― レビュー ―
帝国主義を堪能できる,自由度の高い歴史シム
ヴィクトリア 太陽の沈まない帝国 完全日本語版
Text by 徳岡正肇(アトリエサード)
10th Dec. 2004

 

■殖産興業と植民地の時代を勝ち抜く国家経営シム

 

世界に冠たる「太陽の沈まない国」大英帝国。その植民地は世界に広がり,巨万の富を本国にもたらす。もっとも,その富の多くは軍事費に消えていくのだが

 サイバーフロントから発売された「ヴィクトリア 太陽の沈まない帝国 完全日本語版」(以下,ヴィクトリア)は,1835年から1920年までの国際政治と国家経営がテーマのストラテジーゲームだ。しばしばリアルタイムストラテジーと標記されるが,いわゆる"RTS"が意味するようなゴチャキャラアクションではない。ゲーム内の時間が常に流れているというだけの意味であり,ポーズ中にも操作可能,戦闘結果は投入した戦力からほぼ自動的に判定されるという,表現としてはむしろおとなしめの国盗りゲームである。

 時代背景についてもう少し補足すると,ナポレオン戦争後から第一次世界大戦にかけてのパックス=ブリタニカ期が中心ということになる。ヨーロッパ列強が世界にまたがる植民地帝国を打ち立て,鉄道や工業生産が人々の生活様式を変革し,政治・文化・技術・社会思想が手に手を取って拓く新時代を舞台に,自国を列強の座に立たせること,そして立たせ続けることが目標である。
 プレイヤーは産業基盤を整備して軍備を整え,外交をめぐらせつつ植民地を経営し,国内のさまざまな声に対処していく。テーマ自体はそれほど珍しくないが,ヴィクトリアの特徴はそれぞれの分野で項目とパラメータが異常に細かいことだ。付属の説明書ともども,「国民/急進性と政治意識,国民の収入,移住と人口増加,国民の身分職業」やら「植民地化と植民地/先遣建造物,社会不安と分離独立運動,植民地外交,植民地戦争,抵抗運動」などといった19世紀的キーワードで溢れかえっている。
 また,Paradox Entertainmentの開発作品らしく,当時のあらゆる国家(と国家以前の地域)のデータが揃っており,プレイヤーはほぼすべての国家/地域を担当できる。

 と,ここまで読むとさぞかし繁雑なゲームに違いないと思えるが,実はそれほどでもない。ヴィクトリアに用意されたシステムの大半は"手を出すことが可能"なだけで,"手を出さねばならない"項目はさほど多くないのだ。ではなぜわざわざ多くの項目が用意されているかといえば,「アフリカ横断鉄道を建設する」「普通選挙を早期に実現する」といった,この時代にプレイヤーがぜひ試してみたいと思うような事柄を,シミュレートするためである。
 Paradox Entertainmentにしては珍しく,本作には明確な勝利条件が提示されている。1920年の段階で,威信・工業力・軍事力による勝利得点の合計で,世界のトップ8に入るというのがそれだ。「目的を提示されないプレイは苦手」という人にもとっつきやすいだろう。

 

選択できる国家の数は膨大。最初から列強を選んでしのぎを削るのも面白いが,自分の手で一から国家を富ませていくのも面白い Paradox Entertainment作品の常として,データはかなり詳細。このような人口分布のデータも,当然ながら全世界に渡って存在する 最終的にはこのランキングで8位以内,できれば1位に君臨することが望ましい。8位以内はともかく,1位はなかなか難しい

 

 

■政治・文化・技術・社会思想が相互に影響し合う


戦闘は非常にシンプルに解決され,プレイヤーにできることはそれほど多くない。将兵の健闘を祈りつつ,増援と和平のタイミングを計るばかりだ

 ゲーム内で選択できる項目は,同じParadox Entertainmentの手に成る「ヨーロッパ・ユニバーサリス2」と比べてずっと増えているにも関わらず,各プロヴィンス(州)を右クリックして選べる選択肢の数は大差ない。また「ヨーロッパ・ユニバーサリス2」のように,ダイアログが大量にポップアップして収拾がつかなくなることもまずない。

 このゲームで最も重要なのは経済と貿易で,これによって国民を富ませ,関税やそのほかの税金の形で政府の収入にしていかないと,国家は発展しない。農業や鉱業による一次産品や,それを加工した製品も細かく設定されており,登場する商品の種類は実に46種類にのぼる。近代初期の世界を反映して,一次産品の輸出で利益を上げるのみならず,「工場」でより価値の高い商品を生産することが重要になる。
 例えば「小火器」を作るには「弾薬」と「鋼鉄」が必要となるが,弾薬は「石炭」「硫黄」「鉄」をもとに弾薬工場で作り,鋼鉄は石炭と鉄から製鉄工場で作らねばならない。鉄・石炭・硫黄といった一次産品は,埋蔵する州を確保して国内の一次産業を育成すれば確保できる。
 国内で何が生産できるかは,その国家の技術水準にも依存する。技術の発展度合いは国の教育水準に影響を受け,それはそのまま国家予算の配分と連動する。そのうえで,国内生産では足りないものを海外から輸入しなくてはならないのだが,輸入ラインが不安定なのがミソで,しばしば供給が途絶える。安定した供給を確保したいなら,当該産品の算出地域を自国の領土/植民地にするしかないわけで,このあたりがビクトリア朝/パックス=ブリタニカ期の植民地競争を大局的な見地からシミュレートするゲームとしての骨格を形作っている。

 もう一つ重要なファクターとなるのが「人口」だ。どんなに技術を発展させ,汽車を中心とした効率の良い交通網を作り上げても,工場で働く労働者が確保できなくては意味がない。さりとて一足飛びに農業人口を労働者人口にシフトさせると,ウクライナやアイルランドもかくやという大飢饉に見舞われたりもする。また,政治体制として最低賃金が保証されていなかったり,最大労働時間が長すぎたりすると,国内人口は少しずつ,より暮らしやすい国に流出していく。
 このように経済・政治・軍事・科学技術が,それぞれ単体ではシンプルながらシステム的に分かち難く結びついており,歴史的な見地からは興味深いパズルを構成している。ちなみにそのパズルの最初のピースは国家財政で,破綻を避ける手立てについては以前,「こちら」の連載記事で解説したことがあるので,参照していただきたい。

 

工場の建設。生産ラインを動かすには,製鉄工場の場合,鉄2単位と石炭2単位が必要。鉄鋼は国家の基礎だが,原料の確保が難しい場合も多い 技術を研究しないと,生産活動自体が制限されるケースが多い。研究すべき分野には陸海軍関係や文化もあり,バランスをとるのはなかなか難しい 社会改革。労働者人口が増えたら,労働条件を整えないと政府の評判が急激に低下する。ここに飢えが重なると,革命が起きて政府が転覆されることも

 


■展開は派手すぎだがミクロな歴史実験の魅力は健在


広大なロシアの領土。一見してマネージメントが大変そうだが,有用な資源を生み出す地域は限られている。巨大な一次産品輸出国である

 数多くの要素をいじれるゲームだけに,実現できる歴史ifの範囲もまた広い。史実でうまくいかなかった国を選択し,史実をはるかにしのぐ成果を上げることもそれほど難しくないし,逆に史実ではうまくいった国の豊かさを利して,ありえない政治体制を敷いてみたり,いささか気の早い第一次世界大戦の原因になってみたりするのも面白い。
 難点を挙げるとすれば,何をすれば切り抜けられるのか分からない危機的局面にしばしば出くわすことだろうか。要素の絡み合いが複雑になりすぎて読み解けなくなったり,情報量が多すぎたりして手に余ることがあるのだ。とくにイギリスほどの超大国となると,AIが担当しても,しばしばちぐはぐな手を打っているように見える。
 もう1点,展開のハデさが少々ゲーム的に過ぎることも難点かもしれない。ギミックが多すぎるためかゲーム的な"ウラワザ"が成立し,とうてい現実的でない経済体制や社会体制を構築できてしまうのだ。しかもそれが,ゲーム内で最も重要な輸出入関係で多発する。輸出入を商品個別レベルで管理できるのが災いして,まずありえない高収益を短期間でマークでき,それを元手にした国家経営すら可能になる。結果として,ヴィクトリアのプレイに歴史的意義やら必然性やらという角張った議論を正面から持ち込むのは,ややお門違いな話になってしまった。
 この作品を楽しむ最良の手立ては,ロシアなど史実で旗色のよくなかった列強国を選択し,植民地競争や戦争にあまり荷担せず,手の届く範囲で経済と技術の育成に励んでみることだと,筆者は思う。そして感触が掴めてきたら,いきなり自由選挙を実施してみたり,中央アジアの独立国に戦争をふっかけてみたりと,ある種の冒険心を満たす目標を立てて実行するのがよいだろう。前述のウラワザのせいで,全世界的な視点でのリアリティはあまり期待できないものの,社会思想が国民に与える影響や,戦争に伴う動揺といった国内情勢のシミュレートは十分に興味深い。もちろん極端な行動の直前には,ぜひセーブしておくことをお勧めするが。
 いずれにせよヴィクトリアの楽しみ方は,プレイヤーの興味と想像力次第である。歴史ifを楽しめる感覚の持ち主であれば,深くキッチュにやり込んでみるとよいだろう。「喜びの歌」「レクイエム」(モーツァルト)など,クラシックの有名どころで固められたBGMともども,時代の雰囲気を存分に味わってほしい。

 

イギリスを経営中。本国は無論のこと,インド,カナダ,アフリカの各地,中国南部を管理する。パニック必至だ まもなく日本の最大領土が拝める時期に。やりようによってはこの頃までに中国とインドを日本領にできる ハワイでスタート。収支はかろうじてプラスながら,+0.1で残高7ポンド。やってやれなくはないものの……

 

 

タイトル名 「ヴィクトリア 太陽の沈まない帝国 完全日本語版」
開発元 Paradox Entertainment
発売元 サイバーフロント
発売日 2004/12/03
価格 8925円(税込)
動作環境 Windows 98/Me/2000/XP,PentiumIII/450MHz以上(PentiumIII/800MHz以上推奨),メモリ 128MB以上(256MB以上推奨),空きHDD容量 60MB以上,ビデオメモリ 4MB以上(8MB以上推奨),DirectX 9.0以降
コピーライト (c) 2003 Paradox Entertainment AB. All rights reserved. Victoria is a trademark of Paradox Entertainment AB.
All other trademarks and copyrights are the properties of their respective owners.