インタビュー
稲船敬二氏と岩元辰郎氏が「バクダン★ハンダン」に携わったのはどんな判断? 両氏が語る乙女ゲーム,そしてクリエイターのあるべき姿とは
舞台は爆破予告の出されたテーマパークで,犯人に捕まった人質を助け出すために,主人公と魅力的な6人の男性達が「7日間の【ゲーム】」に挑むという内容になっている。
……何を隠そう,この人質となるのが,あのゲームクリエイター稲船敬二氏である。ゲーム内の設定はほぼ本人そのままであり,実は主人公も稲船氏の姪っ子という設定だったりする。まぁ,姪っ子のほうは架空の登場人物らしいのだが。
しかも,その稲船氏を含む登場キャラクターをデザインしたのは,「逆転裁判」シリーズでおなじみの岩元辰郎氏だ。
片やゾンビ/ロボット/サムライといった,男の子が大好きそうな要素をフィーチャーしたタイトルで有名な稲船氏,片や女性ファンも多いとはいえ,いわゆる“乙女ゲーム”に関わるのは初めてという岩元氏。なぜこの二人がバクダン★ハンダンに携わることになったのか。今回,4Gamerでは両氏の対談を通じてその経緯を聞いた。
また,稲船氏は,新たな会社を設立しその代表として,岩元氏はフリーランスとして,ゲームに限らずさまざまな分野で活躍している。かつて大企業に所属していた両氏は,なぜ独立しようと考えたのか。ゲームクリエイターという職業についての所感とともに,その理由を語ってもらった。
最初の課題は乙女ゲームの中で
実在の人物をどこまでリアルに近づけるか
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。今回は,お二人にバクダン★ハンダンについてお話をしていただきたいのですが,稲船さんは具体的にどういう形でこのタイトルに携わっているのでしょう? クレジットには“制作協力”とありますけれども。
稲船敬二氏(以下,稲船氏):
企画に携わっているわけではなく,キャラクターの一人としてゲームに出演しています。最初に「こういう企画があるんですけれど……」と,アイディアファクトリー(以下,IF)さんから提案を受けて「面白いじゃん! やりましょう」と。
4Gamer:
主人公の叔父さんという立場を除けば,設定はほとんど稲船さんご自身ですよね。
稲船氏:
ええ,そういうところも含めて面白いと思いました。もう,僕のことは好きに使っていいですよという気持ちで。
4Gamer:
岩元さんは,今回,初めて乙女ゲームのキャラクターデザインを手がけていますよね。
岩元辰郎氏(以下,岩元氏):
実を言うと,僕はこの仕事の話をいただくまで,自分が乙女ゲームに関わることはないと思っていたんですよ。声をかけていただいたときには「何で僕が乙女ゲーム?」と思いましたね。そこでさらに「稲船さんが出演する企画だ」と言われてますます混乱したんですが,とりあえず面白そうだからやってみようと(笑)。
4Gamer:
実際,稲船さんをキャラクターに起こすにあたって,苦労などはありましたか?
岩元氏:
勢いで引き受けたのはいいけれど,いざ稲船さんを描こうとしたときは「何で引き受けちゃったんだろう?」とは思いました。難しかったですよ。ものすごく格好よくする,またはリアルに描く,この二つのアイデアを基に,イメージを作っていきました。
稲船氏:
格好いいの対極がリアル……今,ちょっと馬鹿にされたような(笑)。
岩元氏:
いやいやいや!(笑)。乙女ゲームの男性キャラは,現実にはいないくらい格好よくないとダメですから。それを踏まえて,どこまでリアルに寄せるべきかということです。
でも,確かに岩元君はかなり気を使って格好よく描いてくれたよね。IFさんが別のタイトルで描いた僕の絵なんて本当に酷くて,何かもう素っ裸の猿みたいなヤツだった。僕はほとんど何でもオーケーを出すけど,さすがに「これはダメ」と言っちゃうくらい酷かった。
岩元氏:
ただ,そうやって飛び込んでみるIFさんの勇気は見習いたいです。
僕の場合は気を使ったというよりも,ちゃんと「稲船さんだ」と分かること,そしてゲームの世界に馴染むことのバランスを考えたんです。ほかのキャラクターでは「もっと格好よく,もっと色っぽく」という指示を受けている中で,一人実在する人物を描くのは難しかったですよ。
稲船氏:
僕も絵を描くので分かるんだけど,似顔絵って難しい。子どもの頃,僕が似顔絵を描くと,周りの皆は「似てる」って言うんだけど,描かれた本人は嫌がる──とくに女の子は泣いちゃってたんです。
岩元氏:
ああ,喜ばれないタイプの似顔絵を描いちゃうんですね。
稲船氏:
そうそう。特徴を捉えて描くので,その子のコンプレックスを刺激しちゃうんです。目が離れているとか,鼻が丸いとか,その子が気にしている部分を強調するので,本当に女の子には嫌がられましたね。でも興味があるから,似顔絵を描きたくなるんです。愛情表現なんだけど伝わらない(笑)。
岩元氏:
似顔絵の本道は,そうやって特徴を捉えてデフォルメすることにありますからね。
そういう意味でも,今回はゲームの世界とリアルのバランスをどこで取るかに悩みました。髪型とひげ以外は,ゲームの中のほかのキャラみたいにしてしまえば簡単だったんですが,IFさんに「それは違う」と言われてしまいました。
乙女ゲームの経験から得たヒントで
仕事の幅を広げていく
4Gamer:
稲船さん以外のキャラクターは,どう描いていったんですか?
岩元氏:
僕がなりたい男性像をもとにしています。僕自身は,どうやっても女の子が男性に抱く「好き」という感情が分かりませんから,“理想の大人”であったり“理想の青春時代”であったりを描こうと考えたわけです。
稲船氏:
実は僕,今回の岩元君の絵を見て,「逆転裁判っぽさが入ってない」って思ったんだよね。
岩元氏:
え,本当ですか?
稲船氏:
もっと逆転裁判に寄るものだと思っていたし,寄ってほしかったんですよ。なぜなら,それが岩元君のタッチだから。一人の“クリエイター”として起用されたんだから,もっと「こうしか描けません」というのを出してよかったんじゃないかな。
例えば僕が足のでかいキャラクターを描いたとして,「ロックマンに似てる」と言われても気にしない。だってロックマンを描いたのは僕ですから。今回の岩元君の絵を見て思ったのは,真面目にいろいろ気を使って逆転裁判との違いを出そうとしたんじゃないかということなんですよ。
岩元氏:
そうですか……。実は今回,自分なりにテーマを持って臨んだのですが,それがそういった印象につながったのかもしれません。
4Gamer:
テーマと言いますと?
岩元氏:
二つあって,一つは乙女ゲームのプレイヤーに受け入れられて,かつ僕自身の絵を描くということです。
もう一つは,僕は専門学校でキャラクターデザインの講座を担当しているのですが,受講生の中には,将来,乙女ゲームを手がけたいという人もいます。そういった受講生に「俺もちゃんとやってるんだぞ」言うためにも,この機会に正面から乙女ゲームに取り組んでおこうと考えたんです。
ただ,「乙女ゲームとしてちゃんとしたものを」ということを考えすぎて,稲船さんがおっしゃるような印象を与えてしまっているかもしれませんね。何しろ,自分がターゲット層に入っていないゲームのキャラクターデザインをするのは,初めてでしたから。
稲船氏:
何でもチャレンジするという姿勢はいいですよね。僕もただ協力するだけじゃなくて,自分で一度,乙女ゲームを作ってみたいなと思います。もちろん簡単じゃないのは分かっていますけれど,「稲船が作ったらどうなるだろう」ということは考えています。
何より重要なのは,あまり重くない立場とはいえ,こうやって自分が関わることで乙女ゲームを意識するようになったこと。こういうラインナップがあるんだ,プレイヤーはこういう層なんだ,このくらい売れるんだと,いろんな発見があるんです。
岩元氏:
そうですね。乙女ゲームを扱っている雑誌の売り場とか,本屋で立ち止まる場所が増えました。
稲船氏:
今までは目の前にあっても,視界に入ってなかった。「俺には関係ない」と思っちゃってたから。でも,こうやって知ることで自分の可能性が広がる──岩元君ならキャラクターデザインに,僕なら企画全般に広がりが出るわけです。乙女ゲームそのものじゃなくとも,それを意識してやれるんじゃないかな。
4Gamer:
岩元さんが,今回の取り組みを通じて意識するようになったことは何でしょう?
岩元氏:
IFさんからはずっと「男性の唇をもっと色っぽく」と言われていました。女性キャラの唇を色っぽく描く分には,僕自身に願望がありますからいくらでもできますけど,男性となるとこれがなかなか……。
でも,そのおかげで「男性のどんな唇がいいのか」ということは意識するようになりましたよ。
4Gamer:
それは,具体的にキャラクターデザインに反映されているのでしょうか?
岩元氏:
それまでは,男性の唇なんてギュッという感じで描いてあればいいと思っていたんです。そこをもう一つ考えて描くようになりましたね。
4Gamer:
男性と女性で唇の描き方は違うものですか?
岩元氏:
もう全然違います。顔を描くときは,最初の線から意識していないと女性にも男性にもなりませんから。
パーツのバランスが違うんですよ。だから,それぞれの描き方も全然違ってきます。
岩元氏:
男性にあえて女性みたいなパーツを入れて,バランスを取ってみるということはやりますけどね。
バクダン★ハンダンでいうなら,一番意識したのは士道の唇です。僕は格好いい男の口を大きく描く癖があったんですが,それを抑えて,少し女性的な唇を意識しています。
そこかしこに使われる“稲船ネタ”
そして明かされる“金ドブ”発言の真実
4Gamer:
実は稲船さんがバクダン★ハンダンに出ると聞いたとき,プレイヤーの攻略対象になるのかと思ったんです。残念ながら,そうはなりませんでしたが。
岩元氏:
何ででしょうね?
稲船氏:
IFさんが嫌がったんじゃないの?
4Gamer:
いえ,実際は主人公が姪っ子さんだからだと思います(笑)。
稲船氏:
あ,それはそうですよね(笑)。
4Gamer:
ともあれ,全編にわたって稲船さんがネタっぽい存在となっていますが,その扱いは平気なんですか?
まったく問題ないです。IFさんも,僕が「ふざけるな」と怒るかもしれないと思いながら,あえて持ってきたんですよね。僕のことを「こういう使い方をしたら面白い」というところまでは,いろんな人が考えると思うんです。でも,実際に僕に提案してくる人はほとんどいない。IFさんの,その勇気が好きだから,規制なしで好きに使って構わないと言っちゃうんですよ。口からビーム出そうが,目から何か出そうがなんでもオーケー,猿じゃなければね(笑)。
4Gamer:
テーマパークの名前もすごいですよね。「よく稲船さんがオーケー出したな」と思いました。
稲船氏:
そういったネタを入れると,とくにネット上で喜ばれますよね。逆にネタがないと盛り上がりようがないですから,「どうぞ,盛り上げてください」という意味を込めています。悪く言おうが,誉めてくださろうが全然構いません。
4Gamer:
発言も含めて,ご自身をエンターテイメントだと捉えていらっしゃるんでしょうか。
稲船氏:
そうですね。僕自身は,SかMかと言われたらMではないんだけれど,ある程度許容できる部分を持っています。いろんなことを言ってもらえるほど,愛されていると思いますね。それをIFさんがうまく取り上げてくれているわけです。
4Gamer:
今回は本当に騒がれそうなネタが多いですからね。それこそ,主人公の沙希が稲船さんの姪というだけでも……。
稲船氏:
沙希ちゃんといえば,彼女は僕の娘に似ているんですよ。「岩元君,ウチまで見に来たな」と思うくらい。まあ,娘はまだ7歳ですけれど。
岩元氏:
それはちょっとうれしいですね。
稲船氏:
だから,やたら親近感があって本当の姪っ子という感じがします。
4Gamer:
岩元さんは沙希をデザインする上で何を意識しましたか?
岩元氏:
ただただ,爆弾型の髪型にしよう,と(笑)。あとは「彼氏がいるタイプじゃないよな」とか,使われもしない妄想を広げながら手を進めた感じですね。妄想を広げないと,なかなか描けないんですよ。
4Gamer:
ついでなので伺いますが,テーマパークのマスコット「KANE DE BOO」(カネドブー)と「ワルドブー」のデザインはどこから……?
岩元氏:
もともとカネドブーは,稲船さんがデザインしたキャラなんです。それを悪そうにしたのがワルドブーというわけです。
稲船氏:
実はカネドブーは,comceptのマスコットで,会社設立のときに,僕がデザインしたんです。家で“金ドブ”という言葉をキャラクターにできないか考えていて,「ブー」だから豚だな,と。それで会社に来て皆の前で描いて見せたら,シーンと静まりかえってしまって。
(一同笑)
稲船氏:
「可愛いやろ? 可愛いやろ?」と言ったら,ややあってデザイナーの一人が「完成度の低さがいいかもしれません」と。そのデザイナーは,「誰でも真似して描きやすい」という意味で言ったのですが,そのときはすごく馬鹿にされた気分でしたよ(笑)。今では,見慣れて「いいキャラだね」と皆から言われるようになりましたけれど。
4Gamer:
“金ドブ”という言葉をモチーフにしたのは,何か意味があるんですか?
稲船氏:
“豚に真珠”ということわざがあるように,豚に宝石を与えても可愛くなるわけじゃないし,もったいないですよね。そんなことをしなくても,豚には豚の可愛さがある。それはゲームにも言えることで,プロモーションばかり派手でも中身がなければどうしようもありません。逆に中身があるなら,それに見合ったプロモーションが必要なんです。
……例の“金ドブ”発言はそういう意味のものですよ。残念なことに,番組の中では僕が開発費のことで怒っているかのように見えていますけれど,本来はクリエイティブとビジネスについての発言だったんです。
4Gamer:
ああ,そうだったんですか。
稲船氏:
それでも,そのおかげでネタにされて,こうして仕事になるわけですから,万事オーケーですよ(笑)。
岩元氏:
稲船さんはまさに捨てるとこなし,ですね。
企業が考えるべきなのは
クリエイターのブランドを利用したビジネス
4Gamer:
せっかくの機会なので,お二人のゲームにおけるクリエイター観について教えてください。稲船さんはクリエイターとして,ご自身を前面に出してゲームをプロデュースしていますよね。また先ほどのお話でも,もっと岩元さんのタッチを出すべきとおっしゃっていましたが。
稲船氏:
例えばIFさんならIFという企業のブランドがありますけれど,そこにさらにブランドを加えることは悪いことじゃないですよね。逆転裁判というタイトルに岩元辰郎という名前があったら,「この人の手がけるほかのタイトルも見てみたい」と思う人がいるはずですから。
4Gamer:
つまり岩元さんの名前を見てバクダン★ハンダンに興味を持つ人もいる,と。
稲船氏:
そういうことです。ならば,そういうリンクを用意してあげたほうが絶対楽しくなるでしょう。そしてゲーム産業は,そういうことができる場所です。たくさんの人にアピールすることを考えたとき,個人名によるブランディングも重要になります。もちろん,そこには個性が必要になりますけれど。
絵は個性が分かりやすい例ですよね。
稲船氏:
そう。これがプロデューサーとなると,一人でゲームを開発しているわけじゃないから,自分が実際に触っていない部分や嫌な部分も含めて,全部自分の個性として引き受けて前面に出ていかなきゃならない。でも,そうやってブランディングしていくことは先ほど言ったとおり大事なんです。
日本のクリエイターは,もっと前に出るべきです。そして企業側もそれを認めるべきです。それは,個人を持ち上げて付け上がらせるという意味ではなく,個人のブランドを利用してビジネスを成立させるということなんです。
4Gamer:
なるほど。
稲船氏:
だから僕はIFさんが好きなんです。IFという企業として,“稲船敬二”というブランドを利用するという姿勢がハッキリしています。「お付き合いなんで乗り気じゃないけど使います」ではなく,「利用させてください」という姿勢だから,僕も「どうぞ,使ってください」という良好な関係になるんです。企業と,そういった関係になれるクリエイターは,もっといるはずです。
岩元氏:
自分の名前を出すということは,それだけ責任を負うということですから,下手なことはできません。その上で,自分が成長していることをアピールし,利用価値があることを示していかないといけないわけです。
……まあ,そんなことを考えながら仕事をしていると,だんだんスケジュールが遅れがちになるのですが(笑)。僕はまだ未熟なので,そのバランスを図っているところです。
4Gamer:
ちなみに,お二人とも自身のブランドを確立すべく,独立しようと考えたんですか?
岩元氏:
絵描きとして生きていくなら,名前を売らないと勝負にならないのが事実です。ただ,それは独立してもしなくても同じでしょうね。
僕が独立した理由は,ブランド云々とは別でした。僕はある作品で小さな開発会社と組んでゲームを作ったのですが,そのとき,自分がぬるま湯の中にいることに気づいたんです。大企業の中にいて自由に泳がせてもらえるのはいいことですけど,ゲーム産業という安定していない分野ではどうなんだろう,と。歳を取ったあとで,所属している会社がつぶれてしまったら自分に何ができるだろうと考えたときに,本気で「怖い」と思いました。
4Gamer:
大企業という水槽の中でしか泳げなくなることに,不安を抱いたというわけですか……。
岩元氏:
そうですね。もう一つの理由は,絵を描いて暮らしたかったからです。企業に所属していた場合,よほど名前が売れている人材でもない限り,必ずキャラクターデザインをやらせてもらえるとは限りません。そうなると,ゲームに関わる別の仕事をしなければならない可能性もあるわけです。今,ゲームは1タイトルにつき2〜3年かけて開発を進めますが,その間,絵を描く仕事ができないとなるとちょっと……。
ゲーム企業の中には,キャラクターデザインをやりたいと思いながら別の仕事をしている人もいっぱいいるんですよ。そんな中,逆転裁判を任された岩元君はラッキーだった。
岩元氏:
ええ。そこでラッキーで得た仕事を,自分の力で取っていくにはどうすればいいのか,ということを模索しました。フリーランスになれば,もう少し自分の努力で何とかできるんじゃないかと考えていましたね。
4Gamer:
稲船さんはどうでしょう? フリーランスではなく,ご自身の会社を設立されましたが。
稲船氏:
それに関しては,以前のインタビューを読んでいただいたほうがいいでしょう。あらためて言うなら,岩元君と同じで,ぬるま湯に浸かっていることが嫌になったんですよね。
ブランドの話に絡めて説明すると,“稲船敬二”というブランドが,所属企業のブランドより上だと仮定したとき,一企業の中に留まっている理由がありません。そこで独立することによって,どちらが上か白黒付けてみようと勝負に出たわけです。
4Gamer:
独立から1年半が経過して,勝負の行方をどう分析しますか?
稲船氏:
今は仕事がたくさんあって,企業に所属していたときにはできなかった仕事もしていることを考えると,ブランディングには成功していると言っていいでしょう。だから,あまり謙遜もしないようにしています。“稲船敬二”を前面に出して胸を張れないようでは,仕事を依頼する側も不安になってしまいますから。
逆に「このギャラではできない」「このスケジュールでは無理」と,偉そうにではなく,きちんと交渉できないとクリエイターとしてブランディングはできないんです。僕で言うなら,もし今後,comceptのゲームがメチャメチャヒットして,いろんな企業さんから提案があったら,「高くなりますけれども」という話をすることになるでしょうね。
岩元氏:
そこが一番難しいですよね。
稲船氏:
でも「何でもやります」は,自分の価値が下がってしまいますから,絶対やってはダメです。もしやるなら,例えば仕事がなくてしんどいときに,親身になって仕事を発注してくれたところだけ。そういうところとは,ギャラやスケジュール関係なしにやるべきです。
僕とIFさんの関係がまさにそれで,僕が独立した直後にIFさんが声をかけてくれたんです。だからIFさんからの依頼は,最優先でやるようにしています。そういう人間関係は,すごく大事にしていかなくてはなりません。
岩元氏:
確かにフリーランスになると,そうやって親身になってくださる方との関係を大事にしたいという気持ちが強くなります。そういう方から仕事の依頼が来ると,僕は期待してくれていると捉えるので,よりよいものを出そうと緊張しちゃうんですけどね。
稲船氏:
そういったことは,大企業の一員のままだと感覚的には理解できても,実質の部分ではなかなか学べない。ところが独立すると,実践で学べて,“仕事をする”ということがどういうことなのか,自分の中に持てるようになるんです。
4Gamer:
お二人は,すべてのクリエイターは独立すべきだと思いますか?
稲船氏:
性格によりますね。「あなたはサラリーマンのほうがいいよ」という人は,確実にいます。あと,岩元君のようにフリーランスになるのと,僕のように会社を立ち上げるのとで,必要な資質が全然違います。
4Gamer:
資質ですか?
稲船氏:
ええ。これは野球で優秀な選手が,監督に向いているかどうかみたいなものですね。ホームランを打った経験がない人間は,フリーランスに向いていません。しかし会社経営は,ホームランを打ったことがなくともできます。ただ,視野が狭くなってしまう人には向いていないでしょうね。クリエイティブと経営の両面を多角的に見られないとダメ。わりと浮気性の人が向いてるんじゃないかな,この子も可愛い,あの子も可愛いみたいな(笑)。
岩元氏:
先ほども言いましたが,絵描きは名前を売らないと成立しません。それが自分の仕事に責任を持つということですし,きちんとクライアントなり所属する会社なりに利益をもたらすということにつながります。独立に関しては,本当に性格に左右されます。定期的に安定した収入がないと不安という人は,独立しないほうがいいかもしれません。
稲船氏:
フリーランスは,自分との戦いだからね。意思を強く持って自分を律しないと,すぐダメになっちゃう。
岩元氏:
ああ,その点に関しては,僕は自分に負けまくりです(笑)。
クリエイターとしてのアイデアの源泉と
過去に手がけたタイトルとの距離感
4Gamer:
クリエイターは,自分の中にあるものをアウトプットしていく仕事ですよね。お二人のアイデアの源泉はどこにあるんでしょうか。
岩元氏:
僕はよく「オッサンを描くのが得意」と言われるのですが,それは松田優作や山崎 努,ロバート・デ・ニーロ,ルトガー・ハウアーといった俳優が幼い頃から大好きだったからです。ただただ格好いいオッサンが好きだったので,とくにインプットがなくとも描き続けられます。
笑いのセンスに関しても,昔からお笑い芸人のラジオなどを聞いてきた中で,何が面白いのかを自分の中で確立しているのであまりインプットは意識していません。
4Gamer:
なるほど。本や映画に刺激を受ける,という方もいらっしゃいますが,岩元さんはいかがです?
岩元氏:
本を読んだり,映画を見たりするのも好きなので,何か自分の表現につながっているといいな,とは思いますね。ちなみに,今回バクダン★ハンダンの仕事を受けたのは,乙女ゲームという未知のジャンルをインプットしたかったというのも理由の一つです。
4Gamer:
独立したことで,仕事を通じたインプットの機会は増えましたか?
岩元氏:
増えましたね。ゲームだけでなく,雑誌のイラストもやっていますので,いろんな人との付き合いが増えました。たまに変わった趣味の人を見つけると,質問責めにしています(笑)。
4Gamer:
稲船さんはどうでしょう?
稲船氏:
僕は,アウトプットによる磨り減りをまったく考えないで,思いついたものは全部しゃべります。そうやってアウトプットすると,そこに隙間ができて新しいものがインプットされる。しかし出さないと,どれだけ本を読もうが映画を見ようが,入ってこないんです。人にアイデアを取られるとか,「面白くない」と言われるとか,そういったことを恐れて出さないでいると,いつまでも開かないから新しいインプットがなくなってしまうんですよ。
僕はほとんどのことにその考えを当てはめています。ネタもそうだし,お金もそう。使いすぎて困ったなと思うと,入ってくる。これは偶然じゃなくて,出すことによって,アイデアもお金も新しい形で入ってくるんです。
出すことによって,相手からリアクションがあって,それが新しいインプットになるということなんでしょうか?
稲船氏:
そうでしょうね。出さないままでいると,お互い見合ったままだから。独立して,それがより明確になりました。
4Gamer:
稲船さんは,独立以降,コンシューマゲームからソーシャルゲーム,講演,書籍とアウトプットの手段も増えましたよね。
稲船氏:
ゲーム以外のアウトプットをしたことで,ゲーム以外の仕事が増えましたね。そこで得たインプットをゲームと混ぜることで,いわゆるゲーミフィケーションと呼ばれる分野の仕事も来るようになりました。
4Gamer:
なるほど。
それでは,もう一つ教えてください。お二人とも過去に人気タイトルを手がけてきましたが,そのイメージばかりを,今後も求められる可能性がありますよね。それについては,いかがでしょうか。
稲船氏:
当然,そういった期待もあると思います。しかし幸いなことに,いろんなタイトルを手がけてきたおかげで,皆さん,僕に抱くイメージがバラバラなんですよね。同じ稲船でも,この人はこのタイトルの稲船,あの人はあのタイトルの稲船という感じで。
ただ,僕は“望まれている自分”になる必要はないとも考えています。もちろん,自分の望みと,望まれる自分が一致するならそれは全然構いません。僕はゾンビゲームも作りたいし,子供向けのゲームも,そのほかのゲームも作りたい。だから,どこかから提案があれば,どれもやりますよ。
岩元氏:
僕は,代表作である逆転裁判が大好きなので,その絵柄を求められることはあまり苦になりません。
また,僕は歴史好きで,ずっと歴史に関する絵を描きたかったのですが,今は歴史雑誌のイラストを描く仕事をやっています。それでやりたい仕事への欲求は満たされている感じですね。乗り気じゃないのに,望まれることをやらなければならないという状況にはなっていません。
4Gamer:
ただイラストの場合は,稲船さんもおっしゃっていたように個人の持っている味がありますよね。それが個性になっているわけですから,そこから多様に広げていくのは難しいのかなと思えるのですが,いかがでしょうか。
岩元氏:
それは多分,タッチもあるでしょうね。僕はタッチが安定していないというか,方程式を持っていないというか,仕事によってタッチを変えることに抵抗がないんですよ。これはイラストレーターという職業を長く続けるための戦略でもあり,また自分が一つのタッチに飽きてしまわないように考えている手段でもあります。なので興味あるタッチ,新しいタッチがあったら,すぐに試してみるんです。
4Gamer:
そうやって能動的にバランスを取っているんですね。
岩元氏:
実はバクダン★ハンダンでも,気づかないかもしれませんが,これまでと違うタッチに挑戦して,細かく変えています。そういった試みがファンの皆さんの望まないものになってしまうのは怖いですが,今は個人でやっているので,最悪でも僕の評価が落ちるだけですから,それはまあしょうがない,と。
そういう責任の軽さを求めたというのも,独立した理由の一つです。例えば僕が部署長になるなんて想像できませんし,まとめられる側も嫌でしょう(笑)。
4Gamer:
なるほど。
そういった責任について,稲船さんはどうお考えでしょう? 企業として独立したわけですから,社員の生活にも責任を持たなければなりません。そうなるとタイトルごとにきちんと売上を出さないとまずいですよね。
稲船氏:
実は今,あまりプレッシャーはないんですよ。というのも,comceptは20数名でやっているので,直接顔を合わせて話したり指導したりできるんです。逆に彼らが楽しそうに仕事をしているのか,それとも辛そうなのかも,自分の目で確認できます。
だから僕が出した企画で会社がダメになるという心配よりも,彼らが楽しく仕事できるような環境作りに気を配っています。彼らが楽しく仕事をすることで,ゲームもより良いものになる。そう信じてやってきて,今,非常にいい循環に入っていますね。当然,その中では厳しいことも言います。comceptでは,社員に給料を払うのが当たり前というのと同じくらい,教えてあげることも当たり前になっています。僕自身,教えてあげたいタイプですし,comceptの社員も全員,僕の人となりを知っていますから。
4Gamer:
会社設立後,これは辛いということはないですか?
稲船氏:
お金のことは大変ですね。本当は意識したくないのですが,経営者として毎月のキャッシュフローなどを考えないわけにはいきません。ただ,辛いというよりは面倒くさいです。本当は新しいアイデアをバンバン実現したいのに,お金のことを考えて,まずはこっちを優先させるか,と順序をつけなくてはいけないので。それでも,やりたくないのにやるということはないですよ。仕事は以前より増えましたが,それも辛くはないです。考えたくないことはありますけれど(笑)。
岩元氏:
僕は,絵を描く以外のことも考えなければならなくなったのが大変です。企業にいたときは,ただただゲームに関する作業だけしていればよかったのですが,今は確定申告とか,いろいろ自分でやらなければならないことが増えました。逆転裁判のときのように,目の前のゲームのことだけ考えて作業をするような瞬間が懐かしくなることもあります。
稲船氏:
どんなにいい関係を築きあげた得意先でも,常に仕事が入ってくるとは限らない。だから営業もしなければならない。本当は岩元君も絵だけ描いていたいのに,余計な仕事が増えちゃうんですよね。
岩元氏:
営業してくれる優秀なマネジャーを募集中です(笑)。
4Gamer:
分かりました。それでは最後に,バクダン★ハンダンに期待している人に向けてメッセージをお願いします。
岩元氏:
最後まで楽しんで作れたタイトルなので,今はホッとしています。お話してきたように,僕にとって新しい発見があったタイトルなので,それが乙女ゲームファンにもいい影響として出てくれるといいなと思っています。
稲船氏:
最初に企画を見せてもらったときから面白いと思っていたんですが,本当にそのとおり面白く作られて,そこに岩元君の絵が乗って,ワクワクできる仕上がりになっています。たぶん,乙女ゲームという枠に捉われない,面白いゲームになっているんじゃないでしょうか。男性も含めて乙女ゲームをやったことのない人も楽しめると思います。かなり稲船がいじられているので,そこにも注目してください。
4Gamer:
ありがとうございました。
今回のインタビューの中で稲船氏や岩元氏は,独立したことで視野が広がり,いろいろなことが見えてきたと充実感をあらわにしていた。ただ,大企業を抜けて新しい会社を作る,自らの腕一本で仕事していくというのは,文字で書くほど簡単なことではない。やはり時間をかけて確立した役職や立場,安定した給料,そういったものをすべて失い,また1から始めるという選択には並々ならぬ覚悟が伴う。
今,岩元氏は自由な環境で確固たる自分の表現を見つけるために,稲船氏は自分の力量を試し“稲船敬二”というブランドを確立するために,各々の挑戦を続けている。しかし,その道の1歩めを踏み出すときには,きっと人生における“バクダンハンダン”があったはずだ。
「バクダン★ハンダン」公式サイト
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バクダン★ハンダン
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