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クリエイターは動いた者勝ち。“うめ”小沢高広氏とサイバーコネクトツーの松山 洋氏が「業界人としての生き方」を熱く語った特別講義をレポート
これは,同校の客員准教授も務めるアクワイア代表取締役社長の遠藤琢磨氏が各界の著名人を招いて行われているもので,今回はゲーム業界を描いた漫画「東京トイボックス」で知られる“うめ”の企画・演出・シナリオ担当 小沢高広氏,そしてサイバーコネクトツー代表取締役の松山 洋氏が登壇。電子書籍に関する分析や,ゲーム業界人になるための心構えなどが熱く語られた。
デジタルハリウッド大学の客員准教授も務めるアクワイア代表取締役社長の遠藤琢磨氏 |
今回の講義にゲストとして招かれた漫画ユニット“うめ”の小沢高広氏と,サイバーコネクトツー代表取締役の松山 洋氏のプロフィール |
「クリエイターは動いた者勝ち。待たないで動き続ける」
ゲーム業界を描いた「東京トイボックス」「大東京トイボックス」,コンピュータ業界の黎明期をテーマとした「スティーブズ」などの作品で知られる漫画ユニット“うめ”の小沢高広氏 |
近年,紙媒体のコミックが販売部数を減らしているのはご存じだろう。そんななか,存在感を増してきているのが電子書籍である。これを売るために各社が試行錯誤を繰り返しているわけだが,「キングダム」(集英社)で採られた手法について「アイデア賞もの」と小沢氏は評価する。
電子書籍の世界において,「1巻だけ」「1話だけ」と限定的に無料公開する手法は多く見られるが,集英社は「キングダム」の1〜10巻を期間限定ながら無料公開するという大盤振る舞いに出た。ページ数にして2000ページ以上という大ボリュームで,普通なら無料での公開に対して躊躇するところだろう。
しかし,フタを開けてみれば,この施策が当たって「キングダム」は大きく部数を伸ばしたそうだ。中国の春秋戦国時代を舞台にした同作は,大河ロマン的な面白さを持っており,10巻まで読んだ人は続きが気になって11巻以降を購入。さらに物語の序盤を振り返るために,一度は読んだはずの1〜10巻も購入するという現象が起きたのだ。
「読めば確実に面白い」(小沢氏)作品の魅力が無料公開という施策により,これまで「キングダム」を読んだことがない人に伝わったのである。その後,電子書籍の世界では,新刊が出るたびに序盤を無料公開する流れができたという。クリエイターが面白いものを作るのはもちろんだが,それを広く知らしめるマーケティングも重要であることがよく分かる事例といえよう。
Webコミックや電子書籍が台頭してきたことで,コミックへの評価も変化しているという。まずはWebに掲載して読者の反応をうかがう手法が定番となり,そこでは「読者がどのページで読むのを止めたか」というデータが集計されているそうだ。このデータに基いて,「恋愛ものは序盤にセクシーなシーンが必要」「歴史ものは7ページまでの閲覧数が伸びた作品は人気が出る」など,ジャンルごとの傾向が分析されつつあるとのこと。
小沢氏は現在,Appleの創始者であるスティーブ・ジョブズ氏とスティーブ・ウォズニアック氏の若き日を描いた漫画「スティーブズ」を連載中だが,これを実現するためのさまざまな努力が語られた。
「スティーブズ」はセルフパブリッシングの形でWeb上に第1話を公開後,クラウドファンディングで続編の制作資金を募っている。その後,Web連載を経て,ビッグコミックスペリオール(小学館)で連載が決定したという流れ。つまり,セルフパブリッシングやクラウドファンディングといった新しい手法を使い,出版社ではなく自らが動いたことで実現したプロジェクトというわけだ。
小沢氏はこうした自身の活動から「ゲームでも漫画でも,モノを作る人は動いた者勝ちです。クリエイターになる方法,続ける方法というものはなく,待たないで動くということをずっと続けていくしかない」とまとめていた。
大切なのは何に夢中になれるか。そして「やると決める」
漫画やアニメが大好きで,大学では漫画研究同好会に所属していたという松山氏。卒業後,エンターテイメントとは無関係の建設業界へ就職したが,25歳のときに転機が訪れる。大学時代の友人から「ゲーム会社を作らないか」と誘われ,サイバーコネクトツーの前身となる「サイバーコネクト」を設立したのだ。
その後の活躍はよく知られているとおりだが,松山氏はこうした経験を踏まえて,自身がゲーム業界人になれた理由を「やると決めてやった(から)」と語り,「ゲーム業界で働きたいなら,やると決めれば(ゲーム業界人に)なれます」と聴講者にアドバイスを送っている。
ゲーム会社は,一般の大手上場企業と同じく書類審査や面接などを行ったうえで新卒者を採用することが多い。これは持ち込みやスカウトなどが多い,そのほかのエンターテイメント業界と違う部分であると松山氏は語った。
さて,ここで気になるのが「資格を持っていたほうが有利なのか」という点。当然,会社によってまちまちだと思うが,サイバーコネクトツーでは資格の有無で採用が決まることはなく,「共に仕事をするのであれば,その人が力を発揮できる仕事をさせたい」という考えに基づき,「何をやりたいか」「何に夢中になれるか」を重視しているという。
たとえばデザイン系の志望者の場合,松山氏は石膏像のデッサンよりも,ノートの隅に描いたロボットや女の子のイラストのほうが見たいそうだ(ちなみに,遠藤氏のアクワイアでは対象物の形状や空間を立体的に把握する力を見るため,石膏像のデッサンが参考にされるとのこと)。
もちろん,一般常識や教養は必須で,履歴書に誤字脱字があった場合はその時点で不合格になるというが,サイバーコネクトツーでは資格より人間性を重視し,そして趣味に対しては真っ直ぐに夢中になっていたほうが仕事しやすいとのことだった。
漫画家のイメージを再現するタブレット。そしてお気に入りの二重買い
小沢氏と松山氏の講義の後は,遠藤氏を交えてディスカッションが行われた。そのテーマは「スマートフォンの出現により,ゲームや漫画はどう変わりますか?」というもので,近年はスマートフォンで読むことを考慮に入れて,漫画の作り方にも変化が起こっているという。
紙媒体やWebとは異なり,スマートフォンでは画面が小さい。そのため,文字を大きくしなければならず,細かなコマ割りができない。また,見開きが作りづらいという点も踏まえる必要があり,スマートフォン向けの縦スクロールを前提とした漫画作りが進められているそうだ。
大画面のタブレットになると少し事情が異なってくる。紙媒体の漫画の場合,中央で綴じているため,多少ページが曲がってしまうのは避けられない。しかし,タブレットでは漫画家が描いたとおりにページが表示され,とくに見開きは綺麗に表現することができる。そこから,小沢氏は「電子書籍は漫画家のイメージを綺麗に再現できる」という考えに至ったという。
電子書籍は持ち運びの手軽さという点も大きなメリットである。松山氏は年に1200冊の漫画単行本を購入するそうだが,何回も読みたいと思った作品は,紙の本に加えて電子書籍も購入するという。これにより,移動時などの大量の本を持ち歩けないときにも「紙で読んだときの感覚を脳内再生しながら,電子書籍を読み進める」とのことだ。
最後は,小沢氏と松山氏から聴講者に向けてエールが贈られた。
小沢氏は「どんな(エンターテイメントの)ジャンルでも,作れ,動かせという以上にはないです。やりたいことをやって,やりたくないことは止めよう」。
そして松山氏は「やる,と決めればやれます。『やりたいんですけど……』『なりたいんですけど……』という学生さんは多いですが,それは止めましょう。エンターテイメントの世界は厳しいし,苦しいですが,好きだったらとても楽しく,こんなに最高な世界はないと思います。こちら側で一緒にやっていきましょう」と熱く語り,特別講演を締めくくっている。
デジタルハリウッド大学 Webサイト
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