連載
インディーズゲームの小部屋:Room#221「Dear Esther」
一時は順調に消化していた積み本の山が,また徐々に高くなりつつある筆者がお届けする「インディーズゲームの小部屋」の第221回は,thechineseroomの「Dear Esther」を紹介する。本作は,先日開催されたGDC 2012にて授賞式が行われた「The 14th Annual Independent Games Festival & Awards」で,最も優れたビジュアルアートを備えた作品に贈られる“Excellence in Visual Art”を受賞した作品だ。急いで読まないと崩れちゃう!
元は「Half-Life 2」向けに2008年に制作されたMODを,同じSource Engineを使い,単体で遊べるスタンドアロン・アプリケーションとして大幅にリメイクした本作。オリジナル版は現在もModDBの「こちら」で無料公開されているが,グラフィックスや操作性を完全に一新したこのリメイク版は発売後24時間で1万6000本,1週間で5万本以上のセールスを上げ,発売からわずか6時間で開発費を回収したというヒット作になっている。
そんな本作だが,その内容を一言で表現すれば“一人称視点のアドベンチャーゲーム”ということになるだろう。本作の舞台となるのは,スコットランドの北西,ヘブリディーズ諸島のどこかにある島。あちこちに,かつて人が住んでいた痕跡が残されているものの,現在はすっかり打ち捨てられて無人島と化したこの島を,エスターという女性に宛てられた手紙のモノローグとして語られるストーリーを聞きながら歩き回るという内容だ。
しかし,本作をゲームと呼んでいいのかどうかは正直悩ましい。というのも,プレイヤーがすることは,本当にただ島を歩き回ることだけで,そこには積極的に介入すべき一切の謎解きも冒険も敵との戦闘も存在しないからだ。では,まるで謎が存在しないのかというと,そうではない。むしろ,本作は謎だらけといってもいい。そもそも,モノローグの語り手である自分(?)は一体誰なのか? そして,エスターという女性は?
本作では,これらの謎に対する明確な回答は用意されていない。ただ,モノローグを通じておぼろげながら分かってくるのは,どうやら自分はエスターの夫であり,エスター自身はすでに自動車事故によって亡くなっているらしいということ。モノローグには,ほかにも複数の人物の名前が登場する。ある者は,かつてこの島で暮らしていた羊飼い,またある者は,エスターの事故死のもう一方の当事者……。
モノローグは島の特定の地域に近づくことで発生するのだが,本作の最大の特徴は,ゲームをプレイするたびにランダムでモノローグが変化すること。そのため,あるモノローグが別のモノローグと結びつき,毎回少しずつ異なるストーリーが紡がれていく。そして,ゲームを進めるうちにそれぞれの人物像は一つの確かな答を出さないままに曖昧に混ざり合っていき,プレイヤーは自分自身の結論を求められることになるのだ。
ラストに待ち構える展開と共に,何とも不思議な余韻を残してくれる本作。ゲームとしてのインタラクティブ性は,ただひたすら島を歩き回ることだけで,4つあるチャプターすべてを通じて1時間半程度でクリアできてしまうボリュームからも,純粋なゲーム作品としてはお勧めしにくいが,荒涼とした島の景観を寂寥感あふれるグラフィックスで作り上げた表現力は見事の一言。孤独感をあおる風や波の音と,わずかなBGMとが相まって,プレイヤーを否応なく曖昧模糊とした幻想の世界に引き込んでくれる。
そんな本作は,Steamにて9.99ドルで販売されている。イメージ的には,本連載の第114回で紹介した「FATALE」に近い作風なので,ゲーム性よりも雰囲気を重視した作品が好みだという人はお試しあれ。
■「Dear Esther」公式サイト
http://dear-esther.com/- この記事のURL:
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