシンキのゲーム・コミュニティにアピールしたい場合,どこにアクセスすればいいか。
Westerbacka氏:
Slushは良い機会となるし,ゲームに特化したSlush Playも開催している。
このほかにもゲームイベントはたくさんあって,インディーズのゲーム開発者によるミートアップは毎月のように開催されている(Taht氏によると,非公式の統計だが,2018年はヘルシンキで1週間に1回は何らかのゲーム関係イベントがあったらしい)。
また,Assemblyというイベントがあって,これは6000人くらいが集まってゲームを遊んだり作ったりデモを展示したりしている。20年以上の歴史があるイベントで,これもお勧めできる。
教育用ARボードゲーム「RescueBusters」
さて,Slush Tokyoの本題にあたるのは,あくまでホールの展示である。
というわけで,ヘルシンキ市ブースで展示されていたゲームのうち,とくに興味深かった「RescueBusters」をピックアップしてみた。
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