連載
【西川善司】ハリウッドのゲームローカライズスタジオを見学してきた話
西川善司 / グラフィックス技術と大画面とMAZDA RX-7を愛するジャーナリスト
(善)後不覚 |
4GamerでSIGGRAPH 2010のレポートをお送りしましたが,そのタイミングで米Technicolor(テクニカラー)ゲーム部門のスタジオを訪れる機会がありました。
映画制作のノウハウをゲーム制作に応用
Technicolorは,白黒だった映画をフルカラー化した企業として名を馳せ,現在までに映画産業と90年以上の深い関わりを持ってきました。映画がフィルムからデジタルデータに置き換わりつつある現在でも,Technicolorは「映画コンテンツと色」にまつわる幅広い事業を手がけています。
……と,ちょっと広告くさい言い回しになってしまいましたが,そんなTechnicolorが近年力を入れ始めている新分野が,ゲームなのだそうです。今回お邪魔できたのは,同社のゲームプロダクション&ポストプロダクション部門でした。
もともとTechnicolorでは映画の多言語化を行うためのサービスを行っていたのですが,そのノウハウをゲーム分野に応用していこうと新設されたのが本セクションとのこと。ハリウッド仕込みのサウンド制作技法やローカライズ技法をゲーム分野に展開しているのだとか。
ボクが訪れた部署が主に手がけているのは「セリフの翻訳」「声優のキャスティング」「セリフの録音」「効果音の作成」「サウンドのミキシング全般」などだそうです。入り口近くの壁には,このスタジオでサウンド制作を行った著名ゲームタイトルの開発スタッフサイン入りポスターがたくさん飾られていました。
Technicolorでここでサウンド制作やローカライズを行った作品群の数々。他にもたくさんの写真があったが,日本でも知名度の高いタイトルをピックアップしてみた | ||
Gears of Warシリーズ関連では“あの武器”までも飾ってあった |
セリフの録音やミキシングが行われるスタジオは,映画制作に使うものと同じクオリティになっているそうです。
お邪魔したその日は,とある日本の著名ゲーム会社がワールドワイドで展開を予定している新作タイトルのサウンド&セリフ録音が終わった直後だそうで,スタジオは閑散としていたのですが,スタッフがわざわざ,スタジオ機材をすべてブートアップし,録音風景の再現を行ってくれました。
スタッフによれば,日本のゲームスタジオで翻訳された英語のセリフには,やや古くさい言い回し表現がよく混じっているそうで,「シェイクスピア劇みたいなのがあるよ」とのこと。そういう場合は,日本側のディレクターに事情を説明して,Technicolorがアドバイスした英訳バージョンも録音するんだそうです。最終的にどちらを使うかはディレクターさんの判断になるそうですけども。
こうした「録音時のワンポイントアドバイス」とは別に,Technicolorでは日本語から他の多言語,他の多言語から日本語への翻訳事業も展開。最近では,日本産タイトルの海外進出が活発化していることもあって,タイトル丸ごと,まとまった量のテキスト翻訳を依頼されるケースも増えており,最近では,あの「Unreal Engine 3」の日本語マニュアルがTechnicolorで制作されたとのことです。
森の木々の葉がかすれる音,虫の鳴き声,雑踏音など,通常,ほとんど気に留められない環境音のミックスは,我々が考えている以上に重要で,「どういうシーンでどんな音をミックスすればそのシーンが引き立つのか(あるいは,リアルに感じられるか)」といった部分は,映画のサウンド制作に携わってきた経験がモノを言うとのことでした。
サウンドのミックスで最も難しく,そしてキモとなるのは,「画面に出ていないものに効果音を当てはめること」だそうです。画面に出ているモノはその動きに合わせて効果音を当てはめればいいので,むしろ楽なんだとか。
例えば,画面に出ていない背後の環境音で電車の通る音がすれば,画面に電車が見えていなくても線路が近くにあると分かります。これがあるとないとでは,シーンの説得力が違ってくるというわけです。
画面の外から画面内に走り込んでくるようなキャラクターの足音は,キャラクターが画面に映っていないときからミックスすることになります。この足音をどうフェードインするか,あるいは左右の音像の移動バランス(=パン切り替え)速度によって,キャラクター移動のスピード感が演出されます。
画面に映っていない部分にどう効果音の当てはめるかは,エンジニアの想像力が試される部分なんでしょうね。
サウンドを新たに創り出す場合は,過去数十年にわたってTechnicolorのエンジニア達が構築してきたサウンドライブラリを元ネタにして加工したり,あるいは,予算次第では大がかりな録音を行うこともあるのだとか。
実在の銃を取り扱うシューティング系コンバットゲームでは,実際に28丁もの銃火器を撃って録音したそうです。銃撃音は,やたら音量がでかい割に一瞬で減衰してしまうため,意外にも録音は難しいという話でした。
直近の例として挙がった「Race Driver: GRID」では,Dynopack(※ダイノパック。エンジン駆動系の性能を測定する大型の装置)に固定した実車でアクセルをふかし,そのエンジン音,ターボやインテークの補器類などのサウンドを収録したそうです。まぁ,相当な予算を掛けられるビッグタイトルでないと,ここまでやるのは難しいんでしょうけどね。
ところで,サウンド制作を担当するエンジニアは音というものに対して常時アンテナを張っているらしく,普段耳にする音でも「この音をああ加工したら何に使えるな」という空想をするんだそうです。実際,チワワの鳴き声のピッチを下げて加工して恐竜の鳴き声を作ったりしたこともあったとか。また困ったときには,自分自身の口で発声した擬音をネタに音作りをすることもあるそうです。ちょっと録音している風景は人に見られたくないですね。
ちなみに,用いるシンセサイザーは,今はもっぱらPC上のソフトウェアベース(=プロ向けツールのプラグインソフト)が多いらしく,いわゆる鍵盤付きシンセといった,昔ながらのサンプラーはもう使っていないとのことでした。
おわりに
最近は,日本のゲーム会社やアニメ製作会社も海外市場を意識したタイトルの開発/制作が多くなってきていますが,それこそ今後,ボクが訪れる直前までスタジオを使っていた国内某社のように,Technicolorを利用する国内デベロッパが増えてくるかもしれません。
同社プロジェクトコーディネーターのAyumi Logan氏は,「Technicolorは,書類のやりとりや電話応対を日本語で行える数少ないハリウッドスタジオなので,日本のクライアントから重宝されているのでは?」と言ってました。
……なんか,今回は,完全な社会科見学モードになってしまいましたが,もともと自分はMIDIとかで音楽制作なんかもやっていた経験があるので,仕事を忘れて,普通に楽しんでしまいました。Technicolorの皆さん,ありがとう!
■■西川善司■■ テクニカルジャーナリスト。4Gamerの連載「3Dゲームエクスタシー」をはじめ,オンライン/オフラインのさまざまなメディアに寄稿したり,バカゲーを好んでプレイしたり,大画面にときめいたり,観切れないほどBlu-rayビデオを買ったり,オヤジギャグを炸裂させたりして毎日を過ごしている。 |
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