業界動向
Access Accepted第546回:リリースされ過ぎなSteamの新作PCゲーム
「Steam」の登場は,開発者がパブリッシャに頼ることなくゲームを販売できる環境を実現し,それに呼応するように安価で(もしくは無料で)ゲームを作れる開発ツールやゲームエンジンが次々に登場。ソーシャルメディアを使って,ファンへ直接プロモーションすることも容易になった結果,もはや我々メディアでもカバーし切れないほど多数の新作がリリースされることになった。Steamが新たに導入した「Steam Direct」は,その傾向をますます助長することになるはずだ。
“民主化”を果たしたPCゲーム
なぜこんなことが起きたのかを説明するのは難しいが,理由の1つとして挙げられるのが,クオリティの高い作品を少人数で作り販売する環境が整ってきたため,多数の個人や開発チームが次々に市場に参入していることだ。
パッケージのセールスが市場のほとんどを占めていたデジタル配信の登場以前は,小売店への流通を持つパブリッシャの力が圧倒的に大きく,わずかな例外を除いては,独立系デベロッパが自力でヒットを生み出すチャンスはほとんどなかった。ヒットタイトルを制作したデベロッパはパブリッシャに買収されるというのが欧米ゲーム業界におけるお決まりのパターンだったのだ。
最近では,その力関係が,逆転とは言えないまでも変化しており,デベロッパが「自社作品のIPを保持する」ことを前提にパブリッシャと販売契約を結ぶケースが増えるなど,隔世の感を禁じ得ない。
この状況を称して,“ゲーム市場の民主化”(Democratization of the Video Game Market)などと表現する向きもあるが,その一方で,大きな成功を収めるタイトルと,人知れず消えていくタイトルへの二極分化が起きているのも事実だ。
2015年2月に1億2500万アカウントを達成したことが発表され,今や巨大プラットフォームとなったSteamだが,1作あたりの平均販売本数は3万2千本ほどだという。その一方で,「Team Fortress 2」や「Counter-Strike: Global Offensive」「Dota 2」などのValveタイトルは,多数のプレイヤーを何年にもわたって独占し続けている。
この事実が欧米ゲーム業界で問題視され始めたことについては,3年前に掲載した本連載の第436回「デジタル配信時代に求められる“ディスカバラビリティ”」で紹介しているとおりだ。
ゲームを容易に販売できるデジタル配信によってPCゲーム市場がレッドオーシャン化し,インディーズ専門のパブリッシャやPR会社が必要とされるようになってきた。ゲーム開発者であり,かつソーシャルメディアでファンにアピールし続けられるマルチな才能を持つ人は少なく,そうしたサービスに頼らざるを得ない状態になっているのだ。
「面白いゲームなら売れる。面白くなければ売れない」というのは真理だが,年間4000本以上の新作が登場するような時代には,そもそもプレイヤーに知られる機会さえなく埋没してしまうソフトが数多く出てくることになる。
新たに導入された「Steam Direct」とは?
Steamが多くのパブリッシャに受け入れられているのは,ゲームを販売するためのハードルが非常に低いためだろう。Valveは,一定のルールに則ってさえいれば,どんなタイトルでもラインナップに加えてくれる。特徴的だったのが,長らく続けられてきた「Steam Greenlight」で,これは,Steamで販売されるタイトルを(Valveではなく)ユーザーの投票によって決めるというものだった。
ご存じのように,この「ゲーム市場の民主化」を具現化したようなSteam Greenlightは,2017年6月6日に終了し,13日から「Steam Direct」という新たなシステムが導入されている。これは投票という時間のかかる作業を経ることなく,完全デジタル化された書類の作成と100ドルの手数料,そして短時間の動作確認と認証作業だけでゲームの発売が可能になるというものだ。
Steamの動向に詳しいイギリスのリサーチ会社ICO Partnersは,Steam GreenlightからSteam Directに切り替えられた前後の数週間を追跡し,1週あたりどれだけの新作がリリースされてきたかを発表しているが,結果としてSteam Directは確実に新作の数を増やしたという。
Steam Directが導入された直後はサマーセールと重なったために,1週あたりの新作は100本にも達しなかったが,その後はうなぎのぼりにリリースタイトルが増え,7月1日から7日までの1週間では,なんと215本もの新作がリリースされたという。
Steam Greenlightの終わりにあたって,Valveのプロダクトデザイナーであるアルデン・ノール(Alden Knoll)氏が書き込んだ公式ブログによると,6月の時点でSteam Greenlightには3400本以上のタイトルが停滞しており,これらが順次リリースされていくことになるようだ。これまでは,80本〜140本が1週あたり処理可能な認証スピードだったが,それが200本を超えるとすれば,Steam Greenlightにあった3400本は2017年内にリリース可能な計算だ。
当然,2017年にSteamでリリースされた新作タイトルの数が前年の4207本を超えることは,確実だろう。
Steam Directの導入によって,これまで時間がかかっていた認証が短縮され,作品をいち早くリリースできるようになったことは,今のところデベロッパにとってプラスに働いているように思える。しかし,新作ラッシュによって市場に埋没してしまう作品がさらに増えることは確実であり,これを解決するような方策は見当たらない。果たして,Steamがどのように成長していくことになるのか,しっかりと注目していきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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