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[SQEXOC]Luminous Studioが目指す汎用かつ柔軟性の高い次世代AIアーキテクチャとは
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印刷2011/10/17 00:00

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[SQEXOC]Luminous Studioが目指す汎用かつ柔軟性の高い次世代AIアーキテクチャとは

スクウェア・エニックス AI担当リードリサーチャー三宅陽一郎氏
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 スクウェア・エニックスは,10月8日に東京・新宿で「スクウェア・エニックス オープンカンファレンス2011」を開催した。このイベントを主催したテクノロジー推進部では,現在Luminous Studioと呼ばれるゲームエンジンを手がけている。今回取り上げるカンファレンスでは,Luminous Studioに実装される予定となっている次世代AIについての解説も行われた。担当したのはゲームAIの第一人者,三宅陽一郎氏だ。はたしてどのようなAIの実装を検討しているのか,概要を紹介してみたい。


世界との関わりで成立する知性


知性というのは環境に対応するために生じてきたもの。したがって環境の複雑さに応じた複雑さを持つ知性が必要とされる
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 ゲームAIをはじめ,AIに関する多数の著書や論文で知られる三宅陽一郎氏は,現在,スクウェア・エニックスでAI担当リードリサーチャーとして活躍している。同氏はLuminous Studioに実装するAIの設計にも携わっており,今セッションではその概要が紹介された。ゲームそのものの面白さを決定づけるともいえるAIを,どう実装するのか誰しも興味あるところだろう。

 三宅氏は,そもそも知性とは何かから説明を始めた。人間など動物に備わる知性は「環境にいかに対応するかによって多層的に発達してきた」と氏は語る。周りの環境によりよく対応するために知性が必要とされた,というのは割と分かりやすい話だろう。
 したがって,知性の複雑さは環境の複雑さに対応すると,三宅氏は語る。「ただの白い部屋なら高度な知性はいらない」と三宅氏が説明するように,環境が単純なら複雑な知性は必要とされないのだ。ゲームに置き換えるなら,複雑な環境を持つゲームほど複雑な知性を持つAIが必要とされるということにもなる。

 実際,ゲームではAIがさほど重視されていなかった時期もあった。言葉は悪いが,適当かつ泥縄式にキャラクターの行動を作り込んでいたわけだが,10年ほど前からAIが重視されるようになり現在に至っているという。
 そして現在のゲームAIの主流になっているのは「エージェントアーキテクチャ」という構造だ。

現在のゲームAIの基本が,このエージェントアーキテクチャと呼ばれるモデルだ。ゲーム世界からセンサー(目など)を使って情報を得えて,AIで適宜判断したうえでエフェクタ(手足武器など)を使って世界に影響を与えるというモデルである
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次世代AIのキーコンセプト。再利用可能といったあたりが大きな特徴になりそうだ
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 三宅氏が設計している次世代のAIアーキテクチャも,このエージェントアーキテクチャが基本になるが,Luminous Studioでは「どんなゲームにも使える汎用性」を目指しているということが大きな特徴になる。というわけで,氏が示した設計のコンセプトはスライドのようなものだった。

 最初の項目に挙げられている「世界とAIの明確な分離」はエージェントアーキテクチャの基本なので,この基本を守っていくということだろう。時間を割いて説明されたのはAIの鍵になるインフォメーションフローの部分だった。簡潔にいえば,次世代のAIでは「インフォメーションフローをリッチにしていく」(三宅氏)ことを大きな目標に掲げているそうだ。

AIのインフォメーションフロー。この情報の流れをリッチにしていくことが,賢く,楽しいAIにつながっていくと三宅氏は考えているようだ
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 インフォメーションフローを豊かなものにする際に重要になるのが「知識表現」である。AIはセンサーを使ってゲーム世界から得た情報を,知識表現に基づいて解釈するわけだから,知識表現が豊かであるほど,さまざまな情報を得ることができ,バラエティに富んだ判断が可能になる,ということだろう。
 というわけで,三宅氏は,まずF.E.A.R.に実装された「統一事実表現」という実装例を紹介した。

FPSのヒットタイトルF.E.A.R.に実装されたという統一事実表現。場所,方向,時間といった情報が一塊のオブジェクトとして保持されている
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 F.E.A.R.では,場所,方向,時間など,合計16の属性で一つの事実を表現しているという。具体的には,どの敵が,いつ,どこにいたというような情報が16の属性で表されているわけだ。このような形でまとめられた情報から,AIはどの敵を攻撃するかを決めるわけである。
 もちろん,F.E.A.R.の統一事実表現は知識表現の一例にすぎず,それ以外にもさまざまな表現方法がある。さらに,ゲームではキャラクターがゲーム世界をどう表現するか,知識表現の一つである「世界表現」も重要になってくる。「世界表現を通して(ゲーム)世界全体にアクセスし,知的な移動を実現する」(三宅氏)からだ。
 三宅氏は,次世代AIでは世界表現や知識表現を一つに絞り込むのではなく,さまざまな表現のモデルを複数実装する方向を考えているそうだ。多様な知識表現を実装することで,より高度なAIを目指そうということだろう。いずれにしても「高度なAIは,まず知識表現と世界表現をどのような形にすべきかを検討し研究する必要がある。それが終われば半分は仕事が終わったと思っていい」(三宅氏)というほど,世界表現や知識表現が重要な意味を持つということだろう。


マルチパスのインフォメーションフローで複雑なゲーム世界に対応


 続いて三宅氏は「記憶」について取り上げた。外部から情報を受け取り,知識表現にまとめたうえで,AIは内部の記憶に基づいて次の行動を決める。この記憶に関して三宅氏はブラックボード(黒板)アーキテクチャという古典的なモデルを取り上げる。

1970年代から使われているブラックボードアーキテクチャの基本的な概念。KS(Knowledge Source)というモジュールが,黒板に書きこまれている情報に対して操作(更新するなど)を行う。Arbiter(アービター:調停者)はKSの優先順位や動作を調整する
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 ブラックボードアーキテクチャは古典的な手法だが,2000年に公開されたマサチューセッツ工科大学(MIT)による「C4アーキテクチャ」で改めて脚光を浴び,現在のゲームAIで記憶設計の基礎として使われているものだ。三宅氏は,このブラックボードアーキテクチャを発展させてエージェントアーキテクチャに取り込むことを考えているようだ。
 まず,「KSをクラスター化する」というアイデアが示された。具体的には,センサーであるとか前出の知識表現をKSとしてクラスター化し,それぞれにアービターを備えるモデルだ。また,KSは基本的にブラックボードを介して情報のやり取りを行うわけだが「ブラックボードを介しない制御も実装する」(三宅氏)という。このような複数の道筋を用意することで,より豊かなAIを目指そうというのだろう。

ブラックボードアーキテクチャに基づいてエージェントアーキテクチャを構築する。センサー,知識表現といったものをKSとし,ブラックボードを介して制御するというやり方だ
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同時に,ブラックボードを介さずにKS同士で制御情報を受け渡すという方法も実装するという
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 ブラックボードの中には記憶が蓄積されるわけだが,どのような形で記憶を設計すべきだろうか。あらかじめ,ある種の客観的な知識を蓄えておくという方法もある。だが,三宅氏は「主観的に体験している世界をキャラクターに見せてやること。主観的な世界を構築することで自然な行動が促せる」のだという。例えば,犬のキャラクターを作るときに犬の記憶のメカニズムを実装する必要は必ずしもなく,犬が体験している主観的な情報をキャラクターに与えてやることで,犬らしい行動を促せるのだという。

 具体的には,記憶は階層構造を持っている。大きく2つに分けることができ,まず時間的な階層構造がある。短期記憶,中期記憶,そして長期記憶というような階層だ。また,論理階層もあると三宅氏は語る。センサーから得た一次的な記憶,その記憶を抽象化した記憶,されをさらに抽象化した記憶というような階層だ。ゲームAIなら,一次記憶は敵キャラの現在の位置,二次記憶は敵キャラの次に予測される位置,三次記憶は敵キャラがどのような脅威を持っているのか,といったような階層になる。このような階層をブラックボードの中に実装してやろうというわけだろう。

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記憶の時間的な階層。短期的な記憶,中期的な記憶,長期記憶というような時間階層があると三宅氏は説明する
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論理的な階層。センサーから得た生の情報を一次として,抽象化のレベルに応じて複数の階層を設定することができる

 以上のように,センサーから得られた知識,そして記憶を使ってゲームAIではキャラクターの次の動きを決めていくことになる。その意思決定の方法が大きな問題になる。最もポピュラーなのは,集められた情報をもとに意思決定を行う一元的な意思決定システムを作るというものだろう。それに対して,三宅氏はサブサンプションというアーキテクチャもあると説明する。
 サブサンプションは,意思決定にも階層構造をもたせるという方法だ。三宅氏が例として上げた昆虫ロボットの制御がわかりやすい。

サブサンプションの例。最上位には経路を進むという意思が置かれる。一方,最下位には状況に反応する条件反射に近い意思を置くという方法で,上位の階層が下位の意思を抑えることができる仕組みを持たせる
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 スライドに挙げられているように,上位には大きな意思をもたせ,下位にはその場その場に対応する条件反射のような意思をもたせることで,上位が下位を制御しながら全体の意思決定を図るのがサブサンプションである。
 このサブサンプションは反応に優れたAIに有効だという。「次世代ゲームでは深い思考と高い反射性の両方が必要」だと三宅氏は語り,Luminous Studioでは中央の意思決定に加えて,このサブサンプションの両方を実装する必要があると語っていた。

 さて,知識表現,ブラックボードを使った記憶,そして意思決定という個々の要素が解説されたわけだが,最終的にLuminous StudioのAIはどのようなものなのだろうか。簡単にいえば,ここまで説明されたすべての要素を盛り込んだもの,を考えているようだ。具体的には,複数の知識表現,世界表現を実装し,さらに複数の意思決定を持たせることで「マルチパスのインフォメーションフロー」を実装するというのである。

三宅氏が実装を試みている次世代のAIは複数の知識表現,世界表現を実装して,複数の情報の流れが同時並行して動作するというモノ。最終的な意思決定はアービターが調整して決定するという構造を持つそうだ
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 また,KSや意思決定をモジュール化し,ゲームの規模に応じてモジュールを増減することで,高い汎用性を確保するとしているのも興味深い。たとえば,シンプルなゲームでは1つの知識表現と1つの意思決定しか持たないシングルパスのAIにまで絞り込んで軽量化できる汎用性をもたせようというわけだ。

Luminous Studioで計画しているAIはモジュール構造で設計され,知識表現や意思決定のモジュールを増減させることで携帯ゲームからトリプルAタイトルまですべてをカバーできる汎用性をもたせる計画だという
画像集#013のサムネイル/[SQEXOC]Luminous Studioが目指す汎用かつ柔軟性の高い次世代AIアーキテクチャとは

 三宅氏は最後に今後の課題としてアニメーションとの連携を挙げていた。「AI側から見るとキャラクターの身体能力を最大限に活かしたい。キャラクターのアニメーションとAIをどうつないでいくかが今後の課題」と語る。「必ずしも統一的な解答があるわけではない」と三宅氏はいうが,世界の幾何学的構造や,身体に応じた世界表現をどう実現していくかが鍵だと考えているそうだ。

 AIということで,か抽象的な議論が多いセッションだったが,高度かつ汎用性の高いAIの実装を試みているらしいことがセッションからも分かる。このAIがどのゲームに,いつごろ実装されるのかは分からないが,今後の同社のゲームタイトルの面白さを左右するキーテクノロジーとして注目しておきたいところだ。
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