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原発/エネルギー問題に対して「ゲーム」は何ができるのか。菅 直人元首相もゲストとして登壇した「黒川塾(十八)」聴講レポート
18回めの開催となる今回のテーマは,「『シリアスゲームの現状 日本の不都合な真実』〜福島第一原子力発電所事故 ゲームにできること〜」で,2011年3月11日の東日本大震災により発生した「福島第一原子力発電所事故」以降の日本におけるエネルギー問題を題材とするシリアスゲームプロジェクト,「エネシフゲーム」が取り上げられた。
今回の黒川塾は2部構成となっており,第1部ではスマートフォンアプリ「エネシフゲーム・インタビューズ」(iOS / Android)のプロデューサー/オーガナイザーを務める小関昭彦氏と,ディレクターの二木幸生氏,そして原子力発電の専門家である東京都市大学教授 高木直行氏および東京工業大学助教 澤田哲生氏が,原子力発電を含む日本のエネルギー問題に関するトークを繰り広げた。
続く第2部では,元内閣総理大臣の菅 直人氏が自身の原子力発電に対するスタンスなどを語った。
シリアスゲームとは,社会,教育,医療などの社会的な課題について,プレイヤーに学習や体験をさせ,関心の喚起および醸成を促すゲームジャンルのことだ。今回取り上げられた「エネシフゲーム・インタビューズ」は,東日本大震災以降のエネルギー問題をテーマとしたシリアスゲームで,新人記者となったプレイヤーは先輩の女性記者と共に,エネルギー問題に関わる取材対象者へインタビューを行うことになる。
小関氏は,ゲーム業界に携わって26〜27年というベテランのゲームクリエイターだが,東日本大震災の直後,自分でも何かできないかと考え,まずFacebook上で「自然エネルギーで行こう!」というページを立ち上げた。その背景には,何かに反対するのではなく,“よいこと”を推進していこうという思いがあったとのことだ。
さらに高木氏は,自身が関わってきたゲームを使い,エネルギーシフト(エネシフ)に関する提案ができないかと,エネシフゲームプロジェクトを企画したという。
一方,20年来のゲームクリエイターである二木氏は,第三世界における過酷な農業経営を描いた「3rd World Farmer」をプレイして以来,疑似体験を通じて深い理解を得られるシリアスゲームに関心を寄せていた。東日本大震災の発生を受けて,今こそ何かするべきではないかと考えていた二木氏は,当時まったく面識のなかった小関氏の取り組みに共感し,さっそく参加を決めたという。
高木氏と澤田氏は,原子力発電の専門家として「エネシフゲーム・インタビューズ」に実名で出演している。
高木氏は,2007年までの16年間,東京電力で原子力発電に携わっており,最後の直属の上司は,東日本大震災発生当時の福島第一原発所長,吉田昌郎氏だったという。そんな経緯から,震災当時の高木氏は「自分も何かしたい」という思いでいても立ってもいられなかったそうだ。そこで,「エネシフゲーム・インタビューズ」への出演を打診されたとき,世間に広くインパクトを与えられるだろうと考え,依頼を快諾したのである。
一方澤田氏は,自身が原子力発電の「御用学者」と揶揄されていることに触れ,「東京電力からも政府からもお金はもらっていませんから。(著書にも記しているとおり)むしろ,自然エネルギー推進派からはいただきました」と笑いながら話していた。
また澤田氏は,「エネシフゲーム・インタビューズ」が採用した形式について,「いろんな意見が横並びになるのは面白い」とし,「エネルギーシフトについて,原子力発電というオプションもあるという主張を扱ってもらえるのはありがたいです」とコメントした。
話題は,原子力研究が抱える課題にも及んだ。原子力の研究ジャンルは多岐にわたっているが,澤田氏によれば,これまで複数のジャンルにまたがるような取り組みはあまり進んでいなかったという。しかし最近では,比較的新しいジャンルとなる原子力安全工学をはじめ,各ジャンルをつなぐ議論やセッションが行われるようになるなど,体系的な原子力研究への取り組みが始まっていると高木氏は説明した。
なお,これらが大きく動き出したのは東日本大震災以降であることは確かだが,原子力発電の安全に関する取り組み自体は,高木氏が東京電力に勤務していた頃から始まっていたとのことである。
その一方で高木氏は,震災後の原子力発電に対する懐疑的な世論によって,今後,研究者が減少してしまうのではないかとの危惧を示した。実際,現在では原子力研究に関する学部を擁する大学は,東京都市大学,東海大学,福井工業大学の3校しかないとのことだ。高木氏は今後,原子力発電を継続するにしろ取りやめるにしろ,研究者は確実に必要となるとし,「反原発」を謳う人達が,若い人材を育成できないような雰囲気を作り出すことに疑問を呈していた。
関連して澤田氏は,現在中国で原子力発電所が増設されており,それに伴って原子力工学の研究者も増えていることを指摘。今の状況が続くようであれば,数十年後,日本でも中国の原子力技術に頼ることになるだろうとの見解を示す。
また小関氏は,北海道大学大学院工学研究科教授で,原子炉工学の研究を行っている奈良林 直氏へのインタビューを通じ,日本における原子力の安全に対する体制は不十分だと理解したという。たとえば原子力発電所の検査にしても,海外では高度な知識を持つ検査員が抜き打ちで厳しくチェックするが,日本では膨大な書類のチェックだけで終わってしまい,非常に手ぬるいとのこと。小関氏は,自身が原子力発電を「エネルギー問題を解決する一つの手段」として捉えているとしつつも,現状のまま原子炉を再稼働することには疑問を示した。
第1部の最後で黒川氏は,現在,原子力に関わっている人達が,今後のエネルギー問題をよい方向に持っていこうと,ある種の使命感を持って取り組んでいるとし,その一方では大きな権力が絡む問題でもあるので,今後どう扱っていくかについてはきちんと考えなければならないだろうとまとめた。
その中で菅氏は,とくに事故が最悪の事態に及んだとき,福島第一原子力発電所から250キロ圏内に暮らす約5000万人が避難する必要があるかもしれないという事実と直面し,愕然としたことを挙げる。
と言うのも,250キロ圏内には東京がほぼすっぽりと収まっており,そこから人々が避難することになれば,首都としての機能が失われてしまうからだ。さらにその状態が,その先数十年続くかもしれないのである。菅氏はそうした状態を「日本が国家としての機能を失う」ことにほかならないとし,そのリスクを覚悟で原子力発電を使うかどうかを,あらためて考えたと語った。
その結果,菅氏は現在,「原発に依存しない日本と世界の実現と再生可能エネルギー促進」をライフワークと定め,精力的に活動に取り組んでいるというわけである。
原子力発電の有用性とリスクのそれぞれが,あらためて提示された今回の黒川塾。小関氏と二木氏が言及したとおり,このトピックにはさまざまな立場から多様な見解が示されており,少し聞きかじっただけでは何が正しいのかを判断するのは難しいところだ。この記事を読んで,原子力発電や今後の日本のエネルギー問題に興味を抱いたという人は,まず「エネシフゲーム・インタビューズ」をプレイするところから始めてみてはどうだろうか。
「エネシフゲーム・インタビューズ」公式サイト
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エネシフゲーム・インタビューズ
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