― 連載 ―

奥谷海人

アメリカのオンラインショップで海外のゲームを直接購入して,ゲームソフトが非常に手頃な値段で購入できると実感した人も多いだろう。ソフトによってバラ付きはあるものの,日本では考えられないような安価な値段のソフトがあったり,新作でも驚くほどの値引きがされていたりするのだ。アメリカでは,バリューソフトが起したゲームソフトの大衆化により,激しい価格競争が始まっている。


 2004年11月8日,アメリカを代表するゲームパブリッシャElectronic Arts社は,EA Sportsブランドの数タイトルの市場価格を,これまでよりも15ドルほども安い29.95ドルへと変更すると発表した。
 「Madden NFL 2005」「NBA Live 2005」「NHL 2005」などのPC版も,すでにゲームショップやオンライン販売サイトでは価格変更が行われた状態で,さらに「FIFA 2005」や「Tiger Woods PGA Tour 2005」などのソフトでも,以前よりも安価な39.99ドルで売られている。

 クリスマスは,アメリカでは依然として重要な商売チャンスであるらしく,Electronic Arts社の広報トゥルーディ・ミューラー(Trudy Muller)氏によると,平均的なゲームソフトは1年の販売本数のうち,25%程度をこの時期で占めるという。


EAのドル箱ソフトの最新作「Madden NFL 2005」。北米市場でしか期待できないのに,毎年400万という販売本数は驚きだ。約15ドルの値下げが,今後どのような影響をもたらすのか

 年間400万本という大ヒットシリーズのMadden NFLの価格を15ドル下げた場合,単純に計算すると今後1年間で200万本を上乗せできなければ利益は落ちることになる。ミューラー氏は,すでにEA Sportsはスポーツゲームシェアの68%(前年比で60%アップ)を獲得していると説明するので,プライスカットによってマーケットシェアの拡大そのものを狙っているのではないようだ。
 ESPNシリーズで追随するセガなどの猛攻を防ぐ目的があるとされるが,非常に大胆すぎる戦略に思える。もっとも,株相場ではEA Sportsの動きを好意的に受け止めたのか,発表後10日間に渡って株価は続伸していたのだから面白い。


 このトレンドは,EA Sportsに限ったことではない。アメリカでは有名なゲームショップ,Electronic Boutique社を覗くと,ゲームソフトの価格が最近急激に低下しているのがよく分かる。「Leisure Suit Larry:Magna Cum Laude」や「Tribes:Vengeance」「Conflict:Vietnam」「Castle Strike」など知名度のあるソフトも29.99ドルで販売されているし,「Shade:Wrath of Angels」や「Return to Mysterious Island」のような東欧発のアドベンチャーゲームの中には,新作でも19.99ドルという価格帯で売られているものもある。
 前評判の非常に良いAタイトルやマニアなら絶対に購入するであろうコレクターズエディションを除けば,44.95〜49.99ドルというこれまでの価格では,割高感さえ付きまとうようになってしまった。

 実際,ゲームソフトの平均販売価格はここ数年間で急落しており,今ではなんと平均約23ドルという数値になっている。これは,バリューソフトと呼ばれる安価ソフトのカテゴリの出現や,"The Simsシリーズ"のような人気ソフトの拡張パックが大量投入されていることに起因しているのだろうか。
 PCゲームに限った話ではなく,XboxやPlayStation 2でも,たった半年ほど前の夏休み商戦で話題をさらっていたソフトを,"Greatest Hits"などと称して廉価版を再販するケースも目立つ。欧米で非常に評価の高いナムコの「塊魂」でさえ,リリース直後から19.99ドルという価格で売られているのには驚くばかりである。
 現在の120億ドルというゲーム産業の規模は,PCの周辺機器から携帯端末なども含めた総額であり,ここ数年のゲーム機間の熾烈な競争も考慮に入れる必要がある。しかしながら,5年で産業規模が倍近くに膨むと同時に,平均価格の低下も進行しているということは,ソフトウェアの開発,販売側にとっては危険な状態にも見える。


 バリューソフトという価格帯で捉えられるジャンルが登場したのは,'90年代末のことだ。
 今は亡きBroderbund社から1994年5月にリリースされた「Myst」は,その後数年間に渡って年間売り上げベスト1の座を確保していた。Mystは,CD-ROMやDirectXなど周辺機器や統一規格が整備された時期に空前の大ヒットになったソフトとして有名である。続編の「Riven」がリリースされたあとも販売が好調だったのは,続編が出たことによる値下げや,マルチメディアの体験ソフトとして当時もてはやされたことが大きいだろう。


90年代末には,不動の「薄利多売ソフト」としてセールスランキングの上位をキープしていた"Deer Hunterシリーズ"も5作め。マルチプレイヤーモードを搭載するなどしているが,最近は人気も落ち目になってきた

 やがて,これも現在は存在しないGT Interactive社のWizardWorksブランドより,1998年末に「Deer Hunter」が登場した。Deer Hunterは,当初から19.99ドルという価格で発売された,本来ならコアゲーマー層からは見向きもされないような鹿狩りのシューティングゲーム。SunStorm社のたった二人の開発者が,9万ドル(約1000万円)という低予算で3か月の間に作り上げたという。それまでは誰も注目しなかった,ローコスト・ローパフォーマンスなソフトだったのだ。
 しかし,ウォルマートやターゲットなどが電子機器売り場を拡張してゲームソフトを置き始めたことから,Deer Hunterは,それまでゲームをプレイしたことがないような人でも気軽に手に取れるようになり,爆発的なヒットとなった。2年近くも週間売り上げリストに名を連ね,後継ソフトや類似品もソコソコの販売を記録したため,この手のソフトもゲーム専門誌でレビューされるくらいの地位を獲得した。バリューソフトという分類が一般化したのはこの頃だろう。


 現在では,Activision Value Publishingという支社を作ってまで低価格ゲーム市場の開拓に本腰を入れるActivision社や,二転三転したGT Interactive社の版権を確保してWizardWorksブランドの遺志を引き継いだAtari社が,代表的なバリューソフトの販売元となっている。
 ほかにも,世代落ちした「Diablo」を低価格で販売して成功を収めたVivendi Universal Games社や,UBI Software社,Strategy First社,THQ社など,労働コストの低い東欧の開発チームとのコネクションを持つヨーロッパ系の販売元が,明確にバリューソフトとは銘打たないながらも価格を抑えたソフトを提供するようになった。
 このような流れの中で,Electronic Arts社のEA Sportsブランドの価格が引き下げられたわけだが,その兆候は同社の中にも以前からあった。Electronic Arts社の代表的なゲームソフトに成長した「The Sims」(邦題 シムピープル)は,半年に1回というペースで19.99ドルの拡張パックをリリースし,見事に「The Sims 2」へと人気を継続させるのに成功している。ほかのジャンルでも,「Battlefield 1942」や「Medal of Honor」などは拡張パックや単体の"番外編"などを矢継ぎ早に発売するなど,The SimsやMMORPG「Ultima Online」で培われた手法を活用している。
 EA Sportsブランドのソフトの場合,例外なく1年に一度のペースでバージョンアップされていくため,拡張パックの存在は必要ない。リピーターを掌握している現在は,ソフトを"バリューソフト化"させることでしか,新しい購買層を獲得できないという判断が働いたと見ることもできる。



 ゲーム産業の規模が頭打ちになったとしても,ソフトの販売数が増加する,つまりより多くの人が安価になったゲームで楽しめるのであれば,消費者としても業界としても悪くはない。しかし,アメリカでの激しい価格競争の波は,日本のPCゲーマーは現在のところ直輸入でしか味わえていない。
 日本で正規輸入盤を購入しても,マニュアルの日本語化などローカライズコストという名目で,価格が上乗せされている。海外での価格を知っているものとしては,もう少し安くしてほしいとも思ってしまうが,これは日本におけるPCゲーム市場が非常に小さい現状,いかんともしがたい問題だ。低価格化で市場の拡大を優先するのにも一理あるが,企業の統合や海外へのアウトソーシング,流通経路の限定といった諸問題が加速することで,開発現場に悪影響があってはならないだろう。


 


次回は,MMORPGの副次利用について。お楽しみに。


■■奥谷海人(ライター)■■
本誌の海外特派員。奥谷氏は,先週(11月21日からの週)はアメリカの祝日「感謝祭」のため,ロサンゼルスの義兄の家に行っていたらしい。この義兄,いつもスポーツ中継でしかテレビを見ないはずなのに,どこからかバターやワインを七面鳥に注射するという手法を覚えてきて,自分で作ってみせたそうだ。実際,味や肉の軟らかさは中々のものだったようだが,病院勤務の義兄が本物の注射器(のようなもの?)を用いていたのに,奥谷氏はビビったという。



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