業界動向
Access Accepted第554回:インフルエンサーマーケティングという魅力的な綱渡り
ゲーム実況者のPewDiePie氏は,現在約5700万人のフォロワーを獲得しており,これは,10億人と言われるYouTube利用者の17人に1人が彼の動向を追いけていることになる。そんな,とてつもない人気を誇る彼が欧米ゲーム業界最大のインフルエンサーで,ゲームの売れ行きに大きな影響を与えているのは間違いない。だが,彼の過激な言動や,未成年のファンにとってブラック過ぎるジョークが問題視されることも少なくない。今週は,連邦取引委員会がその動きに注目し始めたという「インフルエンサーマーケティング」について紹介したい。
最も人気の高いユーチューバーの問題発言
2012年7月にはチャンネル登録者が100万人を突破し,以来,その数はうなぎ登り。どんなコンテンツでも最低300万ビューを記録するとされるほど視聴率が高く,人気が落ちる様子もないという,欧米ゲーム業界最大のインフルエンサーとなっている。
「インフルエンサー」というのは,もともと政治家やハリウッドスターなど,多くの人々が耳を傾けるであろう存在を指す言葉だった。一般市民に影響を与える彼らを使ったマーケティングは1960年代,テレビの普及に伴って,アメリカで盛んに使われていた。
やがて,インターネットとソーシャルネットワーキングが発達し,「口コミ」が人々のつながり方を大きく変えていくようになる。
カナダ人ジャーナリストのマルコム・グラッドウェル(Malcolm Gladwell)氏が2002年に発表した書籍,「The Tipping Point」(邦題:「急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則」)がベストセラーになったことも手伝って,新聞やテレビに広告を出すより,口コミのほうがCPA(顧客獲得単価/Cost Per Action)が高いという認識が産業界に広がり,ついに「インフルエンサーマーケティング」という手法が成立したのだ。
こうしたマーケティング手法は,今や大きなゲームメーカーであれば専用のポストが置かれるほど重要視されており,PewDiePie氏のようなインフルエンサーも次々に登場して盛んに情報発信を行っているのは,皆さんもよくご存じだろう。選ばれたインフルエンサーに新作を公開するようなイベントも増え,メディア以上の影響力があると考えられているようだ。
しかし,影響力が大きければ大きいほど,失敗したときの反動も大きくなるのが世の習いだろう。PewDiePie氏の場合,きわどい言動や奇声,そして大袈裟な顔芸を武器に視聴者にアピールしており,フォロワーの多くを10代の若者が占めると考えられているだけに,批判の対象になることも少なくない。
2017年2月には「PewDiePie氏は反ユダヤ的なメッセージを流している」と大手メディアに指摘されたことから,ディズニー系のコンテンツ制作会社であるMaker Studiosとの契約が打ち切られ,YouTubeもまた,「Google Preferred List」(お気に入りリスト)への掲載を止めるという事件が起きている。
メディアに指摘されたのは,男性がヒトラーを賛美したり,ユダヤ人を批判するプラカードを持っていたりという映像だが,PewDiePie氏は,「5ドルもらえれば,自分をどこまで捨てられるか」を実験するために制作したジョーク映像だったと述べたうえで謝罪している。
インフルエンサーマーケティングの規制を図るFTC
今年9月,PewDiePie氏は「PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS」のライブストリーミング映像を配信中,敵をヒットできないことから,黒人を卑下するときに使われるワードを口にした。これについてはさすがにPewDiePie氏もまずいと思ったのか,その直後の映像で謝罪し,「悪い意味で使ったものじゃない」などと話したが,彼のこの発言は多くのゲーム開発者をも怒らせる結果となった。
最も声高に批難したのが,「Firewatch」で知られるCampo Santoのショーン・ヴァナマン(Sean Vanaman)氏で,PewDiePie氏のサイトに掲載されている「Firewatch」の映像を削除し,今後,自分の作品に関わらないようにとTwitterに書き込んだ。
「Firewatch」のFAQに「誰でも自由にストリーミング配信してください」と書かれていることを第三者に指摘されると,インフルエンサーマーケティングとして3000人近くのゲーム配信者に評価版を配ったことを正直に認めつつも,「表現の自由があるように,拒絶する自由もある」として,この一件は譲らず,多くの開発者に賛同を呼び掛けている。
この出来事は,インフルエンサーマーケティングの危うさを物語っている。PewDiePie氏のような年間に170億円を稼ぐといわれる人物でさえ,彼をサポートするスタッフが多いわけではなく,発言の是非を決定するのは彼自身だ。言動やプレゼンテーションの方法については,契約を結んだスポンサーでさえ十分にコントロールできず,意図とは逆に,ゲームにネガティブなイメージを与えてしまう可能性もある。
すでに削除された,PewDiePie氏による「Firewatch」の映像は650万ビューを獲得しており,インフルエンサーとしてゲームの販売に相当貢献したはずだ。「Firewatch」の映像で差別的な発言を行ったわけでもなく,ヴァナマン氏の批判は過剰すぎるようにも見えるが,作家性の高い独立系デベロッパにとって,予想していないイメージを作品に付けられるのはイヤだと考えることも理解はできる。
評価版の提供やアーリーアクセス版への参加依頼などのメーカー側のアプローチは,厳密な意味でインフルエンサーマーケティングとは呼べないかもしれないが,インフルエンサーの作成するコンテンツの中には事実上の広告であるものも少なくない。ステルスマーケティング,いわゆるステマとの線引きが難しいケースだが,PewDiePie氏は2014年,Warner Bros. Interactive Entertainmentの広報活動費を受け取ったうえで,「シャドウ・オブ・モルドール」のプレイ動画をアップロードしている。
いつもより短い映像だが,ゲーム解説に多くの時間が割かれ,最後に「このゲームをチェックしたい人は,下にリンクしておきますね。プレイして楽しかったですが,皆さんもそう思うことを願ってます」と話している。映像の中で広告であることは語られず,説明欄の下にある「もっと見る」を引き出すと,そこにようやく,このコンテンツがスポンサーの依頼を受けて作成された旨が記述されているというものだった。
こうしたステマ的なコンテンツについては,北米の政府機関であるFTC(連邦取引委員会)が厳しく規制する動きを見せている。PewDiePie氏に対して3年間にもおよぶ聞き取りや審議を行ったうえで,目に付くところに広告であることを記述し,さらに映像内でも広告であることを明言しなければならないと警告したのだ。
YouTubeの映像を見る限り,PewDiePie氏がその警告に従っているようには見えないが,このことがFTCの規制の動きに影響を与えるのは間違いないだろう。安価で効果的なインフルエンサーマーケティングだが,今後の動向には注目しておかねばならない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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