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印刷2011/04/04 15:51

業界動向

奥谷海人のAccess Accepted / 第299回:モントリオールで起きた人材引き抜きをめぐる裁判

奥谷海人のAccess Accepted

 Ubisoft Entertainmentが,「人材を引き抜かれた」という申し立てをモントリオール地裁に行い,差し止め命令を得たというニュースは,いろいろな意味で現在の欧米ゲーム業界の現状を示すものだ。音楽や映画を超える市場規模に成長したといわれるゲーム産業だが,ゲーム開発の一大中心地であるモントリオールで起きた事件からは,ゲーム業界が依然として優れた人材の確保に苦しんでいることを明らかにしている。

第299回:モントリオールで起きた人材引き抜きをめぐる裁判

 

人材引き抜き行為を禁止されたアサクリシリーズの生みの親
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Patrice Desilets氏は,大人気アクションゲーム「Assassin's Creed」シリーズの生みの親とも言える人物。「Prince of Persia: The Two Throne」(2005年)では,滑らかなキャラクターアニメーションを周囲のオブジェクトとからめることで,まるで「フリーランニング」のようなプレイ感覚を完成。以後のゲームに大きな影響を与えた

 カナダのニュース情報サイトRue Frontenac(フランス語)によると,フランスに本拠を置く大手ゲームメーカー,Ubisoft Entertainmentのスタジオ「Ubisoft Montreal」が,モントリオール地方裁判所に申し立てを行い,THQ Montrealがこれ以上Ubisoftから人材を引き抜かないように求めた。申し立てを受理した地裁は評決の結果,THQに対して差し止め命令を出したとのこと。
 カナダの都市モントリオールは現在,数多くのゲームメーカーが大小のスタジオを構える世界的なゲーム開発の中心地となっており,そこを舞台に起きたこの事件は,欧米ゲーム業界に波紋を呼んでいる。

 事の起こりは2010年5月。Ubisoftの中心的なゲーム開発拠点であるUbisoft Montrealのエグゼクティブディレクター,Patrice Desilets氏が,突然退職願を提出したことに始まる(関連記事)。
 Ubisoft Montrealが設立された1997年に入社したDesilets氏は,ゲームデザイナーとして「Splinter Cell」シリーズや「Prince of Persia」シリーズの開発に関わってきた,ベテラン開発者だ。同社が得意としていたキャラクターアニメーション技術をさらに進化させ,「Assassin's Creed」をヒットさせた立役者として知られている。

 Rue Frontenacによれば,Ubisoftは社員をレベル1から5の5段階に分類しているが,Desilets氏はUbisoft全体でもわずか4%しかいないレベル5の社員で,ゲーム開発現場の最重要人物だったという。入社したての頃は年俸2万5000ドル(約210万円)というペーペーだったが,キャリアを重ねた結果,退職前の3年間は基本年俸15万ドル(約1250万円)に,Assassin's Creedの成功によるボーナスを含めて年俸60万ドル(約5000万円)まで昇給していたらしい。それだけに,突然の辞職届を受けたUbisoftのCEOであるYves Guillemot氏は,フランスの本社からDesilets氏に電話をかけ,退職の撤回を何度も求めたという。

 THQ Montrealの設立が発表され,Desilets氏がそこに参加することが発表されたのは,同氏の退職の5か月後,2010年10月のことだった。
 しかも,Ubisoft Montrealから有力な開発者が次々に辞めていったのは,Desilets氏の退職直後から始まったらしい。とくにDesilets氏と同じレベル5の社員だったアートディレクターのAlex Drouin氏,さらにレベル4のプロダクションマネージャーMark Besner氏,そしてレベル4のプロデューサーJean-Francois Boivin氏の退社は,Ubisoftのゲーム開発にとって大きなダメージになった。

 彼らは3人ともUbisoft Montreal設立以来のメンバーであり,Desilets氏とはプロ野球のシーズンチケットを分け合うほど仲が良い。ゲーム開発という戦場における“戦友”のような間柄だったため,当然ながらUbisoftは,彼らの退職にDesilets氏が関わっていることを疑っていたが,北米のゲーム誌のインタビューに答えたTHQ幹部が「Desilets氏の昔の開発者仲間,とくに彼が指名した3人をうまく雇うことができた」と答えたことで,それが確信に変わったようだ。

 

ポーチングは,ゲーム業界の人材不足を示すもの
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以前はStrategy FirstやDigital Extremeなど,小ぶりなデベロッパが集まっていたモントリオールだが,ケベック州政府の助成を受けたUbisoftが1997年が進出して以来,Electronic ArtsやActivision,Eidosなど,多くの大手パブリッシャがスタジオを置くまでになった。市内には即戦力としての実力を持った8000人ものゲーム開発者がいるとされており,どのメーカーにとってもそれが最大の魅力になっている

 ここまで読んで,Desilets氏とTHQが,Ubisoftを食いものにしているというイメージを持った人もいるかもしれない。地裁がUbisoftの訴えを認めたことから,その印象はさらに強くなるが,英語で「Porching」(ポーチング)とも呼ばれるこうした人材引き抜きが悪いことであるとは筆者は思えない。
 年俸60万ドルを上回る収入をTHQが提示したことはおそらく間違いないが,新天地を求めた理由はそれだけではない可能性もある。次のヒット作を求められるプレッシャーは大きかっただろうし,約1700人という大所帯になり,設立当時とは異なる雰囲気になったUbisoft Montrealに対する不満もあったかもしれない。実際,退職直前までDesilets氏は,開発チームが休憩できるラウンジやカフェの設置をスタジオ側に求めていたという。

 ポーチングが嫌なら,それなりの条件を出し,よい処遇をするしかないはずだ。それがうまくいけばメーカーも開発者もハッピーということになるが,たとえダメだったとしても,技術やアイデアの拡散が促され,ゲーム産業全体にとっては利益になるのではないだろうか。マクロの視点から見れば,こうした人材流動性の高さが欧米ゲーム業界に活力を与える理由の一つになっているのは間違いない。韓国のオンラインゲーム業界も,そうやってのし上がってきたのだ。
 Bullfrog ProductionsがElectronic Artsに買収されたあと,退社したメンバーがLionhead Studiosを設立し,Blizzard Entertainmentで「Diablo」を制作したスタッフが退職後してFlagship Studiosを立ち上げた。「Call of Duty」シリーズの主要メンバーがパブリッシャのActivisionと対立し,退社後に新たなスタジオ,Respawn Entertainmentをスタートさせたことも記憶に新しい。

 もっとも,こういう人材の奪い合いを嫌うゲーム開発者もいないわけではない。ずいぶん古い例になるが,id Softwareの経営をめぐる対立から退社し,同じテキサス州のダラスにION Stormを設立したJohn Romero氏は,開発メンバーを集めるにあたり「仲間のゲーム開発会社に迷惑をかけたくない」という理由から他社からの引き抜きを避け,他業種の人材や,大学を卒業したばかりの若い人を多く集めていた。

 これには,ION Stormが設立された1996年はFPSジャンルが生まれたばかりの時期であり,そもそもFPS開発の経験を持つ開発者が存在しなかったという理由もあった。しかし,ION Stormでゲーム開発を始めた新米開発者達はやはり,Romero氏の目に右も左も分からないないヒヨっ子と映ったらしく,社内では「DOOM」や「Diablo」を使ってゲームの面白さを教えるレクチャーなども行っていたというから,どう考えても無駄な労力である。黎明期ならではエピソードだといえるだろう。
 ちょっと話がそれたが,いずれにせよ,欧米ゲーム業界の人手不足は今に始まったことではなく,大作になればなるほど関係するスタッフが増えることも手伝って,慢性的な人材難の状況はそれほど変わっていないのである。

 音楽や映画を超えるといわれるほど急成長したゲーム産業だが,映画監督や俳優,あるいは音楽プロデューサーやアーティストに比べると,社会的なステータスや収入は必ずしも高くない。そのため,才能ある若者がほかのジャンルに流れることもあり,それがまた人材不足を招くという循環に陥っているような気がする。そういう意味で,ゲーム産業はまだまだ成熟してはいないのかもしれない。
 当たり前のことだが,ゲーム開発者がいなければゲームは作れない。モントリオールで起きた出来事は,これほど巨大な産業が依然として,腕の立つ少数の人々によって支えられていることを改めて教えてくれるものだった。

 

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住の4Gamer海外特派員。ゲームジャーナリストとして長いキャリアを持ち,多様な視点から欧米ゲーム業界をウォッチし続けている。2004年に開始された本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,4Gamerで最も長く続く連載だ。
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