スペクター氏は以前,「一人称カメラ視点によるナラティブの在り方」を常に考えていると,筆者に話してくれたことがある。今は肩書きのない彼だが,その経験とノウハウを詰め込んだ新作のために,すでに動き出しているのだろうか
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オンラインゲームを主な話題として毎秋開催されてきたAGDC(Austin Game Developers Conference)が,GDCに正式合併されたことに伴い,今年から新たな専用サミットとして開催されることになったのが,ゲームの脚本家たちを中心に行われるThe Game Narrative Summit(ゲーム・ナラティブ・サミット)だ。
GDC 2013初日の25日に開催された同サミットにおいて,もっとも多くの聴衆を集めたのが,今年に入ってDisney Interactive Studiosからの辞職が報じられたばかりの
Warren Spector(ウォーレン・スペクター)氏。彼は,現地時間の午後に行われたセッションで
「Narrative in Games - Role, Forms, Problems, and Potential」(ゲームでの語り口 〜 その役割,形式,問題,そして可能性について)という講演を行った。
様々なメディアの特徴を生かし,インタラクティビティという独自要素を武器にできるのが,ゲームという新興メディアの強み。スペクター氏は,古いメディアを尊重しつつ,新しいものを作り出そうという「温故知新」を説く
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「Ultima Underworld」に始まり,
「System Shock」「Thief: The Dark Project」「Deus Ex」,そして近年では
「Epic Mickey」シリーズなどを手がけた敏腕プロデューサーのスペクター氏は,元々テキサス大学オースティン校で映画学の講師を務めていたほど,ハリウッドの映画産業にも造詣の深い人物である。そんな立場から,現在のほとんどのゲームが“映画的なストーリーテリング”を採用していることについて,「他のメディアを模倣することは,新しいメディアにとっては自然な過程である」とし,ラジオや映画が,演劇から様々なことを学んだように,発展途上なメディアであるゲームも,そうした模倣による脚本作成を恥じることはないと語る。
その上で,「そうした過去の財産を受け入れつつ,自分たちの独自性を再評価するべきだ」というのがスペクター氏の考えだ。スペクター氏は,
「Real-Time」(リアルタイム),
「Choice」(プレイヤーの選択),
「Consequence」(その選択の結果),
「Responsive」(反応),そして
「Unique」(個性)という,ゲームが独自に保有するインタラクティブな5つの特徴を挙げ,これらを生かし,物語をさらに進化させるよう努めるべきだと述べ,会場に集まった脚本家たちを奮起させた。
右の現代ゲーム作品は,スペクター氏も大好きだという「The Elder Scrolls V: Skyrim」と「The Walking Dead」のものだが,そのインタラクションやカメラワークは,30年前の古いゲームから大きく進化していない
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今回の講演でスペクター氏が例に出していた,初代「Deus Ex」の女性用トイレに侵入したときのシーン。中に入ったのを人に見つかると,UNATCOの局長に呼び出されて怒られてしまうという,ストーリー上の些細なこだわりが,ファンから評価を受ける一つの契機となった。「こんなことは15年近くも前にできたのに,これを超える表現を達成しているゲームは未だに存在しない」とスペクター氏は冗談交じりに話す
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もちろん,劇的にゲームのナラティブを変化させ,さらに文化的にスタンダートなものとして受け入れられるような手法が簡単にひらめくなら誰も苦労しない。しかし,こうした挑戦を続けていくべきだというのがスペクター氏の論調である。
ハリウッド映画の世界では,Alfred Joseph Hitchcock(アルフレッド・ジョセフ・ヒッチコック)監督が「Rope」(1948年)において,当時の撮影用フィルム1缶分の限界にあたる15分間を,一度もカットなどの編集を用いることなく撮り上げた。またRobert Montgomery(ロバート・モンゴメリー)監督は「Lady in the Lake」(1946年)において,俳優がカメラに語り掛けるというゲーム的な一人称カメラ視点を採用した。いずれも映画評論家やファンには受け入れられず,興行的には失敗だと言えるだろう。しかしスペクター氏の言うように,そういった挑戦が土台にあったからこそ,映画のナラティブは進化し,映画学という学問が確立されるほどに洗練されていったのである。
ゲーム用ハードウェアの種類が増え,スペックが向上している割には,ストーリーやジャンルの多様性が失われてきているとも言われる昨今のゲーム業界。しかし,スペクター氏を始めとする脚本家やゲームクリエイターたちのこうした情熱が,やがては「ゲーム」というメディアのステータスを押し上げるような,大きな成果として結実するのだろう。彼らの今後の奮闘に期待したいところである。