業界動向
Access Accepted第427回:「精神的後継作品」が流行するのはなぜか
海外ゲームを丹念にフォローしている人なら,一度や二度くらいは“Spiritual Successor”という言葉を目にしたことがあるはずだ。ここでは「精神的後継作品」と訳しておくが,「続編」(Sequel)ではなく,ある作品の精神を引き継いだ新作という,分かったような分からないような言葉である。にも関わらず,もはや欧米ゲーム業界では用語として定着しており,とくに最近はクラウドファンディングサイトなどを利用して過去のヒット作の復活を目指す小規模なデベロッパが多用している。今回は,そんな精神的後継作品について考えてみたい。
乱立する「S.T.A.L.K.E.R.」の精神的後継作品
2014年6月23日,クラウドファンディングサイト「Kickstarter」でキャンペーンが始まったのが,West Gamesというデベロッパが開発する「Areal」のプロジェクトだ。詳しくは,6月26日に掲載した記事を参考にしてほしいが,オープンワールドを自由に行動できるサバイバルFPSとして日本でもコアなゲーマーから根強い支持を受ける,「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズの「精神的後継作品」(Spiritual Successor)であると紹介されている。
Kickstarterの記事やWest Gamesの公式サイトを見ると,「S.T.A.L.K.E.R.」や「Metro」シリーズの開発に携わっていたというスタッフが名前を連ねており,なるほどと思わせるものがあるが,「S.T.A.L.K.E.R.」の後継作品については少しややこしい話になっているので,このあたりをまず簡単に整理しておきたい。
シリーズ第1作の「S.T.A.L.K.E.R.: Shadow of Chernobyl」がリリースされたのは2007年のことで,開発を行ったのはウクライナのキエフに本拠を置くGSC Game Worldだ。1986年にウクライナで発生したチェルノブイリ原子力発電所事故に強く影響を受けた設定となっており,事故のあとに起きた謎の爆発で突然発生した「ゾーン」を舞台に,プレイヤーはさまざまなミッションを請け負い,ゾーン発生の謎に迫っていくことになる。
同社の開発したゲームエンジン「X-Ray」によって描かれる荒廃した風景や,開発者達がインスパイアされたというSF小説「ストーカー」と,それを巨匠アンドレイ・タルコフスキー監督が映像化した同名映画にも通じる暗鬱なムード,そしてゲームの底に漂う原子力発電所事故(と,それをもたらした現代文明)に対する静かな批判が,アメリカ産のカラッとしたゲームとは一線を画しており,今でも突出した存在感を発揮している。
その後「S.T.A.L.K.E.R.: Clear Sky」(2008年),「S.T.A.L.K.E.R.: Call of Pripyat」(2010年)とシリーズ作品をリリースし,さらに「S.T.A.L.K.E.R. 2」の制作を発表したGSC Game Worldだったが,どうやらその頃にはすでに資金難に陥っていたらしく,新作の開発は混迷し,経営側は「ゲームの開発を続ける」と何度もコメントしたものの,経営状態は一向に改善せず,業を煮やしたスタッフの多くが退社した。その結果,「S.T.A.L.K.E.R. 2」はキャンセルされたようだ。
Free-to-PlayのオンラインFPS,「Survarium」を開発しているVostok Gamesも,そんな元GSC Game Worldの社員20名ほどが集まって設立したメーカーだ。ご存じのように「Survarium」は「S.T.A.L.K.E.R.」の精神的後継作品を標榜しており,現在はβテストを実施中。2014年内の正式ローンチが目標とされている。
また,核戦争後のモスクワ地下鉄を舞台にした「Metro」シリーズを開発した4A Gamesも,元GSC Game Worldのスタッフが立ち上げたメーカーだが,こちらは2005年という割と早い段階で独立している。第1作の「Metro 2033」(2010年)の雰囲気も「S.T.A.L.K.E.R.」によく似ていたが,リリース前後にGSC Game Worldから「独立のとき,ゲームエンジンやアセットを無断で持ち出した」と非難された。
そんな中,新たに登場してきた「S.T.A.L.K.E.R.」の精神的後継作品が「Areal」というわけだ。これに対してVostok Gamesは「第1作から第3作まで,何百人という開発者がS.T.A.L.K.E.R.シリーズに関わってきた。ゲーマーにとっては,誰が中心的な役割を果たしているのかなどは分からない。言えることは,最後まで携わっていたのは我々だったということだ」という批判をさっそく展開しており,雲行きが少々怪しくなりつつある。
なぜ「精神的後継作品」が続出するのか
以上の話は,立ち上がってまだ間もなく,規模の小さいウクライナのゲーム開発現場において「S.T.A.L.K.E.R.」という存在がどれだけ大きなものであるのかを告げているようでもある。そもそも「Areal」と「Survarium」,いずれも正式な続編ではないのだから,どちらが正しい精神的後継作品であるのかを言い争っても,結論の出る話ではないだろう。
「精神を受け継ぐ」という意味では,「S.T.A.L.K.E.R.」を何百時間もやり込んだゲーマー達だって負けてはおらず,「S.T.A.L.K.E.R.」ファンによるMMO「S-Zone Online」もアップデートを重ねつつ,サービスが続けられている。
他のエンターテイメント業界ではあまり聞き慣れない,精神的後継作品という言葉だが,これは現在の欧米ゲーム業界にある「パブリッシャ」と「デベロッパ」という構造から自然発生的に生まれてきたものだろう。
アメリカでは,デベロッパが企画したゲームにパブリッシャが開発資金を提供する場合,ゲームやキャラクターの版権は一般的にパブリッシャが保有する。したがってパブリッシャが認めない限り,デベロッパが制作したゲームをそのままのタイトルで出すことは難しく,パブリッシャを変えるなどした場合,背景設定やキャラクター,タイトルを変えた別の作品にするしかなくなるわけだ。
版権の問題でタイトルを変えた例としては,「System Shock」シリーズの精神的後継作品「BioShock」や,「ウルティマ・オンライン」の精神的後継作品「Tabula Rasa」が思い浮かぶが,最近ではさらに「Kickstarter」などのクラウドファンディングサイトで開発資金を調達し,版権を持つパブリッシャに頼らないという開発スタイルが可能になってきた。そのため,タイトルは異なるものの,オリジナルスタッフによる精神的後継作品であるとするケースが増えてきたのだ。
例を挙げれば,「Wasteland」の生みの親であるブライアン・ファーゴ(Brian Fargo)氏がKickstarterで得た資金で版権を買戻し,「Wasteland 2」という正式な続編の開発に着手しているほか,「ガブリエル・ナイト」シリーズで知られるジェーン・ジェンセン(Jane Jensen)氏は,クラウドファンディングを利用して「Moebius:Empire Rising」をリリースし,さらに「ウルティマ」シリーズのリチャード・ギャリオット(Richard Garriott)氏が「Shroud of the Avatar: Forsaken Virtues」を,「Myst」や「Raven」のランド・ミラー(Rand Miller)氏が「Obduction」を,そして「ロックマン」の稲船敬二氏が「Mighty No.9」を開発中と,精神的後継作品が花盛りという風情だ。
もちろん,「S.T.A.L.K.E.R.」のドタバタを見ていると,精神的後継作品という言葉が,過去の名作を持ち出すためのマーケティング目的に利用されている側面もあるだろうことは,容易に想像がつく。しかし,精神的後継作品であろうと正式な続編であろうと,我々エンドユーザーにはあまり関係のない話だ。クラウドファンディングによってオリジナル版の制作者が過去の名作の精神を現代に蘇らせることができるようになった状況は,ゲーマーにとって歓迎すべきだろう。今後の動きにも注目していきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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