業界動向
Access Accepted第389回:ドン・マトリック氏の電撃移籍が生み出す波紋
北米時間の2013年7月1日,MicrosoftのXbox部門を統轄してきたドン・マトリック氏が同社を退社し,ZyngaのCEOに就任した。Xbox Oneの発売が2013年末に控えていることを考えると,まさに寝耳に水という雰囲気だ。今週は,この電撃移籍が欧米ゲーム業界に与える波紋について考えてみたい。
MicrosoftからZyngaへ。マトリック氏の電撃移籍
もっとも,マトリック氏が抜けたことがXbox Oneのローンチに影響するとは考えにくい。Microsoft Studiosを統括するフィル・スペンサー(Phil Spencer)氏や,ワールドワイドのビジネス展開を任されているフィル・ハリソン(Phil Harrison)氏,そしてXbox LIVEのマーク・ウィッテン(Marc Whitten)氏など実績,経験ともに豊富なスタッフのほか,マーケティング戦略担当のユーサフ・マーディ(Yusuf Mehdi)氏など,実力のある若い幹部も登場しているからだ。
今後,Xbox事業を含むインタラクティブエンターテイメント部門はMicrosoftのCEOであるスティーブ・バルマー(Steve Ballmer)氏が直接担当することになるようだが,Xbox Oneについてはおそらく,ほとんどのことがすでに決まっており,大きな混乱が起きることはないだろう。
5月に行われたXbox Oneの発表後,常時接続の要求や,中古販売の制限などについて,ユーザーが反発し,そのため「マトリックス氏の退社は引責辞任ではないか」という見方も一部ではあったが,バルマー氏がMicrosoft社員にあてて送ったEメールには,「ZyngaのCEOに就任するドンにとって,非常に良いチャンスだ。幸運を祈る」とあり,円満退社だったことが示されている。
ちなみに,Zyngaが米国証券取引委員会に提出した資料によれば,同社がマトリック氏に提示した報酬は,移籍金500万ドル,年俸100万ドル,ボーナスは200万〜400万ドルにおよぶとのこと。2011年12月の上場時に比べて70%近く株価が落ち込んだZyngaだが,それでも十分な体力を持っており,こうした金銭的なメリットに加えて「自分の手でZyngaの業績を回復させるチャンス」であることも,野心的な経営者であるマトリック氏にとっては大きな魅力であるはずだ。
なお,本連載の第265回「Project Natal発売を前にMicrosoftに起こった異変」で詳しく紹介したように,「Kinect」の正式発表を目前にした2010年5月には,それまでXbox事業を率いてきたロビー・バック(Robbie Bach)氏とジェイ・アラード(J Allard)氏が辞任しているが,このバック氏の後任が,当時外部顧問だったマトリック氏だった。このように,大きなプロジェクトのローンチの前に幹部が入れ替わるのは初めてのことではない。
さらにMicrosoftは,近々,全社的な組織変更を予定している。マトリック氏は,その変更によって昇進するはずだったらしいが,「49歳にしてゲーム業界歴32年」というキャリアと実績を持つマトリック氏は最終的にZyngaを選んだわけだ。
それでは以下,マトリック氏の辞任と,ZyngaのCEOへの就任によって受ける影響を,それぞれの企業の立場から考えてみたい。
マトリック氏辞任後のMicrosoft
後任のバルマー氏だが,2012年10月に行われた業績報告会では,社内の組織変更についてコメントしており,その際同氏は「今後,Microsoftは(ソフトウェアではなく)デバイスとインターネットベースのサービスに力を入れる」と述べている。そのデバイスの一つにXbox Oneが含まれているのは,言うまでもないことだろう。
Bloombergなど,アメリカのメディアの報じるところでは,2003年からWindows部門のチーフを務めているジュリー・ラーソン=グリーン(Julie Larson‐Green)氏が,Microsoftのハードウェアを全体を統率する新たなポストに就任するという。Xbox One事業もその傘下に入ると考えられるため,8月のGamescomや9月の東京ゲームショウでは,ラーソン=グリーン氏が「ミズXbox」として壇上に立つことになるかもしれない。
マトリック氏とZynga
ともあれ,マトリック氏のCEO就任により,ピンカス氏は会長および商品開発担当CPOという新設ポストに退くが,最大の議決権を持っているという状況には変わりがなく,依然として社内に大きな影響をおよぼし得る。それだけに,マトリック氏がどこまで自分のカラーを出した経営ができるかにも注目が集まっている。
業績回復のためには,Facebook以外のさまざまな事業を早急に展開していかなければならないが,コアゲーマー向けのタイトルやオンラインビジネスに経験が深いマトリック氏だけに,こうした分野への参入も視野に入っているかもしれない。
マトリック氏とElectronic Arts
意外に思えるかも知れないが,マトリック氏のZyngaへの移籍は,Electronic Artsにもちょっとした影響を与えている。ゲームビジネスのリサーチ会社であるWedbushのアナリスト,マイケル・パクター(Michael Pachter)氏の言葉として,2013年3月にジョン・リキテロ(John Riccitiello)氏がElectronic ArtsのCEOを辞任して以降,これまで新たなCEOが選ばれなかったのは,Electronic Artsがマトリック氏を狙っていたからだと,いくつかの北米メディアが報じているのだ。
マトリック氏は,1996年から2006年まで,Electronic Artsのワールドワイドスタジオのリーダーとして活躍したという経歴も持っているのだ。
マトリック氏にとってElectronic Artsは古巣であり,在籍期間が最も長い職場でもある。パクター氏は「Electronic Artsのリーダー探しは,振り出しに戻った」と述べているという。
Respawn Entertainmentの新作「Titanfall」が,コンシューマ機向けとしてはXbox One,Xbox 360専用であったり,「Battlefield 4」のDLC第一弾となる「Battlefield 4: Second Assault」がXbox One向けに先行配信されることが発表されたりなど,Electronic Artsは最近,Microsoftとは近い関係を保っているという印象だ。
一方,Zyngaとはソーシャル/モバイル分野におけるライバルであり,Electronic Artsのビジネスを熟知するマトリック氏がライバルのCEOに就任したことで,今後の戦略にも微妙な変化が生まれてきそうだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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