業界動向
奥谷海人のAccess Accepted / 第234回:デジタル流通のルネッサンスが到来

「PCゲーム業界を救った」とされるデジタル流通システムの拡大は,ここ5年間ほど,「World of Warcraft」と「The Sims」という二つのシリーズに依存してきた欧米のPCゲーム市場を大きく変えることになった。Valveの「Steam」に代表されるデジタル流通システムの発達によって独立系デベロッパが活性化するなど,さまざまな動きが見られるようになっているのだ。今回は,そんなデジタル流通市場に新たに参入した「pcGAMESTORE」や,最近のデジタル流通のトレンドなどを紹介してみたい。


デジタル流通サービス市場に新規参入したpcGAMESTORE。自社でゲームの開発は行っていないが,ロシア産のタイトルや宗教系のアドベンチャーなど,手に入りにくいソフトが揃っている。レビュー機能などはあるが,今後はコミュニティツールのさらなる拡張などが求められそうだ
もはやPCゲームのセールスの半分を受け持つようになったといわれるデジタル流通システムにまた一つ,新しいサービスが加わった。アメリカ東部,ペンシルバニア州に本拠を置くpcGAMESTOREが,約1か月という短いテスト期間を経た9月末,正式にローンチしたのだ。新規登録ユーザーへの抽選会(北米のユーザーのみ有効)や,2本目のソフトを半額で購入できる限定サービスなどを行い,アグレッシブに市場への浸透を狙っている様子だ。
デジタル流通システムとは,大きいものでは10GB以上にもなるゲームソフトを丸ごとダウンロードしてプレイできる販売形態で,ネットワークのブロードバンド化と共に,一般ユーザーに確実に浸透していった。PCゲームを棚に並べてくれない販売店舗が増えていることや,不正コピー問題,中古転売を嫌うメーカー側の思惑など,さまざまな要因が絡み合った結果の成功であり, 短期間のうちに欧米のPCゲーマーなら誰でも利用しているほどメジャーな存在になっている。
これらのサービスは,独自開発のクライアントソフトを使用し,ダウンロードからインストール,パッチの導入などが簡単に行えるようになっている。クレジットカードもしくはPayPalアカウントの保有はほぼ絶対条件だが,サービスを利用するためのハードルそのものはけして高くない。「パッケージや分厚いマニュアルを手にしないとゲームを買った気がしない」という意見も最近ではあまり聞かれなくなり,家に居ながらゲームを購買することを好むゲーマーが着実に増えてきたようだ。
本連載でも,デジタル流通システムについてはこれまで幾度となくトピックにしてきたので,ここでもう一度整理しておこう。現在ゲーマーの間でメジャーなサービスとしては以下のようなものがある(※掲載データは2009年9月29日現在のものです)。
| 提供元 | サービス開始年 | アカウント数 | ライブラリ | 特徴 | |
|---|---|---|---|---|---|
| Metaboli | Metaboli | 2002年 10月 |
不明 | 523本 | フランスをベースにする古参。ヨーロッパ産ソフトに強し |
| Steam | Valve | 2003年 9月 |
2000万 | 837本 | アップデートやバディなどの機能豊富。デジタル流通のデパート的存在 |
| Direct2Drive | IGN Entertainment | 2004年 9月 |
1500万 | 908本 | 5周年を機に精力的に展開中。クライアントは操作が難しい |
| GamersGate | Paradox Interactive | 2006年 11月 |
不明 | 1320本 | 東欧産の珍しいゲームが豊富。クライアントソフトなし |
| Impulse | Stardock | 2008年 6月 |
250万 | 287本 | コア向けのストラテジー中心。ゲームのサイト内転売が可能になる予定 |
| GOG.com | CD Projekt | 2008年 7月 |
200万 | 153本 | 古いゲームを安価に,コピープロテクトなしで配布 |
このような状況でpcGAMESTOREは,どのような差別化を図っていくのか? 公式サイトを眺めていると,リリースされたばかりのマルチプレイFPS「Section 8」や「Majesty 2: The Fantasy Kingdom Sim」,そして人気インディーズ系パズルゲーム「Braid」など,ほかのデジタル流通サービスにもあるような,一般的なタイトルが並んでいるのだが,それに加えてユニークな特徴を持っていることに気づいた。
販売用サイトに「子供向け」「教育ソフト」「宗教ベース」といったカテゴリーが用意されているのである。ここから彼らが,一般的なデジタル流通の市場として想像されるユーザー層とは異なる人々を対象にした,かなり広いラインナップを取り入れようとしていることが分かる。
さらに,コアゲーマー向けタイトルの中にも,これまで日本はおろかアメリカでも入手困難だったロシア産のゲームが揃っているところに興味をひかれる。
1C Companyのスペースコンバットシム「The Tomorrow War」(2008年)や,グロテスクなゴア表現が特徴のシューティング「Vivisector: Beast Within」(2006年)など,4Gamerでも何度かタイトルそのものは紹介しているものの,いつロシア国内でリリースされたのかといった基本情報さえ得にくいゲームが,pcGAMESTOREで独占的にフィーチャーされているのだ。しかも,多くのソフトが20ドル(約1800円)前後の価格設定になっており,気になる人には願ったり叶ったりのサービスだ。

もはやデジタル流通の老舗といえるSteamだが,最近は複数のソフトをバンドルして格安で売る手法が定着してきた。本稿の執筆時点では,タイトル5本をパックした「Star Wars Jedi Knightコレクション」を19.99ドル(約1800円)で販売している。通常ならそれほど注目されることのないソフトでも,こうして販売すればSteamの週間売り上げ第8位にランクされてしまうのだ
今,デジタル流通システムは,ルネッサンス期にあると言ってもいいだろう。その筆頭に位置する,レオナルド・ダ・ビンチのような存在といえば,やはりValveの「Steam」だろう。2000万アカウントという巨大なコミュニティを背景に,プレイヤーの動向やニーズを確実につかむ仕組みを作り上げており,ゲーム中に用意された「フレンズリスト」や専用ブラウザにアクセスできるといったサポート機能も,そうしたプレイヤーの希望をくみ上げたものだ。開発向けツール「Steamworks」を無償でリリースすることで,多くのパブリッシャ/デベロッパの支持を得ることにも成功しており,こうなるともはや,一つのプラットフォームと見ることもできる。
もともと,Steamが正式ローンチした2003年の初めには,「Counter-Strike」といった自社タイトル以外にライブラリーはほとんどなかったが,Introversionのストラテジーゲーム「Darwinia」や,のちに「リトル・ビッグプラネット」を開発することになるMark Healey (マーク・ハーレー)氏らの「Ragdoll Kung Fu」といったインディ系タイトルをフィーチャーすることで,次第に「SteamはValveだけのものではない」というメッセージを欧米のゲーム業界に浸透させていったのだ。
その伝統は今でも色濃く残っており,「The World of Goo」や「Trine」といったインディ系の新作ゲームが次々と誕生している。「開発者3人の会社でも,アイデアさえあれば十分に成功できる」という大きな流れを作ったのは,Valveを始めとするデジタル流通システムであった。
「The Tower of AION」がプレオーダーの開始以来,4週間にわたって売り上げのトップを記録しており,デジタル流通システムがMMORPGとも相性が良いことも証明した。面白いのは,本来なら非常にマイナーなローンチになりそうだったIcarus Publishingの「Fallen Earth」が,The Tower of AIONの勢いにひっぱられるような形でトップ10にノミネートされていることだ。
さらにSteamは,2009年夏あたりから週末セールスを定期的に行うようになっており,そこで驚くような掘り出しものが登場することもある。このような安売り戦略はほかのデジタル流通サービスでも見られる。上記したリストにもあるDirect2Driveは,ローンチ5周年を迎えたことを記念して,総計50本のタイトルを各5ドルで販売開始しているのだ。
本連載の第226回「欧米ゲーム業界に広がる,「ロングテール」に続く新たなトレンド」で紹介した,懐かしいゲームを5ドル(約450円)で売るGOG.comに対抗するかのような値付けで,しかもDirect2Driveの5ドルタイトルの中には,「Bioshock」や「Saints Row 2」といったような,それほど古くないヒット作も含まれており,アメリカのゲーマーの間では大きな話題になっている。
Steam,Direct2Drive以外のデジタル流通サービスもいろいろな新サービスを打ち出して個性を発揮しようとしているようだ。例えば,ゲームメーカーであるStardockが運営する「Impulse」では,使用済みのアクティベーションコードを,プレイヤーの間で売買できるようなシステムを開発中だし,スウェーデンのParadox Interactiveが2006年からスタートさせた「GamersGate」は,ゲーム内などでほかのプレイヤーをサポートすることで,ゲームが購入できるクレジットが溜まるシステムを採用している。こうした活況は,まさにルネサンスといえる雰囲気であり,今後もさまざまなサービスが飛び出してくることだろう。
話をpcGAMESTOREに戻すと,彼らは,「2010年内にライブラリを3500本まで拡充していく」と発表している。世界中の(少なくとも誰かが買いたがるような)ゲームをかき集めてもそんなに数多くのタイトルが存在するのかどうかは知らないが,ロシア産ゲームや教育ソフトといったジャンルを含め,少なくとも量の面で一気に王座を奪おうと計画しているようだ。果たして彼らは,欧米のゲーマーを魅了するだけのサービスが提供できるだろうか? PCゲーマーにとって,pcGAMESTOREおよびデジタル流通システムの今後は要注目だ。
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