業界動向
奥谷海人のAccess Accepted / 第177回:カジュアルゲームマーケットの幻想
このところ,コアゲーム市場を脅かしている感があるカジュアルゲーム。その市場は毎年確実に伸びており,ゲーム産業の一角を担うほどの規模に成長している。しかしその一方,カジュアルゲームの乱発によって市場は飽和気味になってきた。猫も杓子もカジュアルゲーム,というわけにはいかないようだ。
市民権を得た「カジュアルゲーム」
カジュアルゲームの定義は難しいが,3Dグラフィックスのような高度な技術を使っておらず,簡単な操作で楽しめ,ちょっとした空き時間などを利用しても遊べるようなゲームを指すことが多いだろう。PCを使っている人にとって身近な例は,ソリティアやマインスイーパーかもしれない。
昔のゲームはどれも今のゲームと比べて,グラフィックスは簡素で操作も簡単だったこともあり,「カジュアルゲーム」という言葉が使われるようになったのは,最近の話である。この言葉を業界人が使い出したのは,アメリカで毎年開催されるGame Developers Conferenceに,Casual Game Summitというミニ会合が併設された2005年頃のことだ。
「テトリス」は,カジュアルゲームのはしりといえる作品で,旧ソビエト連邦(現ロシア)でアレクセイ・パジトノフ(Alexey Pajitnov)氏によって開発された。なお画像は,1987年に発売されたApple II用Tetrisのパッケージだ
マイクロソフトがXboxとXbox 360で提供しているXbox Liveには,同社の専用サーバーからパックマンやギャラガといったゲームをダウンロードして遊べるXbox Live Arcade(XBLA)というサービスが用意されている。XboxではXBLAを利用するための専用ディスクが必要だったが,Xbox 360では本体のみで利用できるようになり,より手軽にカジュアルゲームを楽しめる環境が整ったのだ。また,規模の小さな開発会社は,XBLAでカジュアルゲームを配信し始め,そのライブラリはかなり充実した。
XBLAでは,2008年末までにサービスインされるというXbox Live Community Gamesで,アマチュア開発者の発掘,コミュニティの育成を目指している(関連記事)。これは穿った見方をすると,慢性的に欠乏気味のプログラマーやアイデアの青田買いといえそうだ。とはいえ,実際に予算やマンパワーが乏しくても,ヒットを飛ばせる土壌が築かれようとしている。小規模な開発会社,もしくは開発者志望のアマチュア達にとっても,カジュアルゲーム市場の門戸を広げるサービスといえるだろう。
Xbox Liveは,会員数が100万人を超えた2004年7月頃から急激な成長を見せ,2007年3月に600万人,2008年2月には1000万人を突破。依然として大きな伸びを示している。もちろん,Xbox Live会員のすべてがXBLAを利用しているわけではないだろうが,これだけの人達がXbox/Xbox 360でカジュアルゲームを楽しめる環境を持っているのだ。また,任天堂は,WiiやニンテンドーDSで中高年層を含む独自市場の開拓に成功。PCでも,手軽さを前面に押し出したMMORPGなどに人気が集まっている。
もちろん,単に人が増えているだけではなく,2004年度には6億ドル(約640億円)だったアメリカのカジュアルゲーム市場は,3年あまりで22.5億ドル(約2500億円)へと成長した。これは,ゲーム市場全体の約20%という規模であり,大きく膨れ上がっているのである。まさに,カジュアルゲーム花盛りといったところだ。
魅力はあれど,攻略は難しいマーケット
盛り上がっているだけに,Activision, Electronic Arts,THQ,そしてUbisoftといった大手は,こぞってカジュアルゲームを開発している。
中でもElectronic Artsはかなり力を入れており,2007年6月にEA Casual Entertainmentという独立部門を設立。Activisionで辣腕を振るっていたKathy Vrabeck(キャシー・ヴラべック)氏を招聘し,この分野での躍進を図っている。同社によると,現在カジュアルゲーム市場での収益は4億2000万ドル(約450億円)だが,2011年には10億ドル(約1070億円)にまで引き上げたいということだ。
ただ,いくら盛り上がっているとはいっても,そうそう簡単に成功を収められるものでもない。Electronic Artsが2008年5月にリリースした「Boom Blox」は,あの映画監督スティーヴン・スピルバーグ氏が監修を務めたというカジュアルゲームで,Electronic Arts,スピールバーグ,そしてWiiという,どう転んでも失敗しないような組み合わせでリリースされたが,発売後1か月の販売本数は6万本台だった。どれくらいの売り上げを見込んでいたのかは分からないが,発売前のインパクトに釣り合っているようには思えない。
5月6日に北米で発売されたElectronic Artsの「Boom Blox」は,あのスピルバーグ監督が監修したパズルゲームだ。ブロック崩しのような分かりやすいゲームだが,今のところセールスは芳しくないようだ
Ubisoftもカジュアルゲーム市場で奮闘している会社の一つだ。アニマルドクターやフィギュアスケーターといった職業を体験できるImagineシリーズや,イヌやネコだけでなく,ハムスターや馬までも飼育できるPetzシリーズなどをリリースしており,収益全体の25%はカジュアルゲームから得ているといわれている。
しかし,Ubisoft北米支部社長Laurent Detoc(ローレン・デトック)氏は,カジュアルゲームは低予算で,短い開発期間でリリースできる魅力はあるとはいえ,それに関する広告費を含めると,けっして攻略が簡単な市場ではないと語っていた。
カジュアルゲームは,比較的簡単に作れるがゆえに,見た目や遊び方が同じような類似ゲームが氾濫してしまう。その中で自社製品を際立たせるためには,プロモーションに力を注がなくてはならないのだ。
カジュアルであるがゆえに,
開発者のアイデアが試される
市場が飽和状態になっているというだけでなく,開発者達のクリエイティビティという面でも,カジュアルゲームは岐路に立たされている。そんな警告を鳴らすのは,ゲーム業界の大御所ピーター・モリニュー(Peter Molyneux)氏だ。
彼は,Gameindustry.biz誌のインタビューで,「当初(カジュアルゲームが注目され始めた数年前)は,非常に興味深かった。技術的な改革はなかったけれど,さまざまなイノベーション(発明)はあったと思う。でも,最近は完全に進化が止まってしまったようだ。ゲーム業界全体で起こっていることが,カジュアルゲーム市場という,小さな世界でも起こったということだ」と語っている。
2006年にスロベニアの大学生によって生み出された「Line Rider」は,自分で書いた線がそのままコースとなってソリを滑らせるというアイデアが評判になった。アメリカのinXile Entertainmentによって,「Line Rider 2」も開発されている
つまり,人気作にあやかって,後追いや類似品の量産で手っ取り早く稼ごうという安易な発想が,結果として新たに登場してきたカジュアルゲーマーにも飽きられてしまうのではないか,というのである。
確かに,カジュアルゲームの代名詞のような存在だった「Bejeweled」はさまざまなバリエーションがリリースされており,どれがオリジナル作品なのか画面写真を見ただけで分かりづらくなっている。XBLAやPlayStation Networkになるとさらに始末が悪く,ラインナップのほとんどは,PCでは無料で遊べてしまう。ゲーム購入にあまり大きな投資をしないカジュアルゲーマーからも見放されつつあるのだ。
最近,コンシューマ系オンラインプラットフォームでは,10年ほど前のゲームを復刻してリリースするというトレンドがある。新たなものを作り出して苦労するよりも,過去の資産に頼るという流れにあるといえるだろう。
成長を続けるといわれるカジュアルゲーム市場だが,同じようなゲームで市場を溢れ返させることで,購買者を混乱させてしまっているようだ。せっかく新たに生まれてきた市場だが,それでは先細りになってしまう。「カジュアルゲームなんて糞食らえ」と,大見得を切るRockstar Gamesのような開発会社も少なくはないが,多様性のある進化こそがゲーム産業の未来に必要なのはいうまでもないだろう。
流行っているからといってカジュアルゲーム一辺倒になることも避けてもらいたい。従来のゲーマーも十分に納得させるようなゲームが多く発売されることに期待している人も多いはずだ。
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