業界動向
Access Accepted第358回:大量解雇が起きたOnLiveと,クラウドゲーミングの未来
2012年8月17日,クラウドゲーミングサービスで知られる「OnLive」が,全社員を解雇したのち,サービスを継続したまま解雇した人材を再雇用するという,一見すると不可解な動きを見せた。結局これは,同社が破産をまぬがれるための法的手続きの一環だったのだが,以前からOnLiveの業績不振は噂されており,そこから「クラウドゲーミングはやはり広まらないのではないか」という見方をする人もいるようだ。今回は,OnLiveに起きた出来事を中心に,クラウドゲーミングの現在と未来を考えてみたい。
ゲーム業界の未来を左右するかもしれない最新技術
「クラウドゲーミング」
「クラウドゲーミング」については本連載でも何度か話題にしてきたが,コンシューマ機の“次”のサービスにつながるのではとして注目を集めるテクノロジーだ。
仕組みについては本連載の第325回,「クラウドゲーミング時代の到来」に詳しいが,もう一度書いておくと,クラウドゲーミングとはゲームの処理,例えばレンダリングやAIなどをすべてサーバー側が受け持ち,ユーザー側はキーボードやコントローラからの入力情報をサーバーに送り,処理結果をストリーミングで受け取るというものだ。これにより,ソフトが手元になくてもゲームを楽しむことができる。
一昔前の「ビデオ・オン・デマンド」をはるかに高速かつインタラクティブにしたものと考えると分かりやすいかもしれない。
ユーザーは,ゲームソフトをダウンロードする必要もなく,入出力装置とネットワーク環境さえあれば,本格的なグラフィックスのFPSから2Dグラフィックスのカジュアルゲームまで,ハードウェア性能を気にすることなくプレイできる。つまり,ゲーム向けの高性能PCだけでなく,コンシューマ機そのものが不要になるわけで,このことから「クラウドゲーミングによって,コンシューマ機の時代は終わる」とさえ言う業界関係者もいるほどだ。
開発者にとっても,機種や性能の違いなどを気にすることなく,ゲーム制作に集中できるし,違法コピーの心配もなくなる。ゲームのアップデートもサーバー側だけで行えばいい。
このように,開発者側,使用者側の双方にとって利便性が高いサービスであり,まさにブロードバンド時代の申し子のような存在といえるだろう。
もっとも,以上のようなバラ色の未来とはうらはらに,現状では,どうしても避けられない遅延の問題がクラウドゲーミングにはついて回る。ユーザーがデータセンターからある程度の距離内にいないと,通信遅延によってプレイに目に見える支障が出てしまうのだ。
これに対処できるレベルでデータセンターを網羅するためには,大きな資金が必要になる。つまり,相当の資本力を持った大企業でなければ不可能であるはずのサービスなのだが,最初にそんなクラウドゲーミングサービスを実現したのは,それまでゲーム業界でも無名だった「OnLive」と「Gaikai」という2つの新興企業だったのだ。
OnLiveに何があったのか?
そんなOnLiveだったが,2012年8月17日,同社が全従業員を解雇したというニュースが北米のメディアに流れた。もっとも,17日にサービスが終了することはなく,解雇された従業員の多くが再び同社に雇用されており,「なんだこれ?」というような状況に発展した。実は同社が行ったのは「債権者のための財産譲渡」(Assignment for the Benefit of Creditors)と呼ばれる手続きで,簡単に言ってしまうと,新たなオーナーになった投資会社Lauder Partnersのために意図的に破産し,そのうえでOnLiveという同名の企業を設立して,そこに財産のすべてを譲渡したのだ。
OnLiveは3000万〜4000万ドルの負債を抱えており,キャッシュフローを失ったことから,数日以内に破産する危機にあった。そこで行われたのがこの措置だったわけで,裁判が絡むために時間と手間のかかる連邦破産法の適用を避け,一気に仕切り直しをするための手段だった。
シリコンバレーの地元紙Mercury News(電子版)によれば,旧OnLiveから新生OnLiveの試算譲渡に際して調整役となる会社が介在していたため,最終的な資産価値は売却前に比べて5〜10%にまで目減りしたという。もちろん,破産によって無価値になるよりはマシだが,ここまで,OnLiveの財政状態は悪化していたのだ。
OnLiveは,2010年6月に正式サービスを開始したクラウドゲーミング企業であり,現在はElectronic ArtsやTake-Two Interactive,Eidos,SEGA,Ubisoft Entertainmentといったメジャーなパブリッシャと提携しており,300タイトル以上のライブラリを抱えている。
また,OnLiveに対応していないテレビでも,「MicroConsole TV Adapter」というデバイスを購入することでサービスが受けられ,アメリカの都市部のほかにイギリスやベルギーなどでもサービスが行われている。ただし,使用料を毎月払っていたユーザー数は,同社が公表していた150万アカウントよりもはるかに少なかったようで,アカウント数を伸ばすために原価割れで販売されていたMicroConsoleも赤字の原因の一つになっていたようだ。
それでも揺るがぬクラウドゲーミングへの期待
パールマン氏は,100以上の特許を持つ発明家であり,「QuickTime」の開発者の一人としても知られる人物だ。通信やテレビなど,多くのところで彼の開発した技術が利用されており,スマートフォンやコンシューマ機も例外ではない。
そんなパールマン氏でも,クラウドゲーミングという「ゲームの未来」を成功させることができなかった。クラウドゲーミングのコンセプトは,ゲーマーに受け入れられなかったのだろうか? あるいは,パールマン氏の理想を実現するには,時期が早過ぎたのだろうか?
そんなパールマン氏のOnLiveと対照的なのが,日本でも急速に注目を集めつつある「Gaikai」だ。ブラウザをベースにしたGaikaiは,PC向けのクラウドゲーミングサービスだけでなく,LGエレクトロニクスやSamsung Electronicsなどのメーカーと提携して新しいゲーム配信の形を探っていた。
そんなGaikaiをソニー・コンピュータエンタテインメントが買収したのは2012年7月2日のことだで(関連記事),買収総額は3億8000万ドルとされている。現在のところGaikaiの具体的な役割については明らかにされていないものの,一本のゲームソフトを購入するだけで複数のプラットフォームでプレイできる「Cross-Buying」や,次世代のPlayStation,タブレットやスマートフォンなどと絡めた戦略が考えられるだろう。
一方で,サードパーティとしてクラウドゲーミングに向けて動き出したのが,Square Enix EuropeのHapti.coスタジオだ。Hapti.coは,OnLiveの社長交代劇が行われていた頃に,Gaikaiと同じブラウザベースのサービス「Core Online」を静かに立ち上げた。現在はβ版だが,「Hitman: Blood Money」などが楽しめ,筆者も自分のノートPCのGoogle Chrome上でプレイできることを確認した。
Core Onlineのビジネスモデルはユニークなもので,現時点では20分に一度,1分間表示される広告を我慢すれば,無料でプレイできる。広告を見たくなければ「Google Wallet」でプレイタイムを買うことが可能だ。現時点では登録の必要もないが,今後は登録プレイヤーにクラウドセーブやアチーブメントの機能などが提供される予定になっている。
ソニー・コンピュータエンタテインメントやSquare Enix,さらには「Azure Cloud Service」事業に25億ドル(約1900億円)を投資しているMicrosoftの動きを見る限り,OnLiveの不振にもかかわらず,現在の欧米ゲーム業界がクラウドゲーミングに向かって突き進んでいるのは間違いない。
大量解雇騒ぎが起きたOnLiveだが,今回のトラブルを機に,ビジネスモデルを見直して大きく躍進する可能性もある。OnLiveのケースは,上にも書いたように,クラウドゲーミングの市場を獲得するためには大きな予算が必要であることを浮き彫りにしたのかもしれず,大手メーカーが次々に参入してきた今こそ,クラウドゲーミング競争が本格的に激化しそうだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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