連載
【西川善司】台湾メーカーが開発中のPC用裸眼立体視対応ディスプレイを評価してみた。立体視の良さを再確認できるが問題点もアリ
西川善司 / グラフィックス技術と大画面と赤い車を愛するジャーナリスト
(善)後不覚 |
最近は立体視テレビブームも下火となり,ある意味ではその延長線上にある仮想現実(以下,VR)対応型のヘッドマウントディスプレイに大きな関心が集まっています。そんな状況ですから,「なぜ,今,このタイミングで立体視対応ディスプレイ?」という気もしますが,よくよく考えてみると裸眼立体視に対応するPC向けディスプレイ製品は珍しいかな,とも思い,テストしてみることにしたのでした。
スロットマシンやパチンコ・パチスロに広がる裸眼立体視ディスプレイ
かつて本連載でも取り上げたように,ボクは,出張時に20インチの液晶ディスプレイを携行するのが習慣になっているのですが,まさか台湾出張からの帰りに,自前の20インチに加えて,裸眼立体視ディスプレイまでをトランクに入れて持ち帰ることになるとは思ってもみませんでした(笑)。
Exbriという企業は,裸眼立体視技術に力を入れているメーカーですが,製品の多くがB to B,すなわち企業向けや業務用のソリューションとなっています。近年で最も多い商談は,ラスベガスのカジノにあるようなスロットマシンなどの映像表示用だとか。日本にも顧客がいるそうで,その代表格はパチンコ・パチスロ機器メーカーだそうです。
あまりギャンブルをしないボクも,たしかにラスベガスのスロットマシンや,日本のパチンコ・パチスロで,派手な裸眼立体視ディスプレイを使った機械を見かけたことがあります。ふらっと立ち寄ったお客さんに,「立体視用のメガネをかけて遊んでください」とは言いにくいでしょうから,裸眼立体視はそうした娯楽機械には向いているといえそうです。裸眼立体視ならば,ギャンブルモノに合うような,派手な演出もできますしね。
試用した裸眼立体視ディスプレイはこんな機材
Chen氏に手渡された裸眼立体視ディスプレイの試作機は,かつてExbriが台湾で発売していた15.6インチサイズの裸眼立体視対応液晶パネルを採用するゲーマー向けノートPC「Exbri 3D Gaming Notebook」(関連リンク)から,その液晶パネル部分を抜き出したものに相当するとのことでした。画面サイズや裸眼立体視機能,および映像表示に関わるスペックはそのノートPCに準じたものになるそうです。
試作ディスプレイの液晶パネルは15.6インチサイズで,駆動方式はTNでした。平面視表示の解像度は1920×1080ドットで,裸眼立体視モードになると1280×720ドット相当の映像を表示できます。
想定される立体視の視距離は50〜100cm程度で,視野角は水平70度,垂直35度です。
背面側の左側面には,USBポートとOSD操作ボタンが並んでいた |
Webカメラを使った顔面(視線)トラッキング機能も搭載 |
さて,現在実用化されている裸眼立体視の実現方法には,大別すると2つの方法があります。1つは,「パララックスバリア(視差バリア)方式」です。これは右目と左目,それぞれからの視線に対し,反対側の目で見る映像が見えないようにピクセルサイズのマスク(覆い)を液晶パネルに貼り合わせる方式です。
もう1つは「レンチキュラーレンズ方式」。これは,液晶パネル上に,カマボコ型断面を持つ画素サイズ並みに小さなレンチキュラーレンズのシートを張り合わせる方式で,右目と左目,それぞれからの視線を,レンチキュラーレンズの光学効果によって液晶パネルの各ピクセルに振り分ける仕組みです。Exbriの裸眼立体視ディスプレイが採用するのも,このレンチキュラーレンズ方式です。
レンチキュラーレンズ方式では,平面視表示時にレンズの光学的効果をキャンセルさせる手法が面倒といわれています。Chen氏はこの点について,仕組みは非公開だと断ったうえで,「東芝の『グラスレス3Dレグザ』とほぼ同じ方式」を使っていると説明していました。この説明から推測するに,平面視表示時はアクティブ偏光シートと呼ばれる技術を活用して,レンチキュラーレンズの効果をキャンセルするものだと思われます。
レンチキュラーレンズは,凸レンズ状の微細な盛り上がりの方向に対応した,特定位相方向の光に影響します。そこで平面視表示時には,アクティブ偏光シートによって,レンチキュラーレンズの光学効果を無効化する方向となるように,光の位相を操作するのです。そうすれば,液晶パネルのフル解像度――今回は1920×1080ドット――で平面視用の映像を表示できるようになります。
余談ですが,最近では,液晶分子の駆動方向を操作することで光路をアクティブに変更できる液晶パネルでレンチキュラーレンズの効果を発揮させるという,「Gradient Index」(GRIN,屈折率分布)レンズという技術が,業務用裸眼立体視ディスプレイの世界で導入され始めています。ただ,GRINレンズ式は製造コストが高く付くので,一般消費者向け製品では,まだ採用例がありません。
フェイストラッキングシステム付き裸眼立体視ディスプレイの実力は?
では早速,とBlu-ray 3Dの映画ソフトを再生してみたのですが,BDプレイヤー側が「接続中のディスプレイは立体視表示に対応していない」というエラーを示して,3D表示ができません。
Chen氏に確認したところ,この裸眼立体視ディスプレイ試作機はHDMI 1.4で定められた立体視映像伝送フォーマットのうち,フレームパッキング方式の立体視映像には対応しておらず,サイドバイサイド型式の立体視映像のみに対応しているということでした。
さらに,裸眼立体視で表示するモードは,USB接続したPCから専用の設定ソフトを使って立体視をオン/オフさせる仕組みとのこと。それ以外の状態では,裸眼立体視機能はオフになるとのこと。つまり,この試作機は,設定ソフトをインストールしたPC以外で使おうとしても,平面視表示の液晶ディスプレイにしかならないというわけです。
原因が判明したので,テスト用のPCに設定ソフトとドライバソフトをインストール。Blu-ray 3Dの再生はあきらめ,YouTubeの3Dチャンネルで試してみることにしました。
SFアクション映画「I,Robot」のクライマックスシーンを集めた立体視映像が上がっていたので,これを1080p品質で見てみましたが,なかなかの品質です。奥行き感はありますし,飛び出し感も画面位置から40〜50cmくらいは飛び出て見えます。人の顔やボールのような,曲面や球体の表現も良好で,ちゃんと丸い立体物に見えます。書き割り感はなく,ちゃんと厚みのある立体物に見えているのには感心しました。
裸眼立体視映像ではしばしば気になる,反対の眼で見るべき映像が見えてしまうクロストークもほとんど気になりません。一般ユーザーが撮影した立体視映像ではクロストークが気になることもありましたが,これはコンテンツ側の問題のようで,I,Robotのようなプロが制作したものでは問題なしでした。
視野角はスペックどおりといった感じです。ただ,顔を左右に動かしてもクロストークが増大するようなことはありませんでした。これは,試作機が装備している赤外線LEDとカメラを使った,フェイストラッキングシステムが効果を発揮しているようです。
この裸眼立体視ディスプレイでは,フェイストラッキングシステムによってユーザーの顔――実質的には左右の目――の位置を検出し,その視線に対して最も安定した裸眼立体視ができるように液晶画素の描画を制御するようになっているようです。さすがに斜めから見れば立体感はなくなってしまいますが,多少であれば,画面の前で左右に動いても,左右映像が反転するような現象は起きず,安定的な画質で見られていました。
対応メガネをかけて見る一般的な立体視対応テレビで,フレームパッキング方式の映像を見た場合と比べれば,解像感は確かに低いのですが,十分に高精細ではありました。ただ,ベタ塗りの割合が多い面表現では,粒状感(液晶画素のツブツブ感)を感じます。これは,裸眼立体視ディスプレイが二次元空間方向に展開・配置された画素の1つ1つを左右の目に割り振って,映像を描画しているためです。
裸眼立体視ディスプレイでは,基本的に各画素が左右の目どちらかにしか見えない構造であるため,塗りつぶされた面は,片目で見ると市松模様のように見えてしまいます。これは裸眼立体視ディスプレイ自体がそういう見え方をするものなので,Exbriだけの問題ではありません。
TriDef 3DでPCゲームを立体視でプレイ
映画の次は,PCゲームをプレイしてみることにしました。
PCゲームをこの裸眼立体視ディスプレイでプレイするためには,ゲームを立体視用に表示する特別なソフトウェアをPC側にインストールする必要があります。Chen氏によれば,立体視用ソフトウェア「TriDef 3D」がお勧めとのことだったので,それを使ってみることにしました。有料のソフトですが,14日間の試用期間が提供されているので,今回もそれを利用しています。
TriDef 3Dのことを覚えている人もいるかと思いますが,これは,立体視に対応してないPCゲームで立体視を無理矢理実現するソフトです。原理としては,DirectXのAPIコールを乗っ取って,PCゲームの映像を立体視に対応する形で描画するという仕組みのソフトでした。表示方式としては,一般的な立体視対応テレビ向けのフレームパッキングと,偏光方式を採用する立体視対応ディスプレイ向けのラインバイライン,そして汎用的に使えるサイドバイサイドの3つに対応しています。Exbriの裸眼立体視ディスプレイはサイドバイサイド前提の機器なので,問題なく適合するはずです。
実際に,PC版「TOMB RAIDER」をプレイしてみましたが,TriDef 3Dで強制的に立体視化した映像とはいえども,まずまずの立体感を感じられました。映像の見え方は,YouTubeの印象とほぼ同じですが,ゲームの場合,各オブジェクトの奥行き座標が明確に設定されていることもあって,YouTubeの映像よりもオブジェクトの前後関係が明確に分かりやすい印象です。
しかし,強制的に立体視化しているためか,おかしな部分も散見されます。
オープニング直後のパズルを解き終えて崖先に脱出すると,「TOMB RAIDER」のタイトルが表示される海原を見下ろすシーンがあるのですが,ここがまるで描き割りのように,海の近景と遠景が分断されてしまうのです。また,主人公ララの頭髪も,頭部や身体の奥行きとマッチしていない感じがします。
話は少しそれますが,PC版TOMB RAIDERにおけるララの髪は,「TressFX Hair」(以下,TressFX)という毛髪レンダリング技術で描画されていました(関連記事)。数百MBの作業バッファを確保してGPGPUを活用し,ピクセル単位の奥行き情報に配慮しながら,順不同の半透明ピクセルを描画する手法「Order Independent Transparency」という手法です。やや特殊な描画手法なので,TriDef 3Dでは対応しきれない部分なのかもしれません。
グラフィックスがシンプルな「Portal」もプレイしてみました。ゲーム画面はほぼ完璧に立体視対応化されていましたが,一部のUI画面などは見づらくなってしまいました。TriDef 3Dでソフトウェア的に強制立体視化されたPCゲームは,かなり頑張った立体視化されてはいるのですが,細かい部分で「あれ?」という部分に気づかされることがあるようです。
とはいえ,一度平面視表示でプレイしたゲームを再びプレイし直すときに「気分を変えて立体視で」という用途には悪くないと思います。
一般消費者向け製品とするには,単独での立体視表示と操作系の改善が必要
こうして,このExbriの裸眼立体視ディスプレイを評価したわけですが,いくつか感じたこと,分かったことがあります。
筆頭に挙げられる不満は,ディスプレイ単体では裸眼立体視機能を働かせられないことです。試作機なので,最終製品に必要な機能が実装されていないだけかもしれませんが,一般消費者向けに製品化する場合は,ディスプレイ単体で立体視を表示できるようにすべきです。PC接続していないと立体視機能が有効化できない製品は,一般消費者には使いにくいですからね。
また,Blu-rayプレーヤーと直接HDMIケーブルで接続し,Blu-ray 3Dのソフトを裸眼立体視で見られるようになれば,それだけで商品価値が高まります。そうなれば,PlayStation 3用にたくさんリリースされている立体視対応ゲーム(関連リンク)をプレイすることもできるでしょう。ただそのためには,フレームパッキングのような,HDMI規格準拠の立体視対応映像フォーマットに対応する必要があると思います。
PCゲームも,ドライバソフト側でゲームの立体視を実現するNVIDIAの「3DTV Play」が利用できそうなのですが,残念ながら現在は3DTV Playのソフトウェアが配信停止となっているため,実験できませんでした。
2つめの不満は,1つめの不満と関連が深いものですが,この裸眼立体視ディスプレイがサイドバイサイド方式にしか対応していない点です。
サイドバイサイド方式は,画面の真ん中から左右の映像を横に伸長して1画面に立体視映像として表示する方式なので,裸眼立体視モード時は,平面視表示のデスクトップ画面ですら真ん中半分から左右の眼用の映像として表示されてしまい,デスクトップアプリの操作がやりにくいのですね。
そのうえ,立体視/平面視切り換えをPCの設定ソフトでしか行えないため,使い勝手に難があるのも気になるところ。立体視状態で設定ソフトに切り替えると,自動で平面視表示モードに切り替わるため,[Alt]+[Tab]キー操作で立体視表示のアプリと平面視表示のデスクトップを切り替えて使うわけですが,これは意外に面倒なものです。
設定ソフトでの切り替えだけでなく,ディスプレイ側に立体視と平面視を切り替えるための専用ボタンを設けて,そちらを押すことでも切り換えができるようにしてほしいところです。
問題点もありますが,メガネ不要で立体視を楽しめる裸眼立体視の気軽さは,あらためて「いいな」と再確認できました。前述のような課題が解消されて,普通の平面視ディスプレイとそれほど大差ない価格で提供されるのならば,結構魅力的な製品にはなると思います。低価格で販売できるのなら,ゲーマー以外の人,たとえばYouTubeの3Dチャンネルに上がっている玉石混淆な立体視コンテンツを楽しんでみたいという人にも響くのではないでしょうか。
実際に製品化されるかどうか,現時点では決まっていないそうですが,今後の発展に期待していきたいところです。
■■西川善司■■ テクニカルジャーナリスト。6月に台北とロサンゼルスという連続出張をこなし,その間に貯まった仕事にまだ追われているという西川氏。ゲームをする暇もないほど忙しいのかと思いきや,最近は「スプラトゥーン」にハマっているのだとか。自宅にゲーム仲間を集めて,Wii Uを9台使ったスプラトゥーンの9人対戦パーティーもやってみたそうです。その顛末は,また別途ネタにする予定だそうなので,同ゲームに興味ある人はご期待ください。 |
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